Written by へっぽこ


“ねえ。
 メイ。
 勝手なことを言うけれど、私とあなたは似ていると思うの。
 いいえ、私のネクストとあなたのネクストが似ているのね。
 
 ――そう。私はずっと聞きたかった。
 あなたはどーして装甲を強化したの?
 いつかのミッションで、あなたは彼に言ったわ。
「盾にして」って。
 その真意はなあに?”

エイはその台詞を聞いたのだ。おそらく、先の、あの砂漠の地で。
メイは答えた。
“それは、あなたがASミサイルを“だけ”搭載する理由と、きっと同じですよ”

それはバランス。

攻守ともには受け持てない。
だから二つのうち、どちらかを選ぶ事にした。
メイは装甲を強化した。兆弾を招くほど強固に。
それはつまり、ある程度の被弾を覚悟し、意識を攻撃に集中すると言うこと。
エイはASミサイルを装備した。あさっての方向へ撃とうが関係なく、ミサイルは飛びまわる。
それはつまり、攻撃の一切を全自動に、意識を回避に集中すると言うこと。

解答はまるで逆だが、アプローチは似てる。
万能を目指すのではなく、割り振りをわきまえる。
主役を目指すのではなく、脇役に徹する。
二人は似たもの同士である。
そんな二人がコンビを組んで、そしてもしそこへ援軍が現れたりなんてして、その戦力の一切を時間稼ぎに当てたなら、どうだろう、いくらホワイトグリントと言ったって、てこずるに決まっているんだ。
決して勝つことはできないけれど、傍目に見ればジリ貧そのものだけれど、時間は確かに稼げるのだ。
そんなことをされたら、ひょっとすると僕では倒せないかもしれない。
ま、倒されもしないわけだけど。

ともかく。
何が言いたいのかっていうと、それほどの実力が彼女たちにはあるってこと。
そこに僕の敬愛がある。僚機として、尽くしてくれた彼女たち。
二人もまた必要な存在だった。世界にとって。
それは絶対に間違いない。
だって、生き抜いた彼女たちもまた列記とした英雄で、同じ時代を戦った歴戦の勇者に変わりはないのだから。

白い鴉がかぁと鳴く。
―――ここが正念場だ。

さあ、君はどうする?
 
 
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               他二名がログインしました。

「どうする、だって?」と、エイの問いに答える衛兵が一人、悠然とリンクする。
私とヴェーロノークに肩を並べた。名をラフカットという。
「そんなの決まっているじゃないか」と、エイの問いに答える衛兵がもう一人、静謐にリンクする。
私とヴェーロノークに肩を並べた。名をヒラリエスという。

二人のことを私はまるで知らない。
かつてそんな名のネクストが存在した、ということぐらいしか、アブ・マーシュの知識からも引き出せない。
しかし肩を並べる二機はレーダー上でもグリーン表記で、敵ではないのは明らか。
ありていに言えば援軍だ。
誰が用意したかは知らないが、非常に助かる。

なぜならこれで。
「これで四対一ですね」
私は言った。
これをもって、本ステージはこれ以上ないイージーモードとなった、と、気を抜く私に喝が飛ぶ。
「よし逃げ回ろう!」
それはエイの提案だった。
「OK!」
「うむ、名案だ」
知らない二人が間髪入れずに頷いた。
そして私は驚いた。そんな彼らの対応にだ。

「この人数でも勝てないというのですか?」
それから怖くなる。敵が怖いのはいつものことだけど。でも。
「ああ、勝てないね」
「ええ、勝てません」
答えたのは知らない二人。
「No.1が居ればあるいは」と言う、ラフカットの中の人。
「うむむ、ウィンが居ればあるいは」と、ヴェーロノークの中の人、もといエイ・プールが言う。

「ともかく、四対一でも敵わない。そのことを私達は知っている。」と、淡々語るはヒラリエスのリンクス。
それは“神話”の話。つまるところ、彼彼女の時代の話だ。
瞬間流れるマーシュの記憶に一寸写り込む、フィオナの隣に佇むは世にも稀な、ネクストを操るラストレイヴン。
今、目の前に立ちふさがる白い鴉は、どうやら滅びた“かの理想郷”出身らしい。
とどのつまりはアナトリア。駆るネクストの名はアスピナに由来する。
ホワイトグリントという線でつながる今と過去。

