小説/長編

Written by えむ


 独立傭兵になる。一言でそれを言うのは簡単なことである。だが実際には、そう単純な話でもない。
 一大決心を経て、トーラスの社長でもあるマティアスの許可も、あっさりともらったイリアであったが、彼女はここでふと重大な事に気がつくこととなった。
 先日、街でばったり出会ったダン・モロから独立傭兵について色々聞いたのに、独立傭兵として活動するために何が必要なのかについて何も聞かなかったのである。例えるなら、面白いゲームの話を聞いて買おうとしたものの、どこで売ってるかを聞き忘れた。そんなところである。
 しかしながら、どうしたら良いのかわからない時は、誰かに聞くのが一番である。そんなわけで一番身近にいる大人。すなわち現状では自分の直接の上司にあたる技術者兼オペレーターのオウガに尋ねてみることにした。

「オウガさん、独立傭兵になるために必要なことって何かな?」
「最低必要なのはカラードへの関係書類の提出だね。あとは、まぁネクストの整備とかもどうにかする必要があるし、住処とかもいるかもしれないねぇ。企業関係施設を家代わりにしてたら、独立傭兵なんて言わないだろうし」
「そっかあ。それじゃあまずは整備してくれるところとか、そこから見つけなきゃだめかぁ」

 携帯用端末のメモ帳機能を使って、言われたことを一つ一つ入力していくイリア。

「専属チームがいるところもあるけど。カラードに委託している独立傭兵も多いのが現状だけどねぇ。…って、イリア君。なんで急にそんなことを?」

 作業の手を止め、そこで初めて振り返るオウガ。ちなみに作業内容はネクストのアセンブリであり、タイトルには「実弾防御超特化機体」と書かれていたりする。

「うん、実はね―――」

 オウガに尋ねられ、イリアはそう決断するに至った経緯について、静かに話し始めた。カラードに行った時のことや、街中で知り合ったリンクスとの話など。そしてそれらを踏まえて、自分が考えてきたことを。

「なるほど。独立傭兵なら行動の幅が広がるから、何か見つけられるかもしれないと思ったわけだ。……そうか、独立と言う手があったか」
「へ……?」

 イリアの話を聞き、オウガは何か閃いたかのように顔を上げた。キラーンと目が光ったような気もしたが、それはたぶん何かのみ間違いであろう。

「ふ、ふふふふ…。イリア君、すぐに僕の研究チームを呼んできてくれ!!みんなで話し合うことが出来た!!」
「え? お、オウガさん?」
「ほらほら早く!!イリア君にとっても悪い話ではないと思うから!!」
「は、はいっ!!」

 なんだかよくわからないまま、言われるままにオウガの研究チームを呼びにいくイリア。それから十数分後。作業場代わりとなっているガレージにて、イリアとオウガ。そして彼が率いる研究チームが勢ぞろいしていた。

「諸君、唐突ではあるが。この度、イリア君が独立傭兵として再スタートすることにしたらしい」
「…な、なんだと!?イリア君が独立!?」
「どうするんですか主任。一点特化型とかの癖の強い機体とか乗ってくれる人なんて、なかなかいないんですよ?!」
「そうよ。イリアちゃんがいなくなったら、私はこれから何を支えに生きていったら…。着せ替えとか着せ替えとか…」
「あぁ、この前のはかわいかったなぁ」

 伝えられた事実に一斉にざわめき出す研究チーム一同。自分がいなくなることに対するみんなの反応に思わず表情が硬くなるイリアであったが、オウガはそんなイリアを尻目に話を続ける。

「わかっている。イリア君がいなくなるというのは、我々にとっても損失だ。そこで考えた。我々もイリア君についていって独立すればいいと!!」
「「「「!!」」」」

 その時、その場に電流が走った。――ような気がした。

「考えてもみたまえ。これは良い機会と言える。なぜなら――――」

 メガネのブリッチを中指で押し上げ、不敵な笑みを浮かべるオウガ。

「独立傭兵なら、どこの企業パーツを使っても誰も文句を言わないからだ!!」
「「「「!!」」」」

 オウガ率いる研究チームのテーマは「既存パーツでの組み合わせによるネクストの可能性追求」と言うもの。それゆえにどこのパーツも自由に使えるというのは願ってもいない環境であった。
 もちろんトーラスにいても出来ない話ではない。なぜならトーラスはどこのパーツを使おうと気にはしないからだ。だが、盟主であるインテリオルは違う。研究のためとは言え、ライバル企業のパーツ購入しまくることに関しては、あまり良い顔をしない。
 他人がどう思おうと知ったことではないのだが、自分たちが他企業パーツを遠慮なく使うことで、トーラスに迷惑がかかるかもしれないとなれば、話は別だ。トーラスの社訓には次のようなものもある。

