Written by へっぽこ


少しだけ昔の話。
俺ことダン・モロは、今とある難民連中と合併協議中。の、その一幕。
気分は最悪。
目の前にいるのは俺からすれば自己中甚だしい、八つ当たり集団のなれの果て。
白いカラスは、とうに狩られた後である。

企業に見捨てられ、ORCAに乗っ取られ。
追い出された挙句の果て。海上を漂うマイノリティ。
それが彼らだ。
行く当てなく、漂流する彼らの行く末は目に見えていた。
まるで葬送。

やがて倒れて動かなくなる。
ひとり。
また、ひとり。裸のまま海に。
その体。あばらが浮き出、頬が扱けた躯(むくろ)。
燃料がもったいないのか火葬せず。
絹がもったいないのか死装束すら与えらない。
見送る人は少なく、泣きもせず。
黙々。

そんな彼、彼女らが、その後どうなったのか?

さあ。
それでは、一つ。
とあるコロニーの末路を語ろう。

     /

「思うんだけど、クレイドル体制ってのは、ある種、理想的な社会主義だ。
人類史上最も安定した、最も巨大な社会主義の帝国だと言っても過言じゃねえ。
いや、もちろんそんな思想でもって作られたわけではないことは知ってるし、今も今とて、普通に資本主義に基づく社会構造であるけれど、貧富の差がここまで均(なら)された社会は他に聞いたことがない。

だから俺はあのクレイドルにとても敬意を抱いているんだ。
よくぞ作ってくれました、ってそう思っているよ。
うん。クレイドルはよくできてる。
というか安定してるよね。社会がさ。

アレの中では99%の人間が、平等にその労働力を発揮して、凡々に富を得られるわけだし。
そら例外として1%の半端ねぇ富裕人達がいるのは確かだが、そんなもんは勘定に入らんよな。
要は一般民衆にとって優れた社会体系を成してるかどうか、ってのが一番重要だと思うわけ。
大多数の幸福が一番重要なのさ。

となると、クレイドルは今はもう亡くなったどの国家より、一般民衆にとって優れた社会と言えるんじゃないのかな。
確固書きで“仮”の字が付こうとも、平等で平和で、安定してるだろ。
よそから火の粉が飛んでこない限り、最低限以上の文化的で健康な生活が保障されて。
俺から見れば正に揺り籠って言うか。
企業間のくっだらねーいざこざさえなけりゃ。
汚染された地上に降りさえしなければ。
今の世界ってほとんど完璧に究極なんじゃないか、と、そう思うんだ。

ま、クレイドルの本当の内実ってのは、住んでない俺にはやっぱり分からない事柄なのかもしれないけれどね。
ああ、ところで分からないと言えば。

あんたらについてなんだが。
自由と民主主義が、――いったいなんになるんだ?
いや、ホント。そんな事に括って何になるの?

空を見ろよ。
そして、かつて自分がいたラインアークを思い出してみな。
腐ってるのは果たしてどっち?

対話の場は有った。
企業からの提案があった。
そう、クレイドルノート。
無論、企業が公表しているそれが100%事実か?という疑問も当然あるんだが。
それでも。あんたらは譲歩すべきだった。
それがどれほど屈辱的であろうとも、受け入れなきゃいけなかったんだ。

そうすればきっと。あんたとそこの男は別にしても、あんたの抱えている今まさに苦しんでいる難民の少なくとも半分は平和だったと思うよ。
なぜなら、より優れているのは企業だから。
企業連の方が人類を平和にしてるから。
一方のあんたらは脅かしてばかりだ。
空の世界が平和に大多数の睦まじい幸せを紡ぐのがそんなに憎い?

