Written by 独鴉
アルテリア・クラニアム防衛・・・・
ORCA旅団本部を壊滅させることに成功したものの、最大のアルテリア施設クラニアムを残党に占拠されていた。
しかし企業連はクラニアム奪還を放棄し、カラード所属リンクス全てに対して一切の攻撃を禁止。ほとんどのリンクスが
企業連の決定に納得出来なかったが、企業連の命令は絶対であり敵と認識されれば身の安全は保障されない。
その為カラードに所属するリンクスは大人しく引き下がった。
(クレイドルを落とすなど、自らの保身しか考えて無い奴らが!)
ウィンDは自らの矜持に従って戦ってきた。自らが行う殺人もインテリオルが所有するクレイドルで生きる人々のため、
戦う事の出来ない人々のために戦ってきた。それが企業の都合で人々を見捨てるなどウィンDには到底納得の出来ないことだ。
機体の調整を行う為格納庫へ向かう途中通路の先でロイが待っていた。どうやら領域監視の話聞きつけ待ち伏せして食事に
でも誘うつもりなのだろう。そう考えるとロイは一体なんの為に戦っているのか、今のウィンDにとって感情を逆撫でる
要因なのだが、自分がなすべきことをする為にはロイに気付かれるわけには行かない。
気付かれぬよう一度深く呼吸を行うと
気持ちを落ち着かせ、ロイの横を通り過ぎようとした時いつもとは違う雰囲気に気付いたロイはウィンDの肩を掴むと立ち止まらせた。
「ウィンD、一体どうしたんだ?」
「なんでもない」
肩に置かれたロイの手を払うと気付かれないようにロイの横を通り過ぎたが、ウィンDの背中に向けロイは言葉を掛けた。
「クラニアムに行くつもりなんだろ? ウィンD」
ロイの言葉にウィンDは立ち止まり冷や汗が流れた。不穏な動きをする可能性があるとしてGAとの領地境の監視に回る、
そういう名目で機体の整備と出撃準備を行っていたのだが、クラニアムに向かうことが上に伝えられてしまえば出撃は取り止められ、
一時的に監視下に置かれてしまうだろう。
「なんの事だ? 私はGAが動いたとの情報で」
気付かれたのかもしれない。慣れない事だがウィンDはなんとか口だけでロイの考えが間違っていると伝え、最悪人気のない
倉庫にでも連れ込んで殺すべきか、そう考えているとロイは思ってもみなかった言葉をウィンDに投げ掛けた。
「俺も付き合うぜ。 俺達の仲だろ?」
クラニアムに向かうということは企業連に対する契約違反行為だというのに、ロイの顔には迷いなど無かった。
「お前……、クラニアムに行くと言う事がどういう事か分かっているのか」
ウィンDは驚きの表情を隠せなかったが、自らの言葉にロイは笑いながら頷くのを見ると、どこか硬くなっていた気持ちが
少し和らぐ気がしていた。だがウィンDにはなぜここまで自分に協力してくれるのかその理由は解らず、信頼できる実力を
持った男であることのみ理解していた。
「わかった。僚機をお前に頼む」
ロイにとっては世界や企業の命令よりも惚れた女が自分に振り向いてくれるならば、何もかも敵に回してもいいと考えていた。
今回もウィンDが一人でクラニアムに向かうならば、自らも向かい敵対する存在からウィンDを守るそれだけの事に過ぎない。
ウィンDはロイ・ザーランドと共にクラニアムへと向かうことを決め、もう一人可能性がある人物としてリンクスにも依頼を出した。
《ウィン・D・ファンション ミッションを依頼したい。アルテリア・クラニアムを襲撃する、
ORCAのリンクスを始末する。私に協力して欲しい。クラニアムが失われれば、クレイドルは翼を失う。
多くの弱い人々は、汚染された地上に生きられないだろう。それを承知で、企業はORCAを黙認した。
これは私の個人的な依頼だ。不足だが、報酬は用意した。以上だ。言葉を飾ることに、意味は無い。君の判断を待つだけだ》
先輩であるエイ=プールもスティレットも動くことは出来ず、ウィンDにとっては数少ない伝手を頼った依頼。
しかし今回の依頼内容についてはセレンも数日考え込んでしまった。
ウィンDの言う弱い人々は現在地上のコロニーで生きる者達を想定していない。いや、もしかしたらクレイドルの住民が
コロニーに移ることで、貧しいものがコロニーから追い出されてしまう可能性を考慮している可能性も否定は出来ない。
ORCA旅団の行為は人為的に自然淘汰を発生させ、弱者の命と引き換えに残った者に未来を与えようということ。
眼を開かず汚染から逃げる人類の未来を見据えた選択なのだが、今生きる力無き者の未来はなくなってしまう。
