Written by マサ


 結局、男は彼女が一度たりともACを駆る姿を見ないまま、彼女は変態科学者共に蹂躙されていった。
 ご丁寧にも、自分がその変態科学者共の一端を担っているという事実が更に男を暗くさせてくれた。
「もうめちゃくちゃだ……」
 既往の症状を見ても、目も当てられないとはこのことだ。歩行障害に代表される身体可動性は低下し続け、起動実験開始から2ヵ月も経つころには自力でベッドから動くことさえ出来なくなったし、3ヶ月に差し掛かる頃には自力でモノを飲み込めなくなった。ネクスト起動時のコジマ粒子にやられ、義手の稼動性も低下し、さらには生身の部分もガン組織への病変が見られる等、問題は挙げだせば枚挙に暇が無い。それらが示すのはもう彼女が長くは無いという現実だった。
 生白い体には今もギリギリの綱渡しで彼女を『生かす』ために数本、チューブが繋がれている。経管栄養、血液透析、抗がん剤、意識レベルさえ低下させるような薬物の過剰投与で疼痛を抑制したりと、もはや人に対する扱いとも思えない。
 ――否、実際男がやっているのは『フラジール』という巨大ハードを動かすモルモットの世話だ。そんな事実、考えるだけで胃液が逆流しそうになる。
 今まではそれを考えずにいられたからこそ平穏だったのに、今はそうもいかない。彼女が全てを変えてしまった。
「あの……」
 ベッドの方から微かな声が聞こえた。
 部屋に戻ってきてからどれくらい経っていたのか、気づいたら彼女が目を覚ましていた。今回も無理やりフラジールを起動させた挙句、呼びかけに応えない意識レベルまで低下したところで男のラボに突っ返されて来た
「明日の実戦テストでいい結果が出たら、私はもうあのACに乗らなくていいそうです。義手も研究協力の謝礼としてくれるって所長さんが言っていました」
「そうか……」
 笑う彼女に男は上手く笑えない。全くなんだってそんな風に笑って見せられるのだろうか? 
「あなたに寝かしつけてもらうのもこれが最後になりますね」
「俺は寝かしつけた覚えはないけどな」
「でも、何か恩返しくらい望んでもいいと思いますよ?」
「いいんだよ、そんなこと……」
 ラボから見上げた夜空に月はない。星も見えない。ただ時折アサルトセルが思いついたように煌く光だけが、深遠の闇を映した夜空に儚く光っていた。
 鏡越しに彼女が起き上がるのが見えた。もう既に体の大部分は意のままにならないはずだ。ベッドから立ち上がって、そして転びかける。咄嗟に腕を出して抱きとめると、その体は本当に小さかった。男の細腕が易々と抱えられるほどの小ささで、兵器に乗った大の男さえ潰すバケモノを操る実験台にされた彼女を想うと、闇一色の世界がどこもかしこも継ぎ接ぎだらけの、綻びだらけに見えた。
「もう、もらったよ」
「あげられるものなんて、私には何もありませんでした」
「お前がそう思ってただけだ。もう色々もらったんだ」
 それが何なのかは上手く言葉に出来ない。ただ、ずっと『お勉強』と『研究』ばかりの二十余年を過ごして来た代償か、彼女なら拾い上げられる人間として大事なものを持っていなかったのだ。
 それに気付けたことを一概に良かったとは言えない。知らなければ今の胸に渦巻くドス黒い感情は無かっただろうし、早くから知っていればもっと彼女を大事に出来たかもしれない。全てのめぐり合わせは最悪だった。巡り合わせはどんな技術も調整出来ない……。
「絶対生きてここを出るぞ」

 翌日は良く晴れていた。もはや鬱陶しさすら感じさせる晴天だ。豪雨でも降っていれば中止にでもなったものの、そんな望みさえなくなった。
 ミッションは予定通り決行される。
「GAのノーマル部隊を発見。『フラジール』スタンバイお願いします」
 カメラ越しの遠景に、ダンボールを重ねたような角張ったACの姿が見えた。男は他社のACについてさほど知識があるわけではないが、重厚をよしとするGAの社風は見て取れる部隊配置だった。
 対してトレーラーのコンテナに詰まれたフラジールの何と頼りないことか。当たり方次第ではGAのノーマルとぶつかっただけでも折れそうだ。
「ハッ、ノーマルなど、何機いようとネクストの餌に変わりはない。アンカー打ち込め。フラジールを出すぞ」
 所長の号令に会わせて、移動発令所トレーラー内で命令が復唱される。ここに居るのはみなネクスト部門の職員だ。AMS研究者の男だけが異端だった。
 トレーラーが地面に巨大なアンカーを打ち込む。おそらくフラジールのブースター機動の際に吹き飛ぶのを防ぐためだろう。
「フラジール、発進しろ」
 号令の瞬間、カメラ越しにすら空気が弾けたのが分かった。フラジールの機動力は男が常識として知っているACとは一線の差どころでは済まない差異を持っていた。上空に設置した定点カメラの映像がおいていかれる。望遠カメラの中でさえGAのACがスローモーションで動いているかのような速度の隔絶振りだ。
「素晴らしいの一言に尽きるな。これが実践に出れば、既存のネクストの存在さえ陳腐化されるだろうよ」
 ブースト光の尾を引いてフラジールが飛んでいく。時速は約2100キロ、マッハ2弱だ。
「非検体の血圧が上昇!」
「構うか、実験を続行! チェーンガン掃射開始だ」
 4門のチェーンガンがフルオートで秒間数十発の弾を吐き出す。GAのノーマルが放ったミサイルをまとめて爆発させ、フラジールは更に前に出る。
「アサルトアーマー、起動させろ!」
 所長の掛け声と同時に、フラジールの周りで光が弾けた。
 さすがに初の戦場を体験している彼女にそんな芸当が出来るわけが無い。やったのは外部からの遠隔操作によってだ。
 閃光、轟音、爆発、それらが去ってカメラを覆う靄が晴れたとき、爆心地にいたのは異形のネクスト1機だった。
「流石はオーメル提供の爆弾アサルトアーマー搭載OB、時代の最先端を行っておる」
 高いところからモニターを見る所長が呟く。口元がにやけているが、もはや抑える気もないのだろう。夢中になって見入っている。

