Written by へっぽこ


ところで君は誰かの命を奪っ―――。
はい。間違えました。リテイクです。

     /

ところで君は誰かの命を救ったことはある?
そういうことに、自覚ある?

私はある。
一度や二度でなく。
何度も何度も。
何人も何人も、救ってきた。
私はAC乗りだったから。
文字通り、死にゆく人間を。
死へと否応なく追いやられる人間を、救ってきた。
そして、救えなかった人間なんていなかった。
でも、救わなかった人間はいる。

――たくさん。
たくさん救わなかった。

慎重に吟味した。
救う人間を誰にするか。
私なりに。慎重に慎重に吟味した。
吟味して選択して、救って、同時にいろんな人を救わなかった。

目の前にいる人間。
攻撃する or しない?
守護する or しない?
救う or 救わない?
全ては私の一存で決まる。
目の前にいる人間、人間。
その、生きるも死ぬも、私次第。

――ああ、なんて気持ち良いのだろう。

ACに乗ること。
それは私にとって、間違いなく天職だった。
今まで、いろんなことを試してきたけれど、これほどまでに楽しく、嬉しく、気持ちの良い体験はしたことがない。
ACに乗る私は等しく神であったんだ。
全知全能の神だよ。

さあさあ、人よ人よ。
神たる私を崇め奉れ。

――と、まあそんな具合で。
至福の時であったよ。
私の人生で、もっとも輝かしい時だったよ。

でも。
それは長く続かなかった。
もしかすると天罰だったのかもしれない。
わがままで勘違いしいの私を見かねた神様が、バベルの塔から蹴落とした。
そういう話であったかも。

正直、裏切られたと思った。世界から。

裏切り。
怒り。
鉄の銃弾。
砕かれる背骨。
動かない足。

ねえ、私って何?
人間?
そう、人間。
人間、
人間、
人間、
生きた人間。
私が救った人も人間。
私が救わなかった人も人間。
私だって、ただの人間だったんだ。
そう。あの時、あの世界にいたみんなが人間なんだよね。
なのに私は、まるで彼らとは違う、高次の存在であるかのように。ふるまったし、真にそう考えていた。
あなたたちと私は違うのだ、と。
私は特別なのだ、と。

その通り、私は特別だったんだ。
“AC乗り”ということを指して言っているわけではない。
確かに、ACのパイロットはある種のエリートで、それはそれで特別だ。
ましてエースになれるものはそうはいない。私のようにね。
でも。
これは、そういう次元の話ではないんだよ。
違う違う全然違う。
桁が違う。格が違う。
才能? まさかまさか! そんな単語でくくれるほど、単純じゃない。

私は愛されていたんだ。世界から。
私は愛されていた。人類という種から。
だって負けたことなんてなかったから。
この社会の中で。あなたたちが暮らす、この世界の中で。私は負けなかった。
ただの一度も。

子供の時から、何をしても、負けたと感じたことなんてなかった。
理解できないことなんてなかった。
やってできないことなんて、何もなかった。
何一つ、難しいと感じたことはない。

あなたはやれる?分かる?勝てる?
それは簡単?
ただ一介の人間にこんなことが可能なの?
そんなわけないよね!
これは私が凄いから! 私だからできるの!
ACを動かすなんて、簡単簡単!
十字キーとボタンの付いたコントローラで操作するタイプの、西暦時代の骨董テレビゲーム並みに簡単なの!

かーんたんに。
人が死ぬ。

かなしいことよね。
私はかなしくなんてなかったけどね。
選択した結果だから。
全て分かり切ったことだったから。
覚悟の上のことだったから。
掌の上の出来事だったから。
戦争だから。
日によっては、たったの一時間で何千人もの死者が出る。
で、それがどうかした?
そんなことは、とうに分かっていることでしょ。今さら驚きなんてない。

それに私は負けないよ?
私は勝ったよ?