ウィンDの行為は今生きる人類を信じて守る選択、どちらも間違っては居らず、どちらも正しい選択ではない。
セレンの考えは企業の隠している事を知っている為どちらかといえばORCA旅団に近いが、ウィンDの選択も理解できないわけではなかった。
答えの出ないまま機体の整備をレインに任せ、ウィンDが指定した出撃日前日まで悩んでいた。カラード内で
ストレイドの運用書類に眼を通していたが夜遅くまでかかり、一旦休憩を取ってからマンションに戻ろうとカラード内に
設置されている休憩所に向かった。非常灯のみが灯った暗い通路を抜けると自販機の光に照らされている休憩室が見えてくる。
通路に面した休憩室はさほど広くも無く、10人程度が何組かに分かれて座る程度のテーブルと椅子が用意されているだけだ。
さすがにここ数日悩んでいるため眉間には皺が刻まれていないか気になる所だが、今回の依頼は受けても受けなくても
後悔が残る依頼である事に間違いはない。そんな事を考えながらセレンは休憩室に入ると先客が一人居た。
テーブルの隅には円筒形のパイロットヘルムが置かれ、インスタントコーヒーの紙コップからは僅かに湯気が立っているのが見える。
明かりが非常灯のみの為表情ははっきりと見えないが、どこかで見た事のある顔をしていた。セレンは自動販売機で缶コーヒーを購入し、
休憩室の椅子に腰掛ける。8人も座れば満員の狭い休憩室、そのため3メートルも離れていない位置に男が座っていることになるが、
いくらか気にしたところで待合室という公共の場では意味のないことだ。コーヒーを飲み一息ついた所で
離れた席に座っていた男が突然話しかけてきた。
「君は、確かストレイドのオペレーターだったかな」
セレンは何故リンクスを知っているのか怪しんだ。インテリオル領のカラードに居る者ならば少なからずリンクスを
知っているだろうが、パイロットヘルムを置いているという事は通常軍もしくはテストリンクス。しかしORCA旅団
との戦闘によって通常軍はいまだ出払っており、インテリオルのテストリンクスならばセレンが知らないはずがない。
「彼は元気にしているかな? 以前共に依頼を受けた時よりも少々疲れていたようだが」
リンクスは長期休暇のとき傭兵部隊の依頼を受け、ハイエンドACを使用したとセレンに話していた。話の内容から
推測して恐らくノーマル傭兵部隊のものだろう。ならば必要以上の情報を話さない事から口も堅いことは間違いない。
特に何も言わず軽く手を振って応え、手に持っていたコーヒーを一口飲んだ。相変わらず不味い、そんな事を
考えていると再び男が声をかけてきた。
「……何かを迷っているようだが、あのRAVENに関わることかな」
突然の言葉にセレンは驚き、その男のほうを向いてしまった。顔に刻まれた皺と老いて頬の扱けた顔に見落としそうになるが、
人の考えを見透かしてしまう様な眼を持っていた。通常傭兵団が不要とされつつある中、維持し続けられるのは折衝能力に指揮能力、
そして人を見る眼を持っているからなのだろう。細かい内容を伏せはしたが、セレンは何故かその男に悩んでいる事を話してしまった。
どことなくその男なら自分が悩んでいる事を解決できる何かを持っている、そう思えてしまうからだ。
「自らのするべき事を見極め行動する。それが指導する者のすべき事ではないのか」
オペレータとしてリンクスに何が出来るか、それは何度もセレンは考えてはいたが、出た答えは十分な訓練を行って
やることしか思いつかず、結果として何も解決には向かわなかった。自分がしてきた事はなんだったのかと考え始めると、
その男は諭すように言葉を続けた。
「君は何の為にその場所に居るのか、何の為に依頼を受ける事を悩んでいるのか。その答えを自らに偽らず考えてはどうかな」
リンクスをオペレートする理由は教え子だからだ。そうセレンは自分に言い聞かせていたが、本心ではリンクスを教え子以上の
存在としてみていた。戦う事以外に興味が薄く人付き合いも苦手なリンクスだが、自らの趣味である射撃や買い物にも付き合い、
訓練も休む事無く続け期待に応えようと戦い続けている。戦いに嫌気がさしてネクストに乗るのを止めたが、リンクスを
助ける為にネクストにも再び搭乗までしている。セレンにとってリンクスはすでに無くてはならない人間になっていた。
「私は……」
答えが出たセレンは椅子から立ち上がると、ウィンDの依頼に返答を返すべく通信室に向かったが、2分ほど歩いた所で以前、
リンクスに集めさせた過去のRAVEN達のプロフィールの中から、ふと先ほどの男の事を思い出した。世界対して宣戦布告まで
