Written by 独鴉



ORCA旅団本隊撃破・・・・・・

 エーレンベルグ破壊ミッションから戻ってきたサックスは入念なコジマ粒子除去処置を受け、
そのあとGA整備工場に直接送られた。サックスの損傷はカラード設備だけでは修理出来ず、
装甲板と伝送系に一部駆動モーターを酷く損傷、パーツごと交換したほうが良いと言えるほどひどい有様だった。
しかしパーツ丸ごと交換すれば即座に出撃は出来るが、微妙な調整やTUNEと操縦の癖が付いたパーツを失うのは痛手、
時間がかかっても修理可能なため工場に送った形になる。だが機体の事よりもカラードに帰還し時間が経っても、
リンクスの状態が元に戻らないことのほうがセレンにとって重大な問題だった。
 以前よりも笑顔を表情に出したり整備士達とコミュニケーションを頻繁に行ったり目に見えて変わった。
いままでセレンやレインなどある程度私生活にかかわりを持って居なければ、ただ付き合いやすい人間に成長しただけと思うだけだろう。
だがリンクスは元々そう言った事に興味もほとんどなく、誰にでも親しくするタイプではなかった。
ある程度連絡を取り合っていたメイ・グリンフィールドも違和感を覚え、
セレンに何か遭ったのかと連絡を取ったほどリンクスの変化は激しいものだった。
 エーレンベルグから帰還して4日後、セレンはリンクスをミーティングルームに呼びつけた。
次のBIGBOX出撃まで残り5時間となったのも理由だが、何よりもはっきりさせておきたいことがあるからだ。
セレンはリンクスがミーティングルームに入ると、扉をロックしリンクスに銃を突きつけた。
銃もリンクスがどう動くか分からないための自衛程度、生身での経験を積んでいるリンクスの方が上手だろう。

「奴をどうした」

「私は私ですよ。セレンさん何を言っているのですか?」

 突然の言葉にリンクスは困惑したような表情を浮かべてはいるが、
その表情は自然なように見えて作られたもの、セレンにはリンクスが別人に見えている。

「奴は表情を作って話すタイプではない」

「いままでやらなかっただけですよ。何度もセレンさんやレインさんからも言われて」

 リンクスの言葉をセレンは遮り聞こうとしなかった。

「人間そうそう変われるものではない!」

 リンクスは戦う事に直接関わりが無い物事に対して興味が薄く、セレンやレインに対しても戦う事に関連しない会話は当初ほとんどしていなかった。
それが突然誰ともスムーズに話せるようになるのは異常と言えるだろう。

「どこからみても私に間違いないでしょう。 指紋も声紋も間違いなく私のですし」

「奴の体だから当然だろう。 奴の人格をどうしたと聞いている」

 人格と聞いていままで困惑の表情を浮かべていたリンクスの表情が変わった。
無機質さを感じる表情から意思みたいなものをセレンは読み取れない。

「……以前から私の方が戦闘に優れていることは見ているでしょう。
そして彼より他者とのコミュニケーションもスムーズに取れています。何が不足なのですか」

 セレンが思っていたとおりリンクスではなく、以前聞きだしたType―S―0573―I141のIDを持つ人格。
薬や訓練で抑え込もうとしていたが、結果としてリンクスは完全に表から姿を消してしまっている。
セレンは専門家ではないためリンクスがどうなったのか分かりようもないが、消えたとは思ええず態々呼び出してこのような行動を取っていた。
だが、どの人格であろうとリンクスである事に変わりは無く、セレン自身の都合による行為でしかない。

「私の教え子はお前ではない。何よりもお前は私を必要としていないだろう。そして私も」

「その話は帰還後にお願いします」

 リンクスは背を向けると扉のロックを解除しミーティングルームを出て行った。

「……」

 人格が違うと言っても同じ人間、射殺することなど最初からセレンに出来ることではなかった。
リンクスが出て行った後、セレンは通信機を手に取るとある場所に連絡を取った。ずっと預けているある物を受け取るために。
 
 
 
 
 