「私たちは、四対一でも負けたのだ、あのレイヴンに。」
愁いを帯びた、水気ある声音のヒラリエス。
だから今回も勝てないと彼らは言う。
だから逃げ回ろうという提案に彼らは頷いたのだ。援軍に来ておきながら、である。
まあは理解した。けど。四対一だよ?
「でも、四対一ですよ?」私は素直に口にする。
答えて今を生きるエイ・プールは。
「そーだよ。たったの四機なんだよ。
 はっきり言ってですね。私もあなたもそこまで強くはないでしょう? それにそこの二人は機体がそもそも旧型じゃないですか。
 対してあちらさんは新進気鋭の特注ネクスト。
 ね? ハハ、ムリムリ」
さっきまでの威勢はどうした。
と、突っ込み入れたくなるほど、軽々しく白旗を振るエイである。

「違うぞ、白旗を振るのではないぞ! 白旗を振るふりをするのですよ!」
ため息つく私に、ちっち、と舌を鳴らすエイ・プール。
「腐らないでメイ。まだ四体。けど、どう? これにもしダン…はどーでもいいけど。――もし、ウィンが来てくれればどう?」
私とエイが束になっても“倒せない”ウィン・D。
「私たちができる最善は、私たちの中で誰より強い彼女の到着を待つことだわ。この場を崩さず、なるったけ戦力を落とさずに。」

「けれどウィンさんは今どこにいるのかも分からないじゃないですか! どうして助けに来てくれると思うんです?」
しかしエイさんはその問いには答えなかった。
考えれば分かること。
来てくれなきゃ困るのだ。ただそれだけのこと。
私たちは待つことしかできない。信じて、待つことしか。結局、できることは他にないのだ。
リンクしたエイ・プールの心を感じる。それは逃げようという意見に少なからず憤慨した私と同じ感情だった。
エイさんだって、倒せるなら倒したいと思っているんだ。
「――ねえ、メイ。あのメインタワー、あなたにはあれが何に見える?」

何って。
と、私が答えるより早く。エイさんは言った。
「私にはあれがゲートに見えるわ。作戦領域、ラインアーク。そしてターゲット、ホワイトグリント。この二つはキーなのよ」
それから。
「保たなきゃダメよ。きっとこのミッションはフラグだわ。ここからルートが分かれるの」
「だから逃げるの?」
「そそ。逃げ回って戦うの!
 つかず離れず。ミッションを引き延ばして引き延ばして、援軍を待つのです!
 そうして、アレを倒せば……」
「倒せば?」
「何かが起こるわ!」
「何かって何?」
「それは分かんない!」
自信満々に分からないというエイさん。
もちろん通信は音声のみなので、表情は分からないのだけれど。
その、してやったりっていうエイさんの顔が目に浮かぶようで、なぜか私は。
「アハ!」
ちょっぴり笑ってしまった。

「あ! 今、私のこと笑ったでしょ!」
「…ごほん。いえいえ、そんなことは。先輩のエイプーさんを笑うなどとてもとても」
「む。なんだかとってもバカにされてる予感!」
あーもう!
ほんとにあなたは直感ばかりだ。
だけどなんだか妙な説得力がある。その背中について行きたくなるぐらい。
「分かりました。やりましょうエイさん!」
と、決意固めた私たちに割って入るラフカット。
「オイ、準備いいか? 来るぞ!」と、メインカメラをズームズームすれば白い光翼を背負って、こちらへ滑空する鴉(エネミー)。
とてもかっこいいとは思うが、展開された肩のミサイルポッドと、銃口をまっすぐこちらに向けている両手のライフルは正直勘弁してほしい。
「いい? とにかく長く戦うのです! 撃破は二の次。ネヴァーギブアップの精神で引き延ばしてやりましょう!」
「了解」とそろう三機体。
「君たち二人と、私とラフカットのツーマンセルで戦う! なるべく敵はこちらに引きつける方向。きっと、長くは持たないけれど、先にやられるのは私たちの仕事だ」
「OK!」とエイさんはヒラリエスに返答する。私も。

世の中には、どれだけ頑張っても勝てない相手が存在する。
でも、時には立ち向かわなければならず、彼ら二人(ラフカットとヒラリエス)は援軍早々に覚悟を決めた。
勝てないことを知り、間に合わないかもしれないことを理解してなお、その二機はただ一介の雑兵として、打ち死ぬ覚悟を決めたのだ。
だから私も覚悟を決める。二人の援軍さんにならって覚悟を決める。それは自分の役割を遂げる覚悟だ。

そして一人の愛すべき先輩の背を追おう。
私たちで、この場を守る。
ウィンさんがやって来れるように、さながら索敵用の偵察装置(リコンユニット)のように。
私たちはこの場にとどまってとどまって、存在を発信しながら、逃げながら、戦いながら、待つ。

だから。

「―――全機散開!」

だから、早く助けにきてよ。ねえ?

