Written by えむ
試作装備。
それはプランとして提案された物をとりあえず作ってみた装備のことである。制作費用その他は考えず、まず形にして使ってみるために作られている。
言うなれば、世界で一つしかない貴重な品だ。まぁそれが世界に広まり、栄えあるプロトタイプとなるか。やっぱりこれはダメだと、人知れず闇に葬られるかは、その装備次第ではあるが。
だがそれはともかくとして、試作装備である。とりあえずで作ったので、実際使えるか使えないかは、使ってみなければわからないわけだが、どんな不具合があるかわからないのが試作装備と言うものだ。
そのため、何が起こるのかわからない装備を試しに使ってくれる者など、そうそういる者ではないのが実情である。
そんなある日のこと。各企業に宛てて一つのメールが送られてきた。
差出人は、新たに独立傭兵となった元トーラスのリンクス、イリア・T・レイフィール。内容は、試作装備の実戦運用テストを引き受けます、と言うものであった。情報漏れや守秘義務に関する詳細な契約内容込みで。
それを見て、「彼ら」は藁にもすがる思いで、すぐに依頼を出した。一応、自社お抱えのリンクスもいるにはいるが、彼に使わせるには色々と問題があったのである。その装備との相性的な意味で。
だが他に使えそうなリンクスに頼むには、あまりにもそこは力が小さすぎた。そんな彼らにとって、その申し出は願ってもいないものだったのである。
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イリアの朝は早い。
だが決まってお約束なイベントとして、目覚まし時計の破壊で朝を迎えることになるのが日課であり、この日もイリアは寝ぼけ眼状態で、うるさいそれを壁になげつけてしまい、壊れた音で目を覚ますこととなった。
とりあえず直るかもしれないので、イリアは着替えと身支度を済ませ、壊れた目覚まし時計を片手にリビングへと向かった。
そこではオウガが通信端末を前に誰かと話しているようだった。口調がやけに丁寧であることから、トーラスとか知人相手ではないのは間違いないだろう。話の邪魔にならないように、静かにその場で待つ。
それから数分後。話は終わったらしく、オウガはイリアの方へと向き直った。
「やぁ、おはようイリア君。どうやら初仕事となりそうだよ。試作装備のテスト依頼が来たよ」
「そうなの? …オウガさんの読み大当たり?」
「ふっふっふ。そういうことだよ。記念すべき依頼第一号は、オーメルグループ傘下のテクノクラートだ」
「……テクノクラート……」
テクノクラート。
旧イクバールの子会社であり、現在はオーメル傘下企業。かつての大国ロシアの国営企業を母体としているが、その技術水準は非常に低く、イクバールの子会社だったころから、そこにかなりの割合で依存していたらしい。
それは今でも変わらず、テクノクラートが所有するネクストは、元イクバール・アルゼブラ製のネクストがベースとなっているほどだ。斜陽企業などと言われているが、実際存在感自体が薄いのは本当のことだ。…そこに所属するリンクスは逆に存在感ありまくりだが。
「まぁ、試作装備だし、あまり他所には知られたくないと言う事で詳しい話は、後になるけどね」
「ロケット?」
「ロケットだろうね。テクノクラートだし」
テクノクラートの看板。それはロケットである。ただしブースターではなく、武器としての。
比較的軽量で安価。さらに威力の割りに反動も低く、連射速度もそれなり、かつ火力もあると、パッと見では優良装備であるのがロケットだ。だがFCSに連動せず、完全にノーロックでの使用を強いられるそれは、非常に扱いづらい武器とされている。一応固定目標や低速も移動目標に対しては今でも充分使えるが。対ネクストとなると話は別。高機動な相手には、狙ってもそうそう当たるものではないため、使用者自体が少ないと言うのが現状であり、一番使われない装備でもある。それはリンクスの中でロケットを使っているリンクスが何人いるかを見れば一目瞭然だろう。最も、世界は広い。対ネクストだろうと使いこなす人材もどこかにはいるかもしれないが。
