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[[小説/長編]]

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Written by 雨晴
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 企業の主力たるネクスト、及びその搭乗者であるリンクスを統括管理する団体、カラード。その本部施設は、現存する地上施設において有数の規模を誇っている。その巨大施設の地上一階にエントランスはあり、一人の男が佇んでいた。
 白のテーラードジャケット、同じくスラックスに身を包み、右手には高級嗜好品となったスプレーバラをふんだんに用いたブーケ。
 3時間も前からそこでそわそわしているその男の名は、ダン・モロ。
 自身はキメているつもりだが、顔のニヤニヤが全てを台無しにしている。時刻は午前11時を回ろうというところ。
ローゼンタール製、およびGA製のノーマル部隊が砂漠に展開され、南方からの敵機襲来に備えている。
大隊規模を誇る部隊の本拠はあくまでクレイドルであるからして、全ての操縦士が一定の練度を高い位置で維持している。
少なくとも、今ここにいる全員はそう信じている筈だ。

 カラードの主役であるリンクスの顔は、多くの職員に知られている。勿論彼も同様で、道行く職員には、"おい見ろよえげつねえ罰ゲームだ"、"ああ腕だけでなくついに頭まで"、"あんなののために働いてると思うとゾッとする"などと、酷い言われようである。本人は気付いていない。人はきっと、それこそを幸せと呼ぶのだろう。
『敵機接近!距離8000、ネクスト反応を確認、接敵予測まで60!』
「イエロー1より大隊各機、相手が相手だ、集中しろ。クレイドル防衛の要として、意地を見せるぞ」

「おい」
その大隊を担う者として、敗北は許されない。それがたとえ、化け物染みた相手であっても。了解の声が挙がる。

 そんなダン・モロに声が掛かる。彼が気色悪い行動を取るには理由があって、その理由こそが恐らくその声の主なのだ。
 一瞬びくりとし、しかし平静を保つ。男たるもの、女性の前では紳士たるべきだ。咳払い一つ。振り返りながら、声を発する。
『敵機加速、接敵予測修正、残35!』
『レッド1よりレッド各機へ、ブリーフィング通り、接敵前に長距離ミサイルで対応する。MLDでスタンバイ』

「やあ、突然お呼び立てして失礼し・・・」
スタンバイの声が唱和し、一中隊が移動を開始する。他部隊にサポートを要請し、同じく腕部兵装の起動を呼びかける。

 振り返った先、1.5メートルほど先にいた女性は腕を組んでいた。背筋良く皺一つないスーツを着込み、大人の女性といった風格。
 と言うか、知り合いだった。溜め息一つ。
『レッド1よりレッド各機、射出のタイミングを合わせる。コールはイエロー1」
「了解レッド1。射出まで、5秒。―――3、2、1、射出」

「・・・なんだ、姐さんじゃないっすか」
「なんだとはなんだ、失礼な」
ヴァーティカルとハイアクトの一斉射。無数の線が引かれ、一点を目指す。
直後、黒点を捉えた。

 セレン・ヘイズの返事に、更にもう一つ溜め息を吐く。
『敵機視認!』
「ブルー1、こちらでも確認した。着弾予測まで、6」

「すんません、俺、待ち合わせ中なんすよ」
「奇遇だな、私もだ」
望遠カメラがその姿を映す。あれこそが。思い、気を引き締める。遠方で、黒が翻る。

 そうなんすか?と疑問をぶつける。ああ、と返事が来て、へぇ、と返す。
『避けられた!敵機、全弾回避!』

「まあハイン曰く、私の待ち合わせ相手はお前らしいんだけどな」
「ああ、そうなんすか。早く来るといいっすね」
無意識で舌打ちを発する。
やはり、ミサイル程度では対応出来ないか。頷き一つ。

 言って、セレン・ヘイズから視線を外す。外したところで、疑問。
「大隊各機へ、全方位から攻撃を仕掛けろ。全機散開、交戦許可」
『了解、展開開始、交戦します!』

 ・・・ん?
仲間が蠢き、ペダルを踏み込み彼らを追う。ライフルを構え、捕捉を試みた。
気付けば、もう相手の交戦距離だ。

 不意に浮かんだそれに対処する。誰が早く来ればいいって?
『敵機より攻撃!―――速い!』

「何だ、お前以外に居るのか?ダン・モロとか言う雑魚が」
「あ、ああ、ちょっと待って下さい?もしかして、姐さんが待ってんの、俺?」
「だからそうだと言ったろうが」
クイックブーストの光源が飛び回る。ネクストとは、あんな動きを執るのだろうか。いや、そんな馬鹿な。あれが異常なだけだ。

 ハインの知り合いで+俺とも知り合いで+美人≒セレン・ヘイズ。
 そんな計算(計算?)式がダン・モロの脳内に展開される。
『ブラウン5、回り込まれるぞ!』
『ブルー1よりブルー各機、ブラウンを援護する』
『ブラウン5沈黙、ああ、4沈黙!ブラウン2、3、退避して体勢を整えろ!』

「何だ、固まって」
「いいいいいいいいやねねねねね姐さん!?」
「不気味だからカタカタ震えるのはよせ」
再びの舌打ち。各機のFCSが敵を捉えていない。その処理速度を大きく越える機動に対応できていない。

 グーで叩かれる。というよりも殴られる。割と良い音が響き、バラのブーケは右手から滑り落ち、ダン・モロに欠片ほどの理性が戻ってきた。
「全機、距離を取れ。この近距離では対応できないようだ」

「いやちょっと待てあの野郎どういうこった!美人なのはわかるがこの人おば―――」
「それ以上言ってみろ、エグるぞ」
「何を!?」
言い切ると同時、ミサイルが来る。無意識下での回避行動。強大なGに耐え、何とか回避する。
大きく息を吐き、状況把握。・・・ブラウン全滅?

 いつの間にか背後に回っていたセレン・ヘイズと、気付けば喉許にひんやりとした感触。
 ・・・あー、これ刃物だー。
 他人事のようにそう思い、何だこの師弟血の気多すぎんだろとか思う。
『畜生、ブルー4もやられた!レッド1、援護を!』
『捕捉出来ない、少し待て』
『後退!後退しろ!』

「・・・で?私を呼び出したからには、それなりの覚悟があるのだろうな?」
「―――!?」
一瞬、黒が目前を通り過ぎた。衝撃。

 呼び出したの俺じゃねえとか言う暇は与えられなかった。密着し、ナイフを突きつけられた状態で耳元にそう囁かれる。ダン・モロの耳を温かい吐息が撫でる。身体が震えた。
 セレン・ヘイズがにやりとほくそ笑む。
「―――ッ!」

「何だ?まさかとは思うが、この状況下で」
恐怖を抑え込み、敵機の背後へミサイルを放つ。が、一瞬でこちらを向いた敵機のマシンガンで迎撃される。

 つつ、と指先がダン・モロに絡み、人差し指で背中をなぞる。
『敵機グレネード展開!退却、退却!』
『レッド2、4、巻き込まれた!』
『イエロー1、敵機が速すぎる!足止めされて後退出来ない!』
「レッド1、早急にブルーの援護を!」
『全滅してるぞ!イエロー8、ミサイル射出!』