私はエイ・プールの後に続いた。
 
 
     /* →第二階層にダン・モロがログインしています。
         第二階層にアンシールがログインしています。

正体不明兵器を背負った、Unknownなランドクラブをぶった切って後の事。
最後の目玉を爆散せしめた援軍(アンシール)から、都合七言目の罵倒を浴びせられたところで世界の改変が始まった。
アンシールのいう次と言うやつだろうか。次のミッション。聞けばステージは海だとか。
砂砂漠から一転、まるで別な舞台へとオレ達はジャンプする。
そして次の舞台でこそ、オレは真に輝くのだ。と、ちょっと前まではマジでそんなことを思っていた、の、だが。
耳を震わす咆哮と、どでかい火の玉がオレの意識の邪魔をする。

「これがマザーウィルか?」とアンシール。
アブ・マーシュの解析を持ってから、どうもそうらしい、とオレは答えた。
飛来した火の玉はオレ達の半径80m圏に着弾し、豪勢に砂煙をあげた。
その砲撃手は遥か遠方。大地を揺るがすほどの巨体が霞んで見えた。
「砂漠でのミッション繋がりで呼び出すとは、まったく骨が折れる。ま、あれがここまで到達する頃にゃ、オレたちゃ次のステージで白い鴉と戦争だぜ」
必須撃破対象でないSoM(スピリット・オブ・マザーウィル)を置き去りに、さっさと次へ。

アンシールは世界を急かして、オレの意識も急かすのだった。
だがオレは、繋がるアブ・マーシュの情報をチラ見し、アンシールの催促をしかとして。
やっぱこっち、と、とあるルートを選択しなおすのである。
それはきっと、王道ではない。

「いや待て待て」
と、オレはイライラせっかちなアンシールを止めて。そしてミッションの変更を告げる。
「オレはアレを倒したいぞ」
と、そんな夢見る発言をしただけで、罵詈雑言。
「はあ? ざっけんな! 無理に決まってんだろ! わきまえろ雑魚! “繋がれる(リンクする)”事しかできないゴミが、調子のんなや」
とまあこんなぐあい。
ただし、アンシールの言っていることの八割は正しく、オレは確かに雑魚だし、ネクストを動かすことしかできないゴミだった。
けれど、思いついてしまった最善(とオレは思っている)を裏切れるほど、オレは自分が嫌いではない。

「考えがあるんだ。アブ・マーシュから“知った”。今、エイとメイと、あんたの仲間二人がホワイトグリントと戦争してんだろ。そんなとこへオレ達が行ってどうなるよ」
「六対一になる。流石にどうにか――」
「いやムリだ! なぜならエイとメイは別にして、残りの二人はそう長くはもたないぜ。つまりだ、オレ達が駆けつけても、その頃にはまた四体一の可能性が高いってわけだ」
今や激しき海上ハイウェイの戦争は、できるだけエイとメイに負担がかからないようにと、半歩前へ出て戦う旧世代の劣勢で、早くも作戦時間が減りつつある。

所詮できることは時間稼ぎまで、とはいえ。
どれだけ避けることに徹しても、的確に削られるAP。
傷がつく機体を前に、0階層のマーシュはオレに告げた。
折角の援軍は、けれど長くはもたない、と。
なんとあっけもない。活躍は終ぞ描かれない、物語に埋もれてしまうだけの哀れな脇役。
「ならばなおさら、今すぐにでも助けに向かうべきだ! 二人がやられる前にな!」
旧世代のアンシールは言う。
「ああ。確かにそれも一つの手だと思う。でも、それじゃダメだ、輝けない!」
「あぁん?」
挑発めいた揺れるイントネーションで、アンシールは不快感を声にする。