だって、ラインアークってのは、つまりテロリストの集団だろ。テロリストの温床だろ。
リリアナは、空で何をした? おっと、しらばっくれるのは無しだ。
強盗殺人強姦上等の人間を家に招いて、食べ物と武器を与えて、その後そいつらが隣人を襲ったとして。
その行いに、“いや、自分他人なんで、敷地から出て行ったので知らないです”と、何食わぬ顔。
それで襲われた側は納得してくれるとでも?
来るもの拒まずで養分与えて、その後そいつらが何しようが関係ないっていうのは、ひどく無責任だろ。

それで?ラインアークは最後どうなった?
海中からランク一位を引き上げた奴ら、――つまりORCAに取って代わった。
奴らがこうも簡単に生まれたのはどうしてか?
考えたことある?
はあ。なんだろーな。
俺はあんたらの事がたまらなく卑怯に思えて仕方ないんだ。

俺に言わせりゃセラノはただの妄言者。
結局。あんたらはそんな妄言者に煽られた、ただの八つ当たり集団なんだ。

かつてクレイドルに乗れなかった、見捨てられたコロニーが有るのは知ってる。
けど、その意趣返しで他人の幸せを脅かそうなんてのは、俺は許せないね。

知ってんだぜ。
ああ、知っているとも。

あんた、出身アナトリアなんだってな。
アナトリア。
とある死んだコロニーの生き残り。

それがどうした?
そんな悲劇、誰だって経験してんだよ。
考えたことあるか?
クレイドル、アレに乗った人間の99.9%が、もう二度と故郷の地を踏むことはできないんだぜ。
それなのに、なんで自分たちは特別だって思えるんだ?
ほんとに不思議なんだよ。
その想像力の無さはただの思考停止か、あるいは……。

まったく。
いつまで停滞してんだよ。
この時代遅れコンビ。
そんなだから。
あんたがそんなだから、この男は―――」

―――パチン、と、頬に衝撃。
乾いた音が響いて、また、ピッピッと規則正しい電子音が部屋の中を支配する。
打たれた頬がじんと痛んで、そしてちょっと後悔。
いつの間にか話しの焦点がずれていた。
目の前に居る彼女らは、もうラインアークですらないのに。
だから、こんな話はするだけ無駄なのに。
やれやれ、ついつい軽口を叩いてしまうのは自分でも悪い癖だと自覚しているんだけどね。

目に溢れんばかりの涙を溜めて、それでも泣くまいと必死に堪えている麗しき美人さんと視線がかち合う。
この美人、名をフィオナという。
名字はない。
ホワイトグリント撃破後、歯止めの利かなくなった強攻主義者にラインアークを追われた理想主義者の一団、俗称“白い難民”のまとめ役であった。
彼らは海上を一隻のバイオプラント船と、数隻のタンカーでもって船団を作り放浪している。

そして当然のことながら、クレイドル体制に異議を唱える彼らに、どの企業であれ手を差し伸べる事などないのであった。
バイオプラント船により、ある程度の自給自足で、今すぐ滅亡という状況ではないにしても、その行く末は明白だった。

例えば、そこのベッドに横たわる、クレイドルでならどこでも手に入る薬を必要としている、もはや虫の息の男とか。
その後は老人と子供から。
汚染でゆっくり、ゆっくり。
ゆっくり、と、死んで行くのだ。

まったく。
憐れでならない。
悲しくすらある。
あんなに強いのに、結果がコレかと。
不毛にも程がある。
なんたる無駄。
そして込み上げる焦燥。

どうして、俺じゃない?
どうして俺は、こんなにも弱いんだ?
ああ神様、なぜ俺を選んでくれなかった。
まったく、いじわるだよ。
俺がこいつぐらい特別に強ければ、もっと上手い事やるというのに。
世界を変えることだってできたはずなんだ。
真のヒーローになれたはずなんだ。

あんたらは、主人公(ヒーロー)だったのに。

チッ、と、舌打ち。
八つ当たってるのは俺の方かも。
勝手に期待しすぎた、と、言ってしまえばそれまでだ。
彼らだって、ただの人間なのだから。

ともかく、戯言はここまでだ。
過去を語り、断罪するのはここまでだ。
今は未来を創る話をしよう。
ここは交渉の場。
大切なのは、何よりこれからの話だ。

「いや、悪い。口が達者なのは生れ付きでさ。」
俺は頬をさすりさすり、
「さあて、それじゃあ、本題。
 あんたらを助けるにあたって、条件が一つ。
 もう、二度と戦わないと、戦わせないと誓え。絶対、何があっても。」
かつてのヒーローの痴態はもう見たくない。
だから、このまま時代に埋没するがいい。
別にいいさ。俺はもう一人のヒーローを知っているから。あいつに期待することにするよ。
目線をベッドへと向ける。意図は伝わったようである。彼女は小さく頷いた。