元グローバル・アーマメンツ本社ビル BIGBOX・・・・

 多くの防衛設備が設置されているため要塞化しており、通常軍を投入するには余りにもリスクが高い。
そのため最下層から通常軍が攻撃を行い、BIGOBX内部を制圧。一方で敵ネクストを攻撃するため、
ブラスメイデンと共にリンクスがBIGBOX最上部へと攻撃を仕掛ける役割を担った。
本来ならばGA専属であるフィードバックが出撃する予定だったが、残ったGA所有のアルテリア防衛の為経営陣から支持を受け出撃を取り止め、
その為代役としてサックスが選ばれ武装の変更もいくつか行われた。
肩の追加制波装置をメリーゲートが使用しているMUSKINGUM02 64連発ミサイルに換装し、
両腕の武装もSAKUNAMIに変更した。ミサイルを搭載したことで重量過多に陥っているが、
元より速度を利用した回避を主としていないため問題はないと考えたのだろう。
エリアに到着するとエアキャリアーのハッチが開き二機のネクストが戦域に投下された。

「レイテルパラッシュ ウィン・D・ファンションだ。一気に敵ネクストを叩く、遅れるなよ」

 重量過多のため動きが鈍っているサックスを置いてレイテルパラッシュは先行、BIGBOX防衛砲台が照準を合わせる前に攻撃圏内を突破していく。
元々BIGBOXの防衛設備は通常軍を対象としているため、ネクストを相手にするには照準精度も旋回性能も低すぎた。
BIGBOX屋上が見下ろせる位置まで侵入したレイテルパラッシュの視界に2機のネクストが入る。
BIGBOX屋上、飛行場中央に黒い重2脚型ネクストと銀色のタンク型ネクストが待ち構えている。
開放回線に通信が入り、その声はサックスやセレンにも届いた。

「ORCA旅団、メルツェルだ。BIGBOXへ ようこそ」

 黒い機体は2機のネクストを見上げるように両腕を開き歓迎の意を表している。

「歓迎しよう、盛大にな!」

 メルツェルによって高らかに戦闘開始が伝えられ4機の戦闘は開始された。

 オープニングの視界に入った2機のネクストはメルツェル、そしてテルミドールが予測していたとおりレイテルパラッシュとサックスだった。

「なるほど、やはりあの二機か、不足は無かろう。ヴァオー」

 ORCA旅団の情報網からメルツェルは幾つか構成パターンを推測していた。レイテルパラッシュとサックスもその中のひとつ、
対応する戦術も出来る限り十分立てている。

「ハッハー! 望外だ! 悪くないぜお前等ぁ!」

 止むこともない爆撃を浴びながらも豪快な雄叫びを上げ、退く事も回避する事も無くサックス目掛け白銀の戦車は突撃。
グレディッツィアの両背部に装着されているGAN01‐SS‐GCガトリングを展開し、
撃ち出される圧倒的な弾幕はサックスの持つSAKUNAMIの有効射程にまで接近できずにいた。
サックスが搭載しているミサイルと榴弾では最悪誘爆してしまう可能性もあり、弾幕の途切れにSAKUNAMIを放つ程度の攻撃しか出来ない。

(それでいい、その弾幕なら奴は簡単に攻撃する事はできない)

 真正面から突撃していく銀戦車の積んでいる2門のガトリング砲は、空中を移動するサックスを追い掛け圧倒的な弾幕が張られる。
ミサイルを搭載している事は想定していたが、武装を榴弾系に変更しているのは予想以上に良い結果をもたらしてくれていた。

「銀戦車はこちらで対応します。黒いのはおまかせします」

 通信を傍受していたメルツェルは予想していたとおりの展開に持ち込めた事に笑みが浮かんだが、
自らに向かってくるレイテルパラッシュに意識を傾ける。レイテルパラッシュは機体を僅かに前傾に傾けるとオープニングは右ブースタを点火、
その直後高速でオープニングが先ほど居た場所を弾体が貫いていった。
 事前にシミュレートし、徹底的に組み上げられた戦術と戦術を実行出来る技能、それが自らの低いAMS適性を補う為に足掻いたメルツェルの到達点、
一から十まで計算された動きに無駄はない。広大な滑走路が備えられたBIGBOX屋上には、
ネクストが高速先頭を行う広さも遮蔽物戦闘を行う屋上のビルの階層差を利用した段差も備えている為、
アセンブルが常に変わらないレイテルパラッシュの動きは十分に予測と対策ができている。