アッシュの背中にカタカタと、さながらルービックキューブをそろえるように、再び展開されるデータフレーム。
オレは続けた。
「聞いてくれ」

今ここに、ミッションは二つある。
それは今後のルートを左右する、至極重要な選択に基づく。最短距離と回り道。
今すぐラインアークでホワイトグリントの撃破を請け負うか。
名もなき砂漠(ここ)でSoMと戦うか。
「正直言ってだ。ホワイトグリントと戦うなんてな、一瞬でやられる自信がオレにはあるぜ!」
「誇るなよバカめ! そもそも、アレと戦って何がどーなる? 勝ったところで何が変わるってんだ!」
―――ドン。と咆哮。それはSoMから。まるで地鳴りのような。
やや間があって火の玉が着弾する。
舞う砂煙。今度の誤差は約50m。

「お前、さっきのランドクラブの中を見たか?」
「ん? ああ、見た。“空っぽ”だった! それがどうした!」
「そうさ、からっぽさ。だって首輪付きはランドクラブなるAFが、どういう仕組みで、どういう機械が詰まっているのか、全然把握も理解もできていないんだからな!
 だから思ったんだ。もしも、空っぽの殻の中に“本物を”詰め込むことができたならってさ」
「意味がわからん!」
「ほら銃を見ろ。こっちはちゃんとマガジンの中の弾丸まで組み上がっているだろう。一発撃てば薬莢だって出るし、装弾数も有限だ」

一見してリアル。
なんでもありの夢世界なのに、首輪付きはそれでもちゃんと常識でもって、リアルを再現しようとしている。
だが突き詰めれば突き詰めるほどに支離滅裂。
ランドクラブの中身はそっくりそのままくり抜いて、外殻は硬度こそあれ厚みがない。
それでも当の本人は大まじめに、あくまで理屈を通そうとしている。
「だから思うんだ。
 もし、SoMに。 おそらくは空っぽだろうSoMにだ。
 その殻の中に、ちゃんと“理屈立った物”を詰め込んでやればどうだ?」
「できるわけがない! 正気か!? そんなことが、できるわけがないぜ!」
オレたち外部の人間が、当然のように自分のネクストを操ることができている事実。
リンクスがネクストを動かすのは常識だ。それはあいつにとっても。
だったら、アレにも機械と人を乗せれば動かせるんじゃないか?

「アブ・マーシュ! 君はどう思う?」
ここでオレは“外”に振る。オレの切り札。
オレの考え、言いたいこともやりたいことも、もう十分伝わっているはず。
転送が開始する。
カタカタとバーコードめいた平面の織り成す、無数のキューブが幾何学上に、変形を繰り返し、みるみる機体の背を覆っていく。
アッシュの背中に今再びのVOB。今度は巡航型で。
無言のままに、世界一のアーキテクトがオレの背中をぽんと押す。
それをオレは光栄だと思う。つくづく、運がいい。

彼女は既に選択している。
それはオレが一度言い出したら聞かない我儘野郎だという事を、彼女が十全知っているからだ。嫌というほど。
今回の事だってそうさ。
オレが首輪付きをサルベージするといって聞かないから、彼女は心底うんざりしながらも助けてくれてる。
やれやれって顔して、首を振りながらも、一生懸命に。

そしてこのミッション。
途方もない無茶ぶりに押し黙って、黙々VOBを組んで、オレを文字通り後押しするアブ・マーシュ。
そこまでしながらそれでも黙っているのは、今、彼女がオレの奇策をどうすればこなせるか、必死で工数見積もっているからで、
「やってみないことには……」
受けて、天才の頭脳をもってしても、そんなあいまいな答えしか返ってこないというのは、たぶん無理ってことなんだろうけどね。
「そうか、わかった。―――ありがとう」
付け加えた感謝の言葉。少しでも、オレの気持ちが伝わるといい。

しかし、勝算は未だあるのだ。
成功する確率は0だが。まだ0だが!
オレには確かな勝算があるんだ。
そう、オレは思い出したんだ。
オレ達が居る階層の、てっぺんにいるアブ・マーシュの、皆が眠る霊安室の、メンテナンスを担当するカニの、すなわち今みんなが居るこの病院の建つ、この街の管理者。
老いたフクロウがこんな面白い状況を見ていないわけがない。

