小説/長編

Written by 雨晴


『諸君、我々は―――』

GA製のノーマルを駆る兵士がいる。目は血走り、ただ獲物を待つその姿。
大隊長機からの通信に、機のチェックへと向けていた意識を聴覚へと移す。

『―――我々は、遂に帰ってきた』
 
その言葉は、その場の全員が望んでいた言葉。数十機のノーマルが機を回し、回線を開く。

『皆、本当に良く耐えてくれた。この日を待ち侘び、ただ共に歩んでくれたことに礼を言わせてほしい』

"ありがとう"。その言葉に、辛かった高度の戦術訓練が思い返される。
皆、時には涙した。血を吐いた。投げ出そうとも考えた。
けれど誰一人として弱音は吐かず、皆此処に居る。
それはきっと、誇るべきことだ。

『この日のために、多くの仲間と別れ、そして、多くの仲間と出会った』

"血の入れ替え"。そう称された大異動。5人居た同期も、隊を去っていった。
だが今思えば、それも必要なことだったのだろう。なぜなら"同志"とは、志を同じくするものだからだ。

『そして我々は遂に、ネクストと相対出来る、唯一の部隊と成り得ている』

思い返す。一ヶ月前の模擬戦闘。ライールフレームの機体のリンクスを病院送りにしてやったこと。
それも、我々の誇りだ。

――――では。

含みを持たせる、一拍。
次いで、大きく息を吸い込む音をスピーカー越しに聞き取る。
身体が震えた。

『私が諸君に望むのは唯一、勝利のみ!』
『――――Sir,Yes sir!』

唱和。響き渡るその声に、口許は歪む。

『打ち倒せ!何としても打倒しろ!それが我々の責務であり、我々が存在する唯一の理由だ!』
『Yes Sir!Let's do it!』
『騒がしいですね』
 
 
 
 
通信。同時に、騒ぎの中心へと黒の機体が来る。振動。
先鋭的なその姿には、見覚えがあった。身震い。
あれだけの鍛錬を積んでなお、恐怖は来る。

だが、怨敵から目は離さない。

『出やがったな、ストレイドのリンクスめ』
『人を妖怪の如く呼ばないで頂きたい』

はて、と、とぼけたような声。

『・・・本当に、先日一戦を交えた方々ですか?』
『いかにも』
『これ程までに好戦的な方々でしたでしょうか』
『クリスマスのときは惨敗だったが、今回はそうはいかんぞ』

一瞬遅れ、周りの戦友がその通りだ云々、野次を浴びせる。大隊長からお咎めが来て、一瞬で静まった。
ほう、と感嘆。

『素晴らしい部隊統制力です』
『それも、貴様への憎さ故だ』
『何もした覚えはありませんが』
『・・・果たしてそうかな?』

同時に、ぎり、と歯軋りの音。皆の気持ちを代弁するような。

『貴様、クリスマスはリリウム・ウォルコットといちゃいちゃちゅっちゅだったらしいではないか!』
『当然じゃないですか。ちなみに、"ちゅっちゅ"については回数にしてにひゃくじゅ』
『ななななななに言ってるんですかハイン様!』

聞こえてきた少女の声。その動揺は、この男の言葉に偽りが無いことを差すと言うのか。そうなのか。
ならば、ならば。
ならば!

『ブッ殺ス!』

再びの唱和。ぴりぴりとスピーカーが鳴る。
仕方の無いことだ。ヤツは、それだけの事をしでかした。それだけの事だ。報いを受けさせてやる。心に刻む。

そして。

『貴様に打ち勝ち、リリウム・ウォルコットからのバレンタイン・チョコは俺達が頂く!』
『ッシャアアアアアアアア!やってやろうぜぇ!』

男どもの歓喜。

『・・・失礼、何ですって?』
『この模擬戦に我々が勝利した暁には、貴様へのチョコは我々へのチョコとなる!』
『YEEEEEEEES!』

周囲が更に盛り上がる。爆発的なそれ。え、聞いてませんけれど。リリウム・ウォルコットの声は聞かなかったことにする。
この連中はここ数年、チョコなんて貰った事無いわけで。それこそが大異動の理由なわけで。
それが、あのリリウム・ウォルコットから貰えると言うのだから、盛り上がらない筈が無い。

