Written by へっぽこ
ある春の昼下がり。
今日の私はというと、とある喫茶店でだれていた。
ここは近所の商店街。その端の端に位置する、ひと月ほど前にオープンした新しい喫茶店である。
それは人知れずの開店で、大華も飾らぬ質素なものではあったけれど、仔細及ばず。
今となっては、もっぱら暇を過ごすのに活用している。
さてさて、ただいま午後三時。
昼過ぎオヤツの時間です。
そんな折、人入り少ないここで食べるケーキセットが、なかなかどうしておいしくて。
価格も良心的で慎ましやかな庶民の香りに、私はいつでも酔いしれちゃう。
それから“おまけ”がもうひとつ。
垢抜けたウェイトレスさん――エイプーさんとのひと時が、また一興なのだった。
「ねーね。エイプーさん」
仕事もひとまずひと段落。つかのま休息する彼女は、少ない客に交じって私の向かい席でだれている。
そんなエプロン姿のエイさんに微笑む私。
「んぁーなあに?」と、今日も今日とて愛くるしいエイさん。
「ケーキがとってもおいしいですわ」
桜の。ほんのりピンクのショートケーキ。
塩漬けにした桜の葉っぱ、そのほのかなしょっぱさと、生クリームのはーもにー。
さくらんぼの果肉を惜しげもなく挟み込む、ふんわりスポンジ。
ショートケーキといえばイチゴだけれど、これにはさくらんぼが添えられていて、それがまたなんとも見た目にかあいらしい。
「だよねー! 私もそのケーキ好きなんだぁ。まあ、食べたことねーですけど」
「そうなんですの?」
「そうなんですの!」
エイさんは言う。更に重ねて。
「あら意外! もっと節操無く味見と称して食べ漁っているのかと――とか、思ってるでしょ? そんなことないかんね! お仕事はちゃんとやる女の子なのよ、わたし」
女の子?ここはまあ、スルー安定。
ならば、と、私はケーキを一口、フォークですくって。
「では。どうぞ、あーん」
なんて具合に、片手を添えつフォークを差し出してみる。
「え? いーの? わーい」
と、がばっと体を起して大口を開けるエイプーちゃん。かわいい。
「あー………」
でもリリウム食べちゃう。
「ぱく!」っと、ケーキを運ぶフォークは、寸でのところでUターン。そのまま私の口のなか。
「にゃぁああ、いじわるしないでよぉ!」
ぷんすか、騒がしいエイプーちゃんはちょっぴり涙目であった。涙線はもろいようで。
流石にかわいそうなので。
「ふふふ冗談ですわ、エイプーさん。はいどーぞ。…あーん」
「あー、む」
むぐむぐとエイさん。
「おいしい?」と聞けば、
「うん! おいひー! ケーキ好きー、リリウムも好きー」
なぞと、ごろごろのどを鳴らす、まるでネコのようなエイプーちゃんなのであった。
そのちょっと幼く無邪気に可愛い仕草はくらっとくるが、しかし時の流れは残酷だ。
エイプーちゃん、今年でいくつだったっけ?とは決して聞いてはいけない悪魔の疑問。
聞けば夜道でどこからともなくミサイルが飛んでくる、とカラード内ではもっぱらの噂なのだった。
先月の“お茶会”にて、インテリオル代表として参加していたエイプー嬢に、平然ととっついてみせた某重工のCEOは、その夜、襲われお亡くなりに……もとい病院送りになりました。
うわ言で「ミサイルが飛んでくるむにゃ」と呟いたとか呟いていないとか。
余談だが、スティレット様に年を聞いた場合は、もれなくレーザーが飛ぶのだそうで。
今月の“お茶会”でインテリオル代表として参加していたスティ姉様に、懲りずにとっついた某重工のCEOは、その夜、襲われお亡くなりに……もとい病院送りになりました。
うわ言で「レーザーが飛んでくるむにゃむにゃ」と呟いたとか呟いていないとか。。
ただし、そこそこに酷い有様だったはずの、被害者たる某有重の社長はたった三日の入院で退院した。
入院中にナースの尻を撫でたとか撫でていないとか。
ちなみに、社長を襲った犯人は、両事件とも捕まっておらず、また事件後も社長はHAHAHAと笑い、週休0.3日の激務な日々に戻っていった。
結局、休みが欲しかっただけではないか?というのがもっぱらの噂であった。
やれやれ。
かくもこのように、乙女に歳の話などは野暮も野暮でありまして。
それから、もちろん言うまでもなく、私(りりうむ)だっていつかは老女になるのです。
歳は毎年とるもので、少女(こども)でいられる期間は実はとっても短い。
大人になる準備が整っているかどうかはまた別の問題で、今では私も大人料金を払う日々。
みんなみんな年を取る。
みんな、死ぬまで年を取る。そう、死ぬまで!
