《ウォーニング!!》

この作品は異性間に於ける性交を主軸とした小説です。

 
 
 
 

 
 
 
 

Written by 仕事人


 
  【ケモノのスミカ レギュ12.5】
  《第一節 哀しき歌》
 
「……チッ」
『ケモノのスミカ』なのに全年齢の癖しやがってる上に最初の台詞が早速早々に舌打ちとかマジふざけてんのかコノ野郎――などとお思いになるかもしれないが、残念ながら作者は謝罪する気は無いから諦めて振り上げた拳は膝の上に乗せて頂きたい。今回は全年齢なので拳ないし手を股間に遣っても全くの無駄である事も忠告しておく。作者の趣味的には女性なら手は常に其のポジションでも構わないが、当作を見ている人間に女性は居ないのは、コーラを飲んだらゲップが出るってぐらいに、または家を買ったら何十年も月賦で払う事になるぐらいに可能性が極めて高いと思われるからこれこそ無駄であろうか。
 
 で、なんだっけ。
 ああ、そうだった。舌打ちしたのは実は二人でカニスとダンである。
 この二人について掻い摘んで説明させて頂くと、どちらも企業専属では独立傭兵であり、カニスは「マッハで蜂の巣」や「やっぱり俺が最強か~」、ダンは「わあぁぁっ」とか「人生相談する人」とかそんな感じで覚えておいて頂ければいい。今回にしても噛ませ犬的な役割の脇役どころか端役なので特に強く記憶を保持して頂かなくて結構だ。どうせ当シリーズでは以降、二度と出てこない予定だし。
 さて二人が舌打ちをしたのは誰に対してで、何故かと云うのを説明しなければならないだろう。
 先ず対象は当作の主人公である、少年である。名前はまだない。いや、あるにはあるが。
 実際の所、彼の名前を出せるのなら作者にとって描写的に色々と便利だし、そもそも楽だと愚痴りたいところだが、作品のスタイルがスタイルなだけにどうしようもない。それと少なくとも設定上では渾名は「尻尾君」だが、何故か呼ぶ人間が皆無に近いので「首輪付き」でも構わないし、シンプルに「主人公」とか、若しくは少し捻って「リア獣」でもいいだろう。
 さて、あれは今から数ヶ月前――いや数週間前だったかな。まあいい、作者にとっては数ヶ月前だが、君達にとっては多分、明日の出来事だ。そんな装備で大丈夫か――投稿時点で七年越しだから一番いい新作を頼む。今度こそ資金難でゲームのストーリーが未完成で、書籍で補填するような事は無しにして欲しい。尻切れトンボだったストーリーは兎も角、ゲームのプレイに関しては面白かったんだから期待してる。
 
「ってなわけでよ~」
 語っているのはカニスであるが話の内容がぺらっぺらのペーパーな話であるので割愛する。其の日は丁度今のように、カラードの一回にあるカフェ《カフェ・ドゥ・ソン》にてチンピラ二人に絡まれる格好で少年は男二人の席で、グダグダと真実味の薄い、僅かに真実が交じっていたとしても誇張表現された、聞くに堪えないつまらない話を無理矢理聞かされていた。
 カニスが終われば、次にダンが、そして次にはカニスに戻ると云う悪循環のエンドレス無駄話の螺旋に飲み込まれた訳だ。片やビッグマウスで、片やヘタレとくれば仕事が少なくて当然で暇を持て余している二人は偶然見つけた少年を同じ独立傭兵と云う難癖を付けて同類扱いしているのだ。
 これはもう、彼のマネージャー権保護者兼恋人のスミカからすれば風評被害のレベルと云っていい。ある歌手がモノマネ芸人に持ち歌を大分誇張されて面白おかしくモノマネされ続けた結果、本人のライブで其の歌のイントロが流れただけで何故か笑いが起きてしまったので諦めて其の芸人に例の歌を上げてしまおうと決心した――ぐらいのレベルと云えば分かり易いか。コロッケがシンデレラでハネムーンだ。
 とはいえ幾ら同類としては劣等種達が相手とはいえ、心優しい少年は無下にあしらう事もせず、黙って聞いてあげていた。勿論、性格が良いので”あげていた”とは露程も意識して居る訳では無い。傍から見ればそんな風と云うだけだ。
 また職業が職業なだけに知り合いも少ないので友達が出来るのは嬉しい。子分か舎弟にでもしようと考えていた二人には気の毒だが――そもそも兄貴とか師匠とかの器ではないのだから――極めて対等な”友達”の間柄である。
 ところでカニスやダンが話しているのは内容は兎も角として、どんな種類かと云うと。
 自慢話である。しかも恋愛沙汰の。
 やれ今までの女の数やら、やれ其の容姿だとか、やれ気分じゃないからスゲエ美人でも告白されてもフってやったぜ――恐らく余りにもモテないから女性に対して一種の敵愾心を持っていて、そして女性を貶める事で自分と云う存在を高め、心の安定を図ろうと、そして同じ男で年下の少年に年上風を吹かそうと云う実に矮小な自己満足だ。
 黙って聞いている少年はと云えば素直だから殆ど信じて(しかしあくまで”殆ど”だから15%ぐらいは疑っている)、相槌を打っていた。ちなみに少年はと云えば目も眩むような美人(しかもスタイルもグンバツ)と現在進行形で深い関係を続けている訳だから嫉妬心なども沸かなかった。
 寧ろ存在するかどうかも分からない二人の話に出てくる”美人だが俺の懐を狙う”若しくは”美人だがイケメンの俺を友達に紹介して自慢したいだけ”と云った性悪女の話を聞く度に自分の恋人がスミカで良かったと心の底から安堵していたぐらいだ。つまり寒風荒ぶしょうもない男二人の心中と比べると、実に春の日中のように温まっていたのである。
 ちなみに同時刻、少年の恋人であるスミカは、
「私のカレ、浮気してるみたいなんですぅ」
「またぁ? これで二度目じゃん。いい加減別れちゃいなよ」
 古巣であるインテリオルの顔見知りの女性社員と偶然顔を合わせてしまって、矢張り内容の薄い話を聞かされていた。とはいえ少年の相手の卑小な男二人と比べると現実味はある。
 二人の間で浮気の基準がどのようなものなのかは分からないが一般的に考えて、余所の女に気を持ったり、肉体関係を結んだり、はたまたタイマンではなく友達数人と食事に行っただけで引っ掛かると云った所か。
 ここで敢えて肉体関係を結んだと云う点に着目するのなら、スミカが浮気された回数は二回どころじゃない訳でショックで泣きそうになっている彼女の苦労など、屁のつっぱりのような物だ――だがそんな風に気にするな、と言うのは流石に道徳的に問題があるし、恐ろしい事に馴れつつあるとはいえ、彼女も矢張り腹が立ってもいる。んだばそれを許容してきた身でもあるから、辛いな、とは何となく言えないのだ。かと言って男の浮気なんて小便を引っ掛けるようなモンだと言える程に達観もしている訳ではない――などと長くなったが、結局は知り合い二人の話に対して相槌を打つだけの傍観の立場だ。殆ど、「うん」とか「ああ」とか気の抜けた炭酸のような声しか出していないが、会話なんて案外こんなもので進む。”聞いて欲しい”のではなく、”話したい”と云うのだけなのがよく分かる。心当たりの多い方の為に深くは言及しないが。
 