なんて、簡単。
俺は、アナトリアの伝説に終止符を打ったのだ。
これで、もう二度と、歴史の表舞台に彼らが立つことはない。
そこに一抹の寂しさを感じる、が、それも一瞬のこと。
もう引き返せない。
ここからは俺の出番だ。

「オーケー、交渉成立だ」
パンと柏手なぞ一つ。
そうして俺は、二人を残して静かに部屋を後にする。
廊下をずんずん歩きながら携帯を取り出してオペレーターに電話した。
「あー俺だ。あのさ、白い難民の面倒、俺、みる事にしたから。
 うん、いや大丈夫……じゃあねえけど、一応考えはあるんだよ。あれからずっと考えてきた事がさ。それ、実行しようと思うんだ。」

これはギャンブルだ。
この、どうしようもないくらい拗れた、いじわるな神様相手の大博打。
欲しいものは世界平和。
掛けるものは命。俺の、命――だけではないよ。

さしあたって、まずはオペレータから。
「すまん、俺と心中してくれ」

     /

場面変わって、今現在の喫茶まよいねこ。
「ありがとうございましたー」
と、僕が本日十人目のお客さんを見送ったのは、昼時を過ぎた二時頃であった。
いくら今日が平日でも、繁盛しているとは到底言えない客足だけど、別段廃れているとは言えない、と思いたい。
とはいえ店内には、まだ数人のお客様がたむろしておられるわけで。

ま、その大半がおしゃべりにつつがなく、残りは小説読みに御執心で、たまに紅茶orコーヒーおかわりの催促がある程度である。
そんなわけで僕は、なかなかに暇なのだった。
暇なのだから、テレビでも付けよっかなあ、などと思い到ったのである。
本の気紛れである。当てのない暇潰しである。
べ、別に今日二時から特集組まれているダンのドキュメンタリー番組が気になったわけではないんだからね!
と、リモコンのスイッチを入れて、映し出された画面をそっこーチャンネル⑨に合わせたりする。

ダン・モロ。
一つ昔、僕がまだリンクスしていた頃からの、言わずと知れたへぼリンクス。
もちろん当時のレッテルは雑魚とか最弱とか。そういった具合の、軽くて薄いマイナスイメージばかりであったわけだけど、それが今ではテレビで特集組まれているのだから、世の中何が起きるか分からない。

それはORCA事変初期の話。
最弱最弱と、散々に言われてきたダンはその日、終に武器を置いた。
ライフルもブレードもミサイルも、弾薬込みで装備を一式、丸々売っぱらったのだった。
噂はすぐに広まった。
そして最初は誰もが“ああやっと諦めたのか”と当然のように、ねぎらいも無く傍観した。僕も。
けれどその実、ダン・モロは挫けていなかった。まるで諦めてなんていなかった。

誰にも勝てないなら、誰とも戦わなけりゃいい。
――と、考えたのかどうかは知らないが、かくしてダンは活躍の舞台を変えるべく地下にもぐった。

そして、次に表の舞台に現れたダン。そのネクストの性能はそら恐ろしいものだった。
そう最弱的な意味でね。

PA使用不能。
QB使用不能。
OB使用不能。
最高速度300km/h。
コジマ粒子は排気せず、あくまで炉心内にとどめるフル循環。
ゆえに最高速度ではスラスターを吹かし続けることが叶わず、詰まるところ、その戦闘能力はノーマルクラスであることを意味した。
しかし、それでも十分だったんだ。
戦わないダンにとっては。

