Written by 独鴉
アナザーエピソード 赤き天使の力・前編
ORCA旅団の争いが終結した後、オーメル・サイエンス・テクノロジーの暗躍が表沙汰になりグループ内での発言力は低下、
ORCA旅団を失った事で力を失ったオーメルはローゼンタール及びアルゼブラの2社が監視する体制となった。
またインテリオル・ユニオン内でも一部の幹部とトーラスの癒着が判明し組織の浄化に追われ、
GA内部でも元GAEからの移籍組みによって情報と物資の流出が起きていることが判明、
インテリオルと同じように組織の浄化に追われている。全ての企業において現体制に対する不満を持つものは多く、
その処理に追われるため企業間の抗争は少なくなり、カラードの機能はほとんど停止していると同様の状態となっていた。
そんな時全ての企業が有するアルテリアが所属不明のノーマルAC集団に襲われ、ORCA旅団の生き残りや企業に所属する部隊の反逆ではないかと当初言われていた。
どの企業も所有する通常戦力によって対処していたが、企業製ではない黒いネクストACに襲われ、
全てのアルテリアが占拠されるという事態に陥ってしまった。生き残っていた全ての企業専属ネクストACと
いずれかの企業に傾いていた独立傭兵は自治領カラード支部の防衛部隊に割り当てられていた。
企業連の対応は早く、世界に飛ばした無人偵察機によってレイレナード本社跡地にひとつの機体を確認した。
各企業を襲った黒いネクストと似た形状をしているが、赤い色と方に描かれたエンブレム、そして
その背後に控える黒いネクスト達、統制機であることは確実に見て取れた。即日行われた対応会議の決定によって
フィードバック・レイテルパラッシュ・ノブリスオブリージュのカラード主戦力を送り、早期解決を目指し全ての企業が準備を行っていた。
その頃リンクスはORCA旅団との戦いで全ての機体を失っている為出撃できず、カラードで待機状態になっていた。
サックスはGAの整備工場で、ストレイドはカラードの整備工場でオーバーホールを受けている。
パーツ購入による換装によって出撃しようにも、どの企業もORCA旅団戦によってパーツの在庫が減っており、
専属や自社寄り傭兵の予備パーツとしてある程度の数を確保するため販売を渋り購入できずにいた。
リンクスはある程度GAやインテリオルと接触を取っていたが、緊急時対応に対して優遇してもらえるほど
関係があったわけではない。まだホワイト・グリントは残っていたが、企業連から使用許可が下りず、
整備と調整が終わったままカラード格納庫で静かに佇んでいた。ホワイト・グリントは現体制に対する抵抗の象徴、
天才アーキテクトであるアブ・マージュと製造協力を行ったGAの要請によって解体だけは免れたが、
企業連の正式決定が降りれば封印処理が行われた後カラード本部に格納されることになっている。
リンクスは一人ホワイト・グリントを見上げられるベンチに座ったままずっと考えていた。リンクスの目の前で
静かに佇む白銀の機体は翼を与えられたAC、何者にも囚われる事の無いRAVENの象徴。
「アナトリアの傭兵……か」
巣を守るために羽ばたく事を辞め、老い果てた鴉は自らの色さえも失っていった。だが最期の時、
何かをきっかけに大鴉は翼を広げステイシスを撃破、自らのストレイドも大破寸前まで追い込んだ。
人格が押しつぶされる程の激痛が襲っていたはずなのだが、何故自分を殺してまで戦い続けられたのか、
何がアナトリアの傭兵を支えていたのか、その事が理解出来ず何日も悩んでいた。
《…若きレイヴン、君が私と【同じ】ならばいずれ解る時がくるだろう》
同じとは何を意味しているのか。それが立場なのか、戦う理由なのか、そして何を悟り戦闘を止めたのか、まだリンクスには理解できていなかった。
カラードで待機を命じられているリンクスは訓練が終ってから毎日のようにホワイト・グリントが格納されている
整備場に足を向け、日が変わるぎりぎりまでただ静かに眺めては帰宅するという生活を続けていた。
その日もいつものように整備場に入るとセレンとレイン整備士長がリンクスを待っていた。何かあったのかと