 ――瞬間、カメラでも影しか見えない速度で、何かが飛んできた。

 モニターの中のフラジールが大きく揺れながら吹き飛ぶ。右腕を構成しているパーツが粉微塵になって吹っ飛んでいくなか、次弾に3ダースを越える大量のマイクロミサイルが襲い掛かってくる。
 アサルトアーマーで自身の防御装備をぶっ飛ばしたフラジールに飛び掛る攻撃としてはオーバーキルにもほどがある。
「外部操作、回避を最優先」
 『フラジール』の操作が彼女のAMSからトレーラーのコンテナ内、15人のグループに切り替えられる。息を合わせた回避でミサイルを回避しながらチェーンガンで叩き落していく。だが初撃で破壊された右上半身はどうしようもない。
「右腕部破損! 非検体の脳波に異常発生!」
「実験としては上出来だ。これ以上戦ってもパイロットの脆さが露呈する。早急に回収しろ」
 外部からのラジコン操作で『フラジール』が後退してくる。
「作戦エリア内にコジマ反応。敵性ネクスト反応! タンクです!」
 望遠カメラの向こう、彼女の駆る『フラジール』に砲塔を向ける巨大なネクストが1機。戦艦を思わせるような重厚なタンクに、並みのネクストが撃てばひっくり返りそうな巨大な砲身。
「タンク型にグレネードランチャー……。有澤のクソジジイか。時代遅れの巨人の一味が」
 有澤のタンクがオーバードブースターを起動する。全装備重量100トンを超える巨躯が、唸りを上げて地を駆けてくる。
「だが、勝ったのは我々だ!」
 後退するフラジールと後退と交代にノーマルACが前進する。アルゼブラ製の高機動型だ。
「掛かったな、有澤ああああああああああ! 装甲馬鹿の貴様には避けられない! そこでくたばるがいい!」
 高速で前進したアルゼブラ製のノーマルACが飛びかかる。ネクストさえ殺すと喧伝されたバーラッド部隊と同種の兵装のパイルバンカーとショットガンが瞬発力に欠ける有澤のネクストを捕らえた。――だが、有澤のACは攻撃を受けながらも、ためらいもなく砲撃した。
 望遠のカメラさえ揺らす巨大な爆風。並みのACなら半身ごと吹き飛んでも不思議はない一撃を受けた上で、有澤のネクストはグレネードによる自爆紛いの一撃に出たらしい。近場のアルゼブラのノーマルがほとんどパーツ単位で砕け散る中から、有沢のタンクはゆっくり向かってくる。
「……さすが、有澤の装甲技術……」
 搭乗者を生かす装甲の加工技術。それもまた男が研究していた『技術』の1つか。
 搭乗者を積極的に殺しに行くような自分たちのネクストを見た後では、男の口からは感嘆しか漏れなかった。
「フラジールこちらに接触します。有澤の指定交戦域脱出まで200――越えます」
 光の筋を空に残して、フラジールが落ちて来た。『降下』ではなく完全な『墜落』だ。コアブロックを開放した瞬間、ズルリとまろびでてきた彼女は、まるで本物の死体のようだった。
 すぐに救護班が来るが、救護班に囲まれた彼女は全く動くことさえなかった。ペンライトの明かりを眼に受けてなお、表情1つ変わらない。
「心音微弱、辛うじて自力呼吸と対光反射は見られます」
「そうか。まあ命があっただけマシと思うべきか」
 他に労いも何もなく、代表は彼女から離れた。
「これでソブレロ計画の全過程は終了だ。どこへでも行くがいいさ。次のパイロットは用意してあるCUBEといったか、彼のAMS適正の高さならこれを完全な形で使えるだろう」
 所長のその言葉を、生まれて始めて男は憎悪を持って聴いていた。
 男は彼女への与薬を再開した。重度のAMS後遺症のために残った全身の拘縮にも、コジマ粒子に犯されて発症した全身の細胞のがん化にも、思いつく限りのことを試みたが、結局それらは彼女の残された時間を多少伸ばしただけだった。
 オーメル主催の移民計画の要諦、クレイドルが空に飛び立つ前日、彼女は男の半分にも満たない生涯を閉じた。彼女を殺したのはヒトの技術と、くだらない知識への欲求、そして男自身の弱さだった。

 彼女を亡くした3日後、所長を殴ったことでアスピナをクビになった男は、彼女棺を積んで有澤領まで来ていた。彼女は有澤の方面の文化が好きだった。ならば最後くらい有澤流で葬ってやるのが、男に出来る最後の手向けだろう。
 右も左も分からない島国で頼るものも無いまま行動して問題を起こすのはためらわれたので、素直に支配企業の有澤に頼った。(棺おけを持ったまま捕縛されればどういう扱いになるかは想像に難くない)
 火葬場から焚き上げられた煙が、空へと昇っていく。
 選ばれた人類の揺り篭、クレイドルの飛ぶ高空まで。その煙が見えなくなるまで男は見送った。
 「技術は人に何をもたらしたんだろうな」
 男の呟きに、救い(答え)をもたらしてくれる少女は、もういない。


+  短いもので、もう終わり

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