数拍ののち、声が来た。

『―――――ほう』

無感情と言うか、そんな声だ。

『つまりあなた方は、リリウムから私に宛てられる贈り物を妨害しようと。・・・そう言う事だな?』

途端、空気が冷たく入れ変わった気がした。
ゾクり。再びの身震い。
地の底から響くような低い声は、何だ、怒っているのか?彼がそう思うのと同時、再び声が来る。

『即ち、私とリリウムの仲を邪魔すると。そう言う訳だ』
『あ、いえ、何もそこまでは』
『黙れ』

焦った大隊長の弁解に、凍てつくような声色。
銃口が向けられ、模擬弾の筈であるのに、戦慄。

『それは面白い、やってみるが良い。打ち倒せるものなら打ち倒してみせろ』
『ぜ、全機、交戦用意!』
『だが――――』

隊長機からの通信に、彼を含めて前進する。

『――――リリウムのバレンタイン・チョコは、私だけの物だ』

エンゲージの文字列。銃撃。
同時に黒が来て、傍らの戦友が飲み込まれた。
驚愕。

『一機』

何十機分の弾幕が掠りもせず、クイックブーストの光が彼の目の前を通り過ぎる。
歯を食いしばって、一発だけでも当ててみせる。努力する。報われない。

敵機回避。

『六、七、これで八機目、どうした?さっさと喰らい付いて来い』

ライフル弾の射撃を確認してからの回避行動なんて、反則じゃないか。しかも複数機分のそれ。
ああ、化け物染みている。畜生、畜生。
大隊長機がロスト。"隊長!"、"畜生、畜生!"。無線から伝わる、仲間のうろたえっぷり。
彼も同じく、歯がカタカタと鳴っている。

『・・・ハイン様、あの、落ち着いて下さい』
『心配せずとも大丈夫ですよ、十一、二、ただ、少しばかり教育をば。―――貴様ら、大口叩いたんだ。この程度で済むと思うなよ?』

リリウム・ウォルコットへ向ける声と、彼らに向ける声の質が明らかに同一人物のそれではない。片方は悪魔のそれだろう。
畜生、畜生、化け物、俺のチョコ、俺のリリウム、俺のだこの馬鹿、無線が錯綜する。
一つ一つ、目前の黒に押し潰されていく。

『実弾でないのが苦痛だな。・・・いっそ刺すか』

その言葉は、本気か冗談か。いや、おそらく本気だろう。
恐怖。
泣きそう。

模擬戦なのに。

俺のチョコ。

『あの、本当に落ち着いて下さい・・・って刺す!?駄目ですよライフル突き刺したりしたら駄目ですからね!?』
『大丈夫ですってふふふ。愛していますよ、リリウム』
『完ッ全に錯乱してますよね!?』
 
 
 
目前にグレネードの砲身。ゼロ距離に、"ひ"、彼の口から漏れた。

『二十三機目』
『うわ、ちょ、大丈夫ですか!?』

模擬弾とはいえ、相応の衝撃は来るわけで。
脳震盪に落ちゆく意識の中、"俺のチョコレート"。恐怖のほかに思うのは、ただそれだけ。
 
 
 
 
 
 
世界は、今日も割と平和である。
 
 
 
 
 
 
 
ACfA/in the end
The Valentine War
 
 
 
 
 
 
 
 
 
朝6時。いつも通りに眼が覚めて、ゆっくりと上半身を起こす。起床。伸び。
視線を隣に送れば、規則正しい呼吸を続ける彼が居る。
無論、自然に笑顔。

「・・・おはよう御座います、ハイン様」

小さく声を掛けて、いつまでも見ていたい衝動を抑えて、彼を起こさないように慎重にベッドから降りる。
地に足が付く。
もう一度、伸び。視線を、ローボードへ。

「おはよう御座います、ウィル様」

そこにある写真立てに一礼。
身支度を整えて、顔を洗う。エプロンを纏ってから、キッチンへ。
カレンダーを確認しつつ、今日は7日。あと一週間、そろそろ用意をしなければいけない。考えて、冷蔵庫を開ける。
ハム、タマゴのサンドウィッチと、サラダの具材を取り出して、用意。お湯を沸かして、コーヒーの準備。ゆで卵の準備。