ネクストの精密な挙動と、有り余るパワーを戦闘以外に使うという事。
瓦礫の除去や、物資の配達や、巨大施設の改修その他諸々、そんな事にダンはネクストを使用した。
武器を持たず、壊す事を一切しないネクスト。
それを、たっぷりゆっくり時間をかけて、精密に動かすリンクス。

ゼロコンマの射撃で生死が決する世界ではないから。
だからこそできる。
ダンであっても。
丁寧に丁寧にネクストを動かす。

しかし、ちょっと待って。
ネクストとは何だ?無論兵器だ。
だから、そんなダンの行いは本質を違えていて、どう考えても馬鹿げた行いだ、と誰もが思った。最初はね。
そこに虚がある。
ネクストの本質が破壊であれ、それ以外が出来ないとは限らない。
馬鹿げていても、誰もやらない事だろうとも、だからと言って成り立たないとは限らない。

需要の隙間。
その間隙に滑り込む事にのみ焦点を置いた弱小機体。
後になって分かったことだが、それを手掛けたのは世界最高戦力のネクスト、ホワイトグリントを作り出した研究者たちであった。
その真のスペックは、ネクストを兵器としてのみ捉えている人間にはわかり兼ねるもので、決して低スペックであったわけではなく。
むしろ、僕のストレイド以上に完成されたワンオフ。

奇しくも世界は某旅団のおかげで疲弊していた。
しかし企業間の対立構造は依然変わりなく、戦争は続いていた。
すなわち、いつ襲われるかも分からないということ。
その現状、クレイドルやその他非戦闘施設の改修に力を入れる事が企業は出来なかった。
隙を見せればいともたやすく折られてしまう。
レイレナードの末路を知る企業連中は気が気ではなかっただろう。

そこに降って湧いた、路線変更のダン御一行。

簡単な思考実験。
借りに彼らを雇って、そして作業中に他企業に襲われたとしよう。
そうなればダンを捨て置き、返す刀で主力部隊を敵陣に送り込めば良い。
ダンがどこでどう襲われ、死んだところで痛手はなく、企業にとってはただでさえ打撃を受けていた軍備を更に減らして、改修作業に回すよりはよほど効率的である。
金と資材は提供するが、工数は掛けない。
銃を握るばかりで手が足りない企業にとって、その外部委託が如何に魅力的であったかは想像に難くない。

かくしてダンは飛びまわる事になる。
クレイドルの修繕。物資の輸送。クラニアム施設の改修。

きっと、どこかで一度でも襲われればそこで彼の夢は潰えたろう。
だが、考えて欲しい。そもそもダンを襲う事に意味などない。
元々が最弱リンクスで、武器を持とうが持つまいが、言ってしまえばあまり程度に差はないのである。
ノーリスクハイリターン。
白い難民と結託してからは、どの企業ともフラットな関係で臨んだダン御一行。
利用価値があるなら、利用すべきで、わざわざ襲う必要はない。

そんなダンの命がけの博打は大当たり。
虚勢を張って、口悪くきゃんきゃん喚いて、何とか自己を保つ噛ませ犬が、今では紛れもなく表の英雄。
それは先の大戦からORCA事変までの世界が動乱していた頃の英雄とは質が違った。
誰も殺すことなく、傷つけることなく、最弱のままにのし上がったヒーロー。
なんて、新しい。
新しい夢の体現者。
彼の存在は紛れも無く、新時代の到来を感じさせた。

時代は変わったのだ。
アスピナやアナトリアの傭兵の存在など、今はもう誰も覚えてすらいないのだ。
そして、僕の存在だって、一部を除けば、もう誰も覚えていないのである。

かくしてダンは疲弊した世界の修復業をせっせと今日まで続けます。
利益を得ては手元に囲った元ラインアークの研究員の、平和的研究費用に当てつつ、今は手広く事業を展開中。
勢力ももれなく拡大中。