 社訓その6 自爆はすれど、巻き込むな。

 これは、失敗するのはいいけど、関係ない人にまで迷惑をかけてはならない、と言う意味だ。
 まぁそんなわけで、一応それなりに自重しつつ研究とデータ取りを続けていたのである。もっと自由にパーツ使えたらなぁ…と思いを馳せながら。
 そんな彼らにとって、独立傭兵の立場は願ってもいないものなのである。貴重な人材も失わずに済むし。
 じゃあ、なんで今まで独立してやろうとか思わなかったのかと聞かれれば、その答えはこの一言に集約される。
 【その発想はなかった】
 意外な発想が閃いたりするわりに、簡単なことが見えなかったりする。技術者にはよくあることである。閑話休題。

「どうだろう? みんなの意見を聞かせてほしい」
「「「異議なし」」」
 
 満場一致であった。すでにオウガの研究チームの心は一つにすらなっていた。唯一違うのはイリアである。
 オウガ率いる研究チームがまるごとついてきてくれればネクストの整備その他の問題は一気に解決する。だが一人抜けるならともかく、研究グループ一個丸々抜けると言うのは、さすがのトーラスとはいえ簡単に頷くとは思えない。

「ま、待ってよ。オウガさん達が一気に抜けるのはさすがにトーラス側もOKは出さないんじゃないの?」
「言われてみれば…」
「一人や二人抜けるのとはわけが違うものな…」
「くそぅ、自由に研究開発できるチャンスだと言うのにっ」
「こうなったら夜逃げするしか…!!」

 イリアの言う事も最もだと気がつき、研究チーム一同のテンションが一気に下がる。だが、そんな中でもオウガはマイペースに告げる。

「まぁ、一応聞いてみようじゃないか。と言うわけで、ちょっと行って来る」
「い、今!?」
「思い立ったが吉日と、社訓にもある。ダメならダメでその時だ」






「聞いてきた」
「主任どうでした?」
「OKだった」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ?!」

 あっさり出たOK発言に、その場にいた全員が驚く。言うまでもなくイリアもその一人である。

「しかも研究のための資金援助は、こっちにいた時と同じようにしてくれるらしい。もちろん条件もついてたけど」
「条件って?」
「忙しくなって手が足りない時は手伝いにきてくれること」
「「「………」」」

 それって結局今までと大して変わらないんじゃないだろうか、と誰もが思ったのは言うまでもなかった。だが、これほどの好条件を飲まない手はなかった。
 許可が出たのなら、あとは、もう動くだけ。そして思い立ったが吉日を社訓の一つとしていた彼らの行動は早かった。

「ともかく、こうと決まれば話は早い。諸君、活動開始だ。必要手続きは僕がやっておく」
「それなら、さっそく新しい住処兼研究場所となる物件を探してくるわ!!どうせならカラードの近くがいいわよね?」
「俺は引越し便の手配をしよう。何を隠そう、俺の彼女はインテリオルで輸送部隊やっててな。時間の都合がつけば手伝ってくれるはずだ。何スピード狂なところがあるが問題はない。腕は保障する」
「じゃあその間に、こちらで持っていく荷物の梱包作業を始めておくとしよう」
「ひゃっはー。引越しだー!!」

 思い思いにそれぞれ自ら出来ることで役割分担を始め、さっさと引越しのためにとその場から出て行く。後には過ぎ去った嵐の後のように、静寂だけがその場を包む。。
 後に残るはイリアが一人。

「……………ま、まぁ。いいか…な」

 完全に置いていかれた形となったが、まぁともかくオウガがオペレーターはしてくれるだろうし、整備班その他の問題もクリアすることができた。住処とかネクスト置き場だとか、その辺絡みもなんか全部やってくれそうな勢いである。
 至れり尽くせりな気もするが、まぁこれも結果オーライということで良しとすることにして、イリアはとりあえず自分の荷物を片付けるために、自分の部屋へと向かうのであった。

 それから数日後。
 カラード施設のあるコロニーの傍にそこそこの物件を見つけ、拠点&住処も確保したことで引越し作業は本格的となった。
 身の周りの品や、オウガ率いる研究チーム(整備班込み)の所有物その他諸々に加え、ネクストの武装とパーツも持っていけるだけ持って行くこととなった。
 ほとんどは研究用のパーツであるが、イリアの機体用の武装パーツももちろん別にある。概要としては、ACACIAアサルトライフルとプラズマキャノン。オーメルの小型ブレードにアルドラ製背部グレネードキャノンが2セットずつ。あと独立祝いにとなぜか進呈されたMADNESS/XAとINSOLENCE2門。あとはADDICTとをもっていくことにして、ミッションはそれらを使い分けることなった。あとは傭兵稼業を続けながら、必要なものを買い足していくことにすることで話はまとまった。
 そして、最後に。
 独立するに当たって、イリアは自分の愛機の基本アセンを変更すると言い出したことで、またちょっとしら騒ぎとなった。それに対する整備班一同の反応は様々である。

「な、なんだと!?アクアビットマンから違うのに変えると言うのか!?我らの魂の化身を捨てるというのか、貴様…!!」
「イヤ、まて落ち着け。イリア君のアクアビットマン好きを考えろ、よほどのことだぞ」
「デフォルメのぬいぐるみに、V.I.も部屋にあったな、しかも観賞用、保存用、布教用の3セット」
「お前、なんでそんなこと知ってるんだ…」
「頼まれて買ってきたのは私だ。ともかく好きにも関わらず機体アセンを変えようというわけだから、それなりの理由があるんじゃないか?」
「イリア君、その理由を説明してもらってもいいかな?」