 そんなこんなで内容の無いような――駄洒落た訳ではない、まっことの事実である。だったら言葉を変えろと仰るかもしれないが――会話の内に、時間がだらだらと過ぎて行ってから、適当にお茶を濁してスミカは席を立った。理由さえ見付かれば、案外相手に対して容赦なく席を立てる性格が功を奏した。それに向こうの側も最初こそ残念がったが、直ぐに話を再開した。そして離れた席に座っていたバカ二人に哀れにも絡まれている少年の下へと行く。
「そろそろ帰るぞ」
「あ、はい。じゃあカニスさんにダンさん、さようなら」
「おお、またな」
「兄貴って呼んでもいいんだぜ?」
「俺も構わないぜ?」
 (呼ぶわけないだろ、間抜け面の阿呆共が。実の弟だって呼ぶかどうかも疑わしいってのに。死に腐れ)
 馬鹿だが男の子だから案外繊細な所もある二人が実際に耳にしたらショックを受けそうな毒を吐き散らした後、一歩先に進むスミカは、どうにもカラードに来ると面倒な――例えるなら、在る武器開発会社が、国と協働で秘密裏に開発したレールガンを第三世界に密輸しようとしていると、「ウチの組合のモンが見えないようだが。見えるか?」と因縁を付けて来た、其の港の港湾労働者組合と同じぐらいの――連中にきらいがあると愚痴る。其の後ろを少年が、犬が追い掛けるようにして歩いていると、
「ロイさん、こんにちは」
「おお、お前か。久しぶりだな。セレンさんも元気そうだな」
 矢張り同じ独立傭兵であるロイ・ザーランドと擦れ違った。
 しかし独立傭兵とはいえ、先程の二人と同じにしては彼に余りにも悪い。何故ならばインテリオル寄りとはいえ、ランクの決定付けに企業の政治力が多分に絡んでくるかラードランクに於いて、ロイはランク7と十本の指に入っているのだ。ランク以上の実力を有しているとも言われるし、それに何よりも非常に容姿がいい。デキる傭兵らしいワイルドな風貌で、例えばダンなら寝起きなのかと、カニスなら毛なのかと、少年なら二次性徴なのかと問いたくなるもの――無精髭も、何だかお洒落に見えるのだ。ある意味ではイケメンと云う衣服を常に纏っているような物なのだ、どうすればカニスやダンが勝てるというのか。
 それに性格は気さくで先程カニスやダンが御所望していた兄貴が実に板に合うと云った感じだ。
 当然だが女にモテる――極一部の男にもだが。
 しかし丁度其の場におわすスミカの反応は、
「そうだ元気だじゃあな」
 女の直感で絡まれる予感があったのか、十年後の少年と充分に比肩するレベルのハンサムガイ、ロイ・ザーランドをあっさりと受け流した。もしファンが居合わせていれば「キーッ、何よあの女!」「イーッ、イーッ」と醜い叫び声、何だか某秘密結社の戦闘員みたいな声を上げていただろう――というか、実際に上げていた。
 だがロイは案外慣れているらしく、美人にあしらわれても残念そうに肩を竦めたが、心の底からショックを受けているようには決して見えない。
 これがもしカニスやダンなら即座にスミカを詰ってウサを晴らそうとするだろう。其処がしょっぺえ男とイイ漢の違いってモンだ。どう違うかは読者自身が考えた方がいいだろう。ちょっぱい男の振る舞いを反面教師として今後に活かせる。学ぶのと学ばされるのでは覚えに大分違いがある。
「あ、あの……さようなら、ロイさん」
 スミカの振る舞いに謝罪するようにやや深く会釈しながら少年も傍を通り過ぎて行くのに対して、ロイはひらりと手を挙げて「じゃあな」と返す。首を傾げる仕草が実にキュート。
   
「――アイツ。いいよなあ」
「そうだよなあ。羨ましいよなあ、ロイもそう思うだろ」
 企業からの信頼の高さや身分に大分違いがあるとはいえ、同じ独立傭兵でリンクスだ。自然にカニス、ダン、ロイの三人はテーブルが一緒になると、カニスとダンは物憂げな――まるで悩める少女のような、吹きかけられたら虫唾が走るような――溜息を吐いてからそんな風に同意を求めた。
「何が?」
「何が、じゃねえよ。今のアイツのオペレーターのさ、ええっと」
「セレン・ヘイズ女史」
 女性の名前と顔を瞬時に覚えると云うのもデキる男の一種のスキルであろう。ロイの場合はそこらの軟派男と違って別に女性だけじゃなくても、老婆でも男でも変わる所は無いが。それに比べてカニスはてんでダメである。勿論、横で「そうだ、それそれ」と馬鹿面下げて掌を拳で打ったダンも全く同様だ。死に腐れ。
「そうそう、そのセレン、セレンさんよ。あんな美人がオペしてくれるんだぜ?」
「しかも俺達と同じ独立型だからアジトも一緒。つまり半分同棲みたいなモンじゃんか」
「そうだよなァ」
 別に作者がこの二人を嫌いだったり、カリカリしている訳じゃないが敢えて言わせて頂くと、カニスとダンは独立と云うのは間違いと云っていいかもしれない。正確には後ろ盾が無いのだ。若しくはパトロンの立場になれる御仁が寄り付かないのだ。其の分、ロイはインテリオル側から二言目には専属になってくれないかと誘われている。比喩ではなく、本当に。少年はスミカがパトロンと云っても差し支えないから格が違う。
「いいよなァ。寝ても醒めてもあんな美人が近くにいるんだぜ」
「羨ましいよなア。間違い起しちゃうかもしんないよ、ボク……ボッコボコにされちゃいそうだけどなァ」
 はあ、と羨望の溜息を吐く間抜け面に付いている、グリグリと動く気色の悪い白と暗色の球体が――ああ、眼だったのか――遠くを見ているのは、もし自分のオペレーターだったらと、若しくは自分の一味にあんな美貌を持つ女性が居ればいたらと夢想しているからだろう。通りがかる女性からは「アレ、絶対に厭イヤらしい事考えてるわよ」と陰口を叩かれ、「やーんロイさんだぁ」と存在の抹消を受けているのにも気付かない。
「……なあ、お前ら。気付かなかったか」
 すると二人の様子を真正面から見ていたロイが何か含んだ声音と言葉で尋ねる。
「気付いたって――何に?」
「さっきから女がこっち見てるのにか? それは俺等じゃねェ。お前だろうが。いちいち言わせんなコノ野郎。それに俺等を見てる場合は小馬鹿にしてるに決まってンだろ――オイ、何見てんだゴルァッ!」
 ただでさえ間抜け面が間延びして間抜けどころか最早、間無になっているダンと、ふざけ半分で遠くの席で視線を送っている女性達を恫喝するのを前にしながら、不意にロイは自分の首筋、鎖骨の辺りを指差した。カニスとダンが覗き込む。男のうなじを男が覗いていると云う実に気味の悪い光景だ。指差した張本人のロイでさえ、ゾワッと悪寒が奔った。
「何だよ、ロイ。痒いンか?」
「虫でもいんのか?」
 違うよ――とロイは首を横に振る。
「さっき見えたんだが、アイツの此処にな――キスマークがあった」
「どいつよ」
「誰よ」
 この察しの悪さは馬鹿を一段か二段上をいっているといっていい。もしかしたら脳が理解するのを拒絶した所為なのかもしれないが。
「だから、例のアイツだよ。ちなみにセレンさんにも、な」
 今度ばかりは足りない脳味噌でも理解出来たらしい、二人はめらめらと瞳の嫉妬の炎を燃え上がらせた。
 ――いみじうきたなきもの なめくぢに おとこのしっと。
  