「ッ、ね、姐さん、そ・・・れ・・・っ!」
「ほう、全く。貴様、とんでもない変態だな・・・言葉にも反応するのか?年増は嫌そうにしていたではないか」
残存機数を確認し、愕然とする。接敵から1、2分しか経過していないと言うのに。
と、唐突に黒がこちらを向いた。気付けば、銃口もこちらを向いている。バックブースター。瞬きの間に、ゼロ距離。射撃が来る。
驚愕しているうちに、モニタは戦闘不能を示していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
『戦闘演習を終了、戦闘時間2分42秒、クレイドル防衛隊全滅、ストレイド健在』

 ククク、とセレン・ヘイズが喉を鳴らす。それでさえダン・モロの耳元で、身体は正直じゃないかとかなんとか言ってみちゃったりする。
改めての戦闘時間を聞かされ、再び愕然とする。各部隊からあー、やら、うー、やらうめき声が聞こえる。

「さあ、貴様の口から言ってみろ。色々教えてもらいたくはないか?この私に」
『皆様お疲れ様でした。行動制限を解除します』

 言いながら、背にあったセレンの腕と手のひらが腹部へと移る。
 おほぅ・・・とかダン・モロが口にして、通りすがりの職員たちが細目を向ける。
少女の声が聞こえてすぐ、膝をつき硬直していた愛機が直立する。模擬戦闘用のシステムが解除され、通常モードへ移行される。

 ダン・モロからは数十秒前までは存在した、セレン=おば(検閲削除)なんて考えは消え失せていた。最早ここに居るのはちょっぴり悪戯好きな御姉様であり、王女様だ。ならば、ならば何を拒絶する理由があるというのか。何を失うというのか。いや、失ってみせる。彼は何を考えているのか。
『まさかとは思いますが、怪我をされた方は?』

「オ、俺・・・ね、姐さんに・・・」
「・・・私に?」
今度は男の声だ。ブリーフィングで聞いた、あのネクストのリンクスだろうか。
お優しい事で。そう思いつつ、各隊からの返答を待つ。問題無しの報告。

 彼女が声を発するごとに耳元がむずむずする。素晴らしい感触である。何も考えられない。半ば自動的に声が再生される。
「こちらイエロー1、大丈夫だ」
『イエロー1、先のミサイル射出タイミングは素晴らしかった。怪我人ゼロも、良いことです』
「迎撃されたがな。しかし、想像以上だ。完敗だよ」
『オペレーターが優秀ですので』

「そ、その・・・」
「ネクストの扱い方を・・・?」
「い、色々教えてもらいたいです・・・ん?」
そこまで言って、黒が目前に来る。ノーマルよりも少しばかり背の高い、今やどのネクストよりも有名であるそのネクスト。ストレイド。

 そう言い切った瞬間、むんずと首根っこを掴まれた。
 その体勢から何とか顔を見やれば、何と言うか、獲物を仕留めた狩人のような目。
『しかし、お互い苦労しますね。企業連も、面倒を押し付ける。わざわざクレイドルから降りてくるのは難儀でしたでしょう』
「確かにな。だがこちらとしては、あんたと模擬戦出来ただけで満足だよ」

「・・・え?ちょっと、姐さん?ネクストってなに?」
「貴様が今自分の口から言ったではないか」
本心を伝えれば、それはよかったと回答が来る。

 ちょっと待って、え?何?あれがこうでチョメチョメでニャンニャンで気になるアノ子は女王様じゃないの?
 ダン・モロが考える間にも、ずんずんと進んでいく。
「完敗と言うのが気に食わんが、まだまだ鍛錬が足りないと言うことだ」
『ええ、その通り』
「そこは否定しろよ」

「いやはや、さすが私の愛弟子だ。ハインには感謝をしなければ。それに、まだまだ私も捨てたもんじゃあない」
「ん?あれ?どういうこと?何これ良くわかんない」
「あれほど手に入れるのが難しかった素体が、こうも簡単に手に入ろうとは」
「え?どういうことっすか?もしかして俺、姐さんに・・・」
「ああ、私が貴様をリンクスにしてやろう。何、遠慮はいらんぞ。丁度私も暇だからな」
「いやいやいやちょっと待って!俺もうリンクス!リンクスだから!」
苦笑。向こうからも笑い声が聞こえてきて、何だ、割ととっつきやすい奴じゃないかという感想を得る。

 何を馬鹿な。そう言って、急に立ち止まる。セレン・ヘイズの顔がダン・モロの真正面にズイと来て、顔と顔の間は数センチ。ダン・モロが目を見開く。
『ハイン様、そろそろ帰投時間です』

「貴様など、リンクスと言えるものか。だから私が育ててやろうと言うのだ」
先の少女の声が聞こえ、ストレイドのリンクスも了解の意を伝える。

 わかったか、この雑魚。その声色に、ちょっとした恐怖を得る。同時に、その整った顔立ちから発せられる罵声と艶やかな唇に目が行く。
 ―――あ、コレ悪くないかも。
 罵られてどうこう時点で、最早変態である。そう思ったが最後、気付けばコクコクと首肯していた。しまったと思いつつも、もう遅い。
「―――この声、もしかしてリリウム・ウォルコットか?それなら、あんたの女と言う噂は間違いでもないようだ」
『ええ。ちなみに正確には、私の嫁ですが』
『ちょ、ハイン様!』

「わかれば良い」
怒ったような、あるいは恥ずかしがっているような大声が来る。軽く笑みがこぼれる。

 言って、再びずんずんと歩み始める。あー、と引きずられていく。
「それはそれは、お幸せに」

 ダン・モロから見て、現状のセレブリティ・アッシュの機体構成をぶつぶつと口に出すセレン・ヘイズはどこか楽しそうだ。
 不意に思う。
言われずとも。間髪入れずに肯定される。少し面喰い、軽く噴き出した。

 ―――もしかしてこの人、ハインの奴をひとり立ちさせて寂しかったりしたのか?
『では、私はこれで。またいつか、機会があれば』
「ああ、是非とも」

 そこまで考えて、いや、まさかな。そう自身の思考を否定する。
 でも彼女の表情は何度見てもどこか楽しそうで、その姿はかつて、ダン・モロが初めてハイン・アマジーグと出会ったときのものとは雲泥の差だ。あのときよりも、ずっと緩んでいる気がする。
それでは。言って、黒が飛翔する。
去っていくその背を追いながら、あの機動を思い返していた。異常としか表現しようが無い。

