Written by ケルクク


マクシミリアン・テルミドール(オッツダルヴァ)と二代目霞スミカ。
両者とも性質は異なるが共に紛れもない天才である。
片や、その時代で最良のリンクスであるベルリオーズとネオニダス(テペス=V)に最高級の素質を見出され導かれ、その素質を前半生は良き友等と切磋琢磨し後半生はレイレナードの遺志を継ぐべく刃金の覚悟を持って鍛え上げた『実戦派の天才』
片や、受精卵時のコジマ汚染により齎された突然変異によって得た異常なAMS適性並びにコジマ汚染への耐性に、その半生をかけて得た狂信と狂気をかけ合せる事で人を超えた『人類種の天敵』
両者に共通するのは類稀なる天賦の才に驕らず、生涯をかけて才を磨き上げ続けた事である。

その二つの天才の戦闘は予想に反して大人しかった。
両者共に本気を出さなかったからである。
二代目霞スミカは、セレン・ヘイズの指示に逆らい、逆に説得し、裏切り者テルミドールに罰を与えるべく『とある作業』にリソースの大半を注いでいた為に演算量の少ない中遠距離で回避に徹していた。
マクシミリアン・テルミドール(オッツダルヴァ)は、二代目霞スミカの手を読んでいたが、クローズプラン成就のためあえて放置していた。

