小説/短編

Written by Rt


【魔弾の射手】

この世は数字で出来ている。そう言っても過言ではない。
 

自然物、人工物、有機物、無機物、その存在に気づいた人ですらも数字で出来ている。
周りを見渡してみると分かるはずだ、点が点をつなぎ、線が線をつなぎ、横が縦になり高さを生み空間を作っている。それは長さであれ、色であれ、人の心臓の鼓動であれ全てのものには数字が割り振られている。
 

私は幼い頃から数字が好きだった。
 

物を見れば数字が見える。私にとって特別なことではなく、それは自然なことだった。
物心つかない幼子が突然数字を口走るのだから両親は随分と気味を悪がったらしいが。
 


 

私が生まれた国では宗教による教えが大切にされている。
 

両親が敬虔な宗教者だったせいか、私が宗教に染まるのもごくごく自然な成り行きだった。
両親と宗教の救いがあってか、私は夢であった数学者になることが出来た。
元々好きな事だったので学問は特に苦痛に感じたことはない。
 

研究熱心だった私は様々な学問にも手を伸ばした。研究も多岐にわたり、大学の教壇で講義を受け持つこともあった。
熱心な生徒もいればそうでない生徒もいる。私の研究を取るに足らないことと言って相手にしない学者もいる。
色々な人間がいた。残念ながらその多くは私にとって無価値なものばかりだったが。
 

「私には数字が見えた」。
 

他人にそう言ったことはない。両親にすら打ち明けたこともない。何故ならそれは私の成長とともにうっすらと消えていったものだからだ。
たとえそれが本当のことだとしても、私の言ったことを他人は信じることはないだろう。そもそも証明する術がないのだから。
 

私は生涯を数学者として生きるつもりだった。全てを研究に捧げるつもりだった。そうしていくつもりだったし、そうなるはずだった。
 

「26」---。
 

この、何ら変哲もない数字が国家という概念を打ち壊した。
 


 

人口増加と資源の減少に伴い、世界各地で多発するテロを制圧すべく、国家は新型兵器アーマードコア(AC)を投入するも、テロは治まることはなく、次第に国家としての威厳を失い始めていった。
そんな中、兵器開発に伴い、兵器提供で莫大な資金を得ていた6大企業は当時新たなエネルギーとして注目されていた「コジマ粒子」を兵器に運用。新型兵器アーマードコア・ネクストを造り上げた。
 

威厳を失った国家、その存在に意義を申し立てる6大企業、企業と国家の圧倒的な戦力差。
 

これらが何を導くかは誰の目にも明らかだった。

 

『国家解体戦争』。

 

後にそう呼ばれる大戦、それが企業の答えだった。
 

そして新型兵器アーマードコア・ネクストに搭乗した26人のパイロット。「リンクス」。
 

たった26人が国家という体勢を完膚なきまでに破壊した。
 

恐ろしいことだ。
 

非常に恐ろしいことに。
 

その中の一人に私がいるのだから。
 
 


国家解体戦争の後の企業による全体管理。賢明な経済主体たる企業が、資源と市場を独占し、人々はコロニーに押し込まれ、糧食を得るためだけの労働に従事していた。
 

統一された秩序、限りある資源の節度ある再分配。笑えるほど滑稽な模範だ。
 

資本や資源は人を狂わせる。新体制が行き着く行方など容易に想像できるものだろう?
 

「何が可笑しい、Mr.サーダナ?レオーネの支援では不服か?」
 

「…これは失礼、サー・マウロスク、面白い話ではあったのだがね」
 

GAとGAEの内紛によってパックスエコノミカは一触即発の自体に陥っている。
アクアビットを盟主とし、レイレナード、BFF、インテリオル・ユニオンとした「アクアビット陣営」とオーメル・サイエンス・テクノロジーを盟主とし、GA、ローゼンタール、イクバールとした「オーメル陣営」が激突間近の状態なのである。
 

イクバールとインテリオル。敵陣営同士の極秘中の極秘会合、ここには企業の代表格1人ととその所属リンクスが1人ずつ招集されていた。
 

そして---。
 

「気になっていたのは私だけか?なぜオーメルの人間がここに居る?」
 

インテリオルのマウロスクが怪訝な表情で言う。確かにこの会合は我々だけのはずだった。
 

「そう恐い顔をしないでください、サー・マウロスク、理由は全て話しましょう」
 

オーメルの代表であろう男が周りを見渡すように言い放った。オーメル側はこの男一人だけのようだ。
 

「ゼクステクス世界空港、名前はご存知ですね?カナダ北部の海上にあるメガフロートです。そこへ2週間後の今日、GAの重役がステルス機で数時間だけ滞在するようです」
 

先日、イクバールはGAとの食糧問題を形上解決したのはサーダナも知っていた。それはGA側の譲歩で丸く収まった形となっているが、戦闘待ったなしのこの状況を考えるとそれも怪しいものだった。イクバールがオーメル陣営に着いたのもGA側との対立が緩和されたためである。
 

「GAは約束は守るでしょう、形上はね。ただ、イクバールの望む安定した食料供給はなされないようです。」
 

この発言に同じイクバール代表として来ていた男は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。オーメルのこの男の言っていることがどこまで本当かは知る由もない、なぜ同陣営のGAを陥れるような発言をするのか探りを入れてみる。
 

