Written by へっぽこ
不意打ちだった。
「ねえ。あなたの、その怒りはどこから来るの?」
彼女は私の絵を観てそう言った。
もう、最後かもしれないからって。
前から観たいとせがまれていた私の絵を、観て、漏らした感想がそれだった。
そうしてマギーは私の回答を待たずに――。
「ごめんなさい」
ねえ、マギー。
それはいったい、何に対する謝罪なの?
「じゃあ。もう行くね」
「うん」
「さよなら」
「うん」
これが最後。
彼女と、面と向かって交わした、最後の言葉。
「またいつか。」
こうして彼女は出て行った。
/
自分の、この世界での役割とは何だろう?
幼い頃からそればかりを考えている。
無限にある道。だが、正解はきっとひとつしかない。
私の頭の中ではいつでも何かが燃えていた。
小さく弱く、燻っていた。
一体何が燃えているというのか?
私には分からない。
ただこの、時折胸を掻き毟り、叫びたくなる熱を、私は持て余していた。
募るのは、むなしさばかり。
眠れない夜が続く。
子供の頃の話。
陽気にスキップしてみれば、何の変哲もない通りでずっこけた。
軽快に道を駆けることすら叶わないのか、と、大げさながらに嘆いた私は、それがもとでスポーツへの情熱を失ってしまった。
人並みに体を鍛え、普通に運動するのは今もだけど、だからと言って、それを専門に命を賭けるなんて到底できない。
こうして。
私にとってのスポーツはテレビ画面の向こう側の代物となり、その道を閉ざしたのだった。
さて。
体育会系で駄目なら学問だ。と、思ったはいいが、何かこれといって知りたい事象などなく、ゆえにゴール無き学びの道は苦痛以外の何物でもなかった。
それでも才があるなら続ける事もできたであろう。が、しかし私の知能は人並み以下で、数式の答えがふいと頭に浮かぶ奇跡もない。
研究の道はそうして途絶えた。
なれば芸術の道へ。
うん。
これはかろうじて保った方。
とはいえ、それはあくまで趣味としての話であって、才能が花開くことはなく。
いつか美術館で出会った×××に打ちのめされて――。
ふと。
外側から。
こんな通信が舞い込んだ。
「始めましょう 殺すわ、あなたを」
聞き慣れた声。けれど、そこにはかつての潤いが消えていた。
その台詞に、ぼーっとしていた意識が覚醒する。
ああ、なんてことだろう。
マギーが私を殺しに来てくれた。
あの時は、私のことなんて、見向きもしなかったのに。
私がどんなにからみついても、どんなに熱くエロティックに肌を合わそうとも。
彼女はとんと涼やかで。
溢れ出るのは私だけ。
それが、どう?
“始めましょう 殺すわ、あなたを”
ま。そういうわけでさ。
◇
私は今、アーマード・コアの中に居る。
あの日、私がこのシートに座ったあの瞬間から。
ここが私の居場所になった。
ここが、どこよりも安心できる場所になった。
ここが、何よりも力を行使できる場所になった。
私は嬉しかった。
降り注ぐミサイル。
白く尾を引く弾丸の軌跡。
稲妻のようなレーザー。
そのどれもが、まっすぐ、私に向かってくる。
彼女の放出した物質が、まっすぐ、私に向かってくる。
それが嬉しかった。
もちろん、それら飛び交うミサイルや弾丸にそのまま撃ち抜かれる程、私もお人よしではない。
この二人舞台、ステージには遮蔽物がたくさん乱立している。
ほら、もっとよく狙って?
もっとよく見て?
打ち抜いてごらんよマギー。
彼女が次々に攻撃を繰り出す。
対して私。
私の機体。
強引に背負わせた図体のでかい暴力機械はもちろん使わない。
このタイマンは私とマギーの愛の営みなのだから。
そこにチェンソーを持ち出そうなんて、そんな野蛮はムードじゃない。
私がやりたいのはもっとソフトな、―――レイプです。
私の中。
ちりちり、燻っていたそれが真っ赤に燃え上がるのを感じた。
私の心が、魂が、燃えている。
真っ黒な黒煙を上げて。
エンジンが起動する。
私の中にずっと眠っていたエンジンが、ついに廻り始めたのだ。
その燃料は魂。
もう、ACは私の手足に等しい。
私の脳という制御装置が、酸素で動く小さな動力源でもって、肉でできたインターフェースを介して鉄の体を踊り狂わす。
この、私の、鉄でできた人差し指と親指で、人の頭を胴体から引っこ抜くことが今ならできるよ。
人間の目玉の性能を優に超えるカメラが私の視界。
ぽん、と飛び上がってビルを蹴る。
瞬間、身体は10mを楽々と超え。そして漂う、中空を。ゆるやかに。
ああ、楽しい!楽しい!