ともかくともかく。
ふぁ、しれっと間接キッスをしてしまいました。エイさんと。
さしあたって、甘くなったお口にはコーヒーを。
当店の常連は必ず注文するでおなじみの、オリジナルブレンドでございます。
そんなコーヒーを大人らしくブラックで、ちびちびと飲む。
むー。苦い。
まあ、正直に言うと、リリウムはブラックコーヒー、まだまだ苦手ですけどね。
◇
「ていうか、りりぅむー。その“エイプーさん”って、なあに?」
唐突にエイさんは言う。
で、その指摘はちょとツライ。
「ぁ、…あだ名、です」
今更のつっこみにちょっぴり恥ずかしくなって、声のボリュームがぐーんと下がってしまう。
「あのですね! し、親しい人との間柄においては、時にあだ名で呼び合うものだ!とか、その、ものの本で、あの、それで…」
頑張って言い訳(というか本音だけれど)してみる、のだが、やはり声は尻すぼみで。後半ごにょごにょ。
エイさんはコーヒーを一口。
小指をぴんと立てて、こくんとのどを潤した。
「そおかぁ、あだなかぁ、ふんふん」
と、頷き頷き、コーヒーカップを机に戻すと、エイさん。ふっとニヒルに微笑して。
「んじゃあ、私もこれからリリウムのことあだ名で、りりむーって呼……」
「あ。結構です」キリッ!
「ぎゃふん」
ぱたん、と机に突っ伏す、潰れまんじゅう。もといエイプーちゃん。
「なあんちゃって。冗談ですよ、じょーだん。あは、えいぷーちゃんってなんだかとってもいじめ甲斐が――ね!」
私、笑顔。
「やだ怖い!」
そんなエイプーちゃんはというと、両手を両頬にあてて、
「―――りりむー、恐ろしい子」
と、伏し目がちに呟くのだった。
「うふふ、そのちょっとお古いノリが、堂に入ってて素敵ですわ」
「うわでじゃぶ! ちょっとマジで凹むんですけどぉ、えいぷーちゃんはまだ若いんですけどぉ」
“まだ”と付けるあたりにそこはかとないノスタルジーを感じる。うむ!