「それが本当ならイクバールにはGAを支援する理由が無いだろう、だが、イクバールはオーメル陣営からは抜けることは出来ないわけか」
 

「その通りですMr.サーダナ。オーメルとイクバールは歴史的に見ても提携関係が有りますからね、かと言ってGAなど支援していただかなくても結構なのです。」
 

「まるでGAに潰れてほしいような言い草だな」
 

「まさか!それは困ります、まだね。私はただ、イクバールの食糧問題を解結できる手立てをお教えしようとしているのですよ。」
 

小癪な男だ。まるでコイツそのものが企業を象徴するような立ち振舞いだ。こういった諜報や政治的手腕に長けた連中なのは知っていたが…一周回って面白くすら感じてくる。
 

「何人ものGAの重役が乗ったステルス機がテロリストによって撃墜、それを救援に来たイクバールの最精鋭、バーラット部隊と最高クラスのリンクス、筋書きはこんな感じでいいでしょう。テロリスト役にはローゼンタールのノーマル、ドレイクでも出しましょう。」
 

「救援に来たふりをして重役を暗殺か、重役がいなくなったGAに脅しをかけ、食料供給問題を力づくで解決、そして君達は今後邪魔になりそうなGAの重役たちを消せる、か?大規模になる戦闘を前に随分と大胆なことをしようとするものだな」
 

わざとらしく驚いたような顔でオーメルの男はこちらを見る。
 

「これは驚きました、凄い見解ですねMr.サーダナ、しかし私はそのようなことまでは申し上げておりませんよ。まぁ、ですが…もしそうなれば…我々にとっても悪い話ではありませんよね?」
 

不敵な笑みを見せるオーメルの男の隣で、怪訝な顔をしづづけていたマウロスクが割って入る。
 

「貴様らの敵がここに居るんだが?このバカバカしい話に私は呼ばれたのか?」
 

当然の答えだろう。
 

「インテリオルはマウロスク卿を筆頭に精鋭軍をお持ちですね。GAの独立計画都市・グリフォン、ドルニエ採掘基地、後はBFFの艦隊と連携して海上封鎖をすれば大きな戦果をあげられるかと。もし、もしですが旗色が悪くなれば早々に手を引いていただきたい、それがインテリオルに対するオーメルの総意です」
 

「心の底から気分の悪くなる話だ、まるで始まる前から結果が分かっているようだな?」
 

「もう始まっていますよマウロスク卿、そして我々は『勝つ』、勝たなければならないのですよ。この戦争に勝利した先に我々の未来がある。そして手を取り、笑い合うのはここに居る我々なのです。そしてその火付け役を、誠に心苦しいのですがあなた方にお任せしたい。」
 

真実と虚言が入り乱れる卓上。レオーネのリンクスの顔には隠しようのない不快感が顕になっている。
こちらのイクバールの代表も先程から不快な表情を変えることはない、一方サーダナは特に表情を崩さなかった。
古来から戦争というものは机上でするものだ、最後に勝っていれば問題はない。

そう。
 

『勝っていれば』---。
 
 


 

イクバール本社のリンクス専用のVIPルーム。サーダナはよくそこにいる。
専用ルームとは言うものの、部屋には何百冊もの本、夥しい数の数式の書かれたレポート、図面の書かれた紙、怪しげな実験器具や宗教の経典など、本来ならリンクスには必要がないであろうものが所狭しと置かれている。
それは文字通り研究室のようになっていた。
任務のないときの大半はこの部屋で過ごしている。それは他のどの空間よりも自分にとっ て落ち着く空間だからだ。
 

先程からサーダナはゼクステクス世界空港の見取り図とバーラット部隊の構成員の載った資料を眺めていた。
ここ10日以内に行われる作戦のシミュレートを簡単に頭のなかで行う必要があったのだ。
 

空港への侵入経路、配備されるであろう敵兵器、重役達が乗るであろうステルス機の機種、そのほとんどはまだ憶測の域に過ぎないが、あらゆる事態に対応し、任務を遂行せねばならない。こちらが最も重要とする目標を遂行してこその「勝利」。
 

今回のそれは「GA(グローバル・アーマメンツ)社の重役の乗ったステルス機の破壊」及び「重役の抹殺」である。
 

この目標達成のためにはいかなる「素材」の犠牲があっても関係がない。
 

より確実に任務を遂行するための駒が必要なのだ。その駒選びも入念にせねばなるまい。
強く、より忠実で、より敬虔な者を今回は選ぶつもりだった。それが今回の作戦でより確 実な勝利を生む鍵になるからだ。
 

「我が社の最精鋭だけあってなかなか使えそうな素材が集まっているな。」
 

イクバールが治める南アジア圏は旧インド、パキスタン、アフガニスタンといった有名な紛争地域であり、イクバールが有するノーマル部隊もその紛争の中で身を削り、洗練されていった。その中でも「バーラット部隊」はその最たるものである。
苛烈な生存競争を強いられる大地で培われたACの操作技術は、他社のノーマル部隊と比べても頭ひとつ抜きん出ていた。
 

イクバールの掲げる強固な量産体制と相まって、ノーマル部隊といえどネクストに次ぐ非常に強力な戦力になっている。
同部隊の中からシブ・アニル・アンバニのようなリンクスも選抜されるほどだ。
 

そしてバーラット部隊の兵士は一人一人が「戦士」だった。
 

「これに教えに敬虔な者を加えれば非常に面白い編成になるな、ふむ…面白い。」
 

サーダナは今回、「バーラット・アサド」の投入も視野に入れていた。こちらも同社の特殊ノーマル部隊である。シャヒードと呼ばれる軽量逆関節ノーマルによって構成された部隊で、テクノクラート製のハンドロケットによる制圧力と、軽逆関節の優れた三次元戦闘を武器とするこれもまたイクバールの誇る精鋭部隊である。
 

遮蔽物の少ない世界空港をフィールドに、頭上という死角を取りながら敵を翻弄させる戦い方ができる部隊だ、バーラット部隊のセルジュークだけでも申し分はないだろうが、バーラット・アサドを加えた同時奇襲攻撃が今作戦の肝になりそうだ。
 

