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/ in the end 過去編 -The Journey of Past- 1(小説・全年齢))
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in the end 過去編 -The Journey of Past- 1(小説・全年齢)) の編集
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[[小説/長編]] #setlinebreak Written by 雨晴 ---- 数メートルはあるだろうか。巨大な二脚兵器が、アスファルトを踏みしめて前進する。 小さなコロニーを行く機に、かつて描かれたであろう国旗は無い。駆るのも同じく軍人ではない。 住民たちが畏怖を抱いて見つめ、見上げ、見下ろしていた。実弾の込められた銃火器。 勿論発砲されることは無く、哨戒と呼ぶにはあまりに粗末な直進。そのまま街を後にする。 安堵した人々が溜め息を吐き、野次を浴びせ、しかしその中、一人の少年が無表情に去りゆく二脚を見つめ続けている。 何分か、ずっとそうして微動だにせず、呼吸だけ。もう、数百メートル先。 彼にとってそれは仕事で、生きていくためには必要な仕事で、そして対戦車地雷が爆発する。脚を吹かれて崩れ落ち、ざわめく周囲。 喧噪の中、ひとつ息を吐いた。背を向けて走りだした。今日はもう一件の仕事が残っている。 齢10歳程度。彼と、彼の妹が生きていくためには必要な仕事が残っている。 ACfa/in the end The Journey of Past He has not known anything yet 数分前に呼び出した少年が、もうやってきた。 そのフットワークの軽さは見習うべきだと素直に思い、少し待てと声を掛ける。 「ほら、今月の分だ」 カードと紙切れを差し出され、その紙切れに目を通す。頷き、軽い笑み。 「ありがとう」 「すまんな、もう少しくらい用意出来れば良かったんだが」 首を横に振り、大丈夫、そう一言。そうか、と呟いておく。 「最近は企業連中が特にやかましいから、物買うときは注意しろよ?」 「わかった」 「・・・まあ、いらん世話とは思うが」 言って、自然に目が細まる。少年は、どう見ても良いとこの坊ちゃんだ。誰も、一日に数機のMT吹き飛ばせるガキとは思わないだろう。 「身なりには気をつけろって言ったのは貴方だよ」 「それは確かに」 苦笑。 この子供とその妹が初めてこの地に訪れたとき、纏っていたのはダウンサイジングされた野戦服。 何てガキだと思ったが、もうとうに受け入れられた。時間が経つのは、本当に早い。本当に。 「しかし、これでもう3度目か」 「・・・お給料?」 「ああ。きょう日少年兵なんて、すぐ駄目になると思ったが」 む、と拗ねた顔をする。仕草だけを見れば、ただの子供だ。 「邪魔なら出て行くよ?」 「・・・邪魔になったら、行く宛探してから追い出してやる」 無造作に手を伸ばし、少年の頭に載せる。撫でる。拗ね顔が戻り、笑み。 「ウエルバには、1カ月も居られなかったから」 「そりゃあ恵まれなかったな」 最早国境に意味はなく、しかしその地名はかつてのスペイン領。ノッティンガムからは掛け離れている。 よくもまあ、二人だけで辿り着いたものだ。人間の生命力と言うべきか。 まだ、何も知らないでいて可笑しくない歳だと言うのに。それでも妹とふたり、生き続けている。 「とにかく、妹を泣かせない程度に気張ってくれ」 「はい―――あ、お家賃」 「少ない給金の詫びだ、飯代にでもしてくれ」 意味が汲めなかったか、ん、と首を傾げられる。また苦笑が漏れる。 本当に、ただの子供。 