“いやあ、運が良かっただけですよ!”
と頬をかきかき、照れ臭そうにインタビュアーに笑いかけるダンの顔は、なぜか煤けており、よくよくその格好を見ればつなぎ姿で、まったくグループの長らしさは皆無であった。
“ふえー、あっついあっつい! ビール飲みたい。”
画面向こう、汗だくで胸元をパタパタするダンは、続けてそんなことを言った。
“あ、お姉さん一緒にビール飲まない? 甘いやつ”
と、瞬間口を吐く軽口は、とっても不真面目なものなのだけど、なぜか不思議と不快ではなく、その言葉も決して特別ではないのに、楽しくて、おかしい。
ほら、インタビュアーのお姉さんは自然な笑顔、その取り巻きもまた、誰一人表情を取りつくろうことがないのだ。
人の上に立ちを、人の前に立ち、振り返らず、顧みない唯一無二の英雄とは違う。
人と並び、人を巻き込み、時には支え、振り返ってはこっちに来いよと声をかけるリーダー。

“ところで、今は何の作業中なのですか?”
ほころぶ空気の中、インタビューは続く。そのさまは明るく朗らかだ。
と。
そんな、テレビ画面でダン御一行のドキュメンタリー映像を、何気なく眺めていたそんな折。
カラン。
という、いつも通りにドアベルが小気味いい音を奏でて、それを合図に僕は声を上げるのである。
「いらっしゃいま――ひっく」
言いながら振り返って、見てびっくり。あんまり驚いたもんでしゃっくりが出てしまった。

「いらっしゃいました!」
ふふっと嫌みたらしい含み笑いで、極彩色のほとほと趣味の悪い、無駄に高そうなサングラスをこれまた無駄にかっこつけつつ、スと外すそいつは紛れもない、
「久しぶりじゃん! 首輪付きぃ」
とある最弱セレブリティ、ダン・モロその人であった。
ここにきてご本人登場とは聞いていない。
「セレブリティ・アッシュ、行けるぜ!」
取り敢えず、そのカメラ目線と決めポーズを止めろ。
大体カメラなんかないし、その決めポーズ、数少ない他のお客さんが引いているではないか。

そうして僕はその隙に、そっとテレビの電源を切ったのだった。

     ◇

「喫茶店を開いたと聞いて飛んできました」
「はは。それ、比喩だよね?」
「ふ、どれサイン書いてやるよ。その柱で良いだろ」
キュッキュと響く悪魔の音。
「あ、コラ! うわ信じらんない。ここ賃貸なのに」
ていうか、なんでマジック常備してんの?
「あん?賃貸? なんなら俺がここ買い取ってお前にプレゼントしてやってもいいんだぜ?」
「余計なお世話だ、気持ち悪い」
「つっても俺はほら、命救ってもらったっつーアレがあるからよ。ほら、いつぞやの目ん玉お化け! あんなもん普通に勝てねーっつの。なあ?」
と、昔懐かしの事柄で愚痴るダンであった。
というか救った覚えなんざ毛頭ないが、ヘンなところで律儀なのは相変わらず。

思い返してみると、遼機として共闘した折、こいつは終ぞ逃げる事はしなかったな、と一頻り感慨に耽る。
泣きごとを言って弱音を吐いても、領域を離脱することなく留まり続けた。
役に立ったかと言えば、それほどでもなかったような気がするけれど、一本筋の通ったところは嫌いじゃない。むしろ好き。

「その貸しはもう返してもらったよ」
僕はつっけんどんに言い放つ。
実のところ、貸しは別のところで確かに返してもらっていた。

僕がネクストを降りたせいで、行き場を無くした僕の恩人――かつての仲間達は今みーんなダンの下で働いている。
「そうか? 俺はそうは思ってないんだがな。ま、今とっておきの恩返し考えてるとこだから、期待して待ってろよ」
何て言われると、僕としてもちょっと照れ臭いというかなんというか。
そして、なぜか地雷っぽい気がどことなーくするのはいかがなものか。

「そろそろ座んなよ。他のお客さんにメーワクだ」
と言っても、満席には程遠い客入りなわけだけど。
そうしてダンは促されるままに、ちょうど僕の正面にあたるカウンター席に腰を下ろした。
加えて僕は、ダンの前に先日戯れに仕入れた、メニューにもないクラフトビールなぞ出してみる。
「いや、まだ何も頼んでねえけど?」
「気にするなって。ただのサービスだよ」
そう、ただのサービス。
琥珀と泡。僕ができる精一杯のねぎらいを込めて。