サラサラとペンを動かし、隊員の名前と独自の数式を紙に書いてゆく。一定のリズムを奏でながらペンを動かす様は、さながら指揮棒を持った指揮者のようだった。
ひとしきりペンを動かしたところでピタリとペンが止まる。
 

GA側の護衛につくであろうリンクスの存在だった。
 

世界空港は世界の主要都市からの路線が集中する交通の要所、そのため高レベルの保護地域に指定されており、ネクスト機は空港付近でのPA(プライマルアーマー)及びコジマ兵装の使用を禁じられている。
 

だが今や世界を割る大戦間近、作戦がどう転ぶかも不明な上、敵もノーマルだけの防衛部 隊だけとは考えにくい。
 

極秘中の極秘の作戦とはいえどこかしらからGA重役暗殺任務の情報は漏れていると考えて動いたほうが良い。
そうなるとより迅速に展開できるネクスト戦力の存在が作戦の障害となってくるはずだ。
 

「GAの…リンクス」
 

名を挙げれば幾人かは挙られる、が、先日のハイダ工廠襲撃事件でGAのトップリンクス、メノ・ルーは戦死している。
脅威になるようなリンクスはGAにはもはやいない。せいぜい脅威になりえるのはローゼンタールのレオハルトやオーメルのセロ位だろうが、GAの専属ではない。
 

杞憂だったか---。
 

そう考えたがペンが動かない。
 

……。
 

いや---「居た」。
 

GAの専属ではないがGA側の我々の脅威になり得るリンクスが。
 

アマジーグを撃破したというあの「アナトリアの傭兵」。
 

マグリブ解放戦線を壊滅させたその時から彼の名は世界中に知れ渡った。弱小コロニーが有するリンクス傭兵。
かつては名のあるレイヴンだったと聞いたことがある。レイヴンの名など、もはや時代が残し、いずれは風化して消えていく名だと思っていた。
 

「アナトリアの傭兵…可能性があるとすれば、この素材か…。」
 

ペンを置き、部屋を出てネクストハンガーへと向かう。
地下へ降りるエレベーターを使いパイロットスーツへと着替えると、大きな強化防弾ガラス越しに自機と対面する。
 

『アートマン』---。
 

自分が生まれ育った国の言葉で'自我'という意味を成す、それがサーダナの搭乗するネクストの名だった。
 

専用のハンガーに鎮座するネクスト・アートマンはまるで自分を見据えているかのように見えた。
コアの搭乗口に飛び乗り、ハッチを閉める。特殊なバイザーとプラグで自らと機体を'繋ぎ'、起動する。
 

「耐Gジェルはいい、いつものようにAMS溶液だけで頼む」
 

整備班にそう告げると、注水がなされる。無論出撃するためではない、作戦の前によくこうすることが多かった。
完全に注水がなされ、機体とリンクする。文字通り機体と完全に'繋がる'のだ。
 

無数の数字が頭の中に流れ込んでくる。
 

幼い時に見た光景とよく似ていた。時とともにに消えゆくはずだった膨大な数の数字、それが今自身の身体に巻き付くように纏わりついてくる。
 

それは常に変化し、増え、または減りもしていた。まるで自分に与えられた命が数字のカウントになったような、そのようなものに見えた。
 

視界に映るそれはリンクスに見られる一種の後遺症なのか、自分自身の不思議な能力なのか。又はかつてあった記憶の断片なのか。
 

深く考える前に、視界が暗くなってゆく。
 

溶けるように、サーダナは気を失った。
 


 

「信じられませんよ、あんな所で寝るなんて」
 

「そうかね?私は好きなんだがね」
 

ネクスト用輸送ヘリ、連結されたアートマンの中での通信。呆れ果てたといったような声でシブが呟いた。
 

ネクストの中での睡眠、サーダナの奇行とも言える行為に信じられないといった様子を隠し切れないようだ。
 

「ネクストに乗るだけでも苦痛を伴うのに……あ、バーラット部隊の首尾は如何ですか?」
 

「問題はない、昔君の所属していた部隊だろう?彼らには期待している」
 

通信は同社所属のリンクスであるシブ・アニル・アンバニからのものだった。
かつて所属していた部隊の仲間が心配になってわざわざ通信してきたようだ。軍人とはなかなか仲間想いなものだ。
 

「GA側の傭兵、戦績を見れば見るほど不気味な相手です。」
 

「君ほどの歴戦の軍人が恐れるほどの相手かね?」
 

「なんというか…正直気が進みません…嫌な予感がするんです…」
 

軍人特有の「勘」というものなのか。長年戦場を渡り歩いてきたものだからこそ感じる恐れなのか。
 

「シブ、君に今まで気の進むような任務があったか?」
 

「それは…」
 

「私は軍人ではない、これだけははっきり言っておこう。それに、戦いに犠牲は付き物だ。」
 

至極当然なことを言っているつもりだった。分かってはいるが納得出来ない、そういった
様子が通信越しに伝わって来るのが分かる。
 

「君には君の役割があるだろう、私は私の役目を果たすだけだ---ただ、できる限りの善処はしてみよう。」
 

「重要な作戦を前にこのようなことを…申し訳ありませんでした。」
 

善処する。この言葉を聞いて少しはホッとしたようだ。分かりやすい男である。
 

通信を切って作戦ブリーフィングを開く。そろそろゼクステクスへの作戦空域が近い。
 

空がやたら暗い、どうやら嵐が来そうだ。その前に終わらせて引き上げるとしよう。
 

「アートマンよりバーラット部隊各機へ、状況を開始する。」
 

『アグニ1~20、了解』
 

『ルドラ1~20、了解』
 

「全機、私の指示通り動け、それだけでいい。」
 

先にゼクステクス世界空港空域に突入したノーマル部隊がGAの守備隊の攻撃に晒されているとの通信が入る。
 

攻撃を受けているということはGA側に奇襲作戦が漏れていたということだ、どこで情報を掴んだのか、あるいは意図的に漏らした者がいるのか。思い当たる節を挙げれば幾つかあるが。
 