(問題はヴァオーか)

 サックスは最近になってアセンブルは安定してきているが、武装の変更は頻繁に行っているためパターンが推測しにくい。
今回はグレディッツィアとの武装相性がよかったが、バズーカやレーザーライフル等単発火力に優れ、
なおかつプライマルアーマーが有効に働かない武装だった場合長くは持たなかっただろう。
予定された時刻まで企業の主力ネクストと現場の目をこちらに向けておく。そのためには簡単に落とされるわけにはいかない。
 オープニングは高速で移動するレイテルパラッシュを引き付け、滑走路から離れた位置にあるターミナルビルの間に機体を滑り込ませる。
オープニングは装甲と単発火力こそレイテルパラッシュに勝っているが、AMS適正の低さからくる瞬間反応速度の遅れ、
これだけは補う事のできない決定的差だ。
 地上・空中とクイックブースタを利用し、高速で移動するレイテルパラッシュを捕らえきれず、
HLC09‐ACRUXハイレーザーキャノンの蒼い光がプライマルアーマーを突き破り肩の装甲を溶解させる。
BIGBOXという限られた領域とはいえ、夜空を1000キロ以上で駆けるネクストを捕らえるのは難しく、
ブースタによる高速旋回を行っても照準内に収めるのは至難の業だ。

(シミュレートよりも早いか。 やはりカラードの戦闘映像だけでは当てにならんな)

 メルツェルは遮蔽物となるビルの間を抜けつつ予測した箇所にGAライフルを向ける。レイテルパラッシュが視界に入る前にトリガーを引き、
移動予測方向に対して出来る限り平行になるよう機体を移動させ攻撃を行う、
こうしなければオープニングの照準性能ではレイテルパラッシュを捕らえ切れないからだ。
2秒と経たずメルツェルの予想通りレイテルパラッシュが姿を現しライフル弾が数発食い込んだが、
オープニングの居る位置を確認したレイテルパラッシュは空中で機体を180度旋回させレーザーブレードを構えた。
高低差があると言っても距離は500程度、一気に接近しブレードで切り裂くには十分な距離がある。
ライフルでは止められないとメルツェルは判断し、YAMAGAグレネードを地面に向けて撃ち出した。
ブレード用ブースタによって距離200までレイテルパラッシュは接近していたが、爆発によって接近することを躊躇し接近することをやめ、
レイテルパラッシュは再び距離を取った形でレールガンを撃ち込み、接近するタイミングを測り始める。
レールガンとハイレーザーが装甲に損傷を与えつつ、オープニングの頭上を飛び越えレイテルパラッシュは背後のビルの陰に消えた。
 単発火力とEN消費量が多い武装よりも、ウィンDはレーザーブレードを使用した接近戦によって標的を仕留める事のほうが多い。
これは武装のEN消費量が多く連続した攻撃が難しいのもあるが、致命的な損傷を敵ネクストに与えるにはレーザーブレードがもっとも確実性が高く、
また使用時のEN負荷が低いからだ。
 一方オープニングもレーザーブレードを一番警戒しており、多少自機が損傷を負っても致命的な攻撃を避ける為の手段は選ばなかった。
プライマルアーマーが吹き飛んだとしても、ある程度減衰してしまえば重装甲のオープニングなら大した損傷を受けることはない。
レイテルパラッシュがブレードで近接攻撃を心見ようとすれば地面に撃ち込むYAMAGAで防ぎ、
他の遮蔽物となるビルの間に移動しながら大型ミサイルと連動垂直ミサイル、GAライフルで攻撃を牽制する。
高レベルで安定した技術を持つウィンDには目立った弱点はなく、メルツェルの技術では接近してくるタイミングで榴弾の爆発に巻き込むか、
交差直後に垂直ミサイルを発射することでしか損傷は狙えない。適正の違いを戦術で補うには、余りにもウィンDとメルツェルの間に差が大き過ぎた。
 戦闘が始まって2分が経つ頃にはYAMAGAによる自爆ダメージと、ハイレーザーによる装甲の溶解によってオープニングは限界に近い。
BIGBOXに攻め込まれた時点で大局的には敗北していると言えるが、戦略と言う名のチェス盤上では駒はメルツェルの思い通りに動き、
最期の一手はすでに打たれている。残るは囮となったポーンと戦車(ナイト)が落ちるだけだろう。
相手のクィーンはすでにBIGBOXというキングを獲れる位置にきている。