ともかく。
「じゃあやろう!」
オレは宣言する。
「そんな。なんつかバカ見てーなこと、やってみようってのか」
アンシールはまだ渋る。でかい態度の割に、なんと気の小さい。
「“やってみるのではない。やるかやらぬかだ”」
大きさの問題ではない。
「……マスターヨーダ」
ぼそっとアンシールが口にする。誰より有名な善の体現者。時にフィクションは現実をも凌駕する。
「イカレてるぜ、てめー。ハハ、――乗った」
アンシールの背に、同型のVOBがコピーされていく。
これからだ。
「今からオレ達はマザーウィルをジャックする」

―――ドン。と咆哮。それはマザーウィルから。まるで地鳴りのような。
そして飛来する火の玉の着弾を待たず。
「Rock'n'Roll!」の掛け声の下、オレはガチンと頭の中でスイッチを押す。
タービンが超回転、背中のVOBに火が燈る。
広がる白く巨大な翼と、急加速する機体。
「Foooooooooooh!」
寸前火の玉を潜りぬけ、オレ達はマザーウィルへ疾走する。

     ◇

そして一分間の流れ星体験。のち。
作戦領域に深く潜り、限界ぎりぎりまでVOBの恩恵を受けてからのパージ、目前に迫るマザーウィルへ肉薄する。
――と、書くといかにも簡単な事のようだが。

幸運な事に、精度を著しく欠いた(と、きっと現実のミッションで首輪付きは感じたのだろう)マザーウィルの主砲はことごとく脇へそれ、オレは実際なんということもなくマザーウィルに辿り着くことができた。そう、“オレ”は。
VOBのパージ直後の話だ。
アブ・マーシュが口にする。
タイミングは第一陣のミサイル群の後。その間隙に、マザーウィル正面、左右に開いた巨大なドッグの中央に伸びる、二つのトンネル型のカタパルトの一片に飛び込め、と。
そしてアンシールは、そんなアブ・マーシュのオペレートに対して、オレの直上に陣取り、空から飛来する無数のミサイルの目(ロック)を一身に引きつけて、そのまま宙へと身を翻した。

それはまさにカーテンの裾を掴んでまくりあげるかのように、追尾ミサイルを跳ね上げた。
ぎりぎり過ぎたのか、あるいは単にミサイル量が多すぎてそれぞれが干渉しているのか、空へと駆けあがるレッドキャップの近傍で爆発が点々、と。
オレはそんなアンシールの最後を見届けることもなく。
伸びるマザーウィルのカタパルトに飛び込んだ。最大限の敬意をこめて、オレは無言で飛び込んだ。

アンシールは、何も言わずに囮になってくれたのだ。
アブ・マーシュの話を聞いて、ただ覚悟した。
その潔さ、かっこいいとオレは思った。
まるで主人公を陰ながら助ける、相棒のような―――。

オレは飛び込んだカタパルトの最奥で、現実ではおそらくはリフトへと繋がるのだろう巨大な扉に半ば激突しながらブレードを突き立てた。
衝撃に骨がきしむ。
そのブレードっていうのは先のアブ・マーシュ特製品などではない、ただの量産品で。
それでも、人ひとり分ほどの裂け目は開いた。
そんなマザーウィルの切り傷をメインカメラでもって確認し、オレは即座に緊急ハッチからアッシュを降りた。降りて、その裂け目から中を覗く。自身の目で。
はたしてそこは狙い通り。本当に何もない空間が広がるばかりであった。
まるでマザーウィルを丸ごと裏っ返したみたいだ。
ここまで来ると、外面の無駄な凹凸の再現具合に寧ろあきれる。
一ミリも厚みの無い、謎素材でできたクラフトワーク。
その、広大な内面を埋めるのだ。
全てはアブ・マーシュにかかっている。
「頼む!こいつを動かせるようにしてくれ」
それは、とんでもない無茶ぶり。
だが。
一転すればいともたやすい。

オレは期待しているのだ。
アブ・マーシュ、と。
それから。

援軍は、何も内側からしかやって来ないわけではない。
次は、オレ達の世界の番だ。
 
 
     /* →第0階層にアブ・マーシュがログインしています。

整理しよう。
SoM(スピリット・オブ・マザーウィル)の中身を作る。それも一から。って!
こんなバカな話があるか、と。現実的な私の頭が思考を乱す。
いや、バカだなんだと考える前に今は考えなくては! と、夢見る思考がバカを思う。