行った戦闘部隊の総責任者ジャック・O、まだ生きている事に驚き、急いで休憩所に戻ったが椅子に座っていたはずの男の姿はなかった。
ただ、先ほどまで飲んでいた紙カップから湯気を挙げ、中のコーヒーが半分ほど残っている事から夢ではなかった事は確かなことだ。
《後の歴史に刻まれるのは勝った方がもっとも正しい選択をしたと記される、選択した行為を正当化するため戦うしかない》
依頼を受けることにしたセレンは、整備場で待機していたリンクスをミーティングルームに呼び出し、現状の世界情勢と
出撃可能機体のアセンブルを伝えた。相変わらず表情の変化が少ないリンクスを見ていると、セレンは最初に出会った頃と
随分変わってしまったと感じて居た。幼さの残る若い鴉は無知ゆえの行動も多かったが人間的だった。だが不明AF攻撃後感情を
表に出す事を避け始め、意識を取り戻してからはほとんど感情を表に出さなくなっている。感情を抑える訓練の為に生じた事なのか、
それとも戦場で人を殺し過ぎた弊害なのか解らないが、自らがネクストパイロットに誘った事がきっかけだと理解していた。
「次も上手くいくとは限らない。意識だけは失うな」
治療室で目を覚ましたとき、リンクスは衛星破壊砲戦の途中から、治療室で目覚める間の事は何も覚えていないとセレンには答えていた。
その為衛星破壊砲のときスティレットがアレサを撃破し、その後大破したサックスから通常部隊が救出したとリンクスには伝えてある。
セレンはスティレットが口数の少ない女ゆえ、ばれることもないだろうと考えていた。
「了解しました。……銃まで撃たせてしまいすみません」
リンクスはそれだけ答えるとパイロットヘルムを被ってしまう。その為表情は伺えなくなってしまうが、セレンはリンクスの言葉に
何か違和感を持った。“銃を撃たせてしまって”治療を完全に終えた後処置を施し、撃つ時もまたリンクスはいなかったはず。
しかし出撃時間は迫っており一旦意識の外に置いた。これから出撃する以上余計な詮索はいま行うべきではない。カラードの
整備場からエアキャリアーへと運ばれている機体は重量級のサックスではなく、リンクスが初期に乗っていた
レイレナード製アーリヤを調整したストレイドだった。
サックスの統合制御体は先の戦闘でセレンが破壊。そのためデータが残っていたアーリヤを再調整し、再び戦闘が
可能なようにセットアップが行われた。だが無理な機体に乗り換えるというわけではない。元々サックス自体が軽量級を
より上手く扱えるようEN消費量を意図的に増やし、重量増加による速度の低下と反応速度が鈍い機体で実戦経験を
積む為に組み上げられていた。相手の一手以上先を読む事で反応の鈍さを補い、速度の低下は攻撃適正を見切る事で
回避の必要性を判断する。全ては汎用的で決め手に掛ける中量級に属する機体をスペック以上に扱う技量を磨く為、
判断力・技能・身体(機体)、その全てが高レベルで纏まっていたアナトリアの傭兵を超える事を目指し、
セレンが実戦や生活までリンクスに施した訓練だった。
クラニアムへの移動中、エアキャリアのオペレートルームに居たセレンは、格納庫に搬入されているストレイドを
カメラ越しに見ていた。我ながらストレイド(迷い子)と良く着けたものだと最初は後悔したが、今のリンクスにとって
ふさわしい機体だろう。自らの居る場所も進むべき道も見つけられず、迷い子のような奴にはちょうど良い。
セレンがオペレートルームでストレイドを見ていた頃、リンクスはコックピットで機体アセンブルの再確認をしていたが、
懐かしい機体との再会に確認が遅れていた。初めてネクストに乗った時と同じアセンブル、機動力を重視しメイン火力は
左手に持つレーザーブレード02‐DRAGONSLAYERのみ。高速機動による的確な撹乱とブレードレンジまで敵に
肉薄する時を計る眼が必要となるアセンブルだ。初めて搭乗した任務はホワイト・グリント不在のラインアークを強襲、
ノーマルAC相手に苦戦もなく完遂したが、その後機体に振り回された挙句何度も損傷させてしまった。いまでも使用出来るのは
部品購入の為の書類作成や、デリケートな機体の修復を行ってくれたレイン整備士の尽力によるもの、
感謝しても仕切れないほどの恩をリンクスは感じていた。
「聞こえているか! 降下するぞ!」
AMS接続が完了し体そのものがネクストACと同一化する。サックスよりもAMS負荷は高いため生身への負担も大きいが、