「ところで、その手に持ってるスクラップもどきは―――」
そこまで話が進んだところで、オウガはイリアが手に持っている物に気がついた。それを指摘され、イリアは思い出したように苦笑いを浮けばて、テーブルの上に差し出す。
「目覚まし時計。またやっちゃったんだけど…」
「またか…。インテリオル製の目覚ましは、エネルギー効率がいいから長く使えることで有名なのに……。また見事に壊したなぁ…」
「それってつまり…」
「修復は無理。おめでとう、ここに引っ越して来て記念すべき10個目だよ」
「うぅ…。なんで目覚ましって、すぐ壊れてしまうの…?」
「それはイリア君の扱いが荒いから…」
「……おっしゃるとおりです」
オウガの的確な突っ込みに、イリアがガックリと肩を落としてうなだれる。一応壊れないようにと自分なりに工夫はしているのだが、それでも効果は薄かった。手の届かないところに置いてたら、近くにあった物を投げつけて壊した。
手の届くところに物を置かないようにしたら、自分で歩いていって床に叩きつけていた。
壊れないようにと、周囲に頑丈なバリケードを築いたら。そもそも音が聞こえないと言う本末転倒なオチに終わった。
まるで冗談のような展開だが、本人は決してそのつもりで壊しているわけではないことを、この場を借りてお伝えしておく。
「まぁ、目覚ましはどうにかするとして。とりあえず出発の用意をしようか」
「わかった…」
それはともかくとして。初仕事をやるため、すぐにイリア達は準備に取り掛かるのであった。
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それから数日後。テクノクラートから派遣されてきた開発スタッフがイリア達の下を訪ねてきた。
「今回は、我がテクノクラートの試作装備テストを受けていただいてありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。――これで首の皮が繋がると言うものですよ」
スタッフの言葉にオウガが笑いながら答える。だがそれは紛れもない事実であった。おもに生活費その他の方で。
「それで試作装備だけど…。やっぱり…ロケット?」
「なぜ、それを―――」
イリアが尋ねると、テクノクラートのスタッフは驚いたように目を丸くする。なぜ、それを知っている…とばかりに。
だって、ロケットしか作ってないし。そう言おうとしたイリアの口をオウガが慌てて塞ぎ、話を進める。
「テクノクラートと言えば、やはりロケット装備と言う印象が強いものですから」
「あぁ、なるほど。確かにロケットですが、今回…我が社は違う分野に進出しようと思いまして。ロケットはロケットでもブースターの方をと」
テクノクラートのスタッフが簡単な仕様書を差し出す。そこにはロケット技術を使ったネクスト用ブースターと思しき図面が描かれていた。
「これは…追加ブースター?」
「いえ、オーバードブースター・・・です。仮称はORB(オーバード・ロケットブースター)と言います。」
「…ロケットブースター…」
やたらにでかいブースターであった。背部兵装と言ってもおかしくない。ぶっちゃけ、追加ブースターと言った方が納得できる代物だ。
「ま、まぁ確かに従来のオーバードブースターと比べれば、サイズが50倍増しになってますが…」
「大きいってもんじゃないよ…それ!?というか、機体によっちゃ背部兵装も積めそうにないしっ」
「ですが、ちゃんと売りもありますよ。こいつは―――PAを消費せずに使用できるのです」
「なんだって…?!」
「えぇっ!?」
スタッフの言葉に、イリアもオウガも驚く。ネクスト用のオーバードブースターは出力を大幅に上げるため、エネルギーとKPのバイナリ方式となっており、KPの供給はジェネレーターから回すようになっている。そのため、PAへの供給力が低下し、使用に応じてPAが減衰してしまうのだ。もちろんブースターの消費量をジェネレーターのKP出力が上回れば、この限りではないが。