「いらないって事だ」 「・・・いいの?」 ああ。意識的に笑みを作る。 「その代わり、また次も頼む。もうお前の陽動は欠かせないからな」 「あんなことで良ければいつでもやるよ」 「それはそれは、心強いこったな」 じゃあ、帰る。ありがとう。 唐突にそれだけ言って振り返り、数メートル先の玄関口へと歩いていく。つい、呼び止めてしまった。 「ハイン」 無垢な子供の顔がこちらを向く。しかし、特に伝えるべきも、伝えられるべきも無い。 迷った挙句、いや、と口に出す。 「頑張れよ」 一瞬どう答えるか迷い、うん、とだけ返ってくる。じゃあな、軽く手を振ると、軽く振り返された。 扉が閉まる。 静かになったワンルームの中、チェアに身を委ねれば背もたれがギシリと鳴る。 冗談じゃない。 デスクの抽斗には、先日送られてきたあの子供とその妹の診断書がある。 本当に、冗談じゃない。 最初はコジマ汚染のレベルを疑っていただけだ。知り合いの、それもゲリラ繋がりの医者から返ってきたのは、そんなものではなかった。 どうしてこれまで気付かれなかったのか。捨て子とはいえ、なぜここまで。 このままでは、下手をすれば人身売買にまで手を染めることになる。冗談じゃない。あれはまだ子供じゃないか。 それに、誰が企業になど伝えてやるものか。数千、数億の金になろうと知ったことか。許されるものか。 だが。こんな小規模の活動団体で匿えるほど、世界は甘くない。 溜め息一つ。 思うに、世界は驚くほどにまで腐りきっている。無論、私も含めて。あの兄妹も含めて。 先の歳相応の笑みを頭に浮かべながら、電話を手に取った。 願わくばこの選択が、彼らにとっての不都合足り得ぬように。 「ただいま」 声に、背を向けていたウィルが反応する。手を止め、微笑んでくれる。 「おかえりなさい、兄さん」 「うん、ただいま」 少し背の高い椅子に腰掛ければ、火を止め、近寄ってくる。 「何を作ってるの?」 指を差し尋ねれば、えっとですね、と考える仕草。 「今は、ゆで卵ですね」 「火傷しないようにね」 そんなことしないですよ、と笑う。 どうだか、おとといはフライパンを触って泣きかけてたじゃないか。勿論、言わない。そうだ、と切り出した。 「はい、お給料」 差し出す。笑顔が掻き消える。むぅ、と渋い顔。 毎回そうだ、素直に受け取ってくれない。 「・・・もっと嬉しそうにしてくれたって良いじゃないか」 「だって、また危ないコトしてきたんでしょう?」 ジト目が来て、逸らす。もう、とウィル。 危ないコト。ここに来てからは、何をしているのか伝えていない。 「兄さんは優しいんですから、戦争なんてすべきじゃないんですよ」 「いや、うん。でもさ、ここに来てからは家もあるし、お給料もずっと良いし」 「けれど兄さんが居なくなってしまうのは嫌です、絶対に」 わかりますか、兄さん。そう強く迫られて、少し引いてしまう。 でも、多分ウィルも、僕らが生きていく為にそうしなければいけない事をわかってる。わかってるけれど、言わずにはいられないのだと思う。 僕だって、逆の立場ならそうだろうから、取り敢えず始まってしまった説教に頷くことしか出来ない。 「聞いてますか!?」 「あ、うん、聞いてるよ」 それでウィルの気が済むのなら、まあ、良いかなあなんて思う。 夕食のサンドウィッチがテーブルに並んだのは、2時間後のことだった。 「・・・ごめんなさい、兄さん」 「いいよ。僕ももう少し、安全そうなやり方を考えてみる」 ふたりでサンドウィッチを齧りながら、兄妹喧嘩、というか一方的な説教への反省会。 僕らにはもうお馴染みの光景で、どちらからともなく笑ってしまう。 「けれど、本当に兄さんが死んでしまったら、私は生きていけません」 「そんなの、僕もだ」 言って、ウィルの居ない生活を想像しようとする。やっぱり、無理だった。 