故に状況が動き出したのは、戦闘開始より4分38秒後、二代目霞スミカの『とある作業』が終了した時であった。
 


 
「パス突破ア~ンド命令変更終リョ~~!!!」
セカンドの声と同時に、照明が赤く染まりサイレンが鳴り響きクラニアムが振動を始めた。
「ギャハハハハ!ナ~ニが起こったか解「やっと終わったのか。チンタラしすぎだ、クズが」
セカンドの声を遮ると同時にオッツダルヴァはメルツェルが想定していた事態の中で最悪に近い状況になった事に眉を顰める。
「んだよ~、その言い方だと全部予想してたみたいジャンかよ~」
「当然だ、クズが。」待っていた状況が訪れた以上戦闘を初めても良いのだが、時間に余裕がある事と僅かに動揺している己を静めたい事、何より自分(オッツダルヴァ)以上に醜い裏切りをした霞スミカへの怒りが会話を選ばせた。
「シリエジオの姿が見えない以上、マイブリスの追撃か、私がいなくなった隙を突いてGAかインテリオルが作った隠し通路を通って直接クラニアムの中枢を制圧しに行った事は明白だ。
 そして現状ではマイブリスを追撃するメリットがほぼない以上クラニアムの中枢を制圧に向かったのは確実だ。
 更に先ほどまでのやる気の無い貴様の様子を見る限りリソースを他に回しているのも確実。この状況で戦闘よりも優先する事といえば、クラニアム中枢の端末のロックの突破しか考えられんだろうが、クズが。
 そして端末のロックを突破した貴様は、何らかの手段で手に入れたGAの最高権限と、端末内に残っていたORCAが用いたオーメルの最高権限にロイが用いたインテリオルの最高権限を使って全クラニアムに自爆命令を出したのだろうが」
「おお~すっげ~。自爆命令の前にアサルトセルを一層出来るだけの電力供給をエーレンベルクに送る以外は満点だぜ!流石、団長様!
 褒美に教えてやるけど、ババァが通ったGAの隠し通路にGAの最高権限と端末のロックの緊急解除方法はチビ、つってもわかんねーかリリウム・ウォルコットが教えてくれたんだぜ!」
「この程度の洞察当然だと言っているだろうが、クズが。それと団長じゃなくて旅団長だ、カスが!」
毒吐きながら心の中で友に頭を下げる。普通ならセカンドのGAの最高権限の獲得の可能性などほぼ0だと斬り捨てるところだ。だがお前はその状況を想定し対応策を講じておいてくれた。
そう、誤作動やテロの可能性も考えて自爆は命令から実行まで最低でも12時間の猶予がある。そしてその間各グループの最高権限を持つものに対してセキュリティーは無条件で開かれる。
故に瀕死のストレイドとシリエジオを斃した後、私はオーメルの最高権限を用いて自爆命令の中止とエーレンベルクへの再充填を指示すればよい。
こうする事で最低でも72時間後であった充填の再開を実質0に出来る。
ありがとう、友よ。やるべき事が解っているからこそ、私はこのような状況でも落ち着いて冷静でいられる。
「ひゃはは!馬鹿でごめんね~。まぁいいやそろそ「しかしこのような蛮行の片棒を担いでおいて私の事を裏切り者だとよくぞ言えたものだな、霞スミカ!ORCAに人類廃滅の汚名を着せようとする貴様のほうが裏切り者ではないか!」
セカンドの声を遮る程に自分が激していたのかと、我が事ながら驚く。
「だ、黙れ!!私と同じ様に個人の感情でORCAを!レイレナードを!あの人(ベルリオーズ)を裏切ったお前に言われる筋合いはない!!」
「私がレイレナードとベルリオーズ様を裏切っただと!ふざけるな!!!」
あぁ、そうか。私は彼女の事を信じていたんだ。ウィンとの会話を聞いて彼女がセカンドと共に堕ちる事を決意していた事はわかっていた。でもどこかで信じていた。
オールドキングやセカンドのように志が違う事を解っていながら戦力目的で引きこんだ者ではない、志を同じにした同志がそんなに弱いわけは無いと。今は迷っているだけで最後の一線では正道に戻ってくれると。
だが彼女は裏切った。あろう事かセカンドに従い人類廃滅の引き金を引いてしまった。私はそれに裏切られたと感じている。我等の理想を穢されたと!
「な、なにが違うというんだ!!お前は私と同じだろう、テルミドール!いや!オッツダルヴァ!!」
それが無性に悔しくて哀しくて憎いんだ!だから、私はこうも怒っているのか。
「貴様と一緒にするな!クズが!!!
 確かに私はオッツダルヴァでありORCAを裏切った!だがレイレナードもベルリオーズ様も裏切ってはいない!!
 いいか!ORCAはレイレナードの残光だ。
 アサルト・セルを打ち払い人類を新たなるフロンティアへ導く事のみが目的の残光だ。
 故に、目的を果たしたら速やかに消えねばならん。
 間違っても、ORCAという残光から人々を惑わすORCAの残党などという陽炎を生み出してはならんのだ!!
 だから私は同胞を裏切り、永遠の侮蔑と汚名を覚悟の上でオッツダルヴァに戻ったのだ。
 役目を終えたORCAを消し去るために!人類をフロンティアへと正しく導くために!!
 もう一度言おう!
 テルミドールは既に死んだ!
 ここにいるのは、ランク1、オッツダルヴァだ!!
 逆に問おう、セレン・ヘイズ!
 貴様には大義があるのか!同胞を裏切り人類を殺しつくす義が貴様にはあるのか!答えろ!!」
「私は私の答えは私、私、わたわたわたわたしししししの、答えは、その、この子とあの」
「ふん。大義も答えられず愛の為とも断言できないとは、クズが!
 これ以上貴様ごときにORCAを気取らせORCAの名を貶めるわけにはいかん。
 オッツダルヴァではなく、ORCA旅団団長マクシミリアン・テルミドールとして貴様を粛清する!」
「…話し終った?つーか俺が主犯なのにどうして皆俺を無視するかね。
 ババァを殺るには俺を殺らなきゃいけないって解ってんのか?」
「貴様は所詮は獣だ。思想なき畜生に負けるか、クズが」
「ムカ。へへへへへ、いいぜぇ。どうせ暫くここで番しなくちゃいけなくて暇なんだ。テメェを嬲り殺して暇潰しをしてやんよぉ!!」
叫びと共に突っ込んできたストレイドに700と705を発射しようとしたところで、ストレイドがQBで視界から消えた。
「チ」視界外から撃たれたスナイパーキャノンをQBでかわ「く!?」すと目の前に出現したロケットを700で迎撃する。眼前に爆炎が現れる。
「ひゃっは~~!!」迎撃に成功した安堵と爆炎に一瞬目を奪われた事による僅かな隙に、左後方の死角からストレイドに接近される。
咄嗟に体を捻りコジマブレードの範囲から脱しながらQBを使う。
「らぁ!!」咄嗟だったためドーザーの範囲からは脱出する事ができずにストレイドに殴り飛ばされる。
「グ」衝撃で吹き飛んでいる最中にQBが発動し、ストレイドから距離をとる。
「ひゃはあははは!時間差でQBの着地点に撃ったロケットを迎撃できるかは50%。コジパンをかわせるかは38%だったのによく両方ともかわせたね~。さっすが、団長様!」
耳障りな声で嗤いながら2次ロックが完了する直前で視界から消えるストレイドに眉を顰める。
なるほど、これが奴の今の力か。確かに恐ろしいものだな。だが所詮は手品。種が知れてしまえばどうという事はない。
「よ~っし、次はかわ「私も予言しよう。お前は次の705をかわせない」
「ぎゃはあはははは!おいおいおい、ロックも出来ない相手にどうやって当てる気だよ?」「説明してもお前に理解できるとは思えんし、説明する義理も義務もない」
「そらそ~だ。なら、見せてみろよ!団長さまよぉ~~!!」言葉と共に突っ込んでくるストレイドに距離をとりながら705をストレイドに向ける。
そして1次ロックが終わった直後に700を自らに向けて放つ。軽い衝撃と僅かなダメージが襲う。「え?」同時に戸惑うように棒立ちするストレイドに向けて705を放った。
「がぁ!?テメェ、一体何のつもりだ!」705が直撃したストレイドが悲鳴をあげる。
「説明する気はないと言っただろうが、クズが」901をストレイドに向けて放つと同時に武器を切り替える。
「ラッキーパンチ一つでいきがってんじゃねぇよ!」ストレイドが肩散弾を起動する。迎撃するつもりか。
させん。700を無意味に天井に向けて発射する。再度戸惑うように動きが止まるストレイド。
「テメェ!もしかして狙って」今度は直に動き出したストレイドがミサイルを回避する。だがそれは未来が見えているとは思えない拙い動きだった。
「当然だ、クズが」再度901を発射する。「クソクソクソクソがぁ!」更に無様に、それでも何とかミサイルを回避するストレイド。
ミサイルを避ける為に決定的に耐性を崩したストレイドに700と705を叩き込む。