だがテクノクラートのオーバードブースターは違うと言う。PAを消費しないということは、言い換えればコジマ粒子とは違う方法で出力を稼いでいることになる。
「一体どうやって…?」
「詳細は明かせませんが、これにはテクノクラートが独自に開発した超高密度圧縮燃料を使用し、それとエネルギーのバイナリ形式にすることで、他企業のオーバードブーストと同レベルの出力を与えることに成功したのです」
「このご時世に、まさかの化学燃料……。その発想はなかった…」
「技術水準が低いと言われますが、低いなら低いでやりようはあるのですよ、ふふふふふ…」
なぜかその場で俯き、不気味な笑みを漏らすテクノクラートのスタッフ。なんだかんで周囲の評価を気にしているのかもしれない。だがそれに対して触れる度胸は、イリアにもオウガにもなかった。
「また、それによってオーバードブースト使用中のEN消費量も格段に低下しています」
「ほほぉ。…EN消費量2000ちょい…? 負荷の大きい機体でも半永久使用できるじゃないか…」
提示されたスペックデータを見たオウガに戦慄が走った。通常ネクスト用のオーバードブースターと言えば、消費量は5桁台が普通だ。にも関わらず、その消費量は4桁と言う破格の省エネ仕様であった。それでいて出力がそれなり。重量機でも充分に飛ばせるほどだ。
「えぇ、こうでもしなければ差は付けられませんから」
「もし成功すれば、ブースター関連で一大旋風が巻き起こるかもしれないな…」
唯一の難点は、その重量か。別に燃料なんぞ積んでしまっているせいで、オーメルの追加ブースターよりもさらに重くなってしまっている。だが、そのデメリットを打ち消せるだけのメリットも秘めている。
様々な機体やパーツの研究をしているオウガですら、このオーバードブースターには新しい可能性が秘められていると思わざるをえなかった。
「ともかく、あとは実際に使ってみるとして―――」
「ご心配は無用です。パーツは持参していますので、後は取り付けとテストさえしていただければ…すぐにでも」
「わかりました。それじゃあ、イリア君。今回はこれのテストと言う事でいいかな?」
「うん、いいよ。あ、でも―――」
イリアはちらりとカタログスペックを見てから、オウガのほうへと向き直った。
「武装も装備しといてほしいかな。GRB-TRAVERとACACIAを両手両背で」
「む…? 今回、戦闘はやらないぞ?」
「そうだけど、ほら。武装積んで上手く飛べないとかじゃ話にならないでしょ?」
「あぁ、それもそうか。じゃあ、その装備でテスト行こう。日程的には―――明日になるか。オーバードブーストの試験とは言え、一応カラードに連絡は入れる必要があるし…。試験場所の確保もあるからな…。そういうことでいいですかね?」
「えぇ、よろしくおねがいします」
そう言って、テクノクラートのスタッフは丁寧に頭を下げるのであった。
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そしてそれから二日後。カラードのある地域から十数キロ離れた荒野に、テクノクラート製のオーバードブースター…ORBを装備したイリアのネクストと、計測機器を満載したトレーラーの姿があった。
『よし、それじゃあ始めよう。イリア君』
「それじゃあ、行くよ」
イリアの機体が僅かに身をかがめ、ブーストを使って移動を開始する。そして安全距離を確保したところで、ORBを起動。
通常のオーバードブーストとは違う黄色と赤の光が背部より吐き出され、強い力によって前へと機体が押し出されていく。だが、その感触は通常のオーバードブーストとは違う物だった。
「……ぅ…。なんかGがじわじわ来る…」
『燃料エンジンならではと言ったところだろうねぇ。起動時の隙は少し大きめってところか。だけど速度は確実に上がってるな。異常も今のところはなしと…』
ブーストを使って機体の高度をあげ、さらにオーバードブーストによって加速していく。
『ネクスト本体のEN消費はあるけど、ないも同然だな、こりゃ…。よしORBを使ったまま、クイックブーストによる高機動を試してみよう』