「よし、貴様は回避優先のスタイルで行くぞ」
「・・・各機、帰投するぞ」

 ・・・まあ、強くなれるなら。
 流されていることには薄々勘付きつつも、あえて知らん振りを決め込む。何かもう、いいや。
 諦めというか、何と言うか、複雑な心境だ。軽く人生掛かってる気がするのも、やっぱり気付かない振りとする。
この後に待ち構えるであろうお上からのお叱りを想像しながら、一つだけ溜め息を吐いた。今年のクリスマスは忙しそうである。
あの男は、クリスマスはBFFのリリウム・ウォルコットとネンゴロなのだろうか。そう考えると、不意に胸にもやもやした違和感を覚える。
同期のレッド1へ通信を入れる。

「取り敢えず、ライールを用意しよう。ブースターはアリーヤで固めて、背部と肩部の追加ブースターで機動力を確保だな」
「いやそれGで死ぬっす!俺死んじゃうっすよ姐さん!」
「ハインに倣ってモーターコブラでも装備させるか。左腕は一旦ライフルだな」
「いや聞けよ俺の命掛ってんだからさってああああああああ!そんなアパレル感覚で気軽に発注しないで下さい何でそんな嬉しそうなんすか端末しまって下さいお願いです姐さん!姐さん!!乗れないからそんなの乗れないからマジで死んじゃう!!」
「なあ。リリウム・ウォルコットって、もしかして美人なのか?」
『・・・何だ、そんなことも知らんのか?相当の美少女だぞ。―――データを送ろう』

 化学反応でも起きそうな組み合わせが、カラードのネクストハンガーへと消えていく。
 はたから見ていた職員達は、まるで珍妙な生物でも見るかのような目で見送っていた。
いや待て、何でリリウム・ウォルコットのデータなんて機に持ち込んでんだ。そんな疑問を投げかける前に、モニタに女の顔が映し出される。
途端、胸の違和感が殺意に変わった。あの野郎、ふざけやがって。

『・・・おい、どうした?急に黙り込んで』
「どうもせん」

確かに気の良さそうな奴だが、こればっかりは看過できん。そう思う。

「―――全機へ。次の機会には、何としてもあの男を打ち倒すぞ」
『はぁ?何言ってんだ、あんなの負かせられる訳が・・・』
「黙れ」

そう一蹴して、今後の訓練プランを想像する。あんな化け物に対応するには、かなり厳しい内容となるだろうことは明らかである。
だが、それでも。だとしても。

「こちとらクリスマスなど、今日の始末書に忙殺される予定だと言うのに・・・!」

そのことを考えれば、一度くらいあの男にぐぅの音吐かせないと割に合わない。そう言うことだ。
今日は、18日。イブは一週間後。ああ、確実に終わらないな。
どうせ終わったところで女が居ない事は、考えないようにしておいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、ハイン・アマジーグは同日朝に呼び出しを受け、折りしも待ち合わせの場であるエントランスにて繰り広げられた一部始終を数メートル離れたところから冷めた目で見守り、特にダン・モロの変態的とも呼べるであろう行動と反応に今後の付き合い方を考慮していたところで相手の姿を確認した。
 頭を下げる。
「・・・いや、言うな、何も言うな」
「何がですか」

「すまん、遅れた」
「いえ、幸い暇潰しには困りませんでしたので」
廊下。ダン・モロはその男と出会った途端、しかめっ面との組み合わせでそんなことを言い放った。
無論、男には何のことだかさっぱりわからず、挨拶さえ忘れてしまっている。

 数日ぶりですね、とハインが言うと、ああ、とロイ。
 ハインが首を傾げ、元気がないようですが、と気遣う。大丈夫だ、とロイ。ふむ、とハイン。
「わかってんだよ、どうせ幸せ真っ盛りでしょうよリリウムさんとよ。畜生、畜生、何なんだよ、不公平だろ・・・」

「しかしながら、ロイから呼び出されるのは珍しい。何かあったので?」
ぶつぶつとした言い草に、私?と、男の隣に居たリリウム・ウォルコットが首を傾げる。
先まで着ていた耐Gスーツの入った鞄を左手に、男の眉が寄る。

 ひとつ頷く。
「・・・新手のAMS障害ですか?」
「んなわけねえだろ」
「では何なのですか」

「少し、相談に乗って欲しい」
「相談?」
何も言うなと言われましても。そう続け、溜め息をひとつ。

 私に?と疑問を重ねると、そうだ、と肯定。
「リリウムとの幸せなひとときを、お裾分け出来ないではないですか」
「そいつがああああああああああああァァァァァァァァァァァァ!」

「ちょっとばかり、困ったことになってな」
突如として目をひん剥いたダン・モロが男に殴りかかった。が、左廻し蹴りでインターセプトされる。
グキ、と嫌な音。

 ハインが再び首を傾げる。数拍。
「危ないじゃないですか、何です急に。リリウムに何かあったら、いくら貴方でも容赦しませんよ?」

「・・・ああ、クリスマス・イブのお相手をお誘いしたら断られたのですね?先日は抜かりないとか何とか、そんな事を言っていたではないですか」
「・・・お前、たまに妙に鋭いよな。普段は天然の癖に、このうっかりサドめ」
「失敬な。先日も言いましたが、私はノーマルです。あと、ロイがそこまで落ち込むのはウィン・Dに関わることくらいでしょうに」
宣言通り容赦無しの蹴りを受け、ドス、と大きな音を立てて接地する。
驚いたリリウムが駆け寄り、大丈夫ですかと声を掛けた。が、反応は無い。

 言われ、それもそうだな、とロイの苦笑い。
「は、ハイン様、ダン・モロ様がぴくりとも動きません・・・」
「心配せずとも大丈夫ですよ、リリウム」

「誘ってみたら、"断る"とだけ言って避けられた。・・・このままだと、まずいことになる」
「何がです?」
「イブを過ごす相手が居ない。かと言って、俺はウィンディー一筋だからな・・・それに、ダン・モロと同類と言うのも気に食わん」
「そのダン・モロなら、今さっき素敵なお相手に引きずられて行きましたが」
何せ、と、男がリリウム・ウォルコットを向く。

 間、3秒。
「ロイが言っていました。彼には、ギャグキャラ補正なるものが掛かっていると」
「いや、いくらギャグキャラ補正っつっても、死ぬときは死ぬけどな」

「―――何だと?」
二人が声に振り向く。ロイ、と男。よう、とロイ。良く会いますね、全くだ。そんな遣り取り。

 心のそこからそんな馬鹿なと言いたげな視線を、ハインがふいと受け流す。
「そいつがそんななのは、来たる24日を共にする相手が居ないからだ」
「24日?」

「―――まあ、趣味は人それぞれですよ。特に、性癖に関しては」
「・・・何があったんだよ。その遠い目は何だ」
首を傾げつつ反芻、さもわかっていない風。
しかしながら男の隣を居場所としている少女には伝わったようで、ああ、と言うような顔をしている。