 とりあえずオウガが尋ねると、イリアは小さく頷いて、その理由を説明し始めた。
 リンクスになって何をしたいのか、何が出来るのか。それを模索するのはもちろんのことだが、それと同時にやっぱり強くなりたいのも事実。だが自分の今の戦い方は、ランスタンとの相性が良くないことが、ヤンとのオーダーマッチを思い返して実感したらしい。

「今でもアクアビットマンを使いたい気持ちは変わらない。だって、私がリンクスになりたいと思ったあの人が使ってた機体だもの」
「憧れの人が乗ってた機体――シルバーバレットだったっけ」
「うん。でも独立傭兵になったら、これまでよりも危険が多くなるし。負けたとしても、生きては帰らないといけない。そのためには、こだわりよりも自分にあった機体にした方が良いと思うの」

 そう語るイリアの真剣な表情に、それ以上は整備班一同も何も言えず、口を閉ざしてしまう。

「こだわりに走るのは強くなってからでも遅くはないだろうし」
「そういうことか…。で、どんなアセンにしたいんだい?」

 そういうことなら仕方ない。だが、そうなれば一体どんな機体構成にするつもりなのかと聞いてみるオウガに対し、イリアは前々から考えていた機体アセンを告げた。

「ランスタンの腕部と脚部をユディトに変えて、ブースターはインテリオル系列でメインとバックがラトナ。サイドはSCHEDAR。OBがリゲルってところかな」

 イリアの説明を聞きながら、機体構成を思い浮かべるオウガと整備班一同。彼らの脳裏には、ある意味スマートになったランスタンの姿が浮かんでいた。これアクアビットマンの派生ですと言っても、ある意味通用しそうな気がしなくもない。
 ただ少なくともENの効率はランスタンの比ではないのは紛れもない事実である。
 ENにも結構やさしい新生ランスタン。そんな標語がふと思い浮かんだりもしたのはここだけの話。最もユディトを作ったオーメルが聞いたら、どんな顔をするかはわからないが…。
 こうして色々な意味で心機一転、独立傭兵としてやっていくための下準備は無事に完了。あとは初仕事を待って、イリアは傭兵稼業を。オウガとそのチームは趣味と実益を兼ねた研究を整備その他ついででやっていくことになるのであった。
 …が、現実はそう甘いものではない。独立傭兵となって2週間以上が過ぎ、イリア達の前には、なりたての独立傭兵の誰もが遭遇する資金面の問題が初っ端から、目の前へと迫ってきていた。
 原因は、インテリオルを敵に回す依頼だけは受けない…と言うのがイリア達の最低限の活動方針である。それゆえにGAが出してきたインテリオルへの攻撃を主軸とした依頼を受けることが出来ず、時間ばかりが過ぎていた。
 GAからの対インテリオル以外の依頼もあるにはあったのだが、それは僅かな時間差で別の独立傭兵に先取りされてしまった始末。オーメルに至っては今のところ依頼そのものを出しておらず、インテリオルも独立傭兵への依頼は現在出ていないというのが現状であった。
 さらに言ってしまえば、デビュー時のインパクトこそ大きかった物の、イリアは基本的に施設防衛しかやっていない。表立った活動はほとんど取っていないため、知名度的にはそんなに高くはないのも仕事が来ない理由の一つであった。
 間が悪かったといえば、それだけのことなのだが…。現実問題として、このままだとちょっとまずくなりそうなのは誰の目にも明らかである。
 それから数日がさらに過ぎ、いいかげんなんとしないと洒落にならない状況に―――具体的には、ガレージの使用料と家賃の滞納がやばいことに――なってきたところで、オウガが一つのプランを提案する。
 普通の依頼が難しいなら、誰でもは出来ないような依頼をやればいいと。そして、その日のうちに各企業の上層部ではなく、開発部宛てで一つのメールが送信された。

 その内容は、トーラスに限らず、企業問わず試作機や試作装備の実戦テストを請け負うと言うもの。
 オウガは技術者だからこそ、この分野での需要が決してゼロではないことを知っていたのである。なぜなら使えるかどうか怪しい装備をわざわざ使おうとするリンクスは、まずほとんどいないからだ。最も例外はいる。ランク21 ダブルエッジを駆るカミソリ・ジョニーがそうだ。
 それでも競合相手は少ないのだから、流れさえ掴めれば問題はない。だからこそ、そこをセールスポイントにしようとしたのである。

 このオウガの読みは大当たりだった。数日後、イリアの元に一つの試作装備の実戦テスト依頼が来たのである。

~つづく~


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移設元コメント


☆作者の一言コーナー☆
 ユディットにランスタン頭でもアクアビットマンを名乗って良いのでは、などと思ったりする、えむです。体型がそっくりだしっ。だが異論は認める。

 さて次回はオリジナル試作装備登場の回。依頼主は果たして…?
 それは作者すら知る由はなかった…(マテ

 では、今回はこれにて
 ここまでお付き合いいただきありがとうございました(・▽・)ノシ


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