「ん、了解」
ORBを吹かしたまま、クイックブーストによる急激な機動を取る。右に左に。さらに前後クイックブーストによる急加減速から、クイックターンによる強引な軌道変更など。
「オーバードブースト使ったまま、普通の機動が取れるってすごいよ、これ…」
『消費がないから、バンバン吹かせるわけだしな。止まれないのは難点だが、これはこれで使い道は多そうだ。…技術水準の低さを逆手に取るとは、テクノクラートもすごいな。しかし……』
「…どうかしたの?」
『派手だなぁ…と』
ネクストに乗っているイリアは知る由もなかったが、ORBで飛んだ後には、見事な噴射煙が尾を引いていた。その目立つこと目立つこと。
『よし、大体のデータは取れたな。テスト終了だ』
「わかった。それじゃあORBをカットっと」
まぁ、それは大した問題じゃないだろうとテストは終了することにした。結果からすれば、大成功と言ったところだろう。そう思いかけた次の瞬間だった。
「―――…あれ?」
オーバードブーストをカットしようと操作してみるが、止まる様子が全く見られない。
数回繰り返すも、やはり止まらない。
「オウガさん。ネクストの管制システムチェックして」
『む? 何かあったのかい?…………。異常はないな』
「………ORBが止まらないんだけど」
『…え゛』
「だめ。やっぱり止まらない…」
『ちょっと待っててくれ』
通信機のスイッチは入ったままなのだろう。微かにだが話し声が聞こえてくる。やがて、再びオウガの声が聞こえてくる。
『えーっとだな。そのORB、なんでも固体燃料が使ってあるらしい』
「ロケット用の?」
『ロケット用の』
「私の記憶が正しければ、それって点火したら中断できない……よね」
『うむ。オーバードブースト中に攻撃されることを考えたら、液体燃料の方が危険らしくてこっちにしたらしい』
「つまり…………………」
『燃料が切れるまで飛び続けるしかないわけだ。ちなみに持続力は1時間。まぁ、その…なんだ。イリア君、がんばって…!!』
「テクノクラートの……馬鹿ぁぁぁぁぁっ。1時間分も燃料積むなぁぁぁぁぁぁっ!!」
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それから約1時間後。ORBの燃料が尽きて、イリアはようやく元の場所へと戻ってくることが出来た。
とは言え、1時間ぶっつづけで高速環境下にあっただけでなく、その間機体制御に集中するはめになったため、AMS適正の高いイリアですら戻ってきたらグロッキー状態になっていたのは言うまでもない。
そしてORBに対するイリアのレポートは次のようなものだった。
性能自体は悪くない。持続時間を短くすれば少しはマシになるかもしれない。だけど一回しか点火できず、点火したらブースト制御できないと言うのは、オーバードブーストとしては駄目だと思う。用途によっては使えなくもないと思うけど、融通の効かなさから、ネクスト向きではないと思われる。
このレポートを受け取ったテクノクラートのスタッフは、少々残念そうにしつつ本社へと帰っていくこととなった。
だがイリアは愚か、この時…誰も知る由はなかった。
このテクノクラート製オーバードブースト、ORBの改良型が後に世界に関わる大きな役割の一端を担うことになろうとは―――。だが、それはまたずっと後の話である。
~つづく~
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☆作者の一言コーナー☆
と言うわけで、試作装備テストの巻。
今後は「ボクの考えたネクスト用装備ネタ」と「ストーリーネタ」の複合構成でいくことになると思います。最も、思いつく試作装備の数は、たかが知れていますが…。
なお今回はただのテストでしたが、今後は実戦での依頼と並行してテストしていく展開がメインとなる予定です。まぁ予定は未定でもあるのですが…(マテ
さしあたっては、今回はこのあたりで。
ここまで読んでいただき、ありがとうございましたっ。