「退けヴァオー、もはや時は稼げた」

 BIGBOXとオープニングは囮であり、グレディッツィアまでここで撃墜される必要はない。
予定されているルートを使用して脱出、その後別働隊と合流する手はずとなっている。しかしグレディッツィアは空になった左背ガトリング砲をパージ、
さらにサックスとの距離を詰めていく。退くつもりがないのかヴァオーの声から撤退の意思は読み取れない。

「…単純馬鹿が、死んで治るものでもあるまい」

 元より勝算があってBIGOXに残ったわけではないのだが、最後まで足掻いて見てもいいだろう。

 ORCA旅団を結成して間も無く、メルツェルは新団員確保と旅団運営資金を得るため各企業と接触を持った。
表向きは各企業の裏工作を請け負う営業活動だが、並行して企業が取りこぼしたリンクスを引き入れるためであり、
最初に彼が出会ったのがヴァオーだった。並程度のAMS適性を持っていながら、お世辞にも賢くない彼は検査官の個人的感情で取りこぼされていた。
メルツェルが自ら交渉して引き入れたものの、クレイドル体制から企業のあり方まで教えなくてはならず、メルツェル自身多くの手間を取られてしまった。
力を頼むヴァオーと知識を主とするメルツェルは真逆でありながら、自然とぶつかり合う事無くお互いの不足面を補い合っていた。
戦力差や戦況から先が読めるメルツェルが時として作戦遂行不可能と判断し、撤退する発案してもヴァオーの何も考えない真っ正直な戦い方で成功したこともあった。
メルツェルにとってヴァオーは計算だけでは測れない男、全て計算どおりに事が進むとは限らないことをあらわしていた。

 何を思ったのかオープニングは滑走路に移動しGAライフルを連射ながら後退、広い場所に移動した為レイテルパラッシュの速度に追いつけず、
簡単に背後を取られてしまい今まで以上に翻弄されてしまっている。大型ミサイルに連動して発射される垂直ミサイルはある程度追尾はするものの、
レイテルパラッシュに突き放され標的を失ったミサイルは空を舞うだけだった。元より装填数が少ないタイプのミサイルであることも影響し、
当たったミサイルは10発にも満たずほとんど意味をなさない。残ったGAライフルだけではブラスメイデンを撃墜することは出来ないが、
オープニングはいまだ一度も戦場で使ったことが無く、ブラスメイデンも知らぬ武装を積んでいた。GA製OBに積まれているアサルトアーマー、
そして計算された戦術とは程遠い賭けの行動、普段のメルツェルならば決して取らない戦術だが、逆にブラスメイデンが予測することも出来ないだろう。
 僅かな隙を見つけたレイテルパラッシュはオープニングの懐に入りこみ、レーザーブレードを構え突き刺す体制をとった。
オープニングのプライマルアーマーでは十分減衰させる事はできず、損傷を負った装甲を貫きコックピットまで届くだろう。

「はしゃぎすぎたな、自動人形 終わりにしよう」

 突き出されたレーザーブレードはコア装甲を溶解させ、コックピットに居るメルツェルに迫っていく。

「油断したな。ブラスメイデン!」

 収縮したPAは反作用によって爆発的に周囲に拡散し、コジマ粒子による衝撃波と粒子浸食によるダメージがレイテルパラッシュに襲い掛かったがそれだけではない。
アサルトアーマーを放ったその場所はほんの10数秒前に上空へと飛んでいった大型ミサイルの着弾地点、
アサルトアーマーの衝撃が去った直後大爆発を起こし、2機のネクストを飲み込もうと広がっていく。
 ウィンDは爆発の寸前にバックブースタを噴射しており、爆発の衝撃と相まって爆発圏内から逃れたため大した損傷は負っていない。
だがオープニングは重量が災いし、ほとんど弾き飛ばされること無く爆発の衝撃を受けてしまった。
PAを失った状態のまま至近距離で爆発したミサイルの衝撃は凄まじく、損傷していたコアを破壊し損傷はコックピットまで届き、
自らの体に突き刺さった機器による激痛でAMSとのリンクは著しく低下、オープニングは僅かも動かなかった。