ふん。やはりハリと同じ弱点を抱えていたか。
奴の異常な先読みは経験ではなく、あらゆる未来を予測しているだけだ。
しかし、どんな計算能力を持っていたとしても無限にある未来の全てを予測する事などは不可能だ。

だが、奴は実際に全ての未来を予測している何故か?
答えは簡単だ。
奴は無限にある可能性のうち、絶対に起こらないであろう未来をリンクスが予測不要と間引き、ありえる未来だけを予測しているのだ。
つまり、計算量を減らす為に無数に取り得る相手の行動の中で絶対に起こらないであろう物を、
リンクスがあらかじめ取り除いき、残った行動からもたらされる未来を統合制御体を予測をさせているのだ。

ならば対応策は簡単だ。こちらはリンクスが取り除いた絶対に起こらない事(自分を撃つ事や無意味に明後日の方向に射撃する事等)を行ってやればいい。
そうすればそこから先の未来は計算されていない。すると未来予測に頼りきりの奴は先程の様に戸惑い棒立ちしてしまう。
そこまでいかなくても未来予測がなくなれば奴は2流だ。未来予測を覆すために無意味な行動を取らなければいけない点を差し引いても私の敵ではない。

「調子に乗るなよ!全演算結果を廃棄!スティシスの行動制限を撤廃し再演算!!」
追い詰められたストレイドが絶叫すると同時に少しだけ動きがよくなる。だがその動きはマイブリスとレイテルパラッシュを相手にしていた時と比べ物にならないくらい悪い。
当然だ。私のとりうる選択肢は無限にある。それを全て計算し尽くすなどできるはずがない。
勝ったな。いや、油断するな。まだ霞スミカがいる。裏切り者とはいえ獣と違い彼女は本物のリンクスだ。前座(ストレイド)に余計なダメージを受ければ本番(シリエジオ)に差し支える。
そうだ。私は散っていた同志の為に、人類に黄金の時代を齎すために負ける訳にはいかないのだ。
 