えーんえーん、と泣く泣くエイさんをよそに、今度メイド服でも差し入れましょう、と、そう思う私なのだった。
身長的にはメイド長のメイド服を。
んーでも、サイズ、合うかしらん。主に胸とか。
や、全然人のこと言えないんですけどね。主に胸とか。
◇
なぞと、いつものようにエイプーちゃんとじゃれあっていると、カランとドアベルが鳴った。来客である。
「あ。いらっしゃいませ」
と立ち上がり、即座にウェイトレスモードに変身する、仕事人エイプー。
ここにいると時折彼女がリンクスであることを忘れてしまいそうになる。
「御一人ですか? おタバコは……って、誰かと思えば、へいへーい! メイちゃんじゃあん、やっほー元気?」
来客はメイ・グリンフィールド様であった。
彼女とは最近、この喫茶店で御一緒するようになって。
共通の友人であるエイさんを橋渡しに、じりじりと仲を深め中なのであった。
「え?何そのからみ方うざい! テンションたかいですね。何か良いことあったんですか?」
「や、いつもこんなもんよ?」
「あ、そうですか。」
親しげに会話する二人をついつい眼で追ってしまい、ふと目があった。
「あら? こんにちわ、ウォルコットさん」
と、このように、未だ私は“ウォルコットさん”に甘んじている。
しくじったことに、メイさんのことは“メイさん”と呼んでいる。
“名字にミスとつけられるより、名前にさんをつけてくれた方が嬉しいわ”と初対面で言われたからだ。
その時にわたくしも~って、ちゃんと言えたら良かったのだけれど。時すでに遅し。
今となってはメイさん&ウォルコットさんのデコボコ名呼び&姓呼びコンビとなってしまいました。
若輩であるはずの私が名呼びという、環をかけたぎくしゃく感。
ここで友の友は友なのだぁ!と大声で宣言できれば楽なのですが。
ウォルコットさんにそんな勇気はないのであった。割かし内弁慶なのだ。ウォルコットさん。ていうか私。
はてさて。
「あ、はい、こんにちは」
私は立ち上がって、ぺこりと頭を下げる。
「ああ、いーよいーよそんなかしこまらなくたって。最近良く会うね、ここで。行きつけなのかな?」
くすくす笑いながらにメイさんはこっちのテーブルまでやってくると、私の向かいの席の背に手を置いて
「ここ、いい?」と、私の許可を求めた。
「もちろんです。どぉぞ!」
ああん。聞かなくたって良いに決まっているのに! ぎくしゃく!
しかしメイさんはマイペースで、
「なんだか、からだ硬いよ? 甘いものが足りないんじゃい?」と、かぷかぷ笑う。
礼儀正しく丁寧で、でも慇懃無礼に陥るほどじゃ全然なくって、とても自然。自然に気遣ってくれて、そこに恩着せがましさは皆無である。
ややもすると、どこまでも甘えてしまいそうだ。
「あ、いえ……えへへ」
なんだろう、エイプーさんとはまた違う安心感がメイさんにはあると思う。
身にまとう安らぎのオーラ。どこかふわっと笑顔にさせてくれるその空気。
イメージカラーはグリーンで決まり。
「あ。エイさん、おすすめケーキセットをブレンドでお願いしますね」
そんな私とメイさんを残して。
「オーダー、おすすめケーキとブレンド入りましたー、しるぶぷれー」
これまたてきとーなエイさんの声が響く。
そして店内はまた静かに、エイさんは料理を取りにカウンターへ、てててと軽やかにステップを踏んだ。
◇
そんなわけで、女が三人寄ればなんとやら。
コーヒーカップ片手に、ケーキをつっつきながら歓談する私たちでしたが、ふと、エイさんが、こんなことを言い出した。
「ていうか、リリムー、めーちゃんのことは普通に名前で呼ぶのね? 私のことはあだ名で呼ぶのに。」
ぐ。
「私のことはあだ名で呼ぶのに!」
二回も言った。同じことを。二回も言った。
とはいえ、喫茶店で週四ほどに顔を合わせるエイさんと違い、メイさんとは確かに、“エイプーさん”ほどの交流がないのが事実で。
あだ名にこだわる必要はないけれど、それでも距離はまだあるのかもしれない。
なにせ私はウォルコットさんなのだ。
あと、もう一歩って感じなのだけど、どうにもきっかけなく。
こう、いざファイティングポーズを取ったは良いが、未だ足はすり足で、最後の踏み込みがとんと出せずに、ガードの隙間からちょこちょこ覗いている感じだ。
と、そんな微妙な人間関係を。空気を、エイプーさんが読めるわけもなく。
「ぷぷー、名前で呼ばれてやんのー。」
メイさんを煽り出した。
そんなに私からあだ名で呼ばれたのが嬉しかったの?エイプーちゃん。
まったく良い性格してらっしゃる。
「は?」
と、当然渋い顔をするメイさん。笑顔は笑顔だが、どーみてもイラッとしている。
「へへーん、エイプーはもうエイプー&りりむーと“あだ名”で呼び合う仲だもーん。ねー」と、エイさんがこちらを見る。
「とかなんとかエイ・プールが言ってるけど? その辺どうなの“リリィ”」とメイさんがこちらを見る。
「えと」
あれ?いま。
あ。やだ嬉しい。
私は机の下で手をきゅっ、と。
そして。
こほんと咳払いを一つ。
「んー、どうだったかな、そうでしたっけ? エイ・プールさん?」と私はエイさんを見る。
「あれぇ? なんで急にフルネーム?」とエイプーさん……に、ばれないよう絶妙のタイミングでメイさんが軽やかにウィンクする。
「“私のリリィ”はこう言ってるけど、どうなのかなエイ・プール」
えへ。
最後の一歩、踏み込んだのはメイさんだった。
ああ。なんだか急に楽しくなってまいりました!