リンクスが聞く間も与えず、セレンは近くまで歩いてきた資料をリンクスに投げ渡すと任務内容を話始める。
「企業連を通して依頼が来ている。ホワイトグリントの使用許可も降りた」
ホワイト・グリントの使用許可、企業連にとって良いイメージの無いACなのだが、この緊急事態では
イメージなど言っては入られないのだろう。レイン整備士とその部下達によって封印処理が
進められていたホワイト・グリントの再セットアップが始まっていた。
「ホワイト・グリントのセットアップの準備を整えて置け」
話を終えたセレンはオペレートルームに入り出撃許可書作成の作業を始めた。リンクスはパイロットスーツを
着るため更衣室に移動、着替えの最中にふと気付いて自らの体を見ると手術痕や戦傷痕がかなり刻まれていた。
リンクスになる前はほとんど傷がなかったはずだが、先の戦闘で負った顔の傷痕も合わせていつの間にか
両親のように兵士らしくなっていた。顔の傷跡に触れながら自らは両親のように強くなれたのか、
RAVENとして大事なものを失っていないか、自問自答をしそうになりリンクスは笑ってしまった。
そんな思考をして何の意味があるのか、ACに乗って戦っていられる、それだけで充分だろう。
着替えを終えたリンクスはパイロットヘルムを腰に抱え、更衣室を出るとホワイト・グリントの足元にある昇降機に乗ろうとした。
「ひとつ聞きたい」
リンクスは立ち止まり振り返るとセレンは神妙な面持ちでリンクスを見ていた
「お前はあの時《銃まで撃たせて申し訳ない》といった。……意識があったのか?」
少し黙った後リンクスはパイロットヘルムを被る。そして自らを取り戻した後、記憶が曖昧だった時の事を
全て思い出していた事をセレンに伝えた。記憶が戻っている、つまり自らの出生、そして何の為に産み出されたのか
知っていることになる。しかし予想していたとおりだったのかセレンはそれ以上何も聞かず、整備場を出て行ってしまった。
リンクスは何か言われるだろうと思っていただけに、反応が無かったことに驚いてしまったが、
出撃時間が迫っており急いでコックピットに乗り込む。
インテリオル系カラード施設・ミーティングルーム・・・
VOBにレイレナード跡地に向かっていたノブリス・オブリージュとアンビエントはVOB飛行中に
不明ネクストに襲われたことでVOBを破壊されてしまい、通常軍と不明ネクストに従うノーマルACとの
前線ラインに落下し一時撤退を余儀なくされてしまった。カラードランク上位とは言え、ランク10位クラスの
力を持つネクスト十数機を相手に優位を保つことは極めて難しい。その為企業連は元ロケットメーカーである
クーガーを頼った。むろんVOB開発元であるクーガーにとっても可変したネクストがVOBに
追い付かれたのは不名誉であり、技術者を集め強行突破する為の手段を用意していた。出撃前の
ミーティングルームでクーガー技術者による説明が行われ、リンクスはセレン達と共に話を聞いていた。
「クーガー製の液体燃料ロケットです。VOBと違ってネクスト装着は考慮されていませんが」
元々大気圏離脱用に開発されたが1世紀近く使われず、倉庫に部品ごとに分けられモスボールされていた
代物らしい。旧来の液体燃料ロケットだがある程度の改造を施した上で別用途に使う。なんとも
不安のある代物だが、充分なテストを行っている時間はない。
「現状のVOBの速度では不明機に追撃され破壊されてしまいます。その為化学燃料を満載した旧式のロケットを追加装着します」
技術者の話では巡航速度を2500程度まで引き上げれば、不明ネクストを振り切れる計算らしい。
どこまで信頼していいかわからないが、ほかに対策がない以上選んでいる余裕はない。VOBそのものは
使用されてはいるが、実用試験を行っている余裕も無い以上何か問題が起きれば自ら対応しなければならない。
最悪の場合飛行中に爆発四散さえありうるだろう。
「出来る限り接近しオペレートを行う、だがそれ以上の事は期待できない。他のネクストは前線攻撃と防衛で余裕はないからな」