ひとつ息をついて、或いは目を閉じて、話題が変わる。 「でも、ここに来てから3回目ですね」 「早いね、もう3ヶ月」 「ですね」 どうぞ、とタマゴサンドを差し出される。ありがとうとだけ言って、受け取る。 「でも、見つかりませんでしたね」 口に運ぶ動作を止め、妹を見た。窓の外、どこを見ているんだろう。 「・・・父さんと母さん?」 「うん。きっと故郷に近いから、と思いましたけれど」 「そうだね。会いたいのなら、探してみる?」 え、と驚いたような声。少し悲しげな視線が来て、それを受け止める。すぐに、いつもの微笑みに戻る。 「ううん、兄さんが居てくれれば、それ以上の贅沢は言いません」 「けどさ」 「良いんですよ。それに、会えたところで顔を覚えていませんから」 絶対にわかりませんよ。そう笑う妹は、このやりとりも3度目だと言うことに気付いてないのだろう。 彼女は、きっと親を欲している。兄の僕にそれを叶える術は無くて、つられて笑うことしか出来ない。 けれど、ウィルが僕を必要としてくれているのは事実だろうし、僕にだってウィルは必要だ。たった一人の、血の繋がった妹だ。 お互いに、そう信じて生きてきた。僕にはウィルしか居ない。ウィルが居てくれるから、生きていられる。生きていける。 広大な欧州を渡り歩けたのは、この子が傍に居てくれたからだ。ずっと笑っていてくれたからだ。誰より大切な、僕の妹。 だから僕に出来ることは、ただただウィルとの生活を守ることだけ。そのために生きてきた。そのために生きていく。 「ねえ、ウィル」 「なに?」 これからもずっと、そこで笑っていてほしい。僕はまだまだ子供で、捨て子だから、父さんと母さんとの生活は守れなかったけれど。 「―――これ、美味しい」 「え、本当ですか?・・・嬉しいです」 ウィルひとりくらい、絶対に守ってみせる。 それはきっと、誰に向けるでもない。ただ自分の未来へ向けた宣誓だったのだと思う。 『・・・確かなのか?』 秘匿回線の先、少しばかり訛った言語で尋ねられる。 「昔アクアビットに勤めていた医者だから、その手の件に関しては間違いないだろうと考える」 『成る程』 「かといって、どこから情報が漏れるともしれん」 『どうせ漏れるなら、漏れても問題の無い場所に隔離する、か?』 隔離。その言葉に、眉間の皺を自覚する。舌打ちを抑える。 「いずれにしても、我々の大将はあっちだ」 『確かにな。あちらさん、喜んで手を挙げるだろう』 「そうでなくては困る」 『しかし、いっそレイレナードあたりに売り飛ばせばいいではないか。当面の活動資金には困らん』 提案を鼻で笑う。あちらが言うのはきっと、ただの冗談だ。 「そう言うのは、下衆のやることだ」 『貴様も私も大概じゃないか。巷では、活動者はテロリストと呼ばれるらしいぞ』 「資本主義の拡大解釈に腐った世間なんて、断じて認めるものか」 『だが、その兄妹まで巻き込む』 突然の的確な切り替えしに、息を呑みかける。やはり浮かぶのは、あの笑顔。 『既に片足突っ込んでるようだが、あんなところに入ってみろ、全身どっぷりだ』 「・・・確かにな」 『まあ、今更貴様が"無かったことに"出来る話でもない』 「だが少なくとも、企業飼いよりは夢があるとは思わんか。一生実験動物よりは」 まるで、免罪符。 『そうかな。まあこのご時世、強い者勝ち、弱い者負けだ』 「前回は国が敗れたが」 『もしかしたら、その兄妹が時代を変えるのかもしれん。そんなもの、野放しにしておけるか?特に、我々が』 我々が、何だ。 「―――それでも、伝えてほしい。どうかあの兄妹を・・・」 あの兄妹を、何だ? 沈黙に、後が続かない。相手の軽い笑い声が来る。 『たったの3ヶ月だろう?何をそんなに入れ込んでるんだ』 「・・・お前も一度見てみるが良い。結局あれが、今現在の歪みだ」 『見飽きたな、そんなものは。