空港全面に配置されている敵の戦力はGAのノーマル部隊と対空砲らしい。GAの重役が乗っているであろう大型ステルス機も確認されている。
 

味方の攻撃ヘリが撃墜される中、ドレイクが降下を開始、防衛部隊と交戦を開始した。
 

「アルファチーム、空港正面より攻撃開始!ブラボーチーム、倉庫方面より降下します!」
 

ドレイク隊の指揮官からの通信。サーダナはそれに答えず、上空に放たれた偵察機の映像を見ながら侵攻状況を見ていた。
倉庫方面からの側面攻撃、正面に集中した敵の横腹を突くように突撃していく。GAの守備隊もこれに即座に対応した。
敵はGAのノーマル、ソーラーウィンドを中核にした守備隊らしく、強固な守備陣系を敷いている。
正面は壮絶な上陸作戦、陸に上る前に被弾し、海に沈んでいくドレイクが確認できた。
 

戦局は五分五分といったところだが、敵に地の利がある分徐々に押されるのは時間の問題だ。
 

「まだ釣れないか」
 

攻めあぐねている部隊へ、後方で滞空していた部隊が加勢に入ったようだ。
それによって空港正面の対空火器の排除に成功、数を頼りに突撃を開始、空港正面へ次々に上陸している。
対するGAの守備隊は防衛ラインをわずかに下げ、陸地でこちらを迎え撃っている。
倉庫側の部隊と合わせ、じりじりと敵を押し始める。なかなか予想外の奮戦だった、が。
 

不意にゼクステクスへ急接近する機影を確認。速度を考えるとミサイルでも戦闘機でもない。
 

釣れたようだ。
 
 

ネクストだ。
 
 

黒い機影、それは空港へ降り立つと、瞬時に倉庫方面へ向かった。接敵した味方の友軍反応が次々に消失していく。
GA所属の機体ではない該当データ無しの不明機、それはまるで大きな鎌で草でも薙ぐかのようにドレイクの部隊を刈り取っている。
 

本命が餌に食いついた、ここだ。
 

「アグニ隊、空港後方より突撃、ルドラ隊、後方より支援、散開してステルス機を確認次第破壊しろ。」
 

低空飛行で急速接近、ヘリから次々とセルジュークが降下する。目標は初めから決まっている。
 

ノーマル・セルジュークで構成されたアグニ隊が敵ノーマルを牽制し排除、シャヒードで構成されたルドラ隊が、施設の防衛兵器及びステルス機を破壊する。
至ってシンプルな内容だ。
 

サーダナはタブレットを使い、バーラット部隊一機一機に動くべき道を示す。それは精密な計算に基づいた道標。
 

射手から解き放たれた魔弾は一直線に標的を目指し、突き進む。それはまるで獲物に向かっていく獰猛な肉食獣。
 

速く、そして静かに。
 

「始めるぞ、祈れ、奴らの死を、神はお許し下さる。」
 

セルジュークのエネルギーパイルがソーラーウィンドの装甲をぶち抜く。まるで卓越した暗殺者が標的を後ろから刺突するかのようだった。
敵がこちらの接近に気づいたのは最初の敵を破壊した十数秒後だった。友軍かと思われたバーラット部隊の不意打ちに敵は浮き足立っているようである。
 

セルジュークは接近戦に特化したノーマルだ。軽快な機動力で敵の懐へ潜り込み、ショットガンとエネルギーパイルで敵を仕留めている。特に射突型のエネルギーパイルは装甲に定評のあるGA製のノーマルと言えど、それを防ぐのは無理に近い。
後方の異変に気づいた敵部隊がこちらへと向かってくる。
 

「アグニ5、避けずに前方の敵機をやれ。ルドラ隊、上空から攻撃。」
 

スピードに乗ったセルジュークが突っ込んできた敵をショットガンで撃破、それを包囲しようとした他の敵はシャヒードのハンドロケット砲による砲撃で吹き飛んだ。転がりながら爆散するソーラーウィンド。
 

攻撃のタイミングも申し分ない、良い連携だ。
 

思い通りに動くなかなか良い駒達だ、さすがは精鋭といったところか。
 

上陸から30秒が経過、倉庫方面の部隊からの通信が完全に途絶える。全滅したようだ。
正面の囮達は相変わらず激しい撃ち合いを続けている。正面はそのままの状況を維持していてくれれば良い。
 

『こちらルドラ4、ターゲットの敵ステルス機を確認、エンジントラブルのようです、まだ飛び立っt…』
 

「殺れ、そう指示したはずだ、無駄口を叩くな。」
 

『了解、攻撃を開始。』
 

ルドラ4の射線の間に盾になるように数機のノーマルが割って入る。爆炎が晴れ、堅牢であるはずの装甲が吹き飛び、痛々しい姿を見せる敵ノーマルだが、後方のステルス機を身を挺して守る構えだった。
その行動は一つの意味がある。そこまでやるからには確定だろう。
 

やはりステルス機の中身は「本物」らしい。
 

その確信と同時にルドラ4の機体を一発の弾丸が貫く。スナイパーキャノンによる砲撃。
上半身が吹き飛び、爆散する。
 

流石に気づかれたか。
 

計3発放たれた弾丸は3発ともバーラット機に命中、いずれも粉々に吹き飛んだ。一瞬にして手駒の3機を失う。
該当データ無しの不明機による狙撃、黒いネクスト、恐らくあれが噂の奴だ。
 