「まじで! らっきー! って、うわ苦い! ビールは好きだが、基本IBUは30以下で頼む」
と、ダンは盛大な顔芸、もとい、しかめ面。
この。ビール好きが聞いてあきれる。
僕は笑った。
サービス品にケチ付けるなんて。
「まったく、偉くなったよな!」

気兼ねなく接しられる楽しさがダンにはある。
それはこいつ特有のキャラクターで、最も魅力的なポイントであって、隣にいて無条件に楽しいのはひょっとしなくても物凄い才能なのだと僕は思う。
「お前は本当に……」
言いかけて、止めた。
「本当に、何だよ?」
苦いといいつつも、グラスを傾げて、流し眼するダンである。
「何でもない」
そのバカ面にかける言葉は無い。ダンはいつまでもダンであれば、それでいいのさ。
「なんだよそれ!逆に気になるじゃねえか!」

「あー、ていうか何しに?結構忙しいんじゃないの?お前のとこ」
話半分、僕は尋ねる。
「んん、まあ忙しいっちゃ忙しいかな。でも、最近はそこまでって程じゃあ無いぜ。みんな頑張ってくれてるしな。
 特に、お前のところの連中には、助けられてるよ。ほんと。というか何なんだあいつら。
 他企業の部品とか、規格も配線も、そもそもソフトがまるで違うのに平然と繋いで動かしやがるぞ」

「あはは、そんなこと言われても困る」
それは僕が彼らの一団と出会う以前から、そういう集団だったから。
とある企業に属しながらも、他企業のパーツを分け隔てなく使う、それが一つのアイデンティティで、その合理主義の精神は脈々、僕にまで受け継がれたのだった。
言うまでも無く、その腕は超一流。
全員が全員、まさしくエリートで、そんな彼らに、僕はやっぱり助けられていた。

いつも滞りなく、万全のネクストを動かす事ができていたのは、全て彼らのおかげである。その苦労は僕には到底測り知れない。
そして、僕はそんな彼らを捨てたのだ。
ネクストを降りる、と、一方的に。
道は、他にあったかもしれない。今のダンのように、なれたかもしれない。

――いや、それはない。
それは、考えてはいけない事だ。
僕には皆を背負うだけの器量も度量も力量も無い。
僕は、とどのつまり、自分の事で精いっぱいのひたすら弱者なのである。

目の前の指揮官に憧れを持つのはいい。だが羨むな。
それは惨めで、恥ずべき事で、ダンに対して示しがつかないだろ。

「なぁ、知ってるか?」
不意にダンが話を振った。
「ORCAの連中の真の目的。あいつらってさ、宇宙の開拓を目指してたんだってな。この星はこんなに汚れちまったから、新しいフロンティアを宇宙に!って事らしい」

いつか見た空を埋め尽くす謎の自立兵器。
そしてエーレンベルク。
ORCAの狙い。

王小龍から詳細を聞くまでも無く、察しはついていた。
まあ、どうでもいい事でもあった。僕にとって。
とりあえず、「へー」と相槌を打っておいた。

早々に半パイントのグラスを空にしたダンは、ふうと一息、それからお冷を一気飲みし、ダンは続けた。
「宇宙、ね。何とも心躍るワードだけどさ、ソレに目を向けんのは、今じゃないと俺は思うよ。
 この星はもうダメだから、次へ行こうって、そんなんじゃダメだ。何も変わらない。
 場所だけ切り替えても、なんの解決にもならんのよ、やっぱ。
 それはイナゴの大群がやることだ。そんなのやだぜ、俺。」
飲み干したお冷の氷を口に、バリボリとかみ砕きながらダンは言った。
「だから俺は諦めない。俺達の星、この地球を諦めない。」
ちぇっ、なんだよ。ダンのくせにカッコイイじゃないか。