また連絡する』 一方的に会話を切られ、数秒受話器を握り締めていた。堪えていた舌打ちをひとつ。 まだあの少年には伝えていない。伝えられない。 こんなもの、大人の勝手だと思う。結局は、人身売買と同じことなのかもしれない。 ただ私が思うのは、ひとつだけ。AMS適正なんて馬鹿げた才能を抱くふたりが、企業に蹂躙されるのだけは許されざると言うことだけ。 ―――だがそれも、テロリストの勝手な言い分だ。 浮かんだ思考に、無意識に伸びていた手。無造作に電話の親機を掴む。衝動的に投げつけたそれが、床に叩きつけられた。 正常な正誤判断など、とうの昔に出来なくなっている。握りしめたその拳で、壁をぶち抜いた。 ---- now:&online; today:&counter(today); yesterday:&counter(yesterday); total:+15000くらい&counter(total); ---- **コメント [#ge968c9b] - こんにちは、雨晴です。ここにきてまさかの過去編。全話合計10万ヒット御礼スペシャル番組をお届けします、全話3~5話構成予定、バレンタイン編までの繋ぎをば。 本当は出すタイミングを計りきれずにお蔵入り予定だったんですが、バレンタインまでにやっておかないとハイン君の過去はあんまり褒められたものじゃないので。あと、甘ったるいのばかりでも飽きられますし。遅い?そうですか。僕もそう思います。えへへ☆(嘔吐) では、またしばらくの間連載させて頂きます。当時のように感想など頂けると、泣いて跪きます。僕とダン・モロが -- [[雨晴]] &new{2010-01-08 (金) 01:08:39}; - うおお!?なぜなに~ではハイン君が否定的だった過去編がついにwそしてこれが噂の口うるさいウィルさんですねw苦労人の過去は気になってました。次の更新待ってます -- &new{2010-01-08 (金) 01:54:43}; - 泣いて跪くなんてとんでもない。次も楽しみにしてます。 -- &new{2010-01-08 (金) 02:55:34}; - ハインの過去編ですか 原作で描かれなかったアマジーグのカッコ良さを拝めるのは光栄です -- &new{2010-01-08 (金) 08:43:29}; - 甘ったるいのもこの先の鬱展開もイケる口だから安心してくれ!アマジーグの名を頂くところが楽しみだ -- &new{2010-01-08 (金) 11:20:26}; - 所々にある将来の暗示というか、ハイン君の誓いだとか、先を知っているだけにひどく切なくなるな・・・ それでもin the endのストーリーのファンとしては、目を逸らしちゃいけないんだとおもう。あんたもそう思ってんだろ?・・・思わないのか? -- &new{2010-01-08 (金) 13:38:46}; - 久しぶりの雨晴さんのシリアス話、期待してます。しかしハイン君、口調が若いなw -- &new{2010-01-08 (金) 17:34:22}; - 乙です。続きも楽しみにしてます -- &new{2010-01-08 (金) 20:10:05}; - 今後の展開を考えて一部修正。あとサブタイ付加しました。感想有難う御座います!オチの見えてるような話でこんなに読んで頂けるとは・・・光栄です・・・ 二話目でアマジーグさんとミートさせるのを目標にしてますが、もしかしたらもう少し先になるかも=話が長くなるかも・・・むぅ。 いずれにしても、本編とのリンクはかかさずするつもりですが、もし矛盾してる面とか気付いた方がいらっしゃったら伝えていただければ幸いです・・・ -- [[雨晴]] &new{2010-01-09 (土) 00:22:32}; - 基本的にはハインの周りには良い人が多かったんかな。人より環境に翻弄されてたんだな -- &new{2010-01-09 (土) 14:02:55}; #comment ---- RIGHT:[[小説へ戻る>小説]]