その分機体の追従性は高く柔軟性も高い。その感覚はリンクスもすぐに気付いた。
(体が軽い)
全体的に動きの鈍い重量級を長い事使っていたリンクスの体には、軽量に近いストレイドの動作はスムーズに動き反応速度もよい。
全身に鋼鉄の鎧でも着て戦っているようだったサックスとは違い、動き易くスポーツウェアを着用している様な軽さがあった。
むろん防具を何も着けていない不安も感じてはいたが、2機の違いにリンクスは驚いていた。その間にエアキャリアーの後部ハッチが開かれ、
機体を固定していたアンカーが排除される。
「ストレイド、任務開始します」
エアキャリアーの下部ハッチではなく、通常搬入出口から機体を徒歩で歩ませると、ストレイドの目の前には
アルテリア・クラニアムへと続く入り口が口を開けて待っていた。
企業の総意に背く行為だが、いかなる依頼であろうとカラードを通したものは正式な出撃許可となるが、
レイテルパラッシュに関しては許可を得ずにカラードを出ている。契約違反として他のネクストが送られてくる
可能性は否定できず、マイブリスはカラード及びORCA旅団に対する備えとしてクラニアム入り口を押さえていた。
さらにクラニアム入口でオペレート機能を持つエアキャリアを守り、リンクスだけではなく
ウィンDのオペレートを行うセレンの安全を確保しなければならない。
ストレイドは暗く長いクラニアム炉心へと続く通路を進んでいく。緩やかとはいえ下っていく通路を進んでいると、
リンクスは何か懐かしさを感じ始めていた。地下世界レイヤードは、記憶として思い出せなくても脳には刻まれている故郷、
そこに帰るような感覚に引き締められていた気が僅かに緩みかけていた。
クラニアム施設予備発電区前、眼前の最終隔壁を越えれば非常時電源設備となるクラニアム中枢部、すでに
レイテル・パラッシュは準備を整えストレイドの到着を待っていた。
「もうすぐクラニアム中枢だ。 貴方には、感謝している …嬉しかったよ」
自らの矜持に順じ、決して他人に真意を見せないウィンDの心偽らない言葉にセレンは驚いた。
何も言わないリンクスだが、統合制御体から送られてくる脳波は安定し、落ち着いている事はわかる。
「…存外甘い男なのだな。お前は。まぁ、そんな傭兵も悪くはないがな」
セレンとリンクスの選択した依頼。報酬と危険度が等しくない依頼を受け、企業連から目を付けられるだろう任務を行う傭兵、
考えが甘いにも程がある。だがリンクスはその選択に後悔はなかった。最適な任務をセレンが選別し、
そこから自らが気に入った依頼を選ぶ、リンクスにとって普段と何も変わらない依頼でしかなかった。
クラニアム中枢への隔壁が開くと同時に通信が入る。依頼内容から推測して相手はORCA旅団の団長だろう。
「やはり、腐っては生きられぬか」
制御室へと続くクラニアム中枢部、天井近くに吊り下げられている機器や奥の炉心から発する光に当てられ、
夕日を背にしているかのような形でネクストが待ち構えていた。
「挑むつもりか、マクシミリアン・テルミドールに」
「熱月(テルミドール)とは、革命を気取るか、貴様らしい傲慢だな。オッツダルヴァ」
すでにセレンはテルミドールが誰かを気付いていた。不明AFを撃破してすぐにORCA旅団がリンクスと接触を計り、
申し出を受けるべきかどうか判断する為セレンは情報を求め、メルツェルから開示された情報を手元に入っている。
機体構成と各要員の大まかな情報、そしてインテリオルから得たORCA旅団ネクストACの戦闘映像、
集められた情報からレイレナード製ネクストACアリシアタイプにある特徴を見つけていた。ステイシスと
似ていながら中距離を重視し空中機動に優れた動き、無理の有ったステイシスの中距離機動とは違う事から
こちらが主であったことがわかる。同じ機動を行うなどよほど同一化訓練を行った者、もしくは同一人物以外不可能。
それ故にセレンはオッツダルヴァとテルミドールを同一人物と気付いた。
セレンの言葉にまったく動じていないのか、それとも無言こそが解答なのか返答は無い。ウィンDは最初から
言葉のやりとりなどするつもりはなく、オーバーブーストを起動させていた。
「人類の為に人の死を厭わないなら、自分で死を実践してみせろ」
レイテルパラッシュの背部が激しく光り、オーバードブーストによって音速を超えアンサングに斬りかかって行った。
感情に任せた真正面からの攻撃。しかし音速を遥かに超える速度に標的は回避行動以外何も取れず、周囲のネクストも