 いえ別に。そう答えたときにはロイを向きなおしている。しかし、と切り出す。
「ご存知なのですか、リリウム」

「ロイならば、この手の相談ならば私よりも適任である方とお知り合いかと思いましたが」
「基本的に、インテリオルの人間か独立傭兵としか絡みはないからな。エイ・プールにでも頼めれば良かったんだが」
「エイ・プールというと、インテリオルのリンクスですね。適任ではないですか、ウィン・Dとも近そうだ」
「この時期、彼女は忙しい」
ええ、とリリウム・ウォルコット。

 そうなのですか?その疑問に、ふう、と溜め息で応える。
「クリスマス・イブですよ、ハイン様。25日、クリスマス当日に向けた前夜祭です」
「まさかクリスマスも知らないなんて言うなよ?」

「年末は掻き入れ時らしくてな」
聞けば、さすがにそれは、と返答が来る。そのまま続けられる。

 はあ、とハイン。
「これでも生まれはキリスト教圏だったもので―――ああ、今でこそ無宗教ですけれどね」
「何だ。信じてないのか、神様」
「私が信仰するのであれば、少なくともロイの言うところの神様ではありませんし」

「この時期の各企業は、大した作戦を組まないのでは?インテリオルは違うのですか?」
「いや、リンクスとしての仕事でなく、バイトがあるらしい」
「バイト?・・・失礼ですが、バイトとは?」
言われ、ロイは少し考える。この男の過去を少し振り返り、納得。しかしながら、と男。

 その言葉自体を知らないハインに、大体の意味をかいつまんでロイが説明する。みるみる怪訝そうな顔になっていく。
「多少の仕来り程度なら実行しますよ。様式美、とでも言いましょうか?」
「ああ、結婚式とかだろ?」
「ええ、是非に」

「・・・企業付きのリンクスで、生活に困窮するほど待遇が悪いのですか?」
「いや、十分すぎるほどの報酬はあるんだ。それでも彼女の場合、全て弾薬費として消える。それなりの生活費も支給されてはいるが」
「トリガーハッピー?」
「見方次第ではそうだ。インテリオルとしても必要以上には彼女に経費を注ごうとしない。リンクス同士の不和に繋がるってな」
例によって例の如く一瞬で真っ赤になるリリウムを軽く冷やかしながら、キリが無いので先へ行く。

 まあ確かに不公平にはなりますけれどね。そう言って、一拍。
「お節介かもしれないが、ちゃんとリリウムにプレゼント選んでやれよ?」

「しかし、インテリオルの実弾兵装というと、ASミサイルですか?」
「ああ。その上恐ろしいことに、彼女はそれを"垂れ流す"」
ぴくりと反応したリリウムが、あの、と申し訳無さそうに口を挟む。

 眉間に皺が寄る。
「ロイ様、そんな・・・」
「良いんだって。前にも言ったが、リリウムはもう少し我侭言ったほうが良いんだ」

「もしも協働の機会があれば、つつしんでお断りさせて頂きましょう」
「賢明だな」
「・・・武装を変更すると言う選択肢は?」
「無いらしい。まあ、それも一種の愛だと思うぜ―――っと、そんなこと話に来たんじゃないぞ俺は」
なあ、と男に尋ねる。笑顔の頷き。

 ああそうでした、とハイン。
 
 
「それでは、いかにしてウィン・Dをクリスマス・イブに誘いますか。今こそ、いつかの借りを返しましょう」
「ああ、お前が頼りだ」
「ええ、ロイ。私としては、リリウムにはもっと、そうであって欲しいですね」
「で、それを口実に余計甘ったるい生活サイクルを築いていきたいわけだな」

 了解。そう頷いて、腕を組む。
笑顔が一瞬で神妙な顔つきへ変貌する。何かを噛み締めるような沈黙が続き、次いで真っ直ぐな視線が来る。

「まずは、ウィン・Dがなぜロイの誘いを断ったか、ですね」
「―――ああ、それは素晴らしいな」
「・・・お前、ここ最近キャラおかしいよな」

 うーむ、そうふたりで悩む。ハインにいくつか候補が挙がり、言ってみろとロイが促す。では、とハイン。
そうですか?と尋ねる男の表情はいつも通りの笑顔に戻り、しかしリリウムはぽかんとしている。
まあいい、と咳払い。

「まずは、そもそもクリスマス・イブを共にするほどにはロイに興味が無い」
「ちょっと待ってくれ、まさか、そう見えるのか?」
「んじゃ、俺は行くぜ」
「あ、はい、ロイ様」
「ロイも、ウィン・Dと素敵なクリスマスを」
「おう。抜かりないぜ」

 素で焦り始めたロイに、冗談ですよと笑顔で返す。
じゃあな、と立ち去るロイを見送りながら、あ、とリリウムが声を上げた。どうしましたか、と男。

「まあ、さすがにそれは無いでしょうね。特にああいった女性だ。興味の無い男性にまとわり付かれたら、まずその時点で拒否しているでしょう」
「まとわり付くって表現はやめてくれ」
「それは失礼。では次に、何か用事がある」
「いや、それは無いはずだ。少なくとも、作戦で1日潰されるなんて事は無い。俺のところに情報が来てないからな、むしろ暇の筈だ」
「・・・あの、どうしましょうか」

 そうなのですか。そう言って、顎に指を持っていって考える仕草。数秒で、人差し指を立てる。

「では最後。恥ずかしい、或いは照れている」

 提案に一瞬真顔で反応し、あー、という顔をするロイ。

「それも無いな。なんせ、あのウィンディーだ」

 肩を落とす。いや、わかりませんよ。そう言うハインに、顔をあげる。

「いつか恋人云々についてジェラルドと討論したときに、彼からとある女性の性格パターンについて聞き及びました」
「・・・何だそれ」

 ―――それはですね。
 そう言った矢先、ハインが真剣な表情を作り出す。そのまま、重々しく口を開いた。

「ジェラルド曰くこの世界には、ツンデレなる性格を持つ女性が存在しているらしいのです」
例によって白目ひん剥きつつピクピク痙攣しているダン・モロを心配そうに見下ろしながら、そう呟いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それは、ロイ様とウィン・D様への恩返しの為らしい。勿論ふたつ返事で了承した。私にも必要なことだったし、ロイ様の頼みなのだ。
 ハイン様曰く、"私は貴女以外の女性の機微に疎いので、ウィン・Dがどうしてロイの誘いを断ったのか聞き出す、或いは彼のかわりに約束を取り付けてあげてほしい"。
 正直、私もあまり人の機微に敏感とはいえない。けれど、きっと同性だからこそ尋ねやすいこともあるのでしょう。そう思い、指定された場へと急ぐ。発見。
「死ぬかと思ったわ!」
「すみません、ダン・モロ。加減を間違えました」

「ウィン・D様」
立てますか?差し出された手を、ダン・モロ様が掴みハイン様が引き上げる。
というか、加減も何も無かったと思いますが。

 声を掛けると、スーツ姿の彼女がこちらを向いた。改めて、綺麗な方だと思う。どことなくセレン様を思い出す。
「ロイから伺いました。申し訳御座いません、貴方への配慮が足りませんでしたね」
「そんな申し訳無さそうにされても逆に腹立つ!」