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[[小説/長編]] #setlinebreak Written by 雨晴 ---- 数メートルはあるだろうか。巨大な二脚兵器が、アスファルトを踏みしめて前進する。 小さなコロニーを行く機に、かつて描かれたであろう国旗は無い。駆るのも同じく軍人ではない。 住民たちが畏怖を抱いて見つめ、見上げ、見下ろしていた。実弾の込められた銃火器。 勿論発砲されることは無く、哨戒と呼ぶにはあまりに粗末な直進。そのまま街を後にする。 安堵した人々が溜め息を吐き、野次を浴びせ、しかしその中、一人の少年が無表情に去りゆく二脚を見つめ続けている。 何分か、ずっとそうして微動だにせず、呼吸だけ。もう、数百メートル先。 彼にとってそれは仕事で、生きていくためには必要な仕事で、そして対戦車地雷が爆発する。脚を吹かれて崩れ落ち、ざわめく周囲。 喧噪の中、ひとつ息を吐いた。背を向けて走りだした。今日はもう一件の仕事が残っている。 齢10歳程度。彼と、彼の妹が生きていくためには必要な仕事が残っている。 ACfa/in the end The Journey of Past He has not known anything yet 数分前に呼び出した少年が、もうやってきた。 そのフットワークの軽さは見習うべきだと素直に思い、少し待てと声を掛ける。 「ほら、今月の分だ」 カードと紙切れを差し出され、その紙切れに目を通す。頷き、軽い笑み。 「ありがとう」 「すまんな、もう少しくらい用意出来れば良かったんだが」 首を横に振り、大丈夫、そう一言。そうか、と呟いておく。 「最近は企業連中が特にやかましいから、物買うときは注意しろよ?」 「わかった」 「・・・まあ、いらん世話とは思うが」 言って、自然に目が細まる。少年は、どう見ても良いとこの坊ちゃんだ。誰も、一日に数機のMT吹き飛ばせるガキとは思わないだろう。 「身なりには気をつけろって言ったのは貴方だよ」 「それは確かに」 苦笑。 この子供とその妹が初めてこの地に訪れたとき、纏っていたのはダウンサイジングされた野戦服。 何てガキだと思ったが、もうとうに受け入れられた。時間が経つのは、本当に早い。本当に。 「しかし、これでもう3度目か」 「・・・お給料?」 「ああ。きょう日少年兵なんて、すぐ駄目になると思ったが」 む、と拗ねた顔をする。仕草だけを見れば、ただの子供だ。 「邪魔なら出て行くよ?」 「・・・邪魔になったら、行く宛探してから追い出してやる」 無造作に手を伸ばし、少年の頭に載せる。撫でる。拗ね顔が戻り、笑み。 「ウエルバには、1カ月も居られなかったから」 「そりゃあ恵まれなかったな」 最早国境に意味はなく、しかしその地名はかつてのスペイン領。ノッティンガムからは掛け離れている。 よくもまあ、二人だけで辿り着いたものだ。人間の生命力と言うべきか。 まだ、何も知らないでいて可笑しくない歳だと言うのに。それでも妹とふたり、生き続けている。 「とにかく、妹を泣かせない程度に気張ってくれ」 「はい―――あ、お家賃」 「少ない給金の詫びだ、飯代にでもしてくれ」 意味が汲めなかったか、ん、と首を傾げられる。また苦笑が漏れる。 本当に、ただの子供。 「いらないって事だ」 「・・・いいの?」 ああ。意識的に笑みを作る。 「その代わり、また次も頼む。もうお前の陽動は欠かせないからな」 「あんなことで良ければいつでもやるよ」 「それはそれは、心強いこったな」 じゃあ、帰る。ありがとう。 唐突にそれだけ言って振り返り、数メートル先の玄関口へと歩いていく。