 
あの子が追い詰められている。あの子が殺されかけている!このままではあの子が死んでしまう!!
助けなきゃ。助けないといけない。助けたい。
方法はある。あの子は力の使い方を間違っている。だから正しい使い方を教えてあげればあの子は誰にも負けなくなる。
だから教えてあげなきゃ。教えなきゃいけない。あの子が死んでしまう前に!!!
なのに、あぁ、なのに、私の体は震えるばかりで動かない。口から出るのは嗚咽ばかり。視界が歪んでいるのは止まらない涙のせいなの?
解ってる。私の動きを止めているのはテルミドールの言葉のせい。あの言葉が、あの想いが私を縛っている。
解っていた筈だった。ふっきった筈だった。覚悟した筈だった。あの子の為に全てを捨てる筈だった。私は答えを出した筈だった。
でも違った。嘘だった。メッキだった。偽りだった。捨てたのではなく心の奥底に封じ込めていただけだった。目の前にあるのを見えないフリをしていただけだった。
あの子があんなに苦しんでいるのに、あの子を助けに行きたいのに、目の前の(過去)が、(人としての矜持)が、(ベルリオーズを愛した女)が、(母親)の前に立ち塞がり口を揃えて命じる。
『ストレイドを見殺しにし、テルミドールに討たれろ』と。
あぁ、解っている。解っているんだ。それは凄く正しい。人としても女としても。霞スミカ()なら絶対にそちらを選ぶだろう。
あぁ、だけど、あぁ、でも、セレン・ヘイズ()はあの子を助けたい。あの子と一緒にいたい。
誰か助けて。助けて欲しい。私に教えて欲しい。私がどうすればいいのか教えて欲しい。
私はもうどうしたらいいのか解らない。
 


 
突然照明が赤色に切り替わり耳障りな警報が鳴り響いた。同時にクラニアムが振動を始める。
そして、全クラニアムに自爆命令が出たので職員は至急退避しろと放送が流れる。
自爆だと!?一体何が起こっ…い、いや俺には関係ない。クラニアムがどうなろうと知ったこっちゃない。俺の目的はウィンディーを助ける事だけだ!
「…ロ……イ…」「ウィンディー!?意識が戻ったのか!大丈夫か!」「……あ…あ………なん…とかな」
言いながら薬品を注入してコンディションを無理に戻しているのだろう。後半は殆ど何時もと変わらなかった。
「馬鹿やろう!無茶するな!!!基地に着くまで大人し「違うだろ。ロイ。お前がしなきゃいけない事はそれじゃないはずだ」
ウィンディーは静かに俺の言葉を遮り首を振った。
「喋れはしなかったが話は全て聞いて状況は把握している。
 …私は捨ててお前は戻ってアイツを倒してくれ、ロイ」
迫り来る自らと我が子の死を前にしても変わらないウィンディーの声。
「何言ってんだ!!今すぐ戻らないとお前は死んじまうんだぞ!」
その声は堪らなく美しく、そして正しかった。
「だが今すぐ戻らないとストレイドは止められない。そうなれば人類はおしまいだ。
 だからお願いだ、ロイ。私を置いて、戻って」
その声に、その意思に、その生き方に、その美しさと正しさに俺は惚れたんだ。世界の全てと引き換えにしてもいいくらい惚れたんだ。
「もういいじゃないか!全て終わったんだ!もういいじゃねぇか!ここから逃げよう。全てを放り出して逃げよう!
 人類が終わるまで俺とお前と俺達の子供三人で静かに暮らそう!」
だからこそ俺はその意思を叶えたい。だからこそ俺はウィンディーに生きて欲しい。
マイブリスに抱かれたレイテルパラッシュの上半身が強引に身を捩りマイブリスの腕の中から脱する。
「まだ終わってないだろ?まだ止められる。なぁ、ロイ、頼むよ。私の事を愛してるなら、戻って世界を救ってくれ。
 そうじゃないと私は私を許せない。私のせいで私の愛した男が世界を見捨てたら私は私を許せないんだ。
 だからお願いロイ。私の心を殺さないで」
OB中に転がり落ちたため慣性で無様にゴロゴロと転がるレイテルパッラシュの中でウィンディーが切々と訴える。
俺はどうしたらいい?俺は?どうするべきなんだ?
ウィンディーの望みを守ればウィンディーは死ぬ。ウィンディーの命を守ればウィンディーの心は死ぬ。
俺は愛した女の命か心のどちらかしか守れない。
無理だ。選べない。選べるはずがない。どちらを選んでもウィンディーは死ぬ。
俺の望みはなんだった?ウィンディーを守る事。ウィンディーの何を守る?命?心?無理だ。選べない。心を守っても命を失えば結局心は失われてしまう。命を守っても心を失えば生きた屍となる。それじゃぁ死んでいるのと変わらない。だから俺はウィンディーを守れない。ウィンディーは死んでしまう。俺はウィンディーを殺してしまう。俺はウィンディーを失ってしまう。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
「あ、あ、あ、あ、あ、アアァアアァあぁああぁあああぁぁあああぁああ!!!!!!!!!!!!」
どうしようもない絶望的な状況に叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。叫んでも何も解決しない事はわかってる。それでも叫ぶしかできない。そうして叫びつつけていたら声が枯れた。それでも叫んだら声の代わりに血を吐いた。痛い。苦しい。涙で視界がゆがむ。獣のような荒い自らの呼吸音と爆音のような心音が煩い。視界が回る。世界が回る。意識が回る。唐突に堪えきれない吐き気に襲われた。堪えきれずに口と鼻から吐瀉物を撒き散らす。辛い。苦しい。でも吐いている間は決断せずにすむ。だから俺は吐き続ける。解ってる。これは醜い逃避。卑劣な先延ばし。こんな事をしても何も変わらない。でも決断できないんだ!仕方ねぇじゃんか!胃の中を全てぶちまけても吐き気は収まらない。喉に指を突っ込んで強引に吐く。吐く。吐く。胃酸が喉と指と口内を焼く。熱い。苦しい。痛い。辛い。統合制御体がリンクスの精神異常を戻すために薬品を注入する。精神が直される。整えられる。冷静に戻る。咽喉が癒される。だけど無意味だ。いくら冷静に戻ってもこのどうしようもない絶望的な状況がある限り俺は叫ぶことしか出来やしない。
「あ、あ、あ、あ、あ、アアァアアァあぁああぁあああぁぁあああぁああ!!!!!!!!!!!!」
そして俺は憑かれたように叫び、狂ったように吐く事を繰り返す。
 