彼の好みは、バターをたっぷりめ。
けれど取り過ぎも良くないので、レシピよりも少し多いくらいにしましょう。
 
 
朝食の準備を進めて、あとはサラダを盛り付けるだけ。

「・・・よし」

誰に言うでもなく呟いて、あとは彼を起こしてしまおうと近付く。
これから成そうとする行動に、ふと思い出す。
ロイ様に教えて頂いた、"おはようのチュー"に始まる、彼が喜ぶと言う数々の作戦。
その内容に、つい顔が熱くなる。けれど、まだひとつしか実行できていない。
"おはようのチュー"は、彼は喜んでくれたようだから、成功のようだけれど。その、如何せん、恥ずかしい。
浮かんだ恥ずかしいなんて考えに、首を振る。

――――駄目です、彼に喜んでもらいたいのでしょう?

言い聞かせ、少しずつでも実行していくことを心に刻む。
そう、やってみせる。コレだって、出来たじゃないですか。
それに折角、ロイ様が教えてくださったのだから。厚意を無駄にしてはならない。

ええ、そうです。

歩みを進めて、彼の傍へ。心地良さそうな寝息に誓う。

――――見ていてください、ハイン様。リリウムは、やってみせます。
 
 
腰を屈め、更に近付き、けれどまずは、いつも通りから始めましょう。
最初は恥ずかしかったそれも、こうして毎朝の恒例にすることが出来た。いや、まだ多少は恥ずかしい。恥ずかしいけれど。

唇が触れて、彼が眼を薄らと開ける。確認して、離れる。

「ん、おはよう御座います、ハイン様」
「・・・ええ、おはよう御座います、リリウム」

彼の"お返し"が来て、受け入れる。彼が離れる。
額は付けたままふたりで笑い合って、数分ほどそうしている。
私は、この時間が好きだから。
軽く咳払い。

「ではハイン様、朝食が出来ていますよ」
「それは素敵ですね・・・しかし、毎朝大変でしょう?」

ゆっくりでも構わないのですよ?
そう尋ねられて、やっぱり首は横に振る。

「私がそうしたいから、そうしているんです」
「ですが―――」

気遣わしげな表情と声を遮る。この朝3度目のそれが離れれば、少しばかり驚いたような彼。
すぐに苦笑い。

「・・・ずるいですね、リリウムは」
「貴方を見習ったのですよ?」

恥ずかしさを、ほら、起きてください。その言葉で遮る。
手を引き上げ、彼が立ち上がる。
見上げる格好になって、告げる。

「まずはコーヒーを?」
「ええ、頂きます。本当に毎朝、有り難いですね」
「もう」

少しばかり、怒ったような表情を演出。
上手く出来たでしょうか、本当に怒っていない以上、難しいものですが。

「もっと堂々としていて下さい。そうでないとまた、ずるをしてしまいますよ?」
「ああ、それは何度でも」

・・・なら、何度でもさせてもらおう。
考えつつ、座ってもらうように促して、コーヒーを淹れる。朝は、ミルクを少しだけ。かき混ぜ、差し出す。
さて、朝食を仕上げてしまいましょう。
 
 
いつも通りの、幸せな朝。今日も一日が始まります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
午前十一時。

お掃除とお洗濯を共に済ませ、今日はオーメル社へ出向きます。
彼はあまりオーメル社は得意でないようですが、私一人を出向かせるわけにはいかないと言う事でお付き合い頂けました。

「カラードのハンガーで済めば良かったのですけれどね」

彼の言葉に、整備の方々の、呆然とした顔を思い出す。苦笑い。

「さすがに、関節部の全交換は難しいとのことでした」

先日の模擬戦で酷使したストレイドのオーバーホール。
というか、模擬戦でなぜそこまで。
ひとつ、溜め息。繋がれた右手が揺れる。

「だから、あれほど落ち着いて下さいと言いましたのに」

まあ、相手の方々に大きな怪我などはなかったので、企業連からの厳重注意で済みはしましたが。
そうでしたねぇ、なんて、彼も苦笑い。

「リリウムの、私へのチョコレートが奴らの手に渡ると思ったら、つい、うっかり」
「・・・もう。私が貴方に贈らない筈がないじゃないですか」

前を向いていた彼の顔が途端、弾かれたようにこちらを向く。
気持ち良いほどの笑顔。

「本当ですか!」

消えかかっていた苦笑いが濃くなる。
そんなこと、言わないでもわかってほしいなぁなんて思いつつ。

「当然です、差し上げない理由がありません。・・・ですから、もうあんなことしたらダメですよ?」

いいですか?