つい、呼び止めてしまった。 「ハイン」 無垢な子供の顔がこちらを向く。しかし、特に伝えるべきも、伝えられるべきも無い。 迷った挙句、いや、と口に出す。 「頑張れよ」 一瞬どう答えるか迷い、うん、とだけ返ってくる。じゃあな、軽く手を振ると、軽く振り返された。 扉が閉まる。 静かになったワンルームの中、チェアに身を委ねれば背もたれがギシリと鳴る。 冗談じゃない。 デスクの抽斗には、先日送られてきたあの子供とその妹の診断書がある。 本当に、冗談じゃない。 最初はコジマ汚染のレベルを疑っていただけだ。知り合いの、それもゲリラ繋がりの医者から返ってきたのは、そんなものではなかった。 どうしてこれまで気付かれなかったのか。捨て子とはいえ、なぜここまで。 このままでは、下手をすれば人身売買にまで手を染めることになる。冗談じゃない。あれはまだ子供じゃないか。 それに、誰が企業になど伝えてやるものか。数千、数億の金になろうと知ったことか。許されるものか。 だが。こんな小規模の活動団体で匿えるほど、世界は甘くない。 溜め息一つ。 思うに、世界は驚くほどにまで腐りきっている。無論、私も含めて。あの兄妹も含めて。 先の歳相応の笑みを頭に浮かべながら、電話を手に取った。 願わくばこの選択が、彼らにとっての不都合足り得ぬように。 「ただいま」 声に、背を向けていたウィルが反応する。手を止め、微笑んでくれる。 「おかえりなさい、兄さん」 「うん、ただいま」 少し背の高い椅子に腰掛ければ、火を止め、近寄ってくる。 「何を作ってるの?」 指を差し尋ねれば、えっとですね、と考える仕草。 「今は、ゆで卵ですね」 「火傷しないようにね」 そんなことしないですよ、と笑う。 どうだか、おとといはフライパンを触って泣きかけてたじゃないか。勿論、言わない。そうだ、と切り出した。 「はい、お給料」 差し出す。笑顔が掻き消える。むぅ、と渋い顔。 毎回そうだ、素直に受け取ってくれない。 「・・・もっと嬉しそうにしてくれたって良いじゃないか」 「だって、また危ないコトしてきたんでしょう?」 ジト目が来て、逸らす。もう、とウィル。 危ないコト。ここに来てからは、何をしているのか伝えていない。 「兄さんは優しいんですから、戦争なんてすべきじゃないんですよ」 「いや、うん。でもさ、ここに来てからは家もあるし、お給料もずっと良いし」 「けれど兄さんが居なくなってしまうのは嫌です、絶対に」 わかりますか、兄さん。そう強く迫られて、少し引いてしまう。 でも、多分ウィルも、僕らが生きていく為にそうしなければいけない事をわかってる。わかってるけれど、言わずにはいられないのだと思う。 僕だって、逆の立場ならそうだろうから、取り敢えず始まってしまった説教に頷くことしか出来ない。 「聞いてますか!?」 「あ、うん、聞いてるよ」 それでウィルの気が済むのなら、まあ、良いかなあなんて思う。 夕食のサンドウィッチがテーブルに並んだのは、2時間後のことだった。 「・・・ごめんなさい、兄さん」 「いいよ。僕ももう少し、安全そうなやり方を考えてみる」 ふたりでサンドウィッチを齧りながら、兄妹喧嘩、というか一方的な説教への反省会。 僕らにはもうお馴染みの光景で、どちらからともなく笑ってしまう。 「けれど、本当に兄さんが死んでしまったら、私は生きていけません」 「そんなの、僕もだ」 言って、ウィルの居ない生活を想像しようとする。やっぱり、無理だった。 ひとつ息をついて、或いは目を閉じて、話題が変わる。 「でも、ここに来てから3回目ですね」 「早いね、もう3ヶ月」 「ですね」 どうぞ、とタマゴサンドを差し出される。ありがとうとだけ言って、受け取る。 「でも、見つかりませんでしたね」 口に運ぶ動作を止め、妹を見た。窓の外、どこを見ているんだろう。 