それからダンはちらりと時計を見、テレビのリモコンを欲しがって、僕はその催促通り手渡して、そして、
「―――っというわけでこんなん作ってみましたー!」
と、声高らかに、リモコンにて電源を入れたダンの指さすそこなテレビジョンの画面には、建設途中の巨大な建造物の姿があった。

それは、白いクレイドル。
「十年」
と、人さし指を立ててダンは言った。

「十年で、この街の天井をとっぱらってやる!
 大手を振って雨の中も雪の中も風の中も、地上のどこでも、自然を謳歌できるようにしてやるんだ!」
「どうやって?」
「あれで撒くのさ」
「撒くって何を?」
「ナノマシン」
「何それ?」
「新開発したコジマ汚染を人体に影響の無いレベルまで引き下げる、正式名称ナノ有機化合バイオ……えーっと、あー、忘れた。」
「って、締まらねーな、おい」
「ほっとけ。しかもそれだけじゃねーぜ。あの白いクレイドル。予定では娯楽施設とか、その他諸々、いろいろ考えてるとこなんだが。でも、どうよ?すごいっしょ?」

「うん。まあ、すごいよ」
掛け値なし。本気で凄いと思った。ていうか、
「ていうか、まさかだけど、わざわざコレ見せる為に今日来たとか?」
「イエス! 予定では今頃、旧グレートウォールで有澤社長とナノマシンの量産体制について会談してたろうぜ!」
ダメだろ、それ。すっぽかしちゃダメなやつだろ。
見ればグッと親指立てるダンである。

「ああ、お前はつくづくバカだな」
「だってよ、何より、ほれ、最初の最初に俺の背中押したのはお前だしー?
 あん時お前に掛けられた言葉がなきゃ、俺はきっとへっぽこリンクスとしてそのままどこぞで野垂れ死んでいたろうしー。
 これぐらい、筋ってもんじゃん?」
頬をぽりぽり掻きながらダンは言う。
「え?」
僕はきょとんとする。
あの時?僕が掛けた言葉? はて?
「え、て……お前。まさか覚えてねーの?」
「うん、まったく」
「うっわ、普通にショックだ!あれは名シーンっていうか、俺とお前の物語の山場じゃん!」
ガリッと最後の氷をかみ砕くダンの顔は不満げで、空のコップをストンと机に戻し口を尖らせつつ言った。
なんの事だかさっぱりだった。
「まぁ、いいけど。それもお前らしいって気がするし!」
僕らしさって一体、なにさ?

「にしても、凄いよな、世の中ってのは。
 思えば白い難民を作ったきっかけはホワイトグリントの撃破で、それをやったのはお前で、更にお前は俺にあーんな事を言いやがって、だから俺は難民に手を差し伸べて。
 路線変更、その後暴れたORCAをやっつけたのはやっぱりお前で、おかげで俺たちが活躍できる場ができて、最後のダメ押しにお前んとこのスタッフと合併、と。
 繋がってんだよなー、ホント。あながち神様、侮れねーわ」

僕は「そーですねー」と、テキトーな返答を。
と、その時である。ちゃららーと奇妙奇天烈に響く着メロディ。
「っと、わりぃ、電話だ。」
言いつつダンは徐に携帯を取り出して、
「ハロー、何か用かニス?―――え?アブさんが消えた?バッ、お前、見張っとけって、え? お? ちょ!相変わらずやくたたねーバカニですよ! クビにすんぞ、コラ!」
そのままパタンと携帯を閉じて、
「あーわりー、追手が出来たみたいなんでそろそろ逃げ……もとい、お暇するわ。」
もうちょっと長居したかったのに、と愚痴りながら席を立つ、しょっぱい顔のダンである。
「そうそう、お前のとこのチームストレイドなんだが、ホワイトクレイドル完成したら、皆でここに来るってさ。
 腕もさることながら、気持ちのいい連中だわ、あいつら。誰も、お前に捨てられたなんて思ってねーよ。
 みんなお前……ていうか、お前らの事が好きなんだろうぜ。」