少しだけ強い語気でたしなめれば、善処しましょうと返事が来る。お願いしますね、そう一言。
彼の右手で、籠が揺れる。
笑顔。

「ところで、チョコレートのほかに欲しいものはありますか?」
「と、言うと?」
「いえ。まだバレンタイン・デーまで時間はありますから、私に用意できるものでしたら何でも用意しますよ?」

例えば、何か食べたいものだとか御座いますか?
尋ねれば、ふむ、と視線を上げる。多分、考えている。
いつものように手が顎へと行かないのは、どちらも塞がれているからだ。

「それは、何でも宜しいので?」
「ええ、勿論です」

一拍あって、上がっていた視線が向けられた。真剣な表情がそこにあって、少しばかり身構える。

「以前、ジェラルドから聞き及びましてね」
「は、はぁ。何をでしょうか」
「"プレゼントは、わ、た、し"と言うのに多少の興味が」

・・・何ですか、それは。

再び尋ねれば、事細かに説明された。破廉恥極まりないので却下の意を慌てて伝える。
ジェラルド様、何を教えているのですか。というか、無理ですよそんなコト。死んじゃいます、私。
恥ずかしくて。

「・・・それは残念。赤いリボンだとか、似合いそうですのに」
「ににに似合いませんよ!」

はぁ、と肩を落とされる。どうしても?という問いに、無理です!と返す。
顔は真っ赤なことだろう。

「まあ、無理強いして良いこともありませんしね」

次の瞬間には、落ち込んでいた彼が前を向きなおす。

「いつか自発的に行ってくれるときを待ちましょう」
「し、しませんよ!しませんからね!?」

軽い笑い声を上げられ、理性が戻ってくる。少しばかり大きくなっていた声を抑える。

一息。

きっと、今のは彼なりの冗談だったのだろうと思う。
多分。
そう思うことにして、もう一息。顔をあわせる。
まだ少し、顔は熱いけれど。

「・・・それに私は、ハイン様へのプレゼントには成り得ませんよ」
「ふむ、それはどうしてでしょうか。最高のプレゼントと思いますが」

その声色は、本当にわかっていないようだ。
仕方のない人。
彼に寄り掛かる。腕を掴んで、離さないように。
告げる。
 
 
「―――私はもう、とっくに貴方のものなのですから」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
午後二時半。

オーメル社での用事を済ませ、カラードからの定期便でクレイドルへと到着しました。
用があるわけでも無く、ただテラスを利用するだけ。
特に通告した訳でもないのに丁重に迎えられ、一から十までのもてなしを全て断り、ただテラスだけは彼がちゃっかり貸切にして、向かう。

「のんびりしに来ただけですが、中々難しいものですね」

そう言って、けれど道すがら向けられる賞賛に、彼が一つ一つ対応していく。
彼とウィン・D様は、彼らにとって英雄なのでしょう。
見守ります。

「リリウム?」
「え、あ、はい」

掛けられた声に反応すれば、首を傾げる彼が居る。

「どうしました、そんなに遅れて」
「・・・あ、すみません」

けれど、"そんなに"は遅れていないと思いますけれど。いつもより1歩ほど遅れた位置に、私。

「え、っと・・・その、少しばかり気後れしてしまって」
「気後れ?」

何に対してですか。
その問いに答えることが出来ず、軽く俯く。今の彼の立場と、自分の立場に。
振り切れないで居れば、察したのか彼が近づく。手を取られた。
笑顔。

「ほら、そこに居てください」

彼の真横。いつもの位置。

「良いじゃないですか。クレイドルの彼らにだって、見せ付けてやりましょう」
「・・・ですが」

渋る私に、少しだけ、手を握る力が強く。

「残念ながら貴女は、最早BFFのリリウム・ウォルコットではないのですよ」

不意に、強引に引き寄せられて額に一つ。
一瞬何が起きたか理解出来ずに、周囲がざわついて、こんなところで、と非難の声を上げる前に笑顔が来た。

何も言えなくなってしまう。
 
 
「貴女は、私のリリウムなのでしょう?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
午後三時。いつもはお部屋でくつろいでいる時間ですが、今日はお昼御飯の時間です。
クレイドルの中のテラスには、誰も居ません。彼が半日持ち運んだ籠を開け、取り出します。