「リリウム・ウォルコット。何だ、君だけか?ハイン・アマジーグも一緒かと思ったが」
「え・・・っと、ハイン様から、ウィン・D様とお話をしてくるように頼まれましたもので」
本当に申し訳無さそうな表情が一転、じゃあどうしろと?と半分怒ったような表情に変わる。
いや怒んなよと言われ、はあ、と一息。すぐに、大体いつもの表情に戻る。

 何だそれは、と軽い苦笑が来る。
「・・・そうですね、無礼のお詫びに何かお力になりましょうか?」
「あ、なら、リリウムをイブの日1日貸してくれ」
「撃ち殺しますよ?」
「う、嘘、嘘だって!冗談だって!」

「まあ、いいさ。私も当分、年が明けるまでは時間がある」
にこやかにグロッグを取り出したハイン様をたしなめて、仕舞っていただく。失礼、とハイン様。

 そう口にされ、では行くか、と踵を返される。あの、どこへ?問うと、立ち話もなんだろう、と歩みを強められる。
 到着したのは、彼女の自室だった。
 
 
 
 
「コーヒーで構わないか?」
「あ、いえ、お構いなく」
「でしたら、女性を紹介しましょうか?」
「・・・え?」

 少しばかり緊張し、気にするなとカップを差し出される。有難う御座いますと言うと、好きに使ってくれ、そうテーブル上の砂糖とミルクを指される。軽く息を吐きながら、真向かいに座られた。
 頂きますと断って一口。きっと気を遣ってくれたのだろう、心地良い温かさ。それで、と彼女。
唐突の提案に驚いて横顔を捉える。いつも通りの笑顔。
マジかよ!と飛びつく勢いで尋ねてくるダン・モロ様に、嘘は言いませんと返された。
少々お待ち下さいと端末を取り出す。操作する。耳に当てる。

「ハイン・アマジーグとは、仲良くやっているのか?」
「っえ!?」
誰でしょうか。

 自分の発した奇声に少しばかり恥ずかしくなりながらも、人様の前で噴き出さなかった事実に感謝する。
 ウィン・D様は軽く笑っている。
疑問が過ぎり、彼がお久しぶりです、と切り出す。なんとなくその声色からは、仲が良さそうな印象を得られた。
24日は暇ですか、会いたいという人が居る、そのような内容を簡潔に述べ、軽い世間話。それでは、と挨拶。やっぱり仲が宜しそうな声。
彼が向き直る。

「そんなに驚かなくてもいいだろうに」
「も、申し訳御座いません・・・その、ウィン・D様からそのような質問をされるとは思わなかったので・・・」
「誰でも気になるだろうさ。何せランク2と、あのランク9との交際だからな」
「―――私も彼も、ここ最近は殆ど出撃していませんから。もう、きっとカラードのランクは関係ないかと思います」
「そうかな。少なくとも、今の君たちふたりを敵に回したいなどという物好きは居ないようだが」
「別に構わないそうですよ。ちなみに、当日3日前にも時間はあるそうです」
「―――俺は、未だかつてないほどお前に感謝している。これが人類愛ってヤツか・・・!」
「それはそれは」

 言って、ウィン・D様が砂糖に手を伸ばす。スティックのそれを、5本ほど。凝視していたらしく、気付かれる。
有難う、有難うとダン・モロ様が彼の手を握り繰り返す。その瞳は、いつの間にか濡れていた。

「ああ、あまり苦いのは苦手なんだ」
「そ、そうなのですか」
「しかし、私に出来るのは紹介まで。あとはダン・モロ、貴方次第です」
「ああ、わかったぜ・・・!」
「待ち合わせの時間と場所はどうします?21日、一度会っておかれますか?私から彼女に伝えておきましょう」

 一気に封を切り、そのままひっくり返す。
 それ、混ざるのでしょうか。そんな疑問が浮かぶ。
そうだな、と一瞬悩み、21日の11時と、カラードのエントランスを指定される。ひとつ頷くハイン様。

「大方、ロイに頼まれて来たのだろう?」
「―――ッ!?」
「了解しました。お伝えしましょう」
「で、それよりも美人なのか?俺の知っている人か?」
「私の主観評価で宜しければ。そうですね、美人と解答しましょう。ちなみに、貴方も彼女も、互いに知り合いの筈ですよ」

 カップに口をつける前でよかった。何とか踏みとどまるが、あれ?ばれてます?
美人なんですか。そうですか。彼と知り合いらしいその美人さんに、少しばかりの嫉妬を覚える。

「あ、あの、ウィン・D様・・・」
「今ので確信した。全くあいつは、人を巻き込むほどの事でもないだろうに」
「ほう、そうだな・・・メイさんか!?」
「メイ?その名ではありませんね、残念ですが」

 溜め息。面倒に巻き込んだな、とお詫びがくる。必死で否定。そうか、と微笑まれる。
 何を言おうか迷い、あの、と口に出してみた。
まあ、お楽しみと言うことで。ハイン様がそう言うと、ダン・モロ様がそうだな、と頷く。

「その・・・ロイ様は、クリスマス・イブをどうしてもウィン・D様と共に過ごされたいそうなのです」
「ああ。昨日の夜に、そう申し込まれた」
「でも、断られたのですね」
「じゃあ俺、用意しに行くからな!」
「ええ、ダン・モロ。素敵なクリスマスを」
「今日のことは忘れないぜ!さすがは俺の見込んだ男だ、この借りは必ず返す!」
「期待しないで待っています」

 ああ。そう簡単な返事が来る。

「あの・・・失礼かとは思いますが、お二人は、えっと」
「君たち程ではないが、確かに私とロイは共に居ることは多い。けれどそれは、君たちのそれとは理由が違う」
「・・・ですが、ロイ様は」
「わかっている。ロイが私に対して冗談ではない、本物の好意を向けていることくらい。自惚れではなく、な」

 でしたら。そう言おうとした先を視線で遮られる。少し、憂いを帯びたような。

「だが、私もロイも、一線のリンクスだ」
「・・・え?」
「もしかしたら、私は明日死ぬかもしれない。ロイも同じだ。そういう人種だ」

 砂糖を沢山注いだコーヒーに視線を落とし、その表情は、どことなく寂しそう。

「自分のリンクスとしての能力に疑問があるわけではない。あいつも、素晴らしいリンクスだと世辞抜きに思う。それでも」

 ―――戦場では、何が起こるかわからない。

「だから私には、あいつを受け入れられる自信がない。お互いの死を、君たちのような立場から受け入れられるかと言えば、無理だろう」

 目が閉じられる。

「私は、それが怖いんだ」

 恥ずかしい話だがな。自嘲めいた微笑が来て、受け止めきれずに俯いてしまう。
 けれど。
おうよ!と大声を発し、じゃあな、と走っていってしまう。挨拶の暇もなく、ふたり取り残される。元気な方だと思う。
いや、今はそれよりも。
 