「潮時か。まぁいい、もはや私も無用だ」

 止めを刺すべく突き出されようとしている蒼きレーザーブレードを目にした彼はゆっくりとその目を瞑った。
自らが成すべき事は全て成し、予定通りに事は進んでいる。ウィンDがここに居る以上、最大規模のアルテリア施設
クラニアムの攻略に向かっているテルミドールを止めることが出来る者は居ない。

「……人類に黄金の時代を」

 再び接近してきたレイテルパラッシュのレーザーブレードがコックピットに突き刺さり、メルツェルの体は光の中に消えていった。

「メルツェル!」

 レーダーからオープニングの反応が消え、ヴァオーはメルツェルが死んだことを理解した。
相対していたブラスメイデンの持つレーザーブレードLB‐ELTANIN、コアに突き刺されたオープニングを駆る友は死に、その亡骸さえ残っていないだろう。

《元より勝てる相手ではない。時を稼いだらお前は退け》

 ヴァオーは勝てない事を作戦が開始される前からメルツェルに伝えられていた。テルミドールの部隊がアルテリア・クラニアムを占領するまでの陽動、
それもORCA旅団本拠地まで利用したこの作戦は成功している。メルツェルの読みは絶対であり、
自らが死ぬと言うことさえ読んでいたメルツェルがヴァオーに前もって伝えていた為、ヴァオーそれほど動揺することは無かった。

 ORCA旅団に入る以前ヴァオーは大柄で力ばかりを頼みとして以前生活していた。地上コロニーの倉庫で働いていたが、
ずる賢くもなく汚いやり取りもできない彼は常に冷遇されていた。例え彼に力があろうと権力で押さえ込むのは容易であり、
クビや減給など体よく扱われてしまうだけだった。幾つ倉庫をクビになった分からなくなったとき、
自暴自棄となりけんかに明け暮れていた彼を見出したのはメルツェルだった。荒れていた彼にメルツェルは何度も話しかけORCAに引き入れ、
ネクストの操縦から彼がそれまで理解できなかったクレイドル体制や企業の事を根気よく教えてくれた。
テルミドールやジュリアス・エメリー、そしてネオニダスなども彼を冷遇したり馬鹿にしたりすることはなく、
ヴァオーにとってORCAは自らの居場所であり守るべき場所、決して譲るわけには行かなかった。

[左腕部欠落、左腕のリンク解除]

 左腕が吹き飛ばされたことで思考が中断されヴァオーは我に返った。機体状態はすでに大破寸前、
予定ポイントまで退ける状態ではなく相棒も居ない。だが彼の意見も取り入れて組み上げたグレイディッツィア、
その計算に間違いなど無い事を伝えるようにヴァオーは叫んだ。

「ハッハー! まだまだいけるぜ、メェルツェール!」

 満身創痍と言える酷い損傷を負ってもなお銀戦車はサックスに正面から向かっていく。
榴弾の爆発は容赦なく装甲板を破壊し、頑丈な有澤製タンク型脚部KIRITUMI‐Lの履帯が引き千切れる。
本来であるなら安全装置が働きAMSとの接続が切られる損傷を負っているはずだが、停止しない事から解除したか元々搭載されていないのだろう。

「対象の損傷度95%突破、機能停止まで残弾数から推定して撃墜は十分可能」

 有効射程内とはいえサックスは上を取っており、さらに弾速の遅いバズーカ一門の攻撃を回避するのはさほど難しくない。
グレイディッツィアの攻撃はサックスに大した損傷を与えることなく、一方的にSAKUNAMIの榴弾を撃ち込まれ動きは徐々に遅くなっていった。
そして最後のとき、榴弾の爆発が残った右腕を消し飛しグレイディッツィアは攻撃手段を全て失ってしまった。
移動が出来なくなったのを確認したのか、サックスはWHEELING03垂直ミサイルとMUSKINGUMO2連動ミサイルを起動させる。

