Written by へっぽこ


その日、私は観ていたんだ。
窓の外。
無限に広がる空の中を、時速500km超で迫りくる無数の悪夢から、
ひたむきに、私たちを守ろうと立ちふさがってくれた、あの“人型兵器(アーマード・コア)”を。

私は、今日も生きています。

   /

今思うと、あの時代って実は世界中が戦時中っていっても過言じゃなかったんだなって思う。
第……何次になるんだろう? 分からないけれど、とてもとても大きな世界大戦……。
陸地も海も空も、宇宙まで巻き込んだ、それはそれは大きな戦争だった。

でも実感はというと、実のところなかった。
戦争中の、あの時代のことを教えてください、と、もし仮に聞かれることがあったとしても、私はきっと、別段変ったこともなく、普通に学校へ行ってましたよー、って、そう答えるのだろう。
あの、夕刻。
悪夢のような時間も、私はその実、あまり良く分かっていなかった。
クレイドルが撃墜されていたかもしれない、という信じられないくらい現実感の乏しい最悪は、全て後から聞いた話だ。

もちろん、時折聞こえてくる、どこそこの工場がテロリストに襲撃されました、とか。
あっちこっちの港が武装勢力に封鎖されました、とか。
クレイドル21がリリアナに占拠されました、とか。
そういうニュースに怖いなーって思うことは確かにあったけれど。
でも、私の街ではみんな楽しく暮らしていたし。
学校にだって通っていたし。
避難訓練とか、あんまりマジになんて、やってなかった。

正直、ぶったるんでいた。
たぶん。

見たくなかったんだと思う。
戦争なんて知らないって、言い張りたかったんだ。
空の中で、地上とか汚染とか、そういうのから、私たちははっきり隔絶されているんだって、そう思い込んでいたかったんだ。

街中にサイレンが響いていた。
『あ、ロボット』と、私はあの時言ったのだ。
ううん、あれがアーマード・コアってやつなんだろうね。
こう、複雑に入り乱れて、空の中をぐるぐるぐるぐる駆け廻る。
一機、また一機と黒煙を上げて落ちていく人型兵器アーマード・コア。
私はその光景を、クレイドルの展望窓べったりに張り付いて眺めていた。

たった一機を残して、他の全ては煙を上げながら地上へとまっさかさま。
唯一残ったアーマード・コアがクレイドルに降り立った。
そう、私のクレイドルに。
今ならわかる。あれはネクスト。
世界一かっこいい、最強最悪の兵器だった。
そんなネクストがふと振り返る。
私はその時、そのネクストと眼が合った気がした。

ものすごくドキドキした。
そしてその直後に、息を切れせてやってきた父に手を引かれ、私は窓から遠くへと引き離された。
実は迷子になっていたのだ。私。
避難を促すサイレンがウーウー響く中で、たぶん最も居てはならない展望室の窓から、世界を見ていた。
私は父に引っ張られたまま、遠ざかるネクストに手を振った。それはなぜか?守ってくれたから?
ともかく、後でしこたま怒られた。
両親にも、兄弟にも、友人、学校の先生、ご近所さん、などなど。
私の人生でいっちばん怒られた瞬間だった。

かくして、みんな気が付いたんだ。
このままでいいはずがないって。
オルカなんていうテロ集団は野放しにしてはいけないって。
自分たちの街が襲われて、テロの標的になって、初めて気が付いた。
私たちの戦争はその時にこそ始まった。

敵はなにも身長数メーターのロボットばかりではない。
それは期間にして、たったの一週だったけれど、いろんな闘争があった。論争があった。
あったと思う。街は熱気と怒声に満ちていた。
溢れる群衆。街角で行進。企業施設前で集会。
それがどこまで波及したのかは、私は知らない。
別のクレイドルがどうであったかは知らない。
けれど、あの時のみんなは、間違いなく、世界がもっと平和になりますようにって、願って、行動していた。

本当にドキドキした。
今なら分かる。あの時の胸の高鳴りの正体が。
それは人類種の良心を垣間見た気がしたからだ。
世界は、着実に、善い方向へと進んでいると実感したからだ。
夜明けは決して遠くないのだと確信を持つことができたからだ。
お父さんや、お母さんや、先生や、他の大人たちみんなが誇らしく、私は自然と安心することができた。

なーんて、それっぽく語ってみる私であるが、その時の私が何をしていたかと言えば、他でもない。
ただ学校に避難していただけだった。子供なので。
みんなで、避難して、硬い表情で何やら段ボールを運んだりする大人たちをよそに、普通じゃない日々にドキドキしていた。