 
「けれど、ロイ様をお慕いしてはおられるのですね?」
 
 
 少し無理をして前を向く。驚いたような表情がそこにある。すぐに、先の自嘲めいた微笑み。
「・・・ハイン様、どなたなのですか?」
「どなたも何も、貴女もご存じの方ですよ」

「どうかな」
その言葉にふと、いつかGA本社で出会った、彼と知り合いらしいオペレーターの女性が浮かぶ。
ええ。確かに、美人でした。
それにGA社と繋がり深いダン・モロ様なら、彼女と互いに知り合い同士であってもおかしくはない。

 鼻を鳴らして、そう呟かれる。
・・・そうですか、そうですか。

「少なくとも、ロイ様はウィン・D様と共に在りたいと願われています」
「もしかして、怒っていますか?」
「・・・怒ってません」

 それは、彼の日ごろの行動や彼女への付き合い方を見ていれば明らかだ。
覗き込んでくる彼から視線をそらす。その美人の連絡先を知っていたり、あるいは男性を紹介できるほど親密だったり、そして何よりも。

「・・・リリウム・ウォルコット、君が何を言いたいのかはわかる」
「はい」
「ハイン様、あんなに仲睦まじく会話されるほどだったんですね、GA社のオペレーターの方と」
「は?」
「良いんです、もう。私なんかよりずっと美人ですよね、お綺麗ですものね。ダン・モロ様に紹介せずとも、貴方が・・・」
「ああ、それは勘違いですよ。おっと、何だかデジャビュを感じます」

 目が伏せられる。
勘違い、その言葉にちらと彼を伺えば、例の意地悪そうな笑顔を浮かべている。ははあ、と声が掛かる。

「だが先も言ったが、怖いんだ。私は」
「なら、ロイ様にそうお話すべきです。彼はきっと、その恐怖を拭ってくださいますから」
「・・・だろうな」
「成る程、これがロイの言っていた、ヤキモチと言う奴ですね。実際、その姿を見るのは初めてだ」
「え、ち、違・・・」

 ですから。そう言って、彼女の手を取る。かつて私の籠でそうして下さったように。
 無理矢理だって良い。勝手だと思われても良い。けれど、確かに互いの死は怖いかもしれないけれど、それでも。
違わない。言い当てられてむっとして、そっぽを向く。

「恐怖に囚われては得られない幸せを、きっとロイ様は与えて下さいます。怖いのであれば、互いに乗り越えられるよう努力すべきです」
「・・・いや、だが」
「・・・全部ハイン様のせいです。もう」

「だが、じゃありません!」
溜め息が漏れた。おや、とハイン様。

 つい大声を上げてしまう。急に沸き立ったそれは、止まらなかった。
「機嫌を直してください、リリウム」
「知りません!」
「・・・では」

「もう!ウィン・D様はロイ様からどれほど愛されているか、考えたことはあるのですか!」
「え、い、いや、無いが」
「例えば!あんなに強く殴打されても蹴り上げられても、それでも平然と隣に居ようとしてくれるじゃないですか!」
「あ、あの、待ってくれ、あれは大分加減して・・・」
「してません!あれはもう暴力です!普通の方なら裁判沙汰です!」
「え?そ、そうなのか・・・」
「もっとあります!例えば―――」
彼が身体をこちらへ寄せるのを感じ、左へ一歩避ける。
正対。

 次に進もうとしたところで、シュンと俯かれる。彼女のそんな姿を見たのは初めてで、あ、あれ・・・?私何を・・・!?
「・・・む。逃げられては抱き留められないではないですか」
「今日はその手に乗りませんからね。うやむやにされてしまうのは嫌です」

「う、うわ、うわ!すみませんでしたウィン・D様!」

 そうか、そうなのか・・・俯いたままぶつぶつと何か呟かれるウィン・D様に弁解を試みる。
 が、聞こえてないようだ。冷や汗。
で、誰なんですか。少しだけ語気を強めると、誰も何も、と彼。
 
 
 ―――これは、まずいですね・・・
「セレンですが」
 
 
 取り敢えず、永遠と謝罪し続けることと決定する。実行。
 謝るのは得意ですからね、とか何とか思ったのちに、いやそれもどうなのですかと自分で疑問に思ったりした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「リリウム・ウォルコット」
―――――えぇ?
脳内で、大変にだらしのない声が漏れた気がする。

 そう声が掛かったのは通算113回目の申し訳御座いませんを発した後のことで、下げていた頭をぐいと上げる。
 一月分くらいは"申し訳御座いません"を連呼した気がします。
 ウィン・D様の雰囲気が、いつもとはどことなく違う。
「私が誰かに紹介できる女性なんて、彼女くらいしか居ませんからね。いや、ダン・モロも喜んでくれているようで良かった」
「・・・え、じゃあ、先ほどのお電話も?」
「勿論です。確認されますか?」

「その、なんだ。やはり私には、どう足掻こうが大切な人間が突然居なくなるというのにはきっと、耐えられないと思う」
「―――ぁ・・・そう、ですか・・・」
「ああ。これまでずっとそう考えて、あいつとの距離は一定を保ってきたんだ。そうそう簡単には、変えられないとも思う」
端末の画面を見せられ、そこにはセレン・ヘイズの文字と、今日の日付、大体数分前の時刻表示。

 今度はこちらが俯きそうになる。なる前に、だが、と否定が掛かって持ち直す。
 その次の言葉が、なかなか来ない。
 ウィン・D様を伺えば、珍しく視線が定まらない様子。良く観察すれば、その顔には赤みが差しているような。
「ね?」

「その、だな。あいつが、その、私からの暴力に耐えてまで、そこまでの好意を向け続けてくれていたなら・・・その・・・」
固まっていると、首を傾げつつ微笑まれる。自分ひとり空回りしていた状況にようやく意識が向き、顔が熱くなる。
俯く。とてもとても恥ずかしい。

 ・・・え?そこですか?起点は暴力なんですか?
 ・・・ほかにもいくらでもありますのに。
「あ、あの、失礼しました・・・」
「いえいえ、ヤキモチなるものを拝見できましたし。やはりリリウムは驚異的なほどに可愛らしい」
「い、言わないで下さい・・・」
「そうですか。では」

「いや、何と言うか。す、少し、あいつの話を聞いてみても良い気がして、な・・・」
そこまで言って、一歩先に居る彼が表情をそのままに手を広げる。上目に伺い、大体の意味を汲み取る。一歩進み、彼の腕の中へ。

 ふと、ウィン・D様の指がもじもじしていることに気付く。スーツ姿とはアンバランスだが、真っ赤な顔と相まって非常に可愛らしい。いや、年上の女性に抱く感想としては間違っている気もしないでもないが。
 わたわたと誰にするでもなく弁解する姿に、初々しいですねぇ、なんて感想を得る。何様でしょうか、私は。胸中で謝罪。ウィン・D様の咳払い。
「―――良かった。避けられたときには少しだけですが、ショックだったのですよ?」