「もう、本当に恥ずかしかったんですからね」

ようやくの非難に、笑い声。

「リリウムは、もっと自信を持つべきかと」
「自信と恥ずかしいのは、やっぱり違いますよ」

テーブルに箱をふたつ並べ、紅茶のご用意。

「・・・けれど、ありがとう御座います、ハイン様」

言えば、首を傾げられた。
はあ、と彼。

「何がです?」

問われて、首を振る。

「いいえ、何でもありません」

先のあれは、やはり天然の産物だったようだけれど。それでも、救われたような心地で。

準備を終える。
 
 
「ではハイン様、開けてみて下さい」
「ええ。それでは失礼して」

言うが早いか、蓋が開けられる。
お弁当なんて初めて作ってみましたが、どうでしょうか。
そう尋ねる前に、彼の笑顔が濃くなる。

「おお、ブレッドにおかずですね」
「・・・そのままですね」

苦笑い。
出来れば感想、美味しそうだとか、欲しかったなあ。なんて。

「いや、言わずとも、美味しいに決まっていますからね。食べれば、何度でも美味しいと言いますけれど」

・・・ああ、もう。この人は。

「では、頂きましょう。これを前に、待つという選択肢がありましょうか」

まるで子供のように目を輝かせる彼に、笑みを向けて。"どうぞ"、そう伝えようとする。ふと、ロイ様の声。
――――あ。
そうですね、今でしたら。

「ちょ、ちょっとだけ待って頂けますか?」

私の制止に、何でしょう、と彼。視線を振り切って、フォークを握り締める。

こう言うのは、深く考えてはいけない。そう思う。
考えた時点で、恥ずかしくて出来なくなることはわかっている。

いつか彼に同じことをして差し上げたのは、彼が怪我をしていたからだったけれど。

意を決して、フォークをソーセージへと突き刺した。
突き出した。
 
 
「わ!」
「・・・わ?」
「わた、わたしが食べさせて差し上げます!」
 
 
大きな声が響いて、そのまま沈黙。数秒。
フォークを突き出したまま、彼の顔を見据える。
呆けていた。

うん、当然ですよね。
でも、もう止められない。

「・・・どうしたんです、急に」
「こ、こんなこと、急にでないと出来ませんから」

ど、どうぞ。
拭いきれない緊張をそのままに、フォークがぷるぷると震えている。
また首を傾げる彼が居て、うーん、と唸っている。

「・・・ああ、またロイの入れ知恵ですね?」

成る程、素晴らしい。
納得されたらしく、一つ頷かれる。

「ふむ。ですがそれは、かつて実行して頂いていますしね。折角ですから、少し捻りを入れてみましょう」

言われ、震えるフォークを奪われた。
あ、と声が出て、はい、と笑顔が向けられる。フォークも来る。
そこに、ソーセージ。

「あーん、で宜しいので?」
「へ?」

・・・あれ?

「・・・え?」

何で、逆転してるんでしょうか。

「ほら、固まっていないで」
「う、うわ、うわ!」

ずい。
更に近づいてくる。
ぶんぶんと両手を振る。

「は、恥ずかしいですよ!」
「最初は貴女がしようとしていた事ですのに」
「そういう問題ではなく!」

我ながら"恥ずかしい"の基準が曖昧だとは思うが、これはそれどころの話ではない。ほら、観念なさい。声が来る。

「わ、わ、何でそんなに良い笑顔なんですか!?」
「食べて頂かないと、私も手が付けられないでしょう?」

その言葉に、焦りがふと遠のく。

「・・・ぅぁ」

結局、彼に早くお弁当を食べてほしいという思いの方が勝った。考えない、考えない、言い聞かせる。
眼を瞑って、可能な限り小さく口を開けて、差し出されたソーセージを半分齧る。
俯いて咀嚼。恥ずかしくて、前を向けたものじゃない。