「構うな、ステルス機を優先しろ」
 

『了解、散開してステルス機を包囲』
 

軽逆関節による軽快なジャンプでノーマルの壁を突破。そして高高度からの爆撃、それを防ぐ手立ては敵にはない。
 

「ルドラ7、高度を60上げろ……今だ」
 

爆撃体勢に入ったシャヒードをスナイパーキャノンの砲弾が貫く。恐ろしく精密で正確な射撃。
そう容易くやらせてはくれないらしい。
 

アナトリアの傭兵が動く。
 

黒いオーギルだった。BFF製のライフル、ローゼンタール製の突撃ライフル、背部にはスナイパーキャノンとこちらと同系統のスプレッドミサイルが装備されている。
QB(クイック・ブースト)による急速接近。ネクスト機の接近にバーラット部隊各機が一瞬たじろぐ。
 

一発のロケット弾が黒い機体のごく数メートル近くを通過していく、その一瞬の可笑しな軌道をサーダナは見逃さなかった。
何の摩擦抵抗もなく弾丸が通り過ぎていくはずがない。ネクストのPA(プライマルアーマー)による防御干渉を受けるはずだからだ。
 

なるほど、空港の汚染とGA重役への配慮か。全くもって愚かな判断だ。
 

「全機、作戦データを破棄、そのまま交戦を維持、敵ネクストを撃破しろ。」
 

バーラット部隊各機からの無線に動揺の吐息が混じる。ノーマルでネクストに挑む、通常なら自殺行為である。
 

「敵ネクストにはPAが展開されていない、汚染を考慮したためのものだろう。手持ちの装備で破壊可能だ」
 

『…』
 

「動きを乱した奴から撃ち殺される、死にたくなければ私の指示に従え」
 

『アグニ隊、了解』
 

『ルドラ隊、了解』
 

接近してくる黒いネクストをセルジューク3機が迎え撃つ。ショットガンの散弾射撃、弾丸は空を切り、地面に着弾。跳躍して被弾を避けた黒いネクストをシャヒード2機のハンドロケットが襲う。
ネクストの正面に着弾したロケット弾は地面のコンクリートを吹き飛ばし、爆炎を作り出す。
 

「アグニ10、17、2秒後に旋回、仕留めろ。」
 

黒煙にまぎれての射突ブレードの一撃、振りかぶった一方は空を切り、一方は地面を粉々に砕いただけで終わった。
瞬時に後退したネクストは2機に向けて銃撃を浴びせる。マズルフラッシュと共に撃ち出された弾丸はまるで紙クズの様にセルジューク2機を貫いた。
 

「殺れ」
 

黒いネクストの後方に振りかぶられるエネルギーパイル。背面を狙ったその一撃は瞬時に回避行動を取ったネクストのスナイパーキャノンの砲身のみを抉り取った。連結部分が吹き飛んだスナイパーキャノンの砲身が原型を保ったまま地面に転がる。
2機をフェイクに使った連携。アナトリアの傭兵から遠距離狙撃する術を奪う。
必中の距離だったが、回避される。あの連携を皮一枚で避けきるリンクスはそうはいない。
 

が、依然として網にかかったままなのは貴様だ、アナトリアの傭兵。
 

『やれるぞ』
 

「敵の機動に惑わされるな、包囲を維持し、集中して潰せ」
 

ショットガンによる集中放火。広範囲に広がる散弾により、装甲を削り取られる黒いネクスト。
 

「ルドラ8、5秒後に回避行動。敵を見るな、指示に従うだけで良い。」
 

撃ちだされた対ネクスト用徹甲弾を、シャヒードが軽快な跳躍で回避。そのまま後方に控えていた2機と合わせて絨毯爆撃。再び敵の視界を黒煙で遮る。
 

アサルトライフルによる流し撃ち。煙に紛れて突撃したセルジュークが3機墜ちる。
崩れ落ちる仲間の機体を盾に、ショットガンによる制圧射撃。のけぞる黒いネクストのアサルトライフルに弾丸が被弾。銃身が吹き飛びそのまま使い物にならなくなったのか、そのままアサルトライフルを投げ捨てた。
 

疾走する黒いネクストがよろけながら体勢を立て直す。
敵の火力半減。好機だ。包囲をきつめる。
 

「休ませたりはせんぞ。」
 

シャヒード隊による広範囲爆撃、QBによる高機動で避けきろうとするが、所々で被弾。
目に見えて分かるほどにネクストの機体にダメージが蓄積されているのが分かる。
バーラット部隊とは言えノーマル部隊に押される程度のリンクスか、かのマグリブのアマジーグを撃破したのもただの偶然だったか。
 

もう少し面白い素材だと思っていたが---。
 

「勝手な期待か……残念だ。」
 

爆炎を纏って突進するセルジューク。振りかぶられるエネルギーパイル。
 

振り下ろされるよりも速く、橙色の閃光がセルジュークを両断。
 

『!?』
 

煙に隠れた機体が次々に叩き切られる。すさまじい機動力でバーラット機へ接近、射突ブレードを振りかぶる間もなく、引き金を引く間もなく切り裂かれ、爆散していく。
腕部、脚部を切り飛ばされ、崩れ落ちてゆくセルジューク。あるいは真っ二つに下から上へ、斜めから下へ両断されていく。
 