「うにゃにゃ! りりむーはメイのものじゃないやい、エイプーのものだい!」
「いえいえ、わたくしエイ・プールさんのものになった覚えはありません」と私は涼やかに。
「ですって? エイ・プール」とメイさんは続けた。
「ふふ。エイ・プールさんてば、あわてんぼさん!」
「あわわわわ―――」
「まあエイ・プールは置いといて。ほら、リリィ、あーんして? あーん」
メイさんがケーキを一切れフォークに乗せて、そーっと、それを私の方へ差し向けて……。
「ぱく」と、それを見事に横からかっさらってみせるエイプーちゃんだった。
「何をしてやがりますのかな? エイ・プール」と、メイさんが笑顔で青筋を立てれば、「ぴーひょろ」吹けない口笛を声に出すエイプーさんだった。
「ふう。やれやれ、これだからエイ・プールは…」とメイさん。ぴくんと体を震わすエイさん。
「ええ。まったく、これだからエイ・プールさんは…」と私。ぴくぴくんと体を震わすエイさん。
「エイ・プール!」ガタッ!
「エイ・プールさん!」ガタタッ!
そして、
「もー! わかったよぅ私の負けで良いってばぁ! 二人の仲の良さは分かったからぁ!」
終に観念したエイプーちゃんなのだった。
「むー二人して私のことエイプールエイプールってフルネームで呼びおって! バカにしてるなー? 私これでもリンクス歴は先輩さんなんですけどぉ!」
リンクス歴っていうか、普通に人生の先輩であった。
くすくす、とメイさん。つられてふふっと笑ってしまう私は、ちょっぴりはしたないのかもしれない。
「やれやれ先輩は本当に可愛らしいですね。いじり甲斐がありますよ」
「そうそう、そうなんですよ!メイさん! わたくしもそう思いますの!」
「こぉらぁ、もっとリスペクトしろー」
言いながら、ぱたぱたするエイプーちゃんだった。
「三人コンビでボケツッコミとあといじられキャラっつー単純な図式は、この時代いかがなものかなーってエイプーは思うなあ。しかも私がいじられキャラなんて……いじいじ」と、イジケムードのエイさんに。
「まあまあ、エイさん。忘れないで? 私もリリィも、エイさんのことが、ほんっとーに大好きなのは、いつの時代も変わらない事実なのよ」
「……」
おお。流石メイさん。
はづかしいことをそんな直球で言えるなんて! かっこいい! 見習いたい!
私はこくこく頷いた。
すると、若干捨て鉢気味になっていたエイさんが復活した。
「でへへ。やー照れるなぁ」と、あたまをぽりぽりエイプーちゃん。
その切り替えの早さ、見習いたい!
と、まあそんなわけで。
エイさんともメイさんとも、また一段仲良くなれた気がする、わたくしリリウムなのでした。
喫茶店でくだをまきまき、ガールズトークかっこ笑いはつづいていく―――。
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