小説/長編

Written by 雨晴


ORCAからは一切の手を引く。
初老の一言に、会議室は静まり返った。最も、大して意見の出る話し合いではないが。

「成る程、大した管理者だ」

意図を測りかねるような沈黙を破ったウィン・Dは、そのまま続ける。

「偉そうに。非戦闘員を守る、そんな格好さえつけられないか」
「何を気張ってやがる、メス猫が。所詮は傭兵だろうが」

ダリオ・エンピオの言葉を意に介さず、ウィン・Dは王小龍を睨み続けた。受ける初老は微動だにしない。

「矜持がいるのか?ウィン・D」

見かねたローディーの一言に、肯定を返す。
当然である。彼女にとっては、それこそが戦う理由なのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「今日はえらくご機嫌斜めだな、ウィンディー」
「・・・いや、別に」

端的に述べて先を歩く女性を、ロイが追いかける。

「何だ、お茶会で何かあったか」

女性がその一言に歩みを止め、じっとロイを見詰める。
数秒の後、軽い苦笑が漏れた。

「お前には敵わないな、ロイ」
「当たり前だろ。どれだけ一緒に居ると思ってるんだ」

それもそうだな、と一息。どこから伝えるか迷い、口を開く。

「企業の老人達は、もうORCAを攻める気は無いらしい」
「そりゃ、どうして?」
「さあな。まあ大方、奴らにとって都合の良い取引でも成立したんだろう」

ふむ、とロイ。ウィン・Dからは死角となる、曲がり角。そこに感じる気配を気にせず、先に行く。

「で、どうする?」

そうだな、と考える間が空き、視線がロイを捉えた。受け止める。

「お前は、私が我侭を言ったら付き合ってくれるか?」
「当然だろ。ちなみに、お前はどうする?」

問い掛けは、ウィン・Dに対するものではなかった。彼女が後ろを振り向けば、ばれてましたか、と男が顔を出す。

「そうですね。お二人の仲に水を差す様で忍びないですが、もし宜しければ同行させて頂きたいです」

その答えに、ウィン・Dが渋い顔をした。だが、と否定から入る。

「私達がやろうとしている事は謀反だ。君への見返りは恐ろしく少ないし、企業の意向に背くことは今後、プラスにはならないだろう」

ロイの、おい俺は良いのか、と言う疑問は無視する。男が苦笑し、そのまま告げる。

「私は、根っからの企業嫌いでして」
「ああ、そう言えばそうだったな」
「ええ、ロイ。これまでの対ORCA旅団戦では企業連と意見の相違が無かったので協力していましたが、どうやらそれもここまでのようだ」

苦笑を真剣な表情に移す。

「罪の無い沢山の人を守る。それでさえ出来ない企業に、誰が尻尾を振りますか」

まだ考えるような表情のウィン・D。
王小龍に管理されているコイツを連れ出すのに、幾ばくかの抵抗があるのだろう。そうロイは思う。
ウィン・Dに声を掛け、大丈夫だと諭す。数瞬ロイを見詰めた後、観念したかのように肯定した。

「有難う御座います」

一礼。

「いや、戦力的にも、君に来てもらえるのは非常に助かる」
「ただ、リリウムはどうする?望んでいないだろうが、完全に企業側の人間だろう」

作戦後、会えなくなるかもしれないぞ。その指摘に、そうですね、と一つ頷く。あっけからんとして答えた。

「まあ、その時は攫いにでも行きますよ。あの方無しには、生きていけませんので」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『と、言う事なんですが』

唐突に繋がった通信回線で、相手が切り出した作戦は企業のものでは無かった。

「私は構わんのだが、企業の支援は受けられないぞ。ハンガーから抜け出した後は、孤立無援だ」
『覚悟しています。それでも私は、