先の先を取った斬撃。アナトリアの傭兵がかつてレイヴンであった頃、ブレードの扱いは達人級であると聞いたことがある。
 

リンクスとなって今なお錆びぬ腕なら、それが接近戦に特化したセルジュークであろうと敵う相手ではない。
 

これは---。
 

『また一機落とされました、サーダナ様、指示を』
 

先ほどとは動きが違う、AMS適性の低いリンクスの操縦する機体とは思えないほどの速く、鋭い機動。
 

死が迫ると徐々にその動きが洗練されていくというのか、非常に興味深い。
 

上空に退避したシャヒードが次々に撃ちぬかれていく。PAも展開されていないノーマルの同然の機体にバーラット部隊全機が気で飲まれてしまっている。降り注ぐ機体の残骸、もがれた手足が雨のようにバラバラと。
 
 

『ルドラ隊!煙幕を張るな!敵が接近戦に切り替えた!』
 

左脚部を切り裂かれ、横転するセルジューク。コアを吹き飛ばされ、爆散してゆくシャヒード。
イクバールの誇る最精鋭部隊が為す術なく撃破されていく、まるで動画の早送りを見ているかのように次々と。
 

『サーダナ様!?指示を下さい!指示を…』
 

赤い眼光が睨みつけた相手に死を与えていくように、一瞬でその生命を刈り取ってゆく。
 

後方にある離陸しないステルス機。その前に立つ黒いネクスト、そして周りに散らばる歴戦の戦士達の残骸。
その中に一機立つ黒い巨人、それはまるで触れたものに死を告げる死神の様にも見えた。
 

『化物だ……』
 

戦士の本能が危険を告げているのだろう、バーラット部隊は誰一人として動けない。
そこを一歩でも踏み越えれば殺す。言わずともそう言っているようにも見える。
 

「これがアナトリアの傭兵…魅力的な奴じゃないか。」
 

輸送ヘリからネクストを降下させ、PAを展開。OB(オーバード・ブースト)で作戦領域に入る。
 

役立たずの駒共が心をへし折られたせいで私が出て行かざるを得なくなってしまった。
だが興味が湧いた、私自身が確かめるに相応しい素材だ。
 
 

「アナトリアの傭兵、面白い素材と聞いている…期待するぞ。」
 
 


 

「久しぶりに夕日が見たくなった」
 

そう無理を言って出かけたことがあった。
 

夕暮れ時の活気あふれる市場、仕事を終えた丈夫や夕飯を買いに来たのであろう主婦達で賑わっていた。
どこか懐かしい気持ちになりながら彼らを横目に歩いてゆく。
繁華街を抜けたところにポツリとある公園、子どもたちの帰った後だろうか、地面には消されず残った落書きや持ち主のいないボールが転がっている。
 

下に広がる街を見下ろすように置かれたベンチに腰掛け、夕日を眺めていた。
 

珍しく何も考えず、ただただぼんやりと。
 

不意に背後に人の気配を感じた。金属同士ががスライドする音も聞こえる。
 

「これはこれは、随分と大物が何故ここに?」
 

嗄れた男の声。この公園には不似合いなものを手に持ち、こちらに突きつけている。
 

「たまには夕日でも眺めようと思ってね」
 

男が笑う。
 

「隣りに座っても?」
 

「構わんよ」
 

男は名を名乗らず、傭兵をしているとだけ言った。左目の横に傷のある男だった。
目つきや身なりからして元々は軍人だったのだろう。目の奥底に不敵な光がある。
 

小さく笑いながら銃を突きつけたことを詫びてきた。初めは私を殺すつもりだったらしいが気が変わったらしい。
男は内ポケットから酒の入った小瓶を取り出して飲み始める、サーダナにも勧めてきたが下戸なのを伝えると、少しだけ残念そうな顔をしてまた酒を煽り始める。
 

「君はどうして傭兵に?」
 

特に考えもせず問いかける。深い意味もない。男は目をつぶりながら少し考えるような顔をする。
 

その数秒後、ゆっくり口を開いた。
 

「殺し、ですかね?この仕事をしているとそれですら正当化される気がするんですよ」
 

男の顔から笑みが溢れる。人間の醜い部分をそのまますくい取ったかのようなドス黒い笑み。
 

この男からは死臭がする、この男が今まで殺してきたであろう人間と、これから殺されるであろう夥しい数の人の死臭が。
 

「命を踏みつぶすその瞬間が楽しくて仕方ない、味わってしまうと何度も何度もね。これから起こる戦争だって、結局は殺すしかないんだから。あんただって同じさ、何十人も何百人も殺してきたはずだ。分かるんだよ、俺には。」
 

「どれだけ殺せば君は満足するのかね?」
 

「さぁ?云百人や云千人じゃぁ足りないな………云千万くらいか??流石に想像がつかないな」
 

乾いた笑いが公園に小さく響き渡る。
 

「そしてこれからも殺し続けるのかね?いずれ君も同じ目に会うかもしれんよ」
 

「その時はその時さ、その時が来るまで、殺れるだけ殺るだけですよ。」
 

命そのものに無頓着なのか、端から見ればただの快楽殺人者だが、不思議と興味の湧く男だった。抑えの効かない本能に忠実に従う、まるで獣だ。
だがある意味では人間らしい。それこそ吐き気のするくらいに。
 

「面白い、実にな。君にそれだけの人を殺す『資格』があるのかどうか、私には確かめる術がある。」
 

男の眉がピクリと動く。こちらの言葉の意図が本当に理解できないといったところだ。
 

「興味があるなら着いてくるといい。但し、その『資格』が無かった場合、君は地獄を見ることになるがね」
 

しばらくして男は小瓶の蓋をきつく締める、それがこの男の答えだった。
 


 