「美味しいですか?」

問いに、素早く二度頷く。

「そうですか」

残った半分を彼が口にしたようで、少しばかり沈黙。
ふたり、同時に飲み込む。
"うん、美味しいですよ"。
頷いておく。
 
 
「ではリリウム、私はその卵焼きが食べたいのですが」
「ど、どうぞ・・・」

膝の上、握り締めた両手を凝視しながら応じる。

「いえ、是非とも貴女に食べさせて頂きたい」
「・・・で、ですよね」

そう望まれる気はしていたので、もう一度、意を決して前を向く。嬉しそうな彼。
いや。まだ、する方が恥ずかしさは薄い。と、思う。思うほか無い。それに、朝、恥ずかしいなんて思いは無しにしたはず。誓ったはず。
早速、破っているけれど。

震える手で卵焼きを突き、前へ。一息。

「・・・、ぁ」
「はい」

その言葉を言い切る前に、彼が口をあける。今すぐに食べさせてほしい、そんな気概が見て取れて、何となく彼のその顔も可笑しくて、つい笑ってしまった。
いつもの顔に戻られて、どうしましたかと尋ねられる。笑みを抑えて、首を横に振る。

「・・・いえ、何でもないですよ」

そう伝える頃には、緊張みたいな何かは無くなっていて、一度眼を閉じて、一つ深呼吸。
目を開ける。彼が居る。

「―――はい。あーん、です」

まだ、かなり恥ずかしい。
恥ずかしいけれど、彼のその顔を焼き付けようとするくらいには、落ち着いて卵焼きを差し出すことが出来た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
午後十一時。夕飯を終え、シャワーも浴び、ふたりとも寝巻き姿。
少しばかり眠たい目をこすり、盤上を向きます。

「はい、チェックです」

私のビショップが彼のキングを捉えて、彼の困ったような顔。
ホットミルクに手を伸ばして、一つ啜られる。

「・・・手加減を要求したいのですが」
「却下です」

笑顔で応じて、同じくホットミルク。砂糖は少しだけ。
彼のキングが動く。その射線に、私のクイーン。
む、と彼の声。

「・・・ああ、これは降参ですね」

珍しい、というか、こういった場でしか聞かないような言葉。
笑み。

「では、私の勝ちですね?」

溜め息と苦笑いとを一緒に、彼がカップを飲み干す。

「本当に強いですね、リリウムは」
「ええ、大人のお相手で磨かれましたから」

盤上が片付けられていく。彼も手伝ってくれ、すぐに綺麗に。
彼が手招き。ソファに座る彼の許へ。
どうぞ、そう促されて、彼の膝の上へ。彼の腕の中へすっぽりと入る形になって、眼を閉じる。彼の心音。

「――――今日も何つつがなく、良い一日でした」
「そうですね。リリウムはいつも通り可愛らしかったし、お弁当は美味しかったし、言うこと無いですね」

髪を撫でられ、眼を閉じる。彼を振り向いて、軽く触れる。
それが合図になって、十五分程、ずっとそうしている。本当に、いつも通り。
優しいそれに、少しずつ眠くなっていく。
離れる彼にもう一つ。笑顔。

「目がとろんとしていますよ?」

指摘に、一つ頷く。少し恥ずかしくて、頬を掻く。
えへへ、なんて、口から吐いて出る。

「・・・眠くなってきちゃいました」
「―――そうですか」
 
 
では、今日はもう寝ましょうかね。
彼が抱え上げてくれて、そのままベッドへ。ふわりと浮かぶ感覚が心地よい。
揺さぶられるのも、心地良い。

降ろされて、ベッドが軋む。ふたり分。
そのまま身を委ねて、彼の腕枕。

「では、おやすみなさい。リリウム」

すぐそこにある彼の顔に口付けて、おやすみなさいを返す。

「本当に、すっと眠れるのは羨ましいですね」

私は寝つきが悪いので。彼の言葉に、まどろみの中反応する。
伝わったろうか、目を閉じる。
明日は、朝ごはん何にしましょうか。何なら喜んでいただけるでしょうか。
 
 
「・・・おやすみなさい、リリウム」

彼の存在をそこに感じながら、意識が呑まれていった。
どうか明日も、幸せな一日でありますように。


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