 そこで話を現在に戻す。
 ちなみに面子は少年と、さっきの2人に加えて、今回の話し場を作る切欠になったロイも居る。
「何でよォ、こんなよォ、ちんちくりんによォ、あんなよォ、綺麗なよォ、カノジョがよォ、居るわけよォ? 俺はよォ、納得いかねえよォ」
「YO、YO、YO、うるせえよ、カニス。お前、ラッパーか。酒のCMソングでも歌ってろ」
「それだとラッパーじゃなくてカッパだろうが。それなら寧ろ今の俺の気分は”鬼殺し”だっつうんだよ」
「ワケわかんねえよ」
「振ったのはテメェだろうが」
 言葉のドッチボールを見ていると、正確には聞いている分には、今にも喧嘩が始まりそうなものであるが、二人は椅子の背凭れに脱力した全身の全体重をだらりと預けている格好のままなので何の心配も無い。そもそも心配も無いか、この二人が喧嘩した所で悲惨な顔が凹んでもっと酷く、無惨になるだけなのだから。
 さて、始まった時点で既に自棄になっている二人を尻目にロイが顎に手を遣って感心している風に頷いている。
「いやあ、ああいう女性を落としたってのは実際大したもんだと俺は素直に思う」
「あの……ありがとうございます」
 当の少年と云えば、一方では妬み嫉み詰られているのに一方では感心されている視線の板挟みにあっているから酷く居心地が悪そうである。
「で、だ。どうやったんだ?」
「どうって?」
「どうやってオトしたって事さ。実に興味がある」
「はン。手篭めにしたとかかァ?」
 口を挟むように皮肉っぽくカニスがそう言ったが、この男にはそんな事しか出来まい。というか無理矢理に事に及ぼうとしても、股を蹴り上げられるか、若しくは女性を助けようとして誰か別の男が駆けつけてくるだろう。寧ろ其の二人の間柄をロマンティックに促進させるスパイスの役目の方が相応しい。勿論、犯罪者なので其の場でお縄に付く。それでそのまま牢獄から出てこなければいい。
「ちが――ううん、あー、いやぁ……」
 しかし少年は否定しようと顔を上げかけたが、即座に顔を俯けて腕を組み、首を傾げる。
 ついさっきカニスをけなしたばかりで何だが、少年とスミカが関係を持った明確な一線は、彼が半ば力ずくで行為に及んだからだ。ダンが「オイオイ、マジかよ」驚いた声を上げるのも無理はない。カニスの皮肉が野卑な冗談で終わる筈が予想外にも直撃だったのだから。
 距離1000でチャージ100%のコジマキャノンの一撃にぶちあたったような気分だろう。
 モチのロンで一撃KO。
 リーチ一発、ドラドラ、裏ドラ乗っての――御無礼、と云った処だ。
或いは、台詞の全てに濁音がつくような声色で――「ゴルゴルの仕業か!」とか「ゆ”る”さ”ん”」の方ではない。対戦相手で出演していたが――お”わ”り”だ”な”、と云った処だ。有名な役者も何人か出演していたとは云え、Vシネの話なんて誰に通じるっつうんだよ。
「反則技じゃねえかよ。ンなのアリかぁ?」
 幾ら粗暴な傭兵とはいえ、人の子である、手篭めにすると云う言葉にカニスは苦言を呈すると、今度はロイが口を挟む。
「まあ、それだけが決め手って訳じゃないだろう。多分、前からあの人はコイツの事を気に入っていたのさ。勿論、男と女って意味でな。其の場合は”気になってた”ってトコだな」
 其の通りな訳だから少年が気恥ずかしそうに後頭部を掻く。
 遠巻きにこの席の様子を盗み見している女性達の一部が「可愛い」とちょっと大きな黄色い声を上げた。
 能動的ではなく受動的とはいえ、惚気た少年に僅かばかりの殺意の波動が湧くのを感じたカニスとダンだが、子供相手に手を上げるのは大人気ないし、みっともないし――それは元々だが――それに周りの女性や、更には殺意の波動を駆使出来るような、実際にゲージ消費技、スーパーコンボを使えるセレンに何をされるのか分かったモノではないので、ストレスを内に溜め込むだけだった。それこそ果たされる事の無いリビドーと同じように。
 するとロイが――矢張り”持つ者”は意識する事を心掛けていても”持たざる者”の心は汲めぬ所があるのだろう――質問をした。
「で、どうなんだ、彼女は?」
 ――ンなこと聞くンじゃねえよ。
 そんな妬みと怒りの視線を尻目にして、少年はもじもじとしながら答える。
「あの、優しいです」
「ほう。アレで案外優しいんだなぁ。この前なんか声を掛けたってだけで俺は殆どシカトされたのにな」
「カッコイイですね」
「それは分かるな。前もお前と協働した時のインテリオルへの怒りの一声は大したモンだった。肝が据わってる」
「綺麗です」
「そりゃ見れば分かる。まあ、お前だけが見れる綺麗な場所があるだろうけどな」
「あ、可愛い時もありますよ」
「うーん、あの人の可愛い時が出るってのは、どんな時で、どんな感じなんだろうな。悪く言う訳じゃないが、さっぱり想像出来ない。俺もまだまだ未熟だな」
「それにですね――」
 少年が声を細めると、決まり事のようにロイも少年もテーブルの中央に顔を寄せる。嫌々、苦悶、苦渋、放心、呆然としていたカニスとダンも秘密めいた雰囲気にそれまでの怠惰な様子を吹き飛ばしながら顔を寄せる。
  
「――そういえば、スミカさんはどうなんですか?」
「は?」
「は? じゃないですよぉ、カレシですよぉ、カ・レ・シ」
 不思議なもので少年は先日と同じ面子で話をしているのと同時刻、スミカも先日と同じ面子だった。さて、女子職員の質問だが、読者方には敢えて言うまでもないが勿論居る訳であり、
「……まあ、な」
 威勢を保ちながらも乙女めいた気恥ずかしさを胸の裡に忍ばせながら応えた。
「それで、それで? 年上なんですか、それとも年下?」
「年下だ」
 二人は顔を見合わせると「きゃ~」と声を上げた。年上であり、お姉さんと云った感じのスミカは、ある種インテリオルの女性達にとって憧れであり、年下の男を手懐けていると云うイメージはピッタリ来るものなのだ。所謂”《大人》って感じぃ”な訳だ。恐らく彼女達の中ではスミカの恋人は全くの駄目男で、彼女の広い懐の中で養われているようなイメージだ。何せスミカは大人なオンナであるのだから。結構遠からず近からずだ。
「どんな人、というか、どんな子なんですか?」
「……可愛いな。身長も私より小さいし」
「ホントに年下って感じでずねぇ。他には?」
「そうだな。肌というか、全体的に白いな――なまっ白いって訳ではないぞ」
「女の子みたいな肌なんですね」
「ああ、そうだな。でも見た目よりも意外と力持ちだ。とんでもなくと云う程じゃあないが。私を抱えられるぐらいだ」
「へええ、スミカさんがお姫様だっこされるの想像出来ないなァ。男っぽいトコ見せたいってのは一応あるんですね」
「一応? あとは……優しいな」
「優しくなかったら駄目ですよね、特にそのカレの場合」
 明確に”アレ”と示してる訳じゃないからイメージに齟齬があるのは必然だが、どうにも彼女からの話しぶりから少年、つまり彼氏が軽く見られているような気がスミカはしていて、どんなイメージなのかと頭を捻る。
 すると一人が悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねた。
「さっき可愛いって言ってましたよね。どんな時が一番可愛いって思うんですか?」
 そうだな――遠くを見ながら回想するスミカの顔が少し赤らんだのを二人は見逃さずに、テーブルの向こう側の彼女等はぐっと身体を寄せる。
   