とまあ、そのうち企業連によるクレイドル緊急事態宣言は解除されて。
世界は終わらず、オルカ事変を切り抜けた私たちは、また、元の生活を取り戻した。平穏な日々を。
拍子抜けなくらい、いともたやすく、皆は避難先の学校から元の区域に。
戻ってみればなんてことなく。ちょっと、一週間みんなでキャンプしてましたってくらいの気軽さで、両親は日常に戻っていった。
それが強がりだということに、幼い私が気付くはずもなく。
私は何か別段特別なことをするでもなく、ただただ小市民として青春を過ごし、そのうちに企業間戦争は終息して……。
いや本当は今も終わってはいないのかもしれない。何も。
そんなのは戦争を知らない私のような人間が適当に吹聴しているに過ぎないかもしれない。
でも、それでもテロだの何だの、そういうこわーいニュースはもうここ数年聞いていない。聞いていないのだ。
私には今の世界はとても平和に見えるのだ。少なくとも、私の眼には、平和に写っているのだ。
それを私は信じたい。
信じようと思う。

私は、あのクレイドルで暮らし、今となっては、“平和な町”で航空工学なぞを専攻する、ただ一介の学生である。

     /

夜。
大学からの帰り道に立ち寄った喫茶店で、私はいつものカウンター席に陣取ると、
「ますたー、ブレンドちょーだい。あとケーキおまけしてくれると超うれしーにゃあ」
と、ごろにゃん。色目をつかう。
だが、マスターがおまけをつけてくれることはない。
お昼の時間はイカしたウェイトレスさんが、割とやんちゃにおまけしてくれたりもするけれど、マスター一人で切り盛りする日曜夜のひと時は、なかなかどうして手ごわいのだった。

でも、いいんだ。
別にケーキがなくたって、カウンターでコーヒー飲みながら本を読んだり、レポート書いたり、試験勉強をしたり、論文書いたり。
それでも十分楽しいのだ。
けど、もっと楽しいのは。

カラン―――と、喫茶店のドアベルが鳴り、また一人、お客さんが帰路につく。
「ありがとうございました」と、見送るマスターと、ぱたんと今の今まで読みふけっていた恋愛小説を閉じる私。
これで私が今、唯一のお客さん。

もっと楽しいのは、私以外にお客さんがいないとき。
マスターと二人っきりでお話をするのは、とても素敵なひと時なのだった。私にとって。
そして今日も今日とて、大学でこんなことがあった、授業でこんな話があった、サークルであんなことがあった、などなど。
どーでもよくて、ばかばかしくて、平和で、可笑しい話に花を咲かせるのだった。
これを平和と言わずなんという。
私は頼んだコーヒーの、最後の一口をくっと飲みほして、そして、閉店時間を見計らってコーヒーを特大サイズで注文し、「もう終わりですよ」と帰宅を促すマスターに「このコーヒー飲んだら帰る! だから、もうちょっとだけー」と泣きの30分を要求するのだった。
いつもの手ではあるのだが、これには割と応じてくれるマスターであった。
私ごときにつきあってくれるマスター。好き。

「ねえ、そういえばマスターは“どこの舟”出身なの?」
なぜ、そんな話になったのか。会話の方向性はその都度大きく右往左往するので今となっては覚えていないが。
それは私のちょっとだけ、マスターの過去を知りたいという気持ちが前面に出てきてしまった結果かもしれない。
「僕は地上にいましたよ。――あの一位」
「いち?」
「いえ。――そう父が。とある企業の本社直属で働いていたんでね」
割かしすんなり、マスターは答えてくれた。
「へえ、すごぉい! エリートじゃん! あれ? 実はマスター、結構なお金持ち? けど地上って、結構大変だったんじゃないの? って、軽々しく聞いちゃう私って、もしかして空気読めてない感じだったりするのかな?」
マスターはニコッと笑って。
そんなことないよ、って。

「まあ。結局、父はいつか帰らぬ人になってしまいましたけどね」
うわ。やっぱ地雷だったか。地上というと、どうしても事故は多い。……事故?ううん、戦争。
企業名はこの際聞かない方がいいな。とりあえず私は、
「ごめんなさい」
でも、マスターは表情一つ変えることなく。むしろ優しげで。
「いいえ。戦争でしたから。もう、乗り越えましたよ」
そう、達観していた。
あ、この人、大人だ。ってその時感じた。いつも思っていることだけど、改めて感じた。
それは真に大人な表情だったから。
私にはできない。まだできない。表情、表現。彼の生きてきた道。人生。