手出しができないはずだった。だが次の瞬間目を疑いたくなる光景がストレイドの目の前で起きた。アンサングの前、
段差を降りたところに立っていたスプリットムーンがクイックブーストを使用し、レイテルパラッシュと空中で交差、
レールガンを切り落されたレイテルパラッシュはブースタをカットしアンサングとの距離を再び取り直した。
「っ!」
余りの出来事に怒りで感情的になっていたウィンDの熱は冷め、レールガンを切り落したスプリットムーンの方を向いた。
すでに体勢を整え直したスプリットムーンは、レイテルパラッシュのほうをすでに向いており、僅かに膝を曲げいつでも
脚部の瞬発力も併用できるよう体勢を保っている。
「…笑止…」
力強く短く、そして静かに発せられるその言葉はウィンDの動きなど見えている。そう語っていた。追加ブースタに
高出力短距離ブースタと瞬発力を最大限高め、限界まで高められたスプリットムーンの間合いは500以上、
狭いアルテリア内全てが間合いと言っても間違いではないだろう。常に間合いの中に居るという今まで
感じたこともない緊張感、リンクスとウィンDの心拍は早まり、全身を巡る血流量がこれから起こるだろう激戦に備え始めていた。
静寂な時が流れ、ネクストの間接駆動音とクラニアム機器の作動音だけが鳴り響いていた。静けさを打消したのは
2つのクイックブースタの点火音だった。連続したブースタの点火によって音速を超えるレイテルパラッシュと
スプリットムーン、音速の衝撃波によって奏でられる轟音の中、迷い子と熱月の戦闘が開始された。
初手としてアンサングから撃ち出された5連装PMミサイルは、MARVEアサルトライフルによって迎撃、
爆発煙によって一瞬ストレイドの視界が遮られアンサングを見失った。その直後オレンジ色の光が煙を突き破りストレイドに迫っていく。
「外したか」
まだトリガーを引いたばかりで結果が出ていないと言うのにテルミドールはそう呟き、アンサングを壁面近くの
天井から釣り下がっている機器の間に機体を向かわせた。テルミドールの予想通り右ブースタを点火し、
射線軸から外れ攻撃をストレイドは回避、体勢を整えながらMARVEの照準をアンサングに合わせたが、
トリガーを引くには最適距離を離れ過ぎていた。
(やりにくい)
サックスならまだしもストレイドは近距離タイプのアセンブル。アンサングの適正距離である中距離を維持されてしまえば、
MARVEの装弾数から考えて勝ち目などない。その事を理解しているが故にテルミドールは遮蔽物のある天井周辺を選んだ。
「動きが悪いな。ホワイトグリント戦の動きは偶然か?」
テルミドールはレイテルパラッシュよりもストレイドを警戒していた。それはホワイトグリント戦でみせた異常な高速機動、
記録されていた映像を見た限りカラードでもっとも危険な存在と彼は見ている。真改にレイテルパラッシュを任せ、
遥かにランクの劣るストレイドに自らが当たったのにはそういった理由があった。
一方高速戦闘を行っていたレイテルパラッシュとスプリットムーンの戦いは1分と経たず変化が生じた。
お互い音速を超える高速状態の高負荷に肉体が耐えられず、偶然同じタイミングで着地しながら距離を取った。
減速させる余力さえなかった二人は、激しい火花を上げながら床を滑りながら着地、停止した二機のネクストの装甲は切り裂かれ、
お互いほぼ互角だったことがわかる。レイテルパラッシュは右肩からコアに掛けて浅くだが切り裂かれ、
対EN装甲技術に優れるインテリオル製故に致命的損傷にはいたってないが、同じ場所にもう一度斬られてしまえば
コックピットまで到達する可能性がある。統合制御体は危険を知らせ、ウィンDに撤退要求を出すがウィンDが納得するわけがない
「限界だと? まだいけるだろう、レイテルパラッシュ!」
統合制御体もまたウィンDと共に戦い続け情報が蓄積されている。ウィンDの考えを読み取ると
今後警告要求を出さないよう設定を書き換え、損傷限界を超えた時自動で働く安全装置が切られた。
「……」
真改は無言で01―HITMANマシンガンを捨てると身軽になる。だがレイテルパラッシュと同じ様に装甲は傷付いており、
刺突メインの為装甲表面を直線的に抉られていた。刺突による攻撃は範囲こそ狭いものの、レーザーを効率よく標的に損傷を与えられる為余裕など無い。
刺突と斬撃、生身の戦いにおいて優劣はどちらにあるか議論がなされている。腕と刀身と急所を穿つ事が出来る為刺突が
有利とされる事が多いが、それは生身同士においての話であり、鎧の着用や立地状況に左右され明確な答えは出ていない。