勝って、救った!
そして救わなかった!
人間を吹き飛ばしながら、人間の盾になり、人間を轢き潰しながら、人間を護送した。
戦車やら戦闘ヘリやら敵の施設やら、壊して壊して壊して、ACだって、無論壊した。
中の人もろとも。ぐしゃー。
そして私は無傷なのだわ!
ずっと、無傷。

今じゃもう、こんな体だけどさ。
その頃の私には傷一つなかったんだ。
あれだけの戦場を駆けて、なお無傷。
AC乗りには、コックピットを撃ち抜かれて綺麗に死んだ人もいれば、装甲がひしゃげて下半身が潰れた人もいれば、電装系のダメージで感電して内臓を焼いたり、漏れたバッテリー液で顔が溶けたり、そこまで大怪我しなくとも、衝撃で全身打撲とか、ちょっとした加速度にむち打ちとか、歩く衝撃で舌をかむとか、怪我する要素は多種多様だから。
だから意外とAC乗りの体もそれなりに傷だらけだったりする。
あなたの体も、そうだよね。
傷だらけ。

でも。
私は違ったけどね。
敵はびっくりするほど弱いもの。
ACに乗るなんて、かんたんかんたん。
ほんとに、痛快だった。
これ以上ない、全能感を感じていた。
戦場(ここ)で、私はやっぱり神様だったんだ。

裏切り。
怒り。
鉄の銃弾。
砕かれる背骨。
動かない足。
地べたを這いずる人間(マグノリア)。

     ◇

私は、大きくため息を……、ああ。もう、肺も喉もないのだっけ。
かなしいなぁ。
「昔話をしてあげる」
私は語る。
「世界が破滅に向かっていた頃の話よ」
それは、私の子供の頃に録音した昔話だ。
私のメインプログラムが何を想ったのか独り言を開始する。

そのとき、私の心はというと、――。
これもきっと、人が死に見る走馬灯のようなものなのだろう。

     ◇

それから。
私は。
ACを降りて。
戦場から遠ざかって。
自分が特別だって思えることがなくなって。
何もできなくなって。
基地で、モニター越しに、あなたに指図してばかりで。

そうしてあなたは、応えてくれたわ。私に。
戦果をあげて、どんどんどんどん強くなって。
人間をどんどん助けて。
敵をどんどん倒して。
あなたの一存で戦場の状況が変わって。
あなたは戦場で何でもできるようになって。
私たちの生活を背負って、守ってくれた。

そのとき、気が付いたのよ。
ああ私、凡人みたいだなって。
かつて自分が救ったり、救わなかったりしてきた、アレの一員になったんだなって。
目の前が真っ暗になったよ。

道が、もう見えないのよ。
好きなように戦って、好きなように生きるつもりだった。
ファットマンとは違う。
彼の自由は所詮“前提”ありきの不完全なもの。
彼は戦場で神様になんて、なりたくてもなれやしない。
私は違う。
ホントに、ほんとうに完璧に完全に自由に自分のしたいように、好きなようにするつもりだった。
組織を抜けて傭兵になったのもそう。
後ろ盾なんかなくたって、全然、生きていけた。
楽勝だった。

あの頃の私には、いろんな道が見えていたのよ。
いろんな可能性が有ったのよ。
それが、今はどう?
生きるためにできることは何?
あなたをオペレートするだけ?
つまりはスピーカーでしゃべるだけ?
これがマグノリアの末路なの?
誰かに頼って、頑張ってもらって、救ってもらって。
あなたが死ねば、たぶん私たちも死ぬ。

アハ!
惨め過ぎるでしょ?
そんなの。

だからね。
もう一度あの完璧だった私を取り戻すと決めた。
もう一度人間の上位存在になると決めた。

「私は、もう負けたくないだけ」
もう二度と負けないと決めた。

「何にも、誰にも」

こころとからだが一致する。

だから、するの。
これは私にとって、生まれ変わりの儀式なの。

―――ねえ。
教えて。
あなたは誰かの命を奪ったことはある?
そういうことに、自覚ある?

うん。
知ってた。

「始めましょう
殺すわ、あなたを」


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