「せんそう。だったんですよね。あの時代は。」
と言って私が思い出すのは、あのクレイドルでの歴史的悪夢の一時間、その記憶。
幾本の黒煙たなびく空と、ひと仕事終え、銃を下ろしたネクストの姿ばかりだ。
でも、それだけは今でも鮮明に覚えている。
「ええ。戦争の時代でした。」
「地上にいたマスターなら知っていると思うけれど、ていうか、私なんかよりも全然詳しいのかも知んないけど。」

私は尋ねる。
「“アーマード・コア”って知ってる?」
「あの人型の?」
兵器――とまでは、マスターは言わなかった。

「うん。そう。その、“ネクスト”ってやつに、私は命を救われたんだぁ。アーマード・コア・ネクスト……」
「君は、舟にいたんじゃ?」
「そーよ? ほら、あったじゃない。テロ集団が都市型クレイドルを襲ったって事件が。オルカ事変のときにね」
「―――あ、ああ。」

「私はね。“03”出身なの。乗っていたんだよ。暮らしていたんだよ。えへ、すごいでしょ? 私はアーマード・コア・ネクストが戦っているところを、間近で見たことがあるんだよ!」
ちょっと、誇らしかった。不謹慎かもしれないけれど。
「怖くはなかった?」
「んー。ぜんぜん。その瞬間は良く分かってなかった、ってのもあるけど、怖いなーって思う間もなく、誰かが助けてくれたから」
「アーマード・コアが?」
「アーマード・コアが。ネクストが! すごいのよ。私、その時迷子になってて、でも避難サイレンとか一切無視して、展望室から見ていたの。そしたら、そのネクストがね。私の前に降り立ったんだよ。ガラス一枚隔てた先にさ。すごかったぁ!」

「なんにもなくて、本当に良かった」
心底安心したかのようなマスター。もう、何年も前の事件なのに。
まあ、そんな昔のことに熱くなれる私も大概だが。
「えへへ。マスターってほんとに良い人よね!」
マスターは、照れたように頭をかいた。

「あー」
ふと、声が漏れる。
「ほんっとに、いろんなことがありました!」
なんやかんや、やってきて、今はこうして地上都市の大学で、気ままな学生生活である。
「どんな人の人生も、波乱万丈なものですよ」
マスターは言う。その通りだ。
別段、そこまでお年を召しているとは思えないが、マスターのその言葉には、とても含蓄があって、けれどすんなり理解できた。
言葉の重さに、マスターの存在は負けていない。
地上にいたからなのだろうか?
彼の人生は、きっとひときわ波乱万丈だったのだろう。
聞いてみたいけれど、――今は聞けそうにない。

でも、私だって、いろんなことがあったんだよ? あのネクストもそう。
けれど、それだけじゃない。
ほんとに、色々なことがあった。

あの人ごみの中で倒れた私を抱き上げて走った父とか。
あの陰鬱な暗い夜に私を抱き締めてくれた母とか。
あの避難先の学校で少しでも楽しくって、物語を語ってくれた先生とか。
そんなオルカだか何だかのシリアスなテロリズムを取り除いても。

いつか学校でいじめてくる男子からかばってくれた友達とか。
いつか私に進むべき道を教えてくれた兄貴とか。
いつか企業選抜試験に向けて苦手な科目を教えてくれた先輩とか。
そして舟から降りて、地上で歩み始めてからだって。

いつもまけてくれる八百屋さんとか。
いつもおまけをつけてくれるお肉屋さんとか。
いつも挨拶をしてくれる街角のお巡りさんとか。
いつも大学で膨大なレポートを手伝ってくれる同僚とか。
いつも喫茶店で私の愚痴をたーくさん聞いてくれるマスターとか。
みんなに助けられて今日まできた。

みんなのおかげで、私は今日まで生きてこれた。
「ねーますたー。ここのコーヒー、私は大好きです!」
私は、幸せです。
「幸せですよ。ますたー。私は幸せです」
生きていて、ホントに良かった。
たのしいな。
「たのしいな! へへへ」
私は笑った。

「ねえ、マスターは誰かを助けたことがある?」
「ええ、まあ。自分で言うのもなんですけれど、できる限り助けてきたつもりです」
うん。私も助けてもらってるよ。
「おおーかっくいー! じゃあ逆に助けられたことは?」
「もちろんありますよ。そりゃもう何度も」
「へぇー。まあ私なんか、助けられてばっかりでマスターにも、―――って」
初めて見た。
その時。
私。

「ますたー? ……泣いてるの?」
ぐすっと、鼻をすするマスター。大人が泣いている姿。
「ええっと、何だろ、君が生きていて、本当に良かったなぁって、思ったら急に涙が……」
マスターはそうして、しばらくの間涙を流していた。

うれし泣き、と、マスターは言うが、今までの会話の流れの、どこにそんな号泣するほどのスイッチがあったのか、私には分からなかった。


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