ネクスト同士ともなれば急所を穿つ技術が要求され、さらにレーザーブレードの刺突では出力が不足している事から
複数回の攻撃が必要となる。斬撃は範囲こそ広いが敵の懐深く踏み込まなければならず、同じ箇所を斬るにしろ刺突よりも
攻撃回数がどうしても多くなってしまう。お互いリスクは同じ、どちらが先に装甲を切り裂き急所まで届かせるか、
すべてはそれに左右される。
ウィンDが真改に苦戦しているとき、リンクスはテルミドールの駆るアンサング相手に戦っていた。
ストレイドのアセンブルは極めて単純だが、リンクスがノーマル時代に使っていたACと似たアセンブル。
ライフルを牽制と軽微の損傷を与えることに使用し、TRESORプラズマキャノンで狙い撃つが、
ただ必ずレーザーブレードで深く斬り込まなければ勝利は無い。シンプルゆえに欠点も利点も明確、
テルミドールは確実に欠点を突いてきていた。跳躍することで照準が外れてしまい、さらに上方を
取ろうにも逆間接のアンサングの方が上昇出力に優れている。
「上を無理に取ろうとするな! 単射武器のレーザー回避に集中し時を待て!」
相当な訓練を積んでも視覚的優位性は上を取った者にある。不利な状況で無理に戦い続けるより、
遮蔽物や高度差を利用して回避を重視して時を待つのも有効な手段。だが遮蔽物もなく、段差も限定された
範囲しかないクラニアム内のため有用な戦術とはいえない。MARVEの連射を受け、天井に設置されている
機器が大小を問わず落下、徐々にクラニアム内の床は残骸によって埋め尽くされ高速戦闘に向かない状態になっていく。
この行為はレイテルパラッシュ・スプリットムーンの2機にとって、何よりも高速戦闘を阻害する障害物となった。
先ほど天井から落下した大型機器の残骸にバッククイックで左足を引っ掛けてしまい、レイテルパラッシュは
意図しない右旋回と転倒という大きな隙を作ってしまった。レイテルパラッシュの無防備な姿を真改が見逃すわけがなく、
スプリットムーンはクイックブーストで急加速し迫っていく。MOONLIGHTは紫の輝きを放つ刀身を振り被り、
レイテルパラッシュはまだ体勢を立て直して居らず、ブレードを構えるどころか機体を立ち上がらせただけだった。
誰の眼にも勝敗が決したと見えたとき、青い光がスプリットムーンの右追加ブースタに直撃、推進力バランスを失うと
共に体勢が崩れてしまい、両足でしっかりと地面を踏み込んで機体を支えながらブレードを振るう。想定よりも深く踏み込めず、
ブレードは左腕とコアを浅く切り裂いただけだった。レイテルパラッシュはその隙を逃さず、斜めに構えた体勢から
突き出された蒼いブレードは、完全に振り切った反動で回避さえ出来ないスプリットムーンのコアを貫いた。
「…無念…」
スプリットムーンはその場に崩れ落ちるように床に転がるとコジマ粒子を放出し始める。最初から1対1でやる必要のない戦闘、
最適なタイミングでもっとも損害が大きい箇所に横から一撃を与えるだけで十分戦況を変えることは可能だ。
スプリットムーンは元々1対1に優れた完全白兵戦AC、背部ユニットに追加推進力を付けてまで瞬発力を高めているが、
それが決定的な弱点でもあった。コアに直接マウントされているブースタを破壊するには背後に回らなければならない上に、
目標も小さく高速で移動する機体に当てるのは至難の業。だが背部に装着されている外部ブースタなら標的は大きく、
瞬間推進力のみを高めた結果機動そのものが流線ではなく線と線を繋ぐ形になっている。相対している
状態でなければ線の切れ目を狙うことは可能だった。
だが、相対している敵が同等以上の相手である場合、決定的な隙を見せてしまう致命的な行為であることは間違いない。
「プラズマキャノンが……」
スプリットムーンに攻撃を行った直後TRESORプラズマキャノンがレーザーバズーカによって破壊されてしまう。
アンサングから意識を僅かでも外すのはハイリスク過ぎた。スプリットムーンを撃破した事で数的優位こそ
リンクス達にあるが、レイテルパラッシュの損傷は酷く無理は出来ない。ストレイドもまたMARVEの弾丸は残り少なく、
決定的損傷をアンサングに与えるにはレーザーブレードで斬りかかるしかないだろう。
「そこで見ているがいい。ウィンDファンション、お前が何を求めたのかを」
レイテルパラッシュが使える武装はHLC09‐ACRUXハイレーザーキャノンとレーザーブレードのみ、