引かなくては、図面を!組まなくては、システムを!決めなければ、制御値を!
しかししかししかし、そうは、いっても、私はアーキテクトで、あくまでネクスト専門で、だから、でも。
「くそ」と、弱音。
考えろ考えろ考えろ。
エイもメイもダンも戦っている。頑張っている。
下位層からの、補佐願い。エイとメイに弾薬を供給し、ダンにVOBを背負わせ、再び装備を整えた。
上位層(すなわち現実の病院)からは、さっきからぬらり浮かび上がった白い固定電話が相変わらずうるさい。
呼び出し音が響く響く。
ピピピ、ピピピ、と。
きっとコフィンエンジンの稼働限界を知らせる報告だろう。体が妙に熱い。冷却限界が近いのだろうか。
だが、そんな現実(こと)にはかまってられない。

ピピピ、ピピピ。
今は内側を。SoMの中身を思考する。
ピピピ、ピピピ。
考えて考えて、もっともっと。
ピピピ、ピピピ。
さあもっと考え――。
私は上位階層(リアルワールド)へ繋がる受話器を取った。

「うるせーぞ! そっちからでもモニタできているだろ! 今はそっちの泣き言聞いてる暇ねーんだよ!」
―――と。
一方的に怒鳴りつけるのであるが。
ふと。
カニスは言った。
「客だ、二人」

お客さん。
カラード管轄のこの病院で、機材搬入の許可を出し、死体安置所の改造を許可し、補助電源の使用許可をくれたのは他でもない。
とある重鎮の二人組。
私は押し黙って、カニスの話を聞く。曰く、ずっと監視していた、と。
ああ、そういえば、そういう話だったなと今になって思う。
コフィンを回す条件として、作戦をリアルタイムにモニタリングさせろという。私はてっきり技術を盗みたいのだとばかり。
聞いて意識ロックを解除した。
追加、二名が、私の脳の中へと侵入する。
一人は半自閉し、姿を現すことすらなく、高みの見物よろしく、もう一人を介して私と繋がる。
第0階層。現れた一人。それはうら若き少女である。
その少女と、彼女の陰に隠れるその保身ぶりで、それが誰かは姿を見ずとも瞭然であった。

誰かさんの意識的ファイヤーウォールと電話線を兼ねた少女は一枚のディスクを携えていた。
「こちらを、どうか」
差し出されたディスクを私は受け取り、バリバリと食べた。比喩でなく齧る。
しっかり噛んで、咀嚼して、“その情報”を私の血肉に変えていく。
脳のしわに染みいるその情報に、私は一人身震いする。
「これは、SoMの!」
少女は笑った。

「王大人から、あなた方へ、プレゼントでございます」
来た!
「ハ、ハハ。アハハハハハハ。ハハハハハハ、ハハ―――」
きたきたきたきた――――。
AFの代名詞。スピリット・オブ・マザーウィル。
素晴らしい! いったい何人の技術者がこれに携わった?
いったい、どれだけの希望を込めて組み上げた?
いったい、どれほどの怨嗟を糧に作った?
それが、全て、分かる! 分かるよ!
そう! そうなんだ! 兵器とはこうでなくては!
心ときめく私は下位層へと思考を向けた。
それはダンのいるステージ。
「おい、ダン! 後は、マジでお前次第だぜ」
 
 
     /* →第0階層にアブ・マーシュ、そして、第二階層にダン・モロ。二人が仲良くログインしています。

ああ分かってるさ!といわんばかりに、オレ(ダン)は一歩踏み出した。空っぽのマザーウィルの中へと。
そして宙に踏み出したオレの足を、私は機械で受け止める。
一歩、また一歩、と、マザーウィルを闊歩するオレに先導されるように、私は失われていたSoMの内臓を再構築する。
いや、再構築ではない。これは再誕だ。無数人間によって紡がれたSoMに天下の私が加わった、作る新たなマスターピース。
核となるのはオレ自身。さあ炉心へいそげやいそげ。
そうして遂に、全ての中心。脳となる指令室へとオレは足を踏み入れた。
「これはコアか。アッシュの」
装甲無きむき出しのコア。
「そうだ、SoMにセレブリティアッシュを繋いだ。
 あとは、分かるだろ?」
そしてまた歩き出す。
らせん状にコアの周りをぐるりと囲う階段を上り、オレは私が組んだ今や慣れ親しんだNEWアッシュのコアへと乗り込んだ。