金属と金属が擦れ合う音、発砲音、コンクリートを砕く音、それらが耳障りなほど響き渡る。
 

1から10へ、10から100へ、夥しい破壊音。
 

それのみが今この場を支配していた。
 

耳をつんざくミサイルのロックオンアラート。小型ミサイルの群れがこちらに飛来する。
強烈な爆発音を響かせ、背後のブースターが展開する。
音速の壁を超えるその速度は、ミサイルの被弾を容易には許さない。
ズーム機能の壊れたカメラのように黒いネクストへ向けて急接近する。
コジマ粒子を応用したオーバードブースターを盛り込んだその機動は、従来のノーマルのスピードを軽く凌駕する。
 

銃声と銃撃。
 

突進から黒いネクストを真下に捉えながら一回転。並のネクストでは成し得ないアクロバティックな機動。
サーダナの駆るアートマンは従来のネクストですら困難な機動戦闘を実行することができる。
 

高機動三次元戦闘。それがサーダナの「魔術師」たる所以であった。
 

それは残像を残し、まるでマジックのように一瞬で視界から消える。
 

浴びせる重ショットガンの散弾射撃。黒いネクストを地面に叩きつけるような重い一撃。
鉛球の雨が黒いネクストの装甲に食い込む。
 

反撃に転ずる黒いネクストの銃撃、アートマンの着地の瞬間を狙った正確なものだったが、アートマンのサイドブースターが弾け、射出された弾はアートマンを捉えること無く、虚しく空を切った。
 

この程度の手など既に予測済みだ。
 

「バーラット全機、何をしている。誰が止まれなどと指示を出した。」
 

部隊はセルジューク4機、シャヒード2機にまで減っていた。壊滅状態というべきだが、まだ弾は残っている。
 

「全機交戦を維持、雄々しく散った同胞の無念を晴らせ」
 

まるで狂ったように動きだすバーラット部隊。散った仲間の無念を。それだけが彼らを突き動かした。
 

雄叫びを上げながら突っ込んでいった一機のセルジュークが、射突ブレードごと斬り飛ばされる。
合わせて突撃していくセルジューク2機、タイミングを合わせ、背部のスプレッドミサイルを展開し、ロックオン。
小型ミサイルの雨が黒いネクストへ飛来する。一機を斬り倒し、一機を射撃で処理する黒いネクスト。
突っ込んできたセルジュークを盾にするようにミサイルの衝撃を受ける。
 

同時にアートマンは黒いネクストの右側面に踊り出る。
 

ミサイルを囮にしたクロスファイア。敵を中心に弧を描くように重ショットガンとアサルトライフルAZANによる銃撃。
手応えはあった、が、ミサイルの爆炎に包まれて黒いネクストの本来の盾が露わになる。
 

ようやくPAを展開したようだ。賢明な判断だがもう遅い。
 

シャヒードのハンドロケットが脇をかすめる、脚部に被弾し、動けぬシャヒードに容赦なく浴びせられる銃弾。動かなくなった機体には目もくれず、アナトリアの傭兵は次の機体を狙う。バーラット・アサド最後の一機はコアを綺麗に撃ちぬかれ、その場で静止した。
 

残る魔弾は一発。
 

「サーダナ様、ステルス機が」
 

エンジントラブルをクリアしたのか、離陸してゆく破壊目標。それは高度を上げ、こちらの手の届かぬところへ行ってしまう。
 

「捨て置け、このネクストを潰すほうが遥かに価値のある勝利だ。」
 

半ば強引な言い分だったが、間違ってはいない。コイツはここで処分しておかなくてはいけない、それだけの脅威になりつつある。
 

サーダナはこれまでのデータを分析しながらある確信を導きつつあった。
この傭兵のAMS適性が予想以上に低いのである。適性の高いパイロットの乗るネクストの機動と比べると機械的、或いは直線的な機動を描きながら戦っている。それはノーマルの機動に近いと言っていい。
 

だが、先ほど見せた明らかに今とは違う動き、あれは一種の覚醒なのではないか?
 

あのアマジーグも低いAMS適性を精神でカバーし、機体の戦闘力を限界以上に高めたと聞く。
 

その覚醒兆候がこのアナトリアの傭兵にも見え始めているとすれば。
 

それが、一種の人間の可能性ならば。
 

私は見てみたい、限界を超えた人間の可能性を。
 

だが私は戦士ではない、それを見誤れば。
 

「死ぬのは貴様だ、アナトリアの傭兵」
 

自機が出しうる最高の速度で突撃するセルジューク。それを後方から
飛び越え、アートマンが前に出る。同時に両機に合わせられる銃口、ほぼ同時に撃ちだされる弾丸は機体の脇を掠めていった。
強力な脚力で地面を蹴る。一瞬でアナトリアの黒いネクストの死角を取った。重ショットガンとAZANの引き金を引き絞る。
ほんの僅かな時間、数字にして約1.2秒。黒いネクストがこちらに釘付けになる。
右腕を吹き飛ばされたセルジューク。先ほど脇を掠めていった弾丸が奪っていった右手。
弾はまだ生きている。殺意のこもる左腕。
 

殺った。
 

その確信は黒いネクストの何を捉えることもなく終わる。
 

小さく屈んだ黒いネクストは速度に頼って突っ込んできたセルジュークをそのまま後ろへ放り投げる。
 

吹き飛んだセルジュークはそのままアートマンへ向かって飛んでくる。
 

「何をしt…」
 

数発の発砲音、セルジュークのコアを突き破って飛んでくる弾丸、それはアートマンのPAを貫通し、右腕と左の脚部へ被弾した。
 

「何!?」
 

空中でバランスを崩す。
 

ネクストとはいえ軽量機である。装甲を削り機体のスピードを高めた機体に被弾は命取りだ。
 

横転は避けたものの、ガクガクと安定しない脚部。関節部分へ被弾したのか、思ったよりも重い一撃だったか。
 

赤い双眼がこちらを捉えている、ゾクリとする恐ろしい目。
あの男がしたような目ではない、楽しむためでの殺しではなく、純粋な殺意の篭った目。
 
 
 