コア中心の装甲板を切り裂かれていることからコアへの一撃が致命傷となってしまう。いまテルミドールに挑んだところで無駄死にもいいところだ。
「退けウィンD!」
このままクラニアム内に居てもどうすることも出来ず、最悪リンクスがやられた時に備え下がって
簡易修理を行った方が確実性は高い。ウィンDはセレンの言葉通りクラニアムの外に繋がる通路に入りクラニアム中枢部から姿を消した。
一方残ったストレイドは残ったMARVE片手に接近戦を試みていた。アサルトライフルの連射がプライマルアーマーを減衰させ、
ブレード距離に詰めようとするものの、アンサングにとって脅威なのはレーザーブレードのみ、距離のみ注意を払っていれば
それほど脅威のある相手ではない。ストレイドは上方から襲い掛かってくるPM5連装ミサイルをMARVEの1連射で撃墜、
飛び散る残骸が接触しプライマルアーマーを僅かに明滅させる。
アンサングもまたベースは旧来のレイレナード製がベース、エネルギー管理はシビアであり常時飛行状態ではいられない。
時折着地するタイミングに隙が生じているのだが、その程度の事を理解せずにカラードランク1に居られる訳はない。
ブースタを小刻みに使用し着地制動が発生しないよう減速、着地と同時に襲ってくるストレイドのブレードを使用した
突撃を跳躍で回避し、再び上空から突撃ライフルと5連装ミサイルの攻撃によって距離を取る。僅かな着地時間でも
十分にエネルギーを回復させ、再びエリア上部に設置されている機器の間に機体を滑り込ませてしまう。
刻一刻と損傷が酷くなっていくストレイド、残された手は賭けにも等しい無謀な手段しか残されていない。
セレンもまた適切な指示を出せず、苦い表情をしたまま戦闘を見守ることしか出来なかった。しかしセレンにまったく
策が無いわけではないが、その策はハイリスクの上にテルミドールのように十分な経験を積んだ相手、そういった手合いには
読まれてしまう可能性がある。もし失敗すれば裏をかかれ、致命的な攻撃を受ける。そんな作戦指示を出す事などセレンにはできなかった。
しかし長くセレンの指示を受け、リンクスは多くの任務を遂行してきた。セレンが話さなくとも、リンクスはセレンが考えている策を思い付いていた。
「……仕掛けます」
リンクスはそうセレンに伝えると歯を食い縛り衝撃に備える。ストレイドの損傷が酷くなり、もはやアンサングを仕留めるには賭けに出るしかない。
「テルミドール相手に何をするつもりだ!」
セレンが止める間もなく再び降下していくアンサングのタイミングに合わせ、ストレイドの背部に緑色の光が集まっていく。
アンサングがブースタを利用しても着地の瞬間は限られ、その地点はある程度の予測は立つ。極端に直進性を高めた
スプリットムーンに劣るものの、ストレイドのオーバーブースト発動時瞬間最高速度ではそうそう引けを取る事は無い。
オーバードブーストとクイックブーストの同時発動、瞬間的に4000キロを超える体験したことのない高Gにリンクスの
視界が灰色に染まっていく。強化人間の心肺機能でも耐え切れない強大なGは骨を軋ませる。戦闘で脆くなった装甲板が
機体から引き千切れ、ストレイドの移動速度よりもゆっくりと落下していく。着地の為動きが止まっていたアンサングのコアを捕らえ、
切り裂くはずだったレーザーブレードは空を切り、エネルギー切れと着地で急停止したストレイドのすぐ背後にアンサングが立っていた。
いくら高速状態になったとしてもブレードを振る角度と方向は予備動作の位置で決まり、タイミングさえ読めれば腕と同じ
タイミングで踏み込む事は不可能ではない。アンサングは最低出力でストレイドの左サイドに向けクイックブーストを点火、
腕を振る速度に合わせまわりこんでいた。無理な速度でブレードを振り払った反動でストレイドは硬直、アンサングはコア背後目掛け、
レーザーバズーカの銃身を突き付けた。いくらプライマルアーマーがあるといっても装甲の薄いコア背部、プライマルアーマー内部に
直接撃ち込まれれば一撃で落とされる可能性がある。
「覚えて置こう。お前の答えも」
テルミドールにとってここに来る事を選んだ者達は、異なる答えに達したとは言え人類の為に戦いを選んだ者、
その答えを蔑ろにする事など出来ない事を理解していた。テルミドールがトリガーを引こうとした瞬間、
蒼い光がアンサングのプライマルアーマーを突き破り、レーザーバズーカの砲身を僅かに溶解させた。
テルミドールは攻撃先を見ると、溶けた隔壁の先にレイテルパラッシュがハイレーザーキャノンを構えていた。