「・・・父さんと母さん?」 「うん。きっと故郷に近いから、と思いましたけれど」 「そうだね。会いたいのなら、探してみる?」 え、と驚いたような声。少し悲しげな視線が来て、それを受け止める。すぐに、いつもの微笑みに戻る。 「ううん、兄さんが居てくれれば、それ以上の贅沢は言いません」 「けどさ」 「良いんですよ。それに、会えたところで顔を覚えていませんから」 絶対にわかりませんよ。そう笑う妹は、このやりとりも3度目だと言うことに気付いてないのだろう。 彼女は、きっと親を欲している。兄の僕にそれを叶える術は無くて、つられて笑うことしか出来ない。 けれど、ウィルが僕を必要としてくれているのは事実だろうし、僕にだってウィルは必要だ。たった一人の、血の繋がった妹だ。 お互いに、そう信じて生きてきた。僕にはウィルしか居ない。ウィルが居てくれるから、生きていられる。生きていける。 広大な欧州を渡り歩けたのは、この子が傍に居てくれたからだ。ずっと笑っていてくれたからだ。誰より大切な、僕の妹。 だから僕に出来ることは、ただただウィルとの生活を守ることだけ。そのために生きてきた。そのために生きていく。 「ねえ、ウィル」 「なに?」 これからもずっと、そこで笑っていてほしい。僕はまだまだ子供で、捨て子だから、父さんと母さんとの生活は守れなかったけれど。 「―――これ、美味しい」 「え、本当ですか?・・・嬉しいです」 ウィルひとりくらい、絶対に守ってみせる。 それはきっと、誰に向けるでもない。ただ自分の未来へ向けた宣誓だったのだと思う。 『・・・確かなのか?』 秘匿回線の先、少しばかり訛った言語で尋ねられる。 「昔アクアビットに勤めていた医者だから、その手の件に関しては間違いないだろうと考える」 『成る程』 「かといって、どこから情報が漏れるともしれん」 『どうせ漏れるなら、漏れても問題の無い場所に隔離する、か?』 隔離。その言葉に、眉間の皺を自覚する。舌打ちを抑える。 「いずれにしても、我々の大将はあっちだ」 『確かにな。あちらさん、喜んで手を挙げるだろう』 「そうでなくては困る」 『しかし、いっそレイレナードあたりに売り飛ばせばいいではないか。当面の活動資金には困らん』 提案を鼻で笑う。あちらが言うのはきっと、ただの冗談だ。 「そう言うのは、下衆のやることだ」 『貴様も私も大概じゃないか。巷では、活動者はテロリストと呼ばれるらしいぞ』 「資本主義の拡大解釈に腐った世間なんて、断じて認めるものか」 『だが、その兄妹まで巻き込む』 突然の的確な切り替えしに、息を呑みかける。やはり浮かぶのは、あの笑顔。 『既に片足突っ込んでるようだが、あんなところに入ってみろ、全身どっぷりだ』 「・・・確かにな」 『まあ、今更貴様が"無かったことに"出来る話でもない』 「だが少なくとも、企業飼いよりは夢があるとは思わんか。一生実験動物よりは」 まるで、免罪符。 『そうかな。まあこのご時世、強い者勝ち、弱い者負けだ』 「前回は国が敗れたが」 『もしかしたら、その兄妹が時代を変えるのかもしれん。そんなもの、野放しにしておけるか?特に、我々が』 我々が、何だ。 「―――それでも、伝えてほしい。どうかあの兄妹を・・・」 あの兄妹を、何だ? 沈黙に、後が続かない。相手の軽い笑い声が来る。 『たったの3ヶ月だろう?何をそんなに入れ込んでるんだ』 「・・・お前も一度見てみるが良い。結局あれが、今現在の歪みだ」 『見飽きたな、そんなものは。また連絡する』 一方的に会話を切られ、数秒受話器を握り締めていた。堪えていた舌打ちをひとつ。 まだあの少年には伝えていない。伝えられない。 こんなもの、大人の勝手だと思う。結局は、人身売買と同じことなのかもしれない。 ただ私が思うのは、ひとつだけ。