最後の最後でダンからこんなに威力高い攻撃が来るとは予想外です。
顔には無論出さない。いや、むしろもっと前に、顔に出ていたのかもしれない。
だからこその、この台詞なのかも。
「繋がりは、消えないさ。そう簡単にはな。俺とお前にしたってそうだろ?」
ダンは握り拳で自身の胸をトントン叩いた。かっこつけすぎ。似合ってはいるけどさ。

「さて、じゃあもう行くわ。 今日は俺から来たけど、別にお前からこっちに来たっていいんだぜ?」
「うん、考えとくよ」
と、僕は笑った。笑えていた、と思う。たぶん。

そうして、ダンは颯爽と出口へ。片手を上げつつ扉を開けようとして、――――。
バーン、とダンが開ける前に跳ねた扉。ガララン、ガランと鐘が鳴る、その只中。
「見付けたぞ、ダン!」
「うげ!アブさん!嘘だろ、早すぎる!」
突如現れたポニーテール白衣眼鏡で三白眼甚だしい、けどちょっと背の低い謎の女性(なんかぱきぽき指鳴らしてる)に、
「ひゃー、おたすけー」
と、そんな至極みっともねー悲鳴上げつつ、ドカ、バキ、グシャっと、丸められ、首根っこ引っ掴まれてずるずると引き摺られていくダンはやはりダンであった。
へたれてなんぼ、なんていうつもりも無いけれど、アレもダンの魅力の一つ、……なのだろうか?
嵐が去って、パタンと閉まった扉の脇に、趣味の悪いサングラスが転がっていた。

     /

夕飯終わってリビングでだらだらと、テレビ見ていた時である。
「あー、なんかお前宛てに手紙が届いてたぞ」
と、さっきまで自室にいたセレンさんからお声が掛かった。
「え、誰から?」
「ダン」
「へー、何だろ。って、あれ?」
今セレンさん、ダンを名前で呼んだぞ。以前は役立たずとかダン雑魚とかその他諸々辛辣で痛烈なあだ名で呼んでいたのに。
ま、最近のダンの活躍ぶりは確かに素晴らしいものがあるし、根本的にへたれだがへたれてないし、と、それはともかく。

「んん? セレンさん、もしかして中見ました?」
封のところが若干くたくたというか、一度開いて丁寧に戻したかのような、そんな…。
「いいいや、見てない」
とセレンさん。なんか“い”が気持ち多かった気がするが気のせいだろう。
僕は気にせずビリリと封筒の封を無造作に切った。

そしてそのまま引っ繰り返して中身をばさばさっとその場にぶちまけてみた。
ぶちまけて、足元に散らばった内容物にあけらぽん。
「おいおい」
こりゃあいくらなんでも。
僕は床に散らばったパンフレットらしき冊子を取り上げた。
『White Cradle Wedding』とタイトル。
一ページ開くとそこに一枚の写真が挟まっていた。
完成間近のホワイトクレイドルを前に、見覚えある顔ぶれ。
それは、かつて僕を支えてくれたみんな。
裏返すそこ、『招待状はこちらまで』と御丁寧に住所が載っていた。
一瞬、ウェディングドレス姿の誰かさんが脳裏をよぎった―――――気がした。
ぶっちゃけまるで似合っていなかった。

「おい」
「わわ!ななななんでしょう、セセセレンさん!」
いきなり声を掛けられて、知れずラップ調に返事をしながら僕は、散らばった広告やらパンフやらなんやら、一緒くたにかき集めて文学少女よろしく両手で胸に抱き隠す。
ハートビート、ばっくんばっくんである。
「それで、封筒の中身は?」
「あー、あはは。まあ、その、ただの広告というか」
「ふーん」
「ある意味、時限爆弾というか」
「へえ」
「つまり未来の話?」
「ほぅ」
そんなこんなでしどろもどろに喘ぐ僕と、どこか落ち着かなく生返事ばかり返すセレンさんなのだった。
ちょうどその時、付けっぱなしのテレビでは、
『ホワイトクレイドル完成予定まで、あと一ヶ月! 以上、現場からエイ・プールがお伝えしました!』
と、見た事ある顔のアナウンサーがにこやかに宣言していた。


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