Written by えむ
インテリオルグループの傘下、トーラスの朝は早い。
早いと言うより、徹夜作業を経て、そのまま朝になってしまってるだけのことなのだが、その理由は簡単だ。研究や開発がヒートアップしすぎて、そのまま寝るのを忘れてしまう人が必ずいるのである。2桁で。
本来ならば何かしらのトラブル――例えば…主に給料面だとか、仕事時間とか――で問題となるだろうが、それは大丈夫。なぜなら全員が、自分から望んでそれをやっているのだから。だから誰も過剰勤務を咎めない。と言うか、逆にそれを止めさせようとしたら、それこそクーデターでも起こりかねない。
一般には知られていないが、かつてこんなことがあった。
あまりにもトーラスがオーバーワーク気味にがんばるので、当時インテリオルから出向していた代理の取締役が制限をかけようとしたら、トーラスの技術者達が一斉に抗議デモを起こしたのである。その時の彼らの言い分はこうだった。
「仕事(研究)時間を返せ!!」
「もっと、やりたいことがあるんだ!!休む時間なんかいらねぇ!!」
「給料あげろとは言わないから、もっと仕事(研究開発)させろ!!」
「貴重な仕事(研究)時間を奪われてなるものか!!」
何かが間違っている気がするが、こんな感じである。
その後、インテリオル地上支部に、格納庫に眠っていたウルスラグナで殴りこみをかけようとしたところを、ミセス・テレジアのカリオンがやむなく阻止。トーラス上層部がインテリオルと交渉を行い、この件は人知れず闇に葬られることとなった。閑話休題。
まぁ、ともかくトーラスの朝は早い。
そして徹夜明けで朝日が昇り、初めて我に返る社員が多いのである。中には、それでも我が道をさらに突き進む猛者もいるが、大抵のスタッフはここで仕事に一段落をつける傾向にある。そして向かう先は、食堂だ。
「………」
トーラスに配属されて二日目。90分に渡るベッドとの戦いを経て、食堂を訪れたイリアの目の前に広がる光景は、すごかった。
「おはようございます」
「やあ、おはよう。今日もいい朝だな!!」
「徹夜3日目…。ふふふ…まだまだ…大丈夫だ…。ふふふ…」
「さて、今日もがんばるか!!」
「……何が、何がおかしいんだ…。なぜ…動かん…」
「えーっと、本日の予定はジェネレーターのチェックだったっけ。その後は―――」
「私、朝ごはん食べたら、また研究するんだ…」
「今日の運勢は…中吉かぁ」
「あ゛ー……あ゛ー……」
爽やかな朝の風景に混じって、明らかに何かおかしい存在がいる。疲れ果ててたり、何かテンションがおかしかったり。徹夜明けの疲れなどによる重い空気を漂わせ、明るい空間の中をうろうろしている方々。
例えるならば、あるのどかな昼下がり。街の大通りを家族連れが笑いながら歩く横を、ゾンビがノソノソと通り過ぎていく。そんな異質な空間が目の前にあった。
「……うわぁ…」
トーラスでは毎朝お約束の光景だが、初めてこの場を訪れたイリアにとっては、ちょっとした衝撃だった。
「…イリアか。どうした?」
イリアが半ば呆然と立ち尽くしていると、そのすぐ後ろから声がかかった。誰だろうと振り返ってみれば、そこには何度かすでに会ったことのある一人のリンクスが立っていた。
「あ、スティレットさん」
イリアの表情に笑みが浮かぶ。
スティレット。旧メリエスから今はインテリオル・ユニオンのリンクスとなり、カラードランクは6位。今日、ここにいるのは偶々インテリオルからの出向と言う形ではあるが、イリアがリンクスになるにあたって少なからずお世話になった一人である。
「母から、トーラスの朝の食堂はすごいって聞いてたんだけど。ここまでとは思わなくて…」
「そうか。…初めて見れば、そう思うかもしれないな」
その場を一望し、一人納得したように頷く。
「まぁ、すぐに慣れるさ」
「そうだといいなぁ…」
すぐ横を通り過ぎていき、いきなり床に倒れ、近くにいた社員に「おい、しっかりしろ!!すぐに仮眠室に連れて行ってやるからな!!」と引きずられていく白衣の誰かを横目で見ながら、イリアは本当に慣れるのだろうかと不安を覚えたとしても、きっと何もおかしくはない。
ちなみに、爽やかな朝を迎えている社員は、周囲で重い空気を漂わせている徹夜明けメンバーのことを気に留めていないのは言うまでもないだろうが。
とりあえず朝食を受け取り、一緒に空いている席へと腰掛けてから。イリアが思い出したように口を開いた。
「あ、あのスティレットさん。一つ相談に乗ってもらっても良いかな…?」
「…なんだ?」
食べる作業を中断し、顔を上げるスティレット。
「あ、えっとね。私のランスタンの武装についてなんだけど」
そう言って。イリアは一部始終を説明し始めた。
先日のラインアークでの戦闘で、とりあえずとしてアルドラのグレネードを使用したものの、どうもしっくりとは来なかったのである。決して使いこなせないわけではないのだが。
「それでアドバイスでももらえないかなぁって。一応私は私なりに考えてみたのだけど」
「……ほぉ」