 
「助けて、母さん」その小さな声を聞いた瞬間、声に込められた意思に触れた瞬間、呪縛されていたようにピクリとも動かなかった体が自由に動くようになった。
何故だろう?あの子の悲鳴をいくら聞いても、あの子がどんなに痛めつけられても、私の体は動かなかったのに。
いや、解ってる。あの子が私を求めてくれたからだ。あの子が私を必要としているからだ。
今まであの子にとって私はあってもなくてもいいただの便利な道具に過ぎないんじゃないかって疑っていた。一緒に堕ちてもどこかであの子に捨てられるんじゃないかって恐れていた。
でも違った。あの子はこの土壇場で神でなく私に助けを求めてくれた。あの子は私を家族と思っていてくれた。あの子は私があの子を捨てない限りあの子が私を捨てる事はない。
通信機にむしゃぶりつく。急がないとあの子が死んでしまう。謝るのは後だ。今は必要な情報だけを簡潔に。
「今すぐ未来予測を止めてスティシスの行動の起こりの察知に集中しろ!そして余ったリソースはネクストの、ハードの機能向上に注ぎ込め!
 行動の起こりを察知できたらそこから予想した相手の行動の対応に徹しろ!急げ!!」
「解った!母さ…じゃ、ねぇ!おい、クソババァ!今まで何を遊んでやがった!!」弾んだようなあの子の声と共にストレイドの動きが目に見えて良くなる。今まで成す術なく当たっていたスティシスの攻撃を容易く回避する。
「おりょ?楽勝に避けれる?」間に合ったか。安堵のあまり腰が砕けて床に尻餅をつく。
「当たり前だ。相手の攻撃をかわすのに相手の行動を全て予測する必要はない。今のお前なら相手の行動の起こり、つまり左QBならコジマが右SBに集まる事による加熱、攻撃なら該当する武器の弾の装填音や標準を合わせるための肩や腕の動き、といった行動の起点を察知できる。そして機能が向上したストレイドなら、相手が動き始めてから起点を察知し動き始めても早く行動を終わる事ができる。
 つまり、後出ししても先に行動できるんだ。わかるか?」
「え~と、何が起こってるかは実際に体感してるんで解るんだけど、理論はあんまし…」「…後でじっくり説明してやる。今はスティシスを片付けろ。それと遅れてすまなかった。ちょっと色々と迷ってしまってな。だが私は答えを出した。いや、答えを得た。だからもう迷わない」「?何いってんのかよくわかんねーけど、解決したんならいいや」「あぁ。今夜はお詫びにたっぷりサービスしよう」「ヒャアハハハハアハ!そいつは楽しみだぜ!」
ストレイドがあの子の歓声と共にスティシスに襲い掛かるのを視界の端に収めつつ、涙と鼻水と汗でグチャグチャになった顔を洗うために立ち上がる。
もう結果を見る必要はない。どんなに優秀だろうとただのネクストとリンクスではあの子を斃せない。いくら鼠が強くとも、いくら龍が幼く弱くとも、鼠が龍を斃す事はないのだから。
 