そしてダイヴする。すなわちマザーウィルにラインを引くのだ。
「行くぞ、ダン! 安心しろよ、衝撃はたぶん雷に打たれる程度だ」
「なんだ、ラクショーだな!」
と、オレは強がって見せるのであるが。
私は分かってる。内心はバクバクなんでしょ?
いつもの強がり。たぶんマジで落雷クラスの衝撃だろうに、それをへでもないと。
そんなちょっとした普段のやり取りを思わせる会話が、私もオレも、今はとても心地よい。
繋がり(リンク)はより強固に。

きっと、君は負けない。
この雷だって耐えて見せる!
ホントに? ホントに!
本当に。
駄目だ駄目だと弱音を吐き続け、無理だ無理だとネクストを降りようとして、けれど最後の最後まで、ネクストを降りず、仲間のために踏みとどまって戦い続けるの君の、歪で、見てくれこそつまらない、ただの石っころのような精神。
だが誰より硬いそれは、まぎれもなく君(ダン)の強さそのものだ。
深呼吸をひとつ。
そんなに君(アブ・マーシュ)が褒めるから、顔がほてってしまったよ。
深呼吸をもう一つ。
さあ、行こうか!

AMSを起動する。
SoMという超ド級の繋がりを求めて、まさに雷めいた光の一撃が君を襲う。
極太のラインを形成するNEWアッシュのAMS。
熱と電気で、君の髪が逆立って、体からはほのかに煙が上がっていく。
ああ、こりゃマジで燃えてるぜ!と、悲鳴をあげたくなるがこらえる。
いいじゃねえか。かっこいいじゃん? 魂燃やして繋がるリンクス、とか。そう思うだろ?
いやいや今さらだよ、と私は思った。

君の魂は、いつだって燃えていた。

「ああAMSから。光が逆流してきやがる!」
それは、リンクスにとっての一つの死のイメージ。
侵食され、戻れなくなり、脳が光で破裂する。
「お、おおお、おお、お、おおおおおおおおお――――――」
極彩色に輝く光は瞬く間に、君を飲み込んでいく。

そう、光だ。
全ては光に還元される。
何もかもを照らしだし、包み込み、染め上げるまばゆい、神々しい、輝き。
それに溺れて溺死するか、全てを飲み下すか、それは君次第で、繋がる人次第で。
只中で君は叫ぶのだ。
戻れなくなる? いやいや、戻る必要なんてないだろ。
君はもうどこにも引き込まれやしない。侵されはしないのだ。
君はただ君の居場所で、存在し続ける。
時に泣き、喚き、叫びながらも。至極、人らしく、まっとうに。
私には分かる。君が、そこにいるのが確かに感じられるんだ。
「スピリット・オブ・マザーウィル!」
さあ行け。行きなさい。

ああ、行くとも!
そうしてオレは宣言する。オレこそが世界の中心だ、と、この世界に宣戦布告するのだ。

「――――――ッ動けええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――」

一歩だ。
まずは一歩。
呼応する。鉄の内臓が詰まった巨体が踏み出した。
数百トンの砂を巻き上げて。
それは、私(オレ)たちがSoMを確かに奪い取った証拠であった。

反転したマザーウィル。
近接迎撃用ミサイル群を解き放つ。放たれたミサイルは展開中のSoMの警備に当たるノーマル部隊を一層する。
「……なんだ、やればできるじゃねぇか」
マザーウィルの頭の上、囮役を成し遂げたボロボロのネクスト。
左大腿部をやられ、右足首をなくし、右腕の肘から下を潰され、頭を吹き飛ばされたレッドキャップの、そのコアの上に立つ、血まみれアンシールが声を張る。
それはどこかセンス古臭い送り言葉だ。
「波に乗れよRock Star!」

世界が改変する。

瞬間、広がる大海原。そこへ一歩踏み出せば、撒き上がる砂と水。
海上都市ラインアークのメインタワーへ向け、SoMは海の上を一歩、また一歩と、踏みしめる。
水面を砂漠に改変しながら、踏みしめるのだ。
それはまごうことなき侵略であった。

私(オレ)たちは今、確実に首輪付きを侵食している。
 
 
     /*

そんな、突如として現れたマザーウィルの姿を横目に。
――――ホワイトグリントは、一段ギアを入れ替えた。


now:66
today:1
yesterday:0
total:1751


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