「と、兎に角、参考になった」
「い、いえ、申し訳御座いませんでした、勝手なことばかり言ってしまって」
「いや・・・その、何だ。私もあまり逃げてばかりではいけない、な」
そう言う彼の背を掴み、彼の鼓動を感じる。すみません、と一言。いえ、と彼。

 あいつとも、一度ちゃんと向き合ってみよう。
「たまにはそんな姿も見せて下さい。・・・けれど、何度でも言いましょう。私には、貴女だけですからね。この指輪と、妹に誓って」

 そう言って立ち上がったウィン・D様が冷蔵庫へ足を運び、開ける。なんだろうと思っていると、振り返ったその手には円盤状の何か。
一気にそう言って、私を包んでくれる腕の力が強くなる。

「べ、別に他意は無かったのだが・・・く、クリスマスも近いからな」
「―――はい」

 ケーキ。シンプルな、チーズケーキだろうか。
何度同じ過ちを犯せば気が済むのか。何と言うか、私は嫉妬深いのだろうか。軽く自己嫌悪。
けれど髪を撫でられ、そんなものは何処かへ行ってしまう。いや、行ってしまってはまずいのだが、仕方ない。仕方がないんだ。

「その、この手のものはあまり作らないから、ためしに作ってみたのだが・・・自信が無いんだ、少し味を見てもらえないか」
「さて、名残惜しいですが」

 手作り。・・・何で?
 顔に出ていたらしく、いや、違うぞ!と焦ったように返される。
身体が少し離れ、彼が真正面に来る。少しだけ気恥ずかしくて、赤いであろう顔を彼の胸に押し付け隠す。
それでさえ何も言わずに受け入れてくれて、髪を梳き続けてくれる彼が愛しい。擦り寄る。幸せ。

「そういう意味を持って作ったわけでは無いんだ!決してだ!」
「・・・はあ」
「だ、だが、これまでの礼と侘びくらいにならくれてやっても、と!」
・・・あれ?

 言いながら、いそいそと切り分けられる。数分間の彼女からは想像できないほどのその姿に、つい首を傾げる。
 少し考え、大体理解できた。まあつまるところ、ロイ様への贈り物の試作品らしい。
 ・・・ここまでするなら、素直にロイ様のお誘いを了承されれば良かったのでは。もちろん、言わないでおく。
「あの、ハイン様」
「何です?」

 あと、どうやら恥ずかしいらしい。その気持ちはよくわかります。わかりますが、ウィン・D様、貴女、そんな方でしたっけ?
 
 
 
「・・・食べてみてくれ」
浮かんだ疑問に、顔のほてりが不意に冷める。けれど彼から離れてしまうのは勿体無くて、少しだけ彼の胸から離れたところで尋ねる。

 お皿をフォークとともに差し出され、有難うございますと受け取ってみる。美味しそうな狐色。きっと、ベイクドチーズ。
 フォークを刺す手に、ウィン・D様の熱心な視線が注がれる。
 少しだけ苦笑い。本当に頑張って、あるいは心を込めてお作りになったらしい。
「セレン様って、おいくつなのでしょうか」

 愛されていますね、ロイ様。いつかの彼の軽口を思い浮かべ、苦笑いが笑みになる。
 きっと、現状で私以外にこの味見という任務を遂行できる方はいらっしゃらないでしょう。
彼の手が止まり、顔をあげて伺えば、数瞬、何かを考えるような表情。

 ―――では私もこのケーキを、誠意を以って評価しなければなりませんね。
 
 
 思い、ケーキの欠片を口に含む。瞬間、味覚が甘さを捉える。
 筈だった。それより早く、強烈な塩味が口いっぱいに広がっていく。
 あと、良く分からない何かがガリッって言いました。
 さすがにむせました。
 凄く謝られました。
 なぜかケーキの作り方のレクチャーを頼まれました。
 
 
 そんなこんなでクリスマスイブまで、あと3日です。
「・・・さあ?」
そう言う彼は、どこか遠い目をしていた。
「・・・まあ、嘘は吐いていませんし。そもそも男女関係の下に年齢など、大した障害でもないでしょう」