「――おう、はっきりと俺の気持ちを正直に素直に言うぞ」
「はい?」
「てめえ、死に腐れ。コンチクショウ」
「爆発しろ。朽ち果てろ。コジマ粒子に塗れろ」
 スミカの事も考えて抑え気味だったとはいえ、少しばかり下の話を聞かされたカニスとダンは今度ばかりは一切包み隠さずに己の浅ましい嫉妬心を露にした。ちょっと涙声で。
 ――俺とこいつで何が違うんだ。
 そんな心境である。
 答えを呈示するなら――全体的に違うっつうの。
 顔立ちや仕草、性格etc……まあ、この場合はスミカの好みもあるが、それでも誰に対しても第一印象の評価を大きく左右する見た目は明らかに少年の方が優っているのは――否めない、覆しようのない、どうしようもない、天と地が引っくり返っても変わりようのない、どうしようもない――事実であるが。
「矢張り人は見掛けによらないものだよな。俺はてっきり彼女はそう云う事には消極的だと思っていたよ」
 唇を噛み締め、涙を堪えるカニスとダンに対してロイは余裕のよっちゃんで感心している。
 いや、逆にお堅そうだからなのかな――と意外さに驚愕している風に、ロイはうんうんと数度頷いた後、
「愛されてるなあ、お前」
 殆ど褒め称える声音でしみじみと独り言のように呟いた。
 なまじっかモテるだけに軽薄な関係も多かったのだろう、少年も全ては語らなかったが大人の女の全身全霊の寵愛を捧げ、そしてそれに応える少年と、二人の関係の深さに感服している風だった。
 少年はえへへと擽ったそうにはにかんだ。とはいえ、彼も幾度か不義を働いた、若しくは働いてしまった、働かせれる羽目になった事はあるのだが。とはいえ彼がスミカのような、とびっきりの美人と付き合いながらも彼女と匹敵する程の美貌の女性達と肉体関係を結んだ事があると自慢しなかった実直さはロイにも幸運であった。
 何故ならば少年はロイが密やかに懸想しているウィン・D・ファンションとも一度ばかりか二度までも身体を重ねているのだ。勿論、ロイの想いなど少年も知る由は無い。
 だからカニス、ダン、ロイは少年とスミカの環形に何処か爛れたような沁みがあるのは夢にも思っていない。もし其れを聞いたらカニスとダンは男ならも誰でも惹かれるような美貌を持っているが、同じリンクスでありながらも企業専属で何処か雲の上の人物のように近付き難かったり、そうでなくても男としてそそられる身体をしている女性達と少年の間に澱んだ関係があると知れば、本気で嘆き悲しんだだろう。それなりに人の眼がある此の場でも関係なく、おんおんと、おうおうと男泣きに咽び泣いたかもしれない。
 そして怒り狂っていただろう。
 それこそ本気で書いてマジと読むぐらい、警備員が飛んでくる程の猛烈さで。
 とはいえ、少年も道徳心を抜きにしてもそんな事は容易に想像出来るのでおくびにも出さなかった。と云うか本人の良心が結構痛んでいるのだ。
 そんな事は露知らずに最早嫉妬する事にも疲れて、
「いいよなあ、俺も愛されたいなあ」
「愛されるよりも愛したいよなあ、マジで」
 と三人が遠くを見ながら黄昏ていると、少年の背後から第三の、色んな意味で”もてる者”が現れた。
「やあ、久しぶり」  
 そう声を掛けられながら肩をぽんと大きな手で叩かれた少年が振り向き、他三人が夫々の前方に、そして一様に現実に視線を戻すと其処に居たのは
「あ、ミスター」
「テレジアさんのダーリンさん」
「お、ダンナァ」
「うわ出たよ」
 身長は其の場の誰よりもそしてテーブルが四分の一は埋まっている《カフェ・ドゥ・ソン》の店内の中でも、ロイウよりもズバ抜けて高く、顔は例によって筆者の文章力、表現力が足らない為に描写出来ない程の男、トーラスのリンクス、ミセス・テレジアの夫であるミスターが居た。
「面白そうな話が聞こえたんでね、空いてる?」
 気さく、と云うには実年齢は見た目から測るには判定不可能だが、妻の年齢から考えるに無邪気過ぎる口調や態度のミスターはそう言いながら少年の隣に腰掛けた。
 (どうして僕の隣なのかな。それにどうして肩に手が回されているんだろう)
 少年が不思議そうに思っているように、長い脚をテーブルの下で組んだミスターの長い腕は彼の肩を抱えている。まるでキャバクラでホステスにタッチしているかのようである。其の内、腰に手が回るのではないかと思える程だ。
 しかしミスターの性格が性格なので誰も冗談だと思って言及はしなかった。
「愛かあ。愛はいいよねえ」
 徐にミスターが感慨深そうに語り出すと――ちなみに此の場で彼の好色な噂を知らぬ者は誰一人居ない。特に馬鹿二人は臍を噛みたい気分だ。とはいえスペックがダンチ過ぎるので最早妬む気にもならないが――途端にロイに視線を向けた。
「ねえ、ロイ君」
「ミスター、俺はアンタ程に愛を体感した事は無いよ」
 ロイが他の誰かさんは兎も角アンタにだけは敵わないよと言いたげに苦笑すると、すっかり倦み疲れた様子のカニスがテーブルに置いてある、氷が溶けた水が入っているコーヒーカップのストローを口許で遊ばせながら銜えながら言った。
「愛ねえ……あっちこっちで悪さしてんのにかい?」
「悪さとは失敬な――いや、普通は悪さ、若しくは火遊びなんだろうね――でも僕が愛しているのは妻だけだよ」
「相変わらずアンタんトコは分かんないな。旦那の前で言うのもなんだけど、俺ついこの前、テレジアさんに誘われたんだぜ? ”偶にはダメ男ともいいかな”って。何だか怖くて断ったけど」
「ダン、てめえ。そりゃマジかコラア――って、怒る気にならねえんだよなァ。別にテレジアさんが嫌だって訳じゃねえンだけど。なんでだろーなー」
 テレジアが余りにそう云う意味で凶暴過ぎて慣れていない二人は何だか恐れを感じてしまうのだろう。
 ところがそんなテレジアと数十年の時を共にしながらも尚も愛し続けているミスターの反応と云えば、
「何だい、君達は。それでも男なのかい? いいや、仮に君達がヘタレだったとしても、それは構わないよ。だが僕の妻の誘いを特定の恋人が居る訳でも無いのに断ったり、怖気付くってのはなんなんだい。最近見た映画の台詞を引用するなら――どこかにタマ落としたのか!」
 ぷんぷんと怒るミスターに対して全世界の男の気持ちを代弁するようにロイが苦笑しながら弁解する。
「ミスター、世の中の男はアンタ程にアグレッシブ奴ばかりじゃないのさ」
「じゃあ、ロイ君はどうなんだい? もし僕の彼女に誘われたら」
 そう問われたロイは肩を竦める。
「アンタには悪いがパスだな。こう見えても俺は意外と純朴なのさ」
「ああ、そうか。君はそうだったね――」
 思い当たる節があるようでミスターは納得するように頷いてから、ミスターはロイから尚も腕の中で縮こまっている少年に視線を転じた。
「それで君はセレンちゃんとどうしてる? ヨロシクやってるのかい?」
「ええ、まあ。仲は、いいです」
「仲なんてイイのは知ってるよ。愛し合ってるかあい?」
 ”イエーィ”と返って来るようなまるで何処かの安いバンドマンのような台詞である。
 少年は人前でスミカへの愛慕を口にするのは躊躇われているように口篭っていたが、顔を紅くしながらゆっくりと口を開いた。
「はい、愛し――合ってると思います」
 カニスやダンが疲労困憊と云う風に、ロイが何処か羨望の眼差しをしていて、そしてミスターが「うんうん、イイ事だね。実にイイ」としみじみと呟いていると彼らに声を掛けた者がいた。
  