 
何度目かの、ひょっとしたら何十度目かの叫んでいる最中に「迷わせてすまないな、ロイ。だがこれでもう大丈夫だ」とウィンディーが何時もの笑顔で告げた。
不味い!咄嗟にレイテルパラッシュの腕を掴んで空に向ける。間一髪。コックピットに向いていたレイテルパラッシュの両手が空を向いた瞬間にレールガンとブレードが放たれた。
「くそ!結局こうなるのかよ!俺には選ぶ事も出来ないのかよ!!」「…ごめん」
今は何とか防げたが、ウィンディーは俺がストレイドの元に向かわない限り今のような自殺を続けるだろう。そして今のようなものならともかく、舌を噛まれたり拳銃で頭を撃ち抜かれたりしたら俺にはどうしようもない。
最初から俺には選択肢などなかったのだ。
「解ったよ!解ったから馬鹿な真似は止めてくれ。俺がストレイドを止める。だから約束してくれ。俺が戻ってくるまで死なないって。基地で治療を受けるまで生きてるって」涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながらウィンディーに懇願する。
解ってる。これは卑劣な欺瞞。守られる事のない約束。
ストレイドは強敵だ。さっきは2人で戦ったのに一方的に蹂躙された。そんな相手に勝てるのか。それに勝てても霞の姐さん(シリエジオ)も控えてる。仮に勝てても瀕死だろう。そうなれば当然スピードは鈍る。そうなりゃ今でさえギリギリのウィンディーが助かる可能性は…。
いや、それを言うなら戦闘が起きなかったとしてもここから中枢まで行って自爆を止めて帰ってくるまで30分以上かかる。その時間だけでウィンディーにとっては致命的だ。
「あぁ。約束する。私は、いや私たちは死なない。だから安心して」ウィンディーが何時ものように笑い頷く。
それを全て解っていてウィンディーは受け入れてくれた。そうしなければ俺が前に進めないから。例え嘘だと解っていても守られない約束だと知っていても縋らなければ俺は歩けない。ウィンディーを見捨てたんじゃないと自分を欺かないと俺は最初の一歩を踏み出せない。
だからウィンディーは頷いてくれた。ならば俺も答えなければいけない。踏み出さなければいけない。
「じゃぁ、ちょっとの間待っててくれよ。直に片付けて戻ってくるからさ」何時もの軽口を叩きながらレイテルパラッシュの腕を放す。
「待って。左のミサイル壊れてる。私のACRUXを使って。きっと私の代わりにロイを守ってくれるはずだから」「あぁ。解った。借りるぜ。ウィンディー」
DEARBORNをパージして、代わりにレイテルパラッシュがパージしたACRUXを拾い、つける。
「それじゃ、行ってくるぜ」「いってらっしゃい、ロイ。愛してるわ」ウィンディーがいつもの笑顔で俺を見送る。
「あぁ。俺もだよ」その笑顔の意味を悟り泣き顔にならないように必死に笑顔をつくりながら、二度と見る事がないであろうウィンディーの笑顔を目と心に焼き付けた後、OBを起動した。
 


 
気を抜けば飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止めながらロイに声をかけ、残る力を振り絞って笑顔を作ろうとする。
多分上手く作れなかっただろう。だがそれでもロイは笑顔もどきの私の顔を見て一瞬表情を歪めたものの、直にいつもの笑顔で返事を返してくれた。
嬉しい。別れは泣き顔でなく笑顔がいいって言ったのを覚えていてくれたんだ。
思わず嬉し泣きしそうになってしまったので慌てて笑顔を維持しながら、私は持てる力の全てを振り絞って二度と見る事がないであろうウィンディーの笑顔を目と心に焼き付ける。
ロイは私が無理をしている事に気づいていたのか、OBと同時に直に通信を切ってくれた。
画面が暗くなった瞬間、急速に意識が闇に堕ちていく。限界だ。急激に睡魔が高まる。多分眠ったらもう目を覚ます事は出来ないだろう。
そうと解っていても抗う力は残っていなかった。
「約束を守れなくてごめんなさい、ロイ。ごめんね、坊や。産んであげられなくて」最期に残った一欠けらの力で謝罪を終えた後、私は意識を手放した。
 