「ここまでか」

 戦う術を失い、もはや死を待つだけになったと言うのにヴァオーは笑みを浮かべていた。
限界まで猛り、叫び、そして敗北した。どこに不満などあるだろうか、ヴァオーはゆっくりその目を閉じた。

「悔いはねぇ……楽しかったぜ。メルツェル」

 撃ち出された100発近いミサイルの爆発が銀戦車を覆い隠し、煙が消えた後には元の形状を辛うじて留めているグレイディッツィアの残骸だけが残っていた。

 
 
 
 

 戦闘後、エアキャリアーでカラードに帰還の途中、サックスは手動でハッチを開きエアキャリアーから離れていく。
本来ならば何が起きたのか状況把握にも時間がかかるところだが、こうなることをセレンは予測しており、
エアキャリアーのパイロットもカラードの者ではなくセレンの部下である整備士達にやらせていた。
カラードにこれ以上リンクスの問題を知られる訳には行かない。
ORCA旅団との問題が終れば危険分子としてリンクスもまたアナトリアの傭兵と同じ道を歩むことになるからだ。
 アナトリアの傭兵、ラインアーク橋上の戦闘も2対1でありながら2機を戦闘不能寸前まで追い込み、
過負荷で戦闘不能になったまま海中に沈んだが、リンクス戦争から現在にいたるまで戦闘において彼の敗北はない。
カラードランクでこそ頂点には居なかったが、意図せず畏怖のナンバー9を与えられ全ての企業から監視されていた。
上手く立ち回ることさえ出来ればそのような事になることはなかったはずだが、アナトリアの傭兵は余りにもその力のみを企業に対して現し過ぎてしまった。
カラードが無いため仕事を直接企業から受注する為にその力を現す必要性は有ったが、プロモーションのミス、
つまり売り込む方向性と企業に味方となる人物が居ないなど彼の足場はもろかった。
 幸いリンクスは畏怖されるほどの力を見せておらず、企業に対しても少なからず友好的なリンクスが居る。
その上インテリオル・ユニオンならセレンの伝手を使用してインテリオルよりという形で身を置き、リンクスの保護を求めることも出来るだろう。

「レイン、カラードにはエアキャリアーの異常と連絡し、現空域で待機してくれ」

「了解。セレン気をつけて」

 待機していたもう一機のエアキャリアーから桜色の機体が降下、空中で静止するその機体が一目で遠距離戦重視の機体と分かる武装を右手に持っていた。
旧レオーネ・メカニカ製レールガンRG01‐PITONE、その照準はサックスの後頭部に合わせられた。

「これで元に戻ってくれ……。頼む」

 精神的動揺及び頭部にひどい衝撃を受けた時リンクスはType―S―0573―I141と入れ替わっていた。
自己防衛も兼ねているのだろうがその逆、精神的動揺と頭部への衝撃を与えればまた入れ替わる可能性もある。
 幸いサックスは今プライマルアーマーを展開しておらず、正確に装甲の急所を撃ち抜けばそれほどネクストACも頑丈ではない。
セレンの願いと共に撃ち出された弾丸は第一宇宙速を超え、サックスは反応する事なく後頭部の制波装置を正確に撃ち抜かれ地面に落下していった。
土煙を上げながらサックスは地面に着地、サックスは頭部を撃ち抜かれた事で統合制御体を完全に破壊され制御不能に陥っていた。
セレンは動かないサックスの前まで機体を移動させ、機体から降りるとサックスのコックピットハッチを外部から開くように操作。
コックピットハッチを開くとシートに座ったままの状態でリンクスが待っていた。ヘルメットを被ったままだが、伺えるその表情からは感情が読み取れない。

「まだ、戻っていないか」

「不可能です。死なない限り彼が二度と表に出ることは」

 銃声が鳴り響くとリンクスの言葉は途中で途切れ自らの左胸を手で押さえた。

「な……にを」

 リンクスの手からは赤い血が流れ落ち、硝煙を上げている銃がセレンの手に握られている。
強化されている骨格や臓器のためか至近距離であるにもかかわらず貫通はしてない。

「死なない限り戻らないと言うなら、……私の手で殺してやる」

 セレンは銃口をリンクスの額に合わせトリガーを引いた。


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