そういうものなのだろうか。だが、彼が言うのならそうなのだろう。
クリスマスまで、あと一週間。話題がそこにシフトしていき、私たちは帰路についた。

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今日の夕飯は、サーモンのムニエルだ。

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now:&online;
today:&counter(today);
yesterday:&counter(yesterday);
total:20000くらい+&counter(total);
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**コメント [#mc02f04a]
- どうも、雨晴です。in the endクリスマス編ふたつ目、バカ回です。次の更新はイブ当日予定! その1では沢山の感想有難うございます、もう忘れ去られてると思ってたんで嬉しいっす、がんばります。・・・ジェラルドが変なキャラになって行く・・・ごめんよ・・・ウィン・Dさんはやりすぎた・・・ハイン君割とS・・・ あ、ところで俺、12月25日は卒論の提出日なんすよ。8割がたは完成してたりして・・・(〆切急速接近中!ブレイク!ブレイク! -- [[雨晴]] &new{2009-12-21 (月) 18:03:56};
- うp乙!ワクワク♪ --  &new{2009-12-21 (月) 18:08:45};
- えいぷー・・・ここでもそんな扱いか(泣) こいつら青春してるなぁ、こんちくしょう。祝ってやる! --  &new{2009-12-21 (月) 18:12:34};
- 何というツンデレ。可愛すぎる…修正は不要だ --  &new{2009-12-21 (月) 18:20:07};
- ダンモロ不遇すぎるw腕だけでなく頭まででクソ吹いたw --  &new{2009-12-21 (月) 19:15:54};
- またすばらしい作品をありがとうございます。いえることはこれだけだ!ハラショオオオオオオオオ!!! --  &new{2009-12-21 (月) 21:54:38};
- こうしてダン・モロはセレンの下で第二のローディー先生への道を・・・そんな作品ありませんかね(・w・ --  &new{2009-12-21 (月) 21:58:47};
- こうしてダン・モロはセレンの下で第二のローディー先生への道を・・・そんな作品ありませんかね(・w・ --  &new{2009-12-21 (月) 21:58:48};
- ↑なんでダブってるんだ・・・申し訳ありません --  &new{2009-12-21 (月) 21:59:30};
- あぁもう2828しっぱなしでw  余談ですがロイの科白「懸命だ」は「賢明だ」では --  &new{2009-12-21 (月) 22:15:08};
- ハラショー!!素晴らしい作品感服いたしました。えいぷーの扱いに全俺が泣いた --  &new{2009-12-21 (月) 22:36:06};
- ダン・モロがちょっとうらやましいと思ったりw --  &new{2009-12-21 (月) 22:37:58};
- 激☆修☆正 ご指摘有難う御座います&早速の感想有難う御座います! エイプーについては、イラガレでのエイプーがかわいらし過ぎたんで、つい、うっかり・・・ -- [[雨晴]] &new{2009-12-21 (月) 23:27:36};
- 次はイブ更新ですか?期待してます --  &new{2009-12-22 (火) 01:03:51};
- いや、良いえいぷーでした。これを見て思わず自分の方でもクリスマスネタを織り込みたくなった程にナイスな話でした。ウィン・D姉さん可愛すぎるよウィン・D姉さん --  &new{2009-12-22 (火) 01:05:08};
- リリウムの謝ってるときを想像して悶えたおれはコジマ汚染患者  今度はダンが主役で小説を書いてはもらえないでしょうか?もちろん完全オリジナルで --  &new{2009-12-22 (火) 07:52:22};
- ダン・モロの扱いが良いからなぁ。最終ミッションでも良い所持って行ってたしww いいぞもっとやれ --  &new{2009-12-22 (火) 12:59:30};
- これでようやくロイにも春がくるのかwつうかウィンディーさんがかわいいとかどういうことなのw --  &new{2009-12-22 (火) 16:05:53};
- 大量の感想有難う御座います、嬉しいっす・・・!次回イブ編、大分書けました。・・・チューはぜんねんれいだよね! あと、もう少しだけですがロイさん×ウィンディさんネタやると思います。ダン君は、もう駄目だね -- [[雨晴]] &new{2009-12-22 (火) 23:37:48};
- えいぷーの扱いに泣いたw  --  &new{2009-12-23 (水) 01:28:57};
- もはや筆者をミスターゲロ甘と呼んで差し支えないな? --  &new{2009-12-23 (水) 14:27:07};
- AMSから糖分が逆流する!ギャアアアアアアアアア! --  &new{2009-12-23 (水) 16:32:30};
- イブ編との整合性をつけるために一部編集・・・やっぱり1話1話が長いと矛盾が出がちです、精進します。ついでにいくつか表現を修正、ただしエイプーはそのままだ! 明日14時~15時を目安にイブ編投下します・・・卒論?HAHAHA -- [[雨晴]] &new{2009-12-23 (水) 21:20:25};
- ジェラルドがツンデレの意味を知っていたのはジュリアスがツンデレだったからなんだ、とか考えた --  &new{2009-12-23 (水) 23:17:49};
- ダン・モロ、私達は君のことを決して忘れはしない・・・さらば、敬礼!<(ω・´) --  &new{2009-12-24 (木) 14:18:29};
- いずれ、いずれこのダン・モロの活躍を……!! --  &new{2009-12-24 (木) 14:20:03};
- なんだこのコメ率wwwこれが本物のリンクスか・・・ --  &new{2009-12-24 (木) 14:32:38};
- ダンのおほぅ・・・に吹いたwww と、誤字報告。リリウムが謝る場面「永遠と」ではなく「延々と」では? --  &new{2010-03-12 (金) 13:02:33};
- 俺主の描く物語が好きすぎるんだがw --  &new{2014-01-18 (土) 23:37:20};
**コメント [#f1e6c306]
- タイトル長いっすね、すみません・・・ 約2カ月ぶりにこんにちは、雨晴です。告知していたクリスマス番外編です。ここ最近他作品のSS書いたりしてたんで、本編の雰囲気で書けるかなぁと臨んだんですが、何とかなりそうですwしかし、思いのほか長くなったので多分3本立てになるかと。長ったらしくすみません・・・ 今回はプロローグ的な立ち位置になるでしょうか、ヤキモチ☆リリウムさんの回でした。では次回は21日に更新予定です。セレン・ヘイズ先生のイケナイ課外授業withダン・モロ編をお楽しみ下さい☆(嘘です多分ギャグ回です -- [[雨晴]] &new{2009-12-18 (金) 18:48:54};
- いやっほぅ!久々に甘々だー!今日は18日ってまさかリアルタイム進行でもする気なのか!? --  &new{2009-12-18 (金) 19:08:25};
- 口から砂糖がだだもれだぜメルツェェェェェェェエルゥ!! --  &new{2009-12-18 (金) 21:40:11};
- ハイン君の撃ち殺しますよ?想像して吹いたw相変わらず見せつけてくれるぜ、乙!21日も楽しみだ! --  &new{2009-12-19 (土) 00:19:06};
- AMSから砂糖が逆流するぜ!メルツェェェェェル!とりあえずダンモロはご愁傷様ということでw --  &new{2009-12-19 (土) 00:29:18};
- ハッハー!最高だぜ雨晴さんーー!もちろん二月にも期待してますw --  &new{2009-12-19 (土) 08:01:06};
- この冬のリリウムはハインさんただ一人の嫁なんですね、わかります --  &new{2009-12-19 (土) 09:03:08};
- ダン逃げてええええええええええええええええ!! --  &new{2009-12-19 (土) 10:42:00};
- 雨晴です、さっそくのご感想有難う御座います! 一部表現の修正を行いました、読みやすくなっていれば幸いです。 あと、クリスマス編その2も殆ど書けたので予定通り21日にアップということでひとつ・・・ -- [[雨晴]] &new{2009-12-19 (土) 13:34:17};
- さ・・・三回更新だと・・・?なんて素敵なクリスマスプレゼントだよ、マジ期待 --  &new{2009-12-19 (土) 19:00:07};
- 最高過ぎる展開 --  &new{2009-12-20 (日) 00:28:01};
- キタ━*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*━ !!!!!  ヒャッホウ!久しぶりのゲロ甘だぜ!2828が止まらねぇ…GJです! --  &new{2009-12-20 (日) 12:49:14};
- うpお疲れ様です!これがあれば今年のクリスマスは安泰だぜメルツェェェェェル! --  &new{2009-12-21 (月) 02:07:03};
- ダンwwww 正直言って、ダン・モロのクリスマスがどうなるのかに期待が隠せません。良い感じだぜメルツェェェェェル!! --  &new{2009-12-21 (月) 06:31:52};
- よく・・・クリスマスが無くなればいいと言う輩がいる・・・。だが、ハインとリリウムのためにもクリスマスは守らなくてはならない。たとえダン・モロがどうなってもw --  &new{2009-12-21 (月) 07:35:12};
- ダン・・・あんた、かっこよかったぜ・・・ --  &new{2009-12-24 (木) 14:09:01};
- 拳銃だが「グロッグ」ではなく「グロック」では --  &new{2010-04-29 (木) 23:46:17};
- 何故か俺の中でハインが某尻神信仰の悪役と重なって来ている様な・・・気のせいだな、うん --  &new{2011-03-26 (土) 11:12:07};
- リリウムとハインの甘々さはいいな、凄い甘いがさっぱりしてる、読みやすいし受け入れやすいwだが皆、ダンのせいで忘れているがイエロー1が可哀想だろう……彼とは話が合いそうだな、次回の訓練の際には参加しよう --  &new{2012-01-25 (水) 22:05:08};
- なんか敗れたあとにこんなになってるとはORCAの面々もかわいそうだな --  &new{2013-03-06 (水) 20:19:55};
- ダン・・・・頑張れよ・・・・あっメイは俺といるんで^^ --  &new{2014-09-19 (金) 06:16:25};

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