 
後書き
某所からの移送です。良かったら見てください
 




 
赤い通路を戻っていると、耳障りなサイレンと避難勧告に混じって何か聞こえてきた。
…これは歌か?聞いた事あるな。どこでだっけ?
……あぁ、思い出した。エマちゃんが謡ってたな。確か賛美歌、神に捧げる歌だっけか。ち、坊主に似合いの歌じゃねぇか。

更に進むとレーダーがストレイドとスティシスを捉えた。
二機とも重なり合ってピクリとも動かない。どうやら終わってしまったらしい。歌が聞こえるって事は勝ったのは坊主が。
オッツダルヴァ。俺はお前の事は嫌いだったがそれでもいくらか借りはある。ついでだが仇はとってやるぜ。それとすまん。折角お前が逃がしてくれたのに俺は戻ってきちまった。
しかしそうなると俺はさっき手も足も出なかった相手に独りで挑まなきゃいけないわけね。
不意に出発する寸前にアブ・マーシュに呼び止められた事を思い出した。

「使われるのは嫌だけど、教えないのは僕の信条に反するから教えておくよ。僕が手を加えたパーツで作られたネクスト、つまり君の予備機の事だけど
 ストレイドやクラースナヤと同じ様に安全装置を解除できるからQの領域に、あ~つまり、統合制御体と同化する事ができるよ」

…解ってた。どこかで覚悟はしていた。ストレイドを倒すにはこの方法しかないんじゃないかって。
中枢に飛び込む。丘の上にはスティシスの残骸に腰掛けて賛美歌を謡うストレイド。
「あっれ~?な「悪いがウィンディーを待たせてるんでダラダラとくっちゃべる気はねぇ。質問は一つだ。そこどいて俺を制御室まで通す気は?」
「せっかちだね~。ないよ。逆にロイ兄こそ帰る気は?」ストレイドが立ち上がる。
「ねぇよ」短く返答し安全装置を解除する。

「ただし使えばハリや霞スミカのような特異なAMS適性を持っていない君は確実に死ぬ。
 一応同化している間は死んでいても強引に生態活動を続ける事ができるだろうけど同化を止めたら死ぬ事には変わりない。
 そして同化できるのは圧倒的な情報量に自我が解けるまでだ。恐らくもって数分ってところだろうね。その間君は人を超えた領域に到達できる。
 …一つ言っておくよ。自我が消えるって事は記憶と知性が失われるって事だ。君が今まで生きてきた間に培った記憶。君が今抱いている感情。果ては人としての知性さえ君は失う事になる。
 全てを失って零になるのはきっと死ぬより辛い事だと思うよ。
 使わないでくれとは言わない。ただ、君が使用を決意するような事態にならない事を祈っているよ」

あぁ、いいぜ。やってやるよ。どうせ俺は俺以外の全てを失ったんだ。だったらウィンディーの願いの為に残った俺も捨ててやるよ。
すまねぇな、爺さんに、皆。特に蘭。俺はお前の最期の願いを破るだけじゃなく、お前達全員の事を忘れちまうかもしれない。仇をとるから勘弁して…はくれないだろうな。本当にすまねぇ。俺は最低の嘘吐きやろうだ。
名付ける事すらできなかった俺の子供よ。俺はお前の命だけでなく、お前がいたって記憶まで失おうとしている。お前には謝る権利すらないんだろうな。恨んでくれて、いやお前は恨むって感情すら知らないのか。本当に俺は最低の父親だな。
ウィンディー。お前には謝らねぇぞ。お前のせいで俺は何もかも失っちまうんだ。だからお前の事を忘れちまうのも、お前への愛を無くしちまうのも全部お前の自業自得だ。…ただそれでも俺はお前に会えてよかったと思ってる。

「愛してるぜ、ウィンディー!統合制御体との同化開始!」


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何もかもを失った二匹の獣の戦いが始まる
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