セレンの命令に従ってクラニアム出口に向かったはずのレイテルパラッシュは途中でクラニアム内部へと戻り、
リンクスがやったように最高のタイミングで援護すべく時を待っていた。
「ウィンDか!」
テルミドールが僅かながら自ら意識を外した事を理解したリンクスは、ブースタでストレイドをクイックターンさせ、
MARVEを大きく振り被りながらその狙いをアンサングのコアへと向ける。だがその動きにテルミドールは気付き、
クイックターン中のストレイドのプライマルアーマー内部から、ほぼゼロ距離で撃ち出されたレーザーバズーカは
左腕を吹き飛ばした。破片が周囲に飛び散り部品がプライマルアーマーに接触し激しく瞬く。回転中に腕を失ったことで
重心バランスを崩したが、ストレイドは右ひざを地面に着きながら姿勢を支え、火花が飛び散り脚部の制波装置が
歪みながらも旋回しMARVEを突き出した。鈍い音が響き渡りMARVEの先端がアンサングのコアに食い込み、
砕けた装甲板がアンサングの足元にぱらぱらと落ちていく。だが所詮は想定外の使用、MARVEのフレームは歪み
完全に破壊することは出来なかった。さらにプライマルアーマー内に侵入した異物に反応し、緑の光がMARVEと
ストレイドの腕を破壊しようと侵食していく。
アンサングはいまだ動く右腕のMARVEの照準を合わせようとしたが、その前にストレイドのトリガーが引かれた。
ほぼゼロ距離で撃ち出される銃弾の衝撃に機体は振動し、ストレイドに向けられていた照準は天井へと逸れる。
内部に直接撃ち出される弾丸は装甲を突き破り、内部パーツは撃ち砕かれ飛び散っていく。だが元々用途外の使用、
歪んだMARVEの銃身に弾丸が詰まり、暴発したことで銃撃は終わりを告げた。アンサングのコア中央は大きく抉られており、
コックピットがあるはずの場所は酷く歪み、あるべき原型を整えては居なかった。
両腕を失った損傷がAMSを通じてリンクスにフィードバックされ、激痛に襲われながらストレイドを立ち上がらせる。
ストレイドの装甲は銃痕とレーザーによる溶解によって酷く損傷しており、これ以上戦闘が
長引いていればこの場で撃墜されていたのはストレイドの方だった。
「最後に敗れる、そんな運命か…」
テルミドールの声にリンクスは反射的に機体を後退させたが、アンサングから少しずつコジマ粒子の漏れ出す量が増えている。
このことから確実にコックピットを破壊し、仮に生きていてもパイロットは高濃度コジマ粒子によって完全に分解されてしまっている、
恐らく記録して置いた音声なのだろう。
「心しておけ お前たちの惰弱な発想が、人類を壊死させるのだと…」
録音音声が終ったのかそれ以上の言葉は無かった。数秒間沈黙の後ウィンDが口を開いたが、その言葉はどこか悲しみが宿っていた。
「人類など、どこにもいないさ。テルミドール」
テルミドールが守ろうとした人類は今の子供達の未来、ウィンDが守った子供達の未来の姿なのだ。
自らが選択した事がもしかしたら子供達の未来を奪ったかもしれない。そう考えるとこの行為は破滅を確定させただけかもしれない。
「そして人は揺りかごで空を飛び続けるか。お前の答だ。私はそれで良いさ…」
セレンは本心で言えばORCA旅団の考えに賛同していた。このまま企業の重役たちに任させ続ければ人間は死滅する可能性がある。
それだけ地上のコジマ汚染は進んでおり、除去技術が向上しても汚染地域は広がる一方なのだ。
例えある程度の被害を被ったとしても進展地を求める、それも必要なことではないのだろうかと考えていた。
結果的にはウィンDの依頼を受けORCA旅団を倒したが、これから人類がどうなっていくか、
この星はどうなっていくのか、先はまったく見えていなかった。
メルツェルをビッグボックスに、
マクシミリアン・テルミドールをクラニアムに失い、
ORCA旅団は、急速に瓦解していく。
企業は、二人のリンクスに煌びやかな賛辞で報いると、
ORCAの残滓を追い立て、統治者の威厳を世界に知らしめる。
“尊い平和を守られた”
そう、彼らは宣言した。クレイドルは、悠然と空を漂っている。
全てを忘れられる、幸せな人々を抱きながら。
愚かな人々は世界から眼を背け、殻の中に篭り続けようとした。
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最終話ではありますが、ゲーム上での最終となります。
後1話、この小説完全オリジナルの話が続き、終わりとなります。