そう言ってイリアがナップサックの中から、ネクストの兵装カタログを取り出す。すでに栞がはさんであり、そのページを開いて見せた。
「これなんだけど…」
「………」
そのページを見たスティレットの表情が崩れる。開いた口が塞がらないとでも言いたげに目を丸くして。普段は、あまりおおぴらに感情を表に出さない彼女としては、非常に珍しいことでもある。
「どうかな…? できれば、これを二つ積めたらって――」
「やめておけ」
続くイリアの言葉に即答だった。
「な、なんで? 火力だって充分にあるし、私のランスタンなら少し積載オーバーする程度で乗せれるんだよ?!」
「確かに火力はある。お前の腕なら、高負荷だろうとなんとかなるだろう。だが、それでもやめておけ」
「…どうして…?」
「それをやらせると、色々とまずい気がする」
そう言って、目の前に開いてあるカタログのページへと視線を落とす。そこには、オーメル製のレーザーキャノンが乗っていた。EC-O307AB、ローゼンタールの象徴と名高いノブリス・オブリージュが装備する三連レーザーキャノン。またの名を「羽レーザー」と呼ばれる物が、そこにあった。
積んだら積んだで、きっとインパクト満載な機体が出来上がったことだろう。彼女の腕なら、振り回すことだってわけないのもわかっている。それほどの腕を持っているのだから。
しかし、それでも積ませるわけにはいかなかった。処々諸々の事情で。
「…せっかく腕部をMADNESS/XAにして、最強のアクアビットマンにしようと思ったのに…」
残念そうに呟くイリアに、スティレットは一人ため息をつく。
その後、紆余曲折を経て。イリアのランスタンは両背にトーラスのプラズマキャノンSULTAN。格納にオーメルの小型ブレード2本を入れ、それでとりあえず行くことに決まった。イリアは羽レーザーに未練たっぷりであったが。
この変更に関して、スティレットの人知れぬ努力があったのは、ここだけの話である。
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さて、そんな武装変更プランが決定し、スティレットと別れたイリアはそのことを伝えるべく、愛機ランスタンのあるガレージへと足を運んだ。
そして、そこに来た彼女の目に飛び込んできたのは、変わり果てた愛機の姿だった。
「………」
ガレージを間違えたかとも思ったが、間違えるはずもない。この施設にネクストのガレージは一つしかないのだから。
イリアが呆然とする中、一人の白衣を着た男が近づいてくる。
「やぁ、イリア君待っていたよ。さっそくだが、ネクストの超高速下でのデータ収集のために一仕事してくれないか?」
おもむろにそんなお願いをしてくる男の名はキサラギ・オウガ。自称「天災アーキテクスト」を名乗るトーラスに出向中のネクスト技術者であり、テストパイロットとしてのイリアの直接の上司でもあった。
「……オウガさん。私のアクアビットマンは?」
「あぁ、それならそこにあるじゃないか」
そう言って指差した先には、アスピナが誇る最軽量にして紙装甲の機体であるフラジールが置かれていた。しかも脚部はアルゼブラの軽四脚。なるほど、確かに、これなら超高速化も出来なくはない。
だが、そういう問題ではない。
自分の愛機となるはずの、しかも自分がお気に入りだった機体を勝手に変えられたイリアの受けた衝撃は小さくはない。
「…私のアクアビットマンが……」
「ほら、ちゃんと前の機体の面影は残ってるから!!カラーリングとエンブレムは、前のままだから!!」
なるほど。確かに、カラーリングはコジマカラーだった。エンブレムも丁寧に付け替えられている。だけど、そこにあるのはフラジール。どこをどう見ても、ランスタンではない。ちなみに武装はなかった。
「そういう問題じゃないよ!! 返して!! 私のアクアビットマン返してっ!!」
「だ、大丈夫。ちゃんと君の前の機体はあるから!!」
「…本当?」
「もちろんだとも」
涙目で見つめるイリアに、オウガは胸を張って頷く。それを聞いて、少しだけ安堵の表情を浮かべるイリア。しかし現実は、やはりそう甘くはなかった。
「予備ガレージが使えなかったんで、バラバラにしてあるけど」
「オウガさんの、馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ごふぅ!?」
そこらに落ちていたスパナを投げつけるイリア。その投擲の狙いは寸分の狂いもなかった。
さしあたって、これがイリアのトーラスでの最初の朝の出来事であった。
~つづく~
☆作者の一言コーナー☆
トーラスでの朝の一幕。そしてスティレットさん登場。
何気にイリアの交友範囲は、最初から広めだったり。
ランスタンがバラされてしまったのはデータ収集用機体用のガレージが整備中だったためです。なので次までには元に戻っていることでしょう。
なお、今後も大体こんなノリです。ご了承ください…。
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