AMS適正なんて馬鹿げた才能を抱くふたりが、企業に蹂躙されるのだけは許されざると言うことだけ。 ―――だがそれも、テロリストの勝手な言い分だ。 浮かんだ思考に、無意識に伸びていた手。無造作に電話の親機を掴む。衝動的に投げつけたそれが、床に叩きつけられた。 正常な正誤判断など、とうの昔に出来なくなっている。握りしめたその拳で、壁をぶち抜いた。 ---- now:&online; today:&counter(today); yesterday:&counter(yesterday); total:+15000くらい&counter(total); ---- **コメント [#ge968c9b] - こんにちは、雨晴です。ここにきてまさかの過去編。全話合計10万ヒット御礼スペシャル番組をお届けします、全話3~5話構成予定、バレンタイン編までの繋ぎをば。 本当は出すタイミングを計りきれずにお蔵入り予定だったんですが、バレンタインまでにやっておかないとハイン君の過去はあんまり褒められたものじゃないので。あと、甘ったるいのばかりでも飽きられますし。遅い?そうですか。僕もそう思います。えへへ☆(嘔吐) では、またしばらくの間連載させて頂きます。当時のように感想など頂けると、泣いて跪きます。僕とダン・モロが -- [[雨晴]] &new{2010-01-08 (金) 01:08:39}; - うおお!?なぜなに~ではハイン君が否定的だった過去編がついにwそしてこれが噂の口うるさいウィルさんですねw苦労人の過去は気になってました。次の更新待ってます -- &new{2010-01-08 (金) 01:54:43}; - 泣いて跪くなんてとんでもない。次も楽しみにしてます。 -- &new{2010-01-08 (金) 02:55:34}; - ハインの過去編ですか 原作で描かれなかったアマジーグのカッコ良さを拝めるのは光栄です -- &new{2010-01-08 (金) 08:43:29}; - 甘ったるいのもこの先の鬱展開もイケる口だから安心してくれ!アマジーグの名を頂くところが楽しみだ -- &new{2010-01-08 (金) 11:20:26}; - 所々にある将来の暗示というか、ハイン君の誓いだとか、先を知っているだけにひどく切なくなるな・・・ それでもin the endのストーリーのファンとしては、目を逸らしちゃいけないんだとおもう。あんたもそう思ってんだろ?・・・思わないのか? -- &new{2010-01-08 (金) 13:38:46}; - 久しぶりの雨晴さんのシリアス話、期待してます。しかしハイン君、口調が若いなw -- &new{2010-01-08 (金) 17:34:22}; - 乙です。続きも楽しみにしてます -- &new{2010-01-08 (金) 20:10:05}; - 今後の展開を考えて一部修正。あとサブタイ付加しました。感想有難う御座います!オチの見えてるような話でこんなに読んで頂けるとは・・・光栄です・・・ 二話目でアマジーグさんとミートさせるのを目標にしてますが、もしかしたらもう少し先になるかも=話が長くなるかも・・・むぅ。 いずれにしても、本編とのリンクはかかさずするつもりですが、もし矛盾してる面とか気付いた方がいらっしゃったら伝えていただければ幸いです・・・ -- [[雨晴]] &new{2010-01-09 (土) 00:22:32}; - 基本的にはハインの周りには良い人が多かったんかな。人より環境に翻弄されてたんだな -- &new{2010-01-09 (土) 14:02:55}; #comment ---- RIGHT:[[小説へ戻る>小説]]
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