ありがとう、マギー。
あなたのおかげで、ここまでこれた。
私はマグノリアを犯していく。
一撃一撃、愛を込めて。
彼女に比類なき暴力を振るうのだ。
それこそ全身全霊で、少しずつ、舐めるように暴力を。
殴り蹴り撃ち叩き切り裂く。
本当は彼女の首筋に噛み付きたいけれど、残念ながら、ACにそんな機能はない。
そんな私に彼女は優しく、へこたれず、愚直に向かってくる。ぶつかってくる。その気迫が心地よい。
彼女は私の全てを受け止めてくれていた。
タンタン、とライフルを撃てば、するりとかわすマグノリア。
うん。分かっている。こっちに逃げるってこと。よく分かるよマギー。
見え透いた彼女の動線上に重ねて、私はブレードでなぎ払う。
別段、致命傷にするつもりもなかったが、光波が舐めたマギーの左腕は赤く爛れ、傷つき、幾本かのハーネスでかろうじて千切れず繋がっているまでに陥っていた。
もはや彼女の動きに鮮烈さなどない。
その動き、知ってるよ?
避け方、機体の滑らせ方、攻撃のタイミング。
何から何まで知っている。
彼女は私に全てを教えてくれた。
だから私にとって、この戦いは、それこそシミュレーショントレーニングの延長レベル。いわばチュートリアル並みの難易度だ。
けれどいいんだ、それで。
彼女が私に向かってくることが大事なんだ。
楽しいんだ。
あんまり楽しいもんで、つい笑みがこぼれた。
ああ、たのしい。
ほら。みるみるうちに彼女の体が砕けていくよ。
それでも彼女は諦めない。
負けたくないから、戦いをやめない。
その姿勢、とてもとてもぞくぞくする。
するとどうだろう?
彼女は何て言ったと思う?
「ここが! この戦場が、私の魂の場所よ!」
息も絶え絶え。千切れかけた片腕は関節の動力が暴発し、はじけ飛び、片手を失ってなお止まらない。
炎を上げつ突貫する。
強い意志。頑なな決意。
ああ、なんて健気なのマギー。
すごい。
すごいよ、マギー。
私の憧れ。私の理想。私の夢。
私は私は息荒く、はあはあと息荒く、興奮していた。
とても。
とっても。
はたして、こんなにひたむきに、私のことを見てくれた人が他にいたでしょうか?
何もかもが初めてでした。
そして悟る。
マギーは、私にとっての女神さまなのです。
ああ。
愛してるよ、マギー。
これからもずっと、愛してる。
ずっと。
けど。だめ。壊れちゃう。
もっと、彼女と戦っていたいのに。
もう我慢できない。
私の放つ弾丸が、彼女の体の中に食い込むそれが、途方もなく気持ちいいから。
私は彼女を撃つことを止められない。
何度も何度も。
いろんな角度から。
頭に足に胴体に腕。それに千切れた腕にも。
ゼロ距離で撃つのとか、ホント最高。
きっと。
これが私の、この世界での役割なんだって、今なら分かる。
私の全てはマギーを愛し、壊すことにあったのです。
そしてそれは彼女がこの世を去ってからも続くのです。
永遠に。
私という存在が燃え尽きるまで。
これは儀式だ。彼女の魂と同化するための。
彼女が成りたかったかもしれないもの。彼女の夢も、私が奪う。
ぜーんぶ、奪う。
手にしたアーマード・コアという暴力で。
何もかもを焼き尽くす。
さあ。
最後の一撃は、渾身の飛び蹴り。
ガツン、と言う金属音。
もう、迷うことはなにもなかった。
うん。
ずっと保留にしていた私のエンブレム。
黒い木蓮にしよう。
黒い、木蓮。
枯れているのではない。
燃えているんだ、ドス黒く。
麗しく、死臭漂うマグノリア。
「さよなら、これでよかったのよ」
――思いだした。それは、いつか彼女が描いた絵のなれの果て。
私が汚した美しいモノ。
私が食べた美しい母(ヒト)。
目の前には、真っ黒に燃え尽きたマグノリア。
本当に、うっとりする。
肉の指が這いずる。
身体が火照って、息荒く、私は――――んっ。や。
だというのに。
こんなにも、いい天気だというのに。
こんなにも、すがすがしい気分だというのに。
『まあ、こんなもんかね。終わってみたら、あっけない』
なんて不快な。
耳障りなノイズだろうか。
ぶち壊しだろーが。お前。お前!
きゅるるるる、と、どこからか現れた機械の鳥が気味悪く。
台無しである。
うるさい、と私は思った。
火照った身体が冷えていく。急速に。
そして込み上げる怒り。
怒り、怒り。
“不明なユニットが接続されました”
私は左腕を切断(パージ)する。痛い。左腕が痛い。
“システムに深刻なダメージが発生しています”
きゅるるるる、と機械鳥が鳴く。
うるさい、と私は思った。
あと少しで、イケたというのに。
きゅるるるる、と機械鳥が鳴く。
うるさい!と私は怒った!
私の前には道がある。
たった、ひとつ。
邪魔するものは、全て、焼き尽くしてやる。
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