これが本物のレイヴンか---なんという恐ろしい目だ。
 
 

オーバードブースト。
 

爆発音を響かせ黒いネクストが突撃してくる。
 

疾い。あの動きだ。
 

両腕の銃を振り上げ即座にアートマンは応戦する。黒いネクストのサイドブースターが弾け、肉薄する弾丸をギリギリの距離で回避していく、直線が曲線になり、動きもまた変則に変則を重ね複雑化してゆく。
もはやAMS適性の低いリンクスの動きではない、従来の常識を捨て去らないと手痛い目にあいそうだ。
 

アナトリアの傭兵の行動パターンを即座に数値化、適正距離での交戦を維持する。
バックブーストで後進するアートマンをありえないスピードで追撃してくる。散弾で弾幕を張るが物ともしない速度で回避。
 

狙うは接近からのブレードによる一撃か。
 

距離にして50、秒数にして0.3。 
 

橙色の刀身を紙一重で避けきる。斜めに機体をずらさなかったら真っ二つにされていた。
不意に死臭がした。無論、ネクストの中に居ながらありえない感覚。あの男と同じ、いや---。
 

斬撃からの更なる突進。目一杯の遠心力を利用した鋭い回転斬り。振り上げた左腕が切り落とされる。
 

予測できん、ありえん、何だこの動きは---。
 
 

即座に跳躍、上空へ一旦退避しOBで距離を取る。下から対空砲火のように放たれてくるライフル弾。
 

QBを吹かし回避に成功するも動揺を隠し切れない。左腕に激痛が走る。
 

油断などしていない、全て計算した、間違いなど無い。精密な計算が崩れてゆく。あれがネクストの動きなのか?
 

機体に衝撃が走る。
 

BFF製の精密ライフルによる一撃、狙撃体勢に入っている。あの距離でここまで当ててくるとは---。
 

だが、まだ手はある。
 

あのライフルの残弾数、放たれた弾の数をサーダナは覚えている。残弾数はもうそうはない。

精々残り4~5発程度だ、そしてこちらはAZANを腕ごと失ったとはいえまだ有り余るほど弾はある。
 

放たれてくる弾を集中して回避、距離を離し、確実に。
 

ここだ。OBを展開し、突っ込む。撃ちだされる最後の弾丸。
 
 

かかった。
 

ブースター口を閉じ、通常推力で弾丸を回避、それでもPAを貫通し、機体すれすれを削るように掠める弾丸。
 

改めて恐ろしいまでに正確な射撃だ。再びOBを展開、最大推力で突撃。
距離にして800。それでも軽量逆関節ならものの数秒で接敵できる。
 

ライフルを投げ捨てるアナトリアの傭兵。やはり弾切れか。
 

接近するのはかなりの危険を伴うが、重ショットガンの有効射程範囲にはまだ少し遠い、そこまで詰めれば粉砕できる。
 

左腕のレーザーブレードによる一撃。奴が狙うのはこれだろう。己の一番得意とする必殺の一撃を必中の距離で使ってくるはず、それは10~300mの範囲だ、QBで距離を詰めてもそれが奴の限界だ。それ以上なら悠々と回避できる。
 

600、ミサイルのロックオンアラートが耳をつんざく。ブースターを左右に吹かし一気に突っ切る。
 

400、スプレッドミサイルをあらん限り撃ちまくる、わざとらしいくらいの爆炎を作り出し、ブレードの仕様を誘発させる。
 

そして350、ここだ、ギリギリだがここで頭上を取る。
 

飛び上がるその瞬間、煙に紛れて何かがアートマンの両足を刈り取る、レーザーブレードの閃光、ではない。
 

重い金属音が機体全体に響き渡る。
 

「何…だ?!」
 
 

転がっていたはずのスナイパーキャノンの砲身だった、機体がひしゃげる。
 
 
空中できりもみ状態になり、地面にたたきつけられる機体。
 

砲身を槍のように振り回したのか?
 
 
その僅かな長さがこちらの手を殺した。
 

ありえん、めちゃくちゃな戦い方だ。
 

「これは…何が違う?!」
 

刹那、接近してくるアナトリアの傭兵。折れ曲がったスナイパーキャノンの砲身を捨て、ブレードを展開。
 

 

これが---本物なのか。
 
 

倒れながら重ショットガンを連射、もはや狙いなどつけていない。叩き切られる瞬間、散弾が傭兵の左腕をブレード
ごと吹き飛ばす。
 

いや---。
 

まだ手は。
 
 
後一撃だけ---。
 

傭兵の右腕。それは左腕と同系統の格納レーザーブレード。
 

アートマンの左半身が死んだ。
 
 

最後の最後で---。
 
 

見誤ったのは私だったか---。
 
 

陽の光のように、それはアートマンを突き刺した。

 

道半ば---か。
 
 

左のレーザーブレード、なぜ左にだけだと思ったのか。思い込みとは恐ろしいものだ。
 
 

自惚れ、我ながら愚かだ。
 
 

朱に染まっていくAMS溶液と耐Gジェルの混合水の中で考えた。
 
 

不思議とやたら頭は冷静だった。

 

風穴の空いたコアから空が見えた、夥しい雨が降り注いでいる。
 
 

雨が、嵐が全てを洗い流してくれればいい。血も、死臭も、何もかもを。
 
 

「新しい---惹かれるな---」
 
 

投げかけた言葉が拾われることはなかった。
 
 

数字が見える。
 

 

0---。
 
 

それは誰しもにいつかは訪れる。
 

 

絶対で、平等な数字。
 
 

 

END


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