レイテル・パラッシュ及びノブリス・オブリージュ、そしてアンビエントは通常軍と共に地上から侵攻し、
他のネクストはアルテリア防衛に割かれている為カラードに余力はない。無人偵察機を利用したレーザー通信のオペレートになるだろう。
共に出撃するのは高速状態に耐えられるルーラーとフラジールのみ。常時2500キロという
高速戦闘機並みの設計がなされていないネクストACでは耐えられないのだが、元々VOBを考慮して
設計されていたホワイトグリントの飛行形態ならばなんとか耐えられるだろうとクーガーの技術陣は考えていた。
耐えられるという確実な構造情報は無いのだが、ホワイトグリントは開発中のVOBテストにも使用された実績が過去にあり、
出力が不安定な状態にも耐えられるよう見た目以上に強固な構造をしているらしい。
格納庫から飛行甲板上に移送されたホワイト・グリントのオーバードブーストユニットに通常の3倍近く
大型化したヴァンガートオーバードブースタの装着作業が進められていた。急遽建造された離陸時VOB保持機と、
重量が増したことによる飛行可能推力まで機体を留める為のアンカーワイヤーを追加するなど、
カラードの専用飛行甲板は増設した機器によってかなり雑多な状態になっていた。その様子を
ホワイト・グリントのコックピットから見ていたが、想定していない作業に工員達は甲板場を何度も往復している。
30分ほどして甲板から離れた場所に設置されている退避場所に作業員が移動し始め、VOBが起動すると
同時に液体燃料ロケットも点火し徐々にその推力を上げていく。機体を固定しているアンカーが振動し甲高い音を立て始め、
カタパルトの射出と合わせて飛行可能な推力が発生するまで機体を拘束し続ける。
VOB点火から10秒後、ワイヤーから開放されたホワイト・グリントはカタパルトによって急加速、
ワイヤーや急増仕上げのVOB保持装置は衝撃によって崩れ落ち、飛び散った資材によって飛行甲板の上は占領されてしまう。
甲板を離れ空に舞い上がる2機のネクストはカラードを離れ、レイレナード本社跡地に向かって高度を上げていく。
プライマルアーマーでは常時2500キロにも及ぶ高速には耐えられず、音速の壁との接触による激しい振動が
コックピットのリンクスにも襲い掛かっていた。航空力学を取り入れて設計されたLAHIREやSOBREROのようなネクストとは違い、
ホワイト・グリントは強度と巡航飛行形態によって無理やり耐えているようなもの、負担が掛かってしまうのは当然のことだ。
巡航飛行形態という人型とは違う形状になるためAMS接続による操作が不可能であり、マニュアル操作で
機体を制御しなくてはならない。コックピットの画面にはデジタル表示された各計器の変化と操縦桿の
次の操作事細かく支持され、リンクスはそれに従い操作することでなんとか飛行状態を維持していた。
「前線まで残り10秒」
タイムカウントが始まり、防衛ライン上に展開している黒いネクストの姿を視界に入り始める。
視界に入っているのは5機、おそらく他の機体は補給か離れた場所で通常軍の警戒に当たっているのだろう。
防衛ライン上に差し掛かるとこちらに気付いた5機の不明ネクストが迎撃に上がってくるが、速度に着いてこられず、
次々と飛行形態を解き地上に降下していく。しかし巡航飛行速度2700キロだというのに1機の黒いネクストが
滑落せず追跡を続けていた。軽量化しているのか記録されている黒いネクストと形状に僅かながら相違が確認できる。
「こちらルーラー、迎撃に移る」
ルーラーのVOBが排除され徐々に速度を落した。黒いネクストはホワイト・グリントの追尾を止め、
降下していくルーラーに向かっていく。ホワイト・グリントを追尾し続けることで背後からの攻撃を警戒したのか、
それとも高速状態でも安定するルーラーの方が脅威であると認識したのか、どちらか判断する方法などないが
ホワイト・グリントは防衛網を突破し、単独でレイレナード本社跡へと向かっていった。
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