「……セックスをした後なんだがな、大体疲れているだろう? それでアイツは私の上で――まあ、私もだが――息苦しそうにしている時に眼が会うと、恥ずかしそうにはにかむんだ。あの時の顔が一番可愛いかなぁ……」
 ベッドの上での出来事にスミカが想いを馳せながら語っていると、無意識に当の少年の方に視線が行ってしまって、眼に入ったものに驚いて怪訝そうな声を上げると、
「スミカさん」
「ん、何だ」
「……やっぱりスミカさんって、大人ですねえ」
 語る前のスミカの顔から見るに際どい話の予感はあったが、臆面も無く語られた事に女子社員は二人共驚きを隠せずに居た。何だかんだ言ってお堅いイメージを彼女に抱いていると云うのもあっただろう。
 だがつい語ってしまったスミカは自分のしたばかりの話が如何様な物かを言及されて漸く気付いて羞恥に頬を朱に染めると、話を逸らすように先程語っていた間にちらりと眼にしたものの方へと意識を向けた。
「えーっと、あの人だかりはなんだろうなあ」
 ――この人も結構カワイイとこあるのねぇ。
 はぐらかそうとしているのに気付いて、二人はしみじみと、しみじみとそう思った後。顔を立ててやろうと云うつもりで言われた方を見て、びっくりしたように眼を見開いた。
「……なに、アレ」
 
 時間にして数分、ほんのちょっと前に其れは起きていた。
 男側の方で矢張りテレジアのトコのミスターがしみじみとしていると、「あのー」と後ろから声を掛けられた。五人も居る訳だから誰に対してのものだったのか分からなかったので、全員がそっちの方向を見れば、カラードの職員と思しき女性が立っていた。
「はい?」
「おう?」
「んあ?」
「なんだい?」
「ほう、可愛い子だ」
 どれが誰の返答かは大体察しが付くと思う。
 其れは兎も角、五人の視線を一斉に浴びる事になったからか、それとも元々なのか、女子職員は其の場で恥ずかしそうにもじもじとしながら、顔を赤らめていて「あの……」とちょっと口篭って間を開けて、四角形の物体を掲げた。
「あのぅ……写真、いいですかぁ?」
 突然の事に声も驚いたのは男五人だけではなく、読者も同じに違い無いだろうから、説明するとしよう。
 男五人の内訳は少年、ロイ、テレジア、カとダである。
 これがどう云う事か、分かり易く文章にすると――繊細そうな美少年、甘いマスクの伊達男、そして描写不可能の化け物ならぬ美物だ。あとオマケ二つ、こちらは特に不細工だとか酷い顔と云う訳じゃないが、比べると随分と差が出てくる。
 つまり、夫々のタイプの違う、所謂イケメン、しかも超絶的な高水準レベルのイケメンが三人も同じ場所に居るのだ。そう云う趣向の漫画とかだったら、常に背景に花が、いやさ華が咲き乱れていても何ら不思議ではないぐらいだ。華だけじゃなく、スポットライトが差し込んでいるかもしれない。ラメみたいな、ダイヤモンドの輝きみたいな小さな小粒の光がキラキラもプラスでどうだろう。それでもお釣りが来るどころか、不足しているかもしれない。
 そんな滅多に見れない稀少な光景である訳だから、写真に奇跡の一瞬を収めたくなっても不思議ではない。最近はポータブルにカメラがあるのは極々当たり前の事でもあるし。
「うん、お安い御用さ。それに可愛い子に頼まれたら断れないもの」
 当然、ミスターはノリノリである。即効で立ち上がると、即座に其の女子社員のサービスで肩を抱いたりするぐらいだ。勿論彼女はメロメロである。しかしカメラを持っている本人を被写体の一部にすると云う事は誰がカメラマンになるのかと云う問題が発生するが、其れは直ぐに解決した。
「わ、私も!」
「私もお願いします!」
 あちこちで立ち上がった女性達が交代で同志達のカメラのシャッターを押すと云うルールが一瞬で出来上がったからだ。
「ああ、構わないよ、皆おいで――ほら、君達も座ってないで」
 腕の中でうっとりと自分を見上げている最初に立ち上がった勇気ある職員を肩に抱きながら、ミスターはちょいちぃと手招きする。全くの初めてと云う訳ではないロイは(まあ、いいか)と云ったぐらいの気分で立ち上がり、押しに弱い少年は照れているような顔で立ち上がる――其の表情が気に入ったのか、誰かがフラッシュを炊いた。
 そしてカニスが「じゃあ、俺も――」と云って立ち上がろうとしたが、
「――やめるんだ、カニスッ!」
「――ぶおああっ! な、何だよダン、でけえ声出してよ」
「いいかッ、よく周りを見ろ……見るんだッ」
「ああん? 周りって……」
 血走った眼のダンの雰囲気に気圧されたカニスが大人しく、周りと云っても、ほんの数十度程度の角度に眼を遣ってから絶句した。
「いいか……っ、こいつらの中に……っ、俺達は……っ、入れない……っ! 入れないんだ……っ! 入れ……ないんだ……入れないんだよ……!」
 ダンが悔しそうに唇を噛み締め、目尻に何か小さな光を輝かせながら搾り出すようにそう言うと、カニスも鼻の奥をツンと熱い物が昇って来た。
 カニスやダンの大体中の上ぐらい、よく言って上の下ぐらいの男達が――上の上なんてもんじゃあない、もっと恐ろしい何か、特上の特上、StylishランクSSSで「Crazy,HA!」で「Sweet,Baby!」みたいな人間と一緒に一葉の写真の中に並んでみるとどうなるだろうか。
 ――間違いなく霞む。
 霞みまくる。
 ぼやける。
 滲む。
 最悪、意識されない。
 運よく視界の中に入ったとしても、心霊写真の如く、写りこんでしまった何かのようなモンの役目になるのは明白だ。「ナニこれ、ヘンなの映ってるー。キモーイ」で「ええー、マジ? パソコンでそこだけ切り取っちゃいなよー」みたいな感じだ。
「悲しいな……」
「ああ、哀しいよ……」
 普通のカフェをゲリラ的に占拠したアイドルの握手会のような雰囲気の片隅で居た堪れない、痛ましく、傷ましい、悼ましい、寂寞とした一陣の風が吹く。
 しょっぱい数滴の雨も共に――。
 
「おい。あの中、私のとこのも居るじゃないか! ――全く、カラードに来るとほんっとうに、ほんっっとうに碌なことが無い! そろそろ苦情出してやろうかな。ああ、億劫だ……」
 バシャバシャとフラッシュのゲリラ豪雨と、キャーキャーイヤーンの歓声の大瀑布の中に少年が居るのを僅かに生まれた集団の中に見つけたスミカは、其れを遠巻きに眺めながらテーブルに肘を付いて、憂鬱そうに深く長い嘆息を漏らした。
 もう、いやだなあ――と珍しく弱音を上げるスミカの様子を眺めながら、インテリオルの女子社員二人は同時にはっと気付いた。先程までの話に出てきたスミカの恋人と云うのは、彼女がマネージメント、及びオペレートするあの少年リンクスの事だと。
「やっぱ、スミカさんはオトナだ――」
 見れば明らかに十は下回る子供を深い意味で手懐けているのだと思って、二人は驚嘆の声を漏らした。
 だが彼女等は夢にも思わないだろう、スミカの方も彼にどっぷりとのめり込んでいるとは――。
  
 第二節『Call Green』 
 
視界に広がるはやや背丈の高い草に覆われる緑一色と、隙間から覗ける青い空の世界である。
 肌をチクチクと刺激していて、しっとりと濡らすのは頭を垂れる草の尖端と朝露の水滴である。
 掌の内にあるのはひしゃげた草の束である。
 鼓膜を揺らすのは風で揺れる緑のせせらぎと――
 『……Stand by……Stand by……』
 耳にぴったりと張り付いている小さなイヤホンから流れる、ノイズ交じりの男の低く、囁くような声。そして地を這う虫のような視点では摩天楼の如き緑の塔を踏み締めていく奇妙に柔らかな足音。
 ザシュザシュと柔音は徐々に近付いてくる。その度にカチャカチャと何かが擦れ合う音も――重量のある金属があるのだと分かる――連れ立って来る。
 ジャッと草、土を厚い靴底が噛み締めて、音は止まった。
 緊迫した空気の中で静止した時間と蒸すギリースーツの中で――簡単に云うなら花壇を丸ごと伸ばして身に纏っているようなカモフラージュ用のスーツだ、当然パーティ向きではない――ねっとりとした脂汗が諾々と流れていく。
 繰り返すようにStand byが続く。只一言だが――焦るな、チャンスを待て――と雄弁に。
 はちきれそうな心音をも抑える声に支えられ、跳ね上がってしまいそうな身体も鎮まっている。
 直後、再び足音がなった。
 近付いてくるかと、強張ったが其れは段々と遠ざかっていくようだ。
 直後、這っている本人よりも待ち望んでいたと云うように男は静かに、小さく、それでも歓声を上げるかのように叫んだ。
「――GO!」
 草原の一箇所が不自然に盛り上がる。
 一瞬前まで一体化しながら見上げていた草を掻き分けながら、踏み締めながら、縦に伸びた放置された花壇が無骨に黒光りするトランペットを構えて、左右を見渡しながら歩いている男に猛然と突進していく。
 其の様は地面から這い出た土気の強い妖精、物の怪の類を思わせる。
 草海の波浪を裂く不穏な気配に気付いたのか、男が振り返ろうとしたが既に時遅かった。 
「――Beautiful」
 要所には触れないが、満遍なく不足無くお褒めの言葉がクリアにイヤホンから伝わる中、ギリースーツの袖から伸びる研ぎ澄まされた鋭利なものが、眼を見開いた男に真っ直ぐと伸びていって――、  
「――Tango Down」
「タッチ」
 針山のような硬い髪の毛の下に聳える岩山の如き角の経った標識のような厳つい顔に、ぺたりと白く小さな手が触れて、横に真っ直ぐ伸びた眼を覆った。
 草の匂いのきつい屈辱の暗闇の中で男は良く日に焼けた、と云うか元々地黒の浅黒い顔を真っ赤にして、薄い唇の口許、そして畑の畝のようにこんもりと盛り上がった眉毛をひくひくと震わして、
「――ぬがあああああああっっっ!」
 緑と茶色で白い顔をペイントした少年、そして彼らを包んでいる草原の全てを暴雨風の悔しげな大怒声で仰け反らせた。声の震動が風なら大きめの顔の半分を占める大きく開かれた口から弾け跳ぶ唾液の飛沫が雨と云った所か。

「はーい、これで本日オータさんの三連敗目――あ、間違えた三連殉死だね。アハハハ」
「六階級特進ってワケだ。どれぐらい偉くなったのかね~」
 黒板にOTAと四角い顔をデフォルメした似顔絵の下に三つ目のバツを付けるノアと、汚れた整備服の下の細い身体を震わしながらミゲさんが爆笑して、其の横で申し訳無さそうにヒロミちゃんが苦笑していると、
「ええい、うるさい! 黙らんかキサマらぁ!」
 スミカ一味で、整備員達と同じようにインテリオルからヘッドハンティングされた警備員の一人である、オオタ・ヘンケンが飛沫を飛ばしながら小柄ながら拡声器を使っているかのような大きなダミ声を張り上げる。しかしまだこれでも抑え目の方だ。本気を出すと騒音兵器と呼ばれる程の声量を持つ。オペラ歌手にでもなれたんじゃないかと云う程の声量だが、生憎と声質が悪いので其れも叶わず。
「おのれぇ……! 次こそはお前を撃ち抜いてやるからなァ! 一発で! 眉間を! 撃ち抜いてやるルルぅ! 覚悟しておけェ! 何笑ってやがるヒロミ!」
「ど、どうして僕だけ……」
 先程まで着ていたギリースーツを小脇に抱えて、と云うよりも引き摺るようにしている、同一味の唯一にして絶対の稼ぎ頭は、小柄だが寸胴でドラム缶のような身体に加えて五頭身のデカイ顔のために異常なまでに気魄の強いオータに恫喝されて少々縮み上がる。しかしまだ怒りが収まらないのか、オータは偶然に視界に入った――ガタイの所為で否応無く視界に入ってくる――ヒロミちゃんに無差別的に怒りの矛先を向ける。
 
 さて、彼らが何をしていたかと云うと。
 オータ曰く基地に踏み込む不届き者共に天誅を下す――つまり警備の訓練の一環と云う名目で、カモフラージュを施した侵入者役の少年と、役ではなく警備員そのもののオータとの、かくれんぼと鬼ごっこをあわせた遊びである。
 だが幾らオータが殆ど”ランボー”であるとはいえ、現職の警備員であるのにも関わらず――というか、やっぱり侵入者に対しての戦力の筆頭なのだが。ちなみに柔道の腕は黒帯所持者。多少難があるが射撃の腕も一流――ネクストの操縦スキルは兎も角、陸戦でのスキルは皆無と云っていい少年に今日だけはなく、此れまで幾度も戦死に追い込まれているのは何故なのかと云うと、
「よくやった」
 ヘッドセットを手に持ちながら現われた、いやにセクシーなハスキーボイスの御仁――マクミシラン大尉のお陰である。フルネームを知るものは少ないので、インテリオル在籍の頃の階級である大尉で呼ばれている。警備部以前は、更に国家解体戦争以前からのベテラン兵士で、ノーマルの操縦も、陸戦の戦闘も一流である。特に狙撃の腕は凄まじいの一言だ。
 例を挙げるなら二つ並んだターゲットを二人で狙うとしよう。この場合、大尉は先ずパートナーに好きな方を撃たせるのだが、殆ど示し合わせる事もしなくても、パートナーが狙わなかった方を、パートナーが射撃した直後に撃ち抜くと云う神がかった事をやってのけるのだ。
 経歴に不明な所が多く、其の狙撃の腕から、ずっと昔から前にBFFに居たのではないかと、更に同社と云う括りだけではなく、企業全体で見ても最強のノーマル部隊である狙撃部隊《サイレント・アバランチ》に何らかの関わりがあると噂されていた。
 歳が歳であり、其れに嘗ての任務で脚に後遺症を抱えているので流石に最前線に出る事は出来ないが、スナイパーライフルを持っているのなら、そしてポジションを確保しているのなら――例えアジトに百人の敵が雪崩れ込んできても一人で其の半分は撃退するだろう。
 ベテランながらに新人を無下に扱う事も無く、元々口数が少ない性格もあって、指示を飛ばす際は要点だけを的確に短く伝えるので”生きた教科書”や”先生”と云う渾名がある。何故だか常に顔が見えづらいので容姿を描写するのが難しいのが難点だ。性格もクールで声もカッコイイだけに其処が惜しい。
 実に惜しい。
「――だがマクミシランのお陰だな。仮に、仮にだが、オータがヘボだとしても、だ」
 マクミシランの後ろから立派な口髭を生やした男がちょいとキツめの軽口を叩いた。オータがむっと顔を顰めるも、言い返す言葉が無いようだ。
 彼、ブライス大尉はマクミシランが引退する切欠となった任務――コジマ汚染濃度の高い地域にたった二人だけで潜入して大部隊のテロリストのリーダーを暗殺する――から生き返った古強者だ。マクミシランとは師弟であり、師弟のような間柄だ。最終的な階級はマクミシランと同じとはいえ、上官であっても名前で呼ぶ辺りに絆の深さが窺える。
 プライスはベテランらしいと云うべきか、新人には中々に厳しい所があるが、時間を共にすれば全力で信頼してくれるし、荒い口だけではなく、自分から危地に飛び込み仲間を救う勇敢さも持ち合わせている。
 ボクシングが得意で、これには色んな用途がある。椅子に縛られている人間を殴るだとか。
 ちなみに古くからの付き合いで今も一味に居るガスと云う男が居るのだが、オータが加わってからと云うものの短気な性格が被ってしまっていて、やや影が薄くなってしまっているのが悩みだ。
 例のかくれんぼと鬼ごっこを少年にやらせているのは此の二人で、理由は人生的にも新人の彼を鍛え上げるのが目的だ。どうにも二人共、誰かを鍛えると云うのが趣味らしい。お陰で実際の射撃は勿論、其れが反映されてネクストの方での射撃も上がっているのだから効果の程は折り紙つきだ。
 しかし惜しい事に通路の先を確認するクリアリングや、特に潜入時の基本である匍匐などは余り役に立たないのが残念だと思っている。それでも匍匐や物陰に咄嗟に隠れる技術はオータだけではない、ブライスやガス相手での対警備部との訓練だけではなく、ノアやミゲさんとの普通のかくれんぼなどで有効的に活用されている。
 それとネクストの操縦では活用の場面が少ないものとして、キルハウスの訓練がある。
 これは突入部隊の訓練の一つで、実際の家屋や建物内に敵が立てこもっているのを想定している。敵兵士役と突入部隊役、そして人質役に振り分ける場合もあるが、ブライス、マクミシランが考案し、暇を持て余した整備員達が創り上げた一人用キルハウスがある。射撃訓練用の衝立が夫々の部屋にあり、プログラムでせり上がり、撃つと斃れると云う結構ハイテクで大掛かりなものだ。
 ブライスの指示で閃光で眼を眩ますフラッシュバンを投げ込んだりしながら、夫々の部屋にある全ての的を撃ち、終点に駆け込めばクリア。最速のクリア時間の保持者はガスである。
 迅速且つ的確な侵入、射撃を求められ、人質も居るので闇雲に撃てばいいと云う訳ではない。少年も最初の頃はブライスに叱られっ放しで――今でもそうだが――元々兵士ではないと云うのに、それなりに出来上がりを見せている。ブライスもご満悦だ。勿論口には出さないが。
 しかし、此のキルハウス訓練、問題児が一人居て――、
「オータ! お前は敵だけじゃなく人質も、それどころか家まで破壊するつもりか?!」
 狭い室内用に普通はサブマシンガン辺りを使うのが普通なのだが、オータは何処からか個人携帯用の、それでも巨大な軽機関銃を鬨の声を上げながら滅多矢鱈に撃ちまくるのだ。
 で、オータの言い分はと云うと、
「撃たなきゃ当たらないでしょう?!」
 まあ理に適っている、というか当然の事である。だがブライスが突っ込んでいるのはそんな事ではなく、人質の救出と云う点だ。それに対しての反論は以下のようになる。
「悪を討つ為には多少の犠牲は止むを得ません!」
 これはガスの言葉を借りるなら、イカれた正義感である。
 CrazyでMadの極みだ。
 オータ、実は昔はインテリオルのあるコロニーの保安部、つまり警察官だったらしいのだが、どうにも暴走する。
 言葉よりも、身体よりも、先にホルスターから銃が出て弾丸が飛び出す。とんだ本官さんだったのだ。
 また欠片みたいな自制心が働いて銃を使わなくとも小さな身体に秘められた機関車のようなパワーで以って犯罪者と共に常に何かを壊すので、始末書の達人などと揶揄されていた。
 そんな訳で真っ向からやってくる悪人が少ないであろう、本社の警備部に回されたのだ。思想に問題があるが干されなかったのは有能の証であろう。
 とはいえマクミシランからは常に皮肉の意味での「Beautiful」とのお言葉を戴いている。
 このように歴戦のワケありベテラン、暴走機関車、口の悪くてキレやすいと云った愉快で痛快な面子によってスミカ一味のアジトノ安全は守られている。
 其の代償として映画のワンシーンのようなけたたましい銃声に怒鳴り声は軽いものだろう。
 ――まあ、多少度が過ぎているかもしれないが。
  
 第三節『ベスト3に入るぐらい好きなんだよね』
 
 さて、色んな面子も居れば日々を過ごすには様々な過ごし方がある。
 読書もあれば、映画を見る事もあれば、ラジオを聞く、将棋や囲碁を打ち、サッカーをして、ギリースーツを使った鬼ごっことかくれんぼ、それにテロリストと人質の同時虐殺と云った風に。
 そんな中でも簡単に小金が入るときもあれば、懐が寒々しくなるかもしれないスリルを味わう物は傭兵の一味だけあって人気である――そう、ギャンブルだ。
 堅実過ぎて対して増減のしない遣り口をする弱腰の奴も居るが、大体全員が大好きである。
 しかしギャンブルと云うのは歴史的に見ても何かしらの規制を受け易いものである。特に青少年に対しては其の傾向が一際強い。
「えー、と云う訳で本日のポーカー。ワンゲームごとに一番負けた人に課せられるペナルティを発表しまあす」
 一番負けた人だと云うのはちょっとおかしな事で、また負けた分だけ払うのだからペナルティも態々発表するものではないのだが、スミカ一味におけるギャンブルは特定の条件が揃うと、一般的なルールに手が加えられる。
 ”ギャンブル”で”揃う”だから其の条件と云うのを確立の低いものと思った人も居るかもしれないが、これまた随分と簡単で覚え易い。
 ――少年が参加したら。
 ただ此れだけである。他には無い。
 つまり教育的に悪影響だから未成年の少年が参加する場合は金銭を賭けの対象にしてはイケマセンよ――と云う事である。さて、このようにちょっとお節介的なルールを制定したのは、考えるまでもないだろう、そうスミカである。そんなだから少年とは恋人である事が公然の事実であるのにも関わらず、お母さんなんて揶揄されてしまうのだが、悪評にもめげず教育スピリットに熱を入れている。
 しかし偶には罰ゲームなんて他愛も無い事もオツなものだと思う訳だ。
 だが肝心の少年は他愛無いのが常であるから、ちょっと物足りないと思うのは無理もないだろう。未成年であり、全員の弟みたいな扱いだが、何せ稼ぎ頭であるから歳不相応な額の小遣いもあるのだから――スミカに多少はコントロールされているが。悪い事に興味を持つのは精神的にも全く普通の傾向である。ついでに制約されて我慢を覚えるのも教育的には普通だ。
 そんなに我欲の強い子ではないのだけれども。強いといえば性欲ぐらいである。
 まあ、若いから当然やね。
 
「負けた人は――次のゲームが終わるまで、指定の文書の法則に則った言葉遣い、及び仕草を常にして貰います」
 この罰ゲーム、簡潔に説明すると。
 指定の文書――簡単に言うと漫画、其れのキャラクターの真似をしろ、と云う事である。
 これだけ聞けば大した事ではなさそうだが――敗北者に対して選ばれるキャラクターは全く考慮されない。つまり此の場に居る中で、それどころか一味で最年長の、初老である整備員の班長である、おやっさんがすごく活発な男子だったり、偉く清楚なお嬢様の言葉遣いをしなければならない可能性だってあるのだ。
 ルールであるので仕方が無いとはいえ、威厳も尊敬も損なわれるかもしれないから、人によっては小金を失うよりも遥かに大事なものを失う事になるのだ。
 其の分、元から中性的な少年や、皆からいじられ易いヒロミちゃん、ミゲさんなどはリスクが少ないグループだ。逆にリスクが高い方々は前述の通り、おやっさんを筆頭に、マクミシラン、ブライス辺りがヤバイ。
 そしてハイリスク組には一人欠かせぬ人間が居て――

「なん……だと……」
 わなわなと震える手からばらばらとカードが落ちていく。
 言わんでも分かると思うが本日の残念な人は――はい、スミカさんにけってーい。
 睨まれるのが怖いから皆抑えているが、内心ウキウキである。ワクワクである。寧ろハラハラである。
「いやー残念でしたねえ。ま、でもルールはルールなんでぇ。ハイ、どうぞ」
 全く感情の篭っていない声でミゲさんがそういいながら、色々と指示の書かれた紙が挟んである漫画本をスミカに手渡す。其の手が震えているのは怖がっているからではない、必死に笑いを堪えているからだ。
「くっ……」
 スミカも悔しさに手を震わせながら本を受け取ると、部屋から出て行った。
 これは逃げたのではなく、準備の為である。次に部屋に入って来る時、彼女はスミカではない。指定されたキャラクターになっていなければならないのだ。ちなみに指定の漫画はミゲさんの持ち物で、暇潰しとして全員が既に回し読みをしたので、誰かが分からないと云う事は在り得ない。
 スミカではないスミカが完成するまでの間、強権的な為政者である彼女自身が罰ゲームを喰らう訳であるから、全員の心持は愉快痛快の極みと云った所だ。それはもう全員ニヤニヤ顔である。当然、少年も同じである。
 期待の沈黙で以って部屋の中がはち切れんばかりになっていると、ゆっくりと扉が開いた。
 そして憂鬱MAXと云った表情のスミカに対して、ミゲさんがこれまた小馬鹿にしている度合MAXと云った表情と声音で質問をする。
「あなたのお名前は?」
   
「………か、霞スミカよん(はーと)」
 
 ――くねっ
 
 選ばれたキャラクターの仕草を言葉にするのなら、所謂”ぶりっこ”――其れも最大級の。
 キャラクター的に極地に存在する位置の性格のスミカがそれをやってのけたギャップは凄まじく、勿論全員爆笑である。ちなみに『くねっ』というのはスミカが横を向きながら脚をぴょんと跳ねさせるポーズを取った際の擬音。
 指定された通りにくねくねとポーズを変えるスミカは殆ど泣きそうである。
 いや、実に珍しい。
「い……いやん(はーと)」
 ――くねっ
 何か不快だったり、上手く行かなかったり、特にそんな事が無くてもいいのだが、指定された口癖に再び爆笑が起きる。其の内に眼の中にギラギラと星が輝き、睫がとんでもなく長くなりそうなほどだ。
 無意味に飛んでくる質問に答え、時に「スミカちゃーん」などと馬鹿にしくさった声援を浴びれば、
「……あはん(ハート)」
 ――くねっ
 などと媚びるようにウィンクをしたりと、屈辱に塗れながらも言いだしっぺであるから健気に演じながら、標的にし易いから少年をきつく睨むも効果はまるでナシ。
 そうしているとノアとミゲさんが「どうせだし、居ない連中も呼んでこよう」と仕事の残っている整備士達を仕事の手を休めてまでも一見の価値アリとして呼びに行こうと扉のノブに手を掛けた時だった。
「――余計な事すると脳味噌ブチ撒けるわよん」
 ――ザアッ
 口調こそ同じだが、それまでの甘ったるい声から氷のような冷たいものへと変わった声を背中に浴びながら、背後からガシリと頭を掴まれて、まさに氷の如く硬直した。
 それはノアやミゲさんだけではなく、其の場の全員も同じだった。
 スミカの振る舞いに対してルール違反じゃないかと云う声もあるかもしれないが、都合の良い事に指定された例のキャラクターは普段は媚び媚びなぶりっ子であるが、その本性たるや残虐無比且つ冷酷且つ嗜虐的愉快犯であるので全く問題無かった。寧ろ良く演じ切っていると賞賛してもいいぐらいだ。 
 此れによってすっかり肝を冷やしたノアやミゲさんは、動揺が抜け切らなかったのか、次、そして次の次のゲームにて敗北者となり、また別の罰ゲームを執行される羽目になった。
 ところで少年は、スミカの罰ゲームの際の媚びと冷艶な二つの様子に何故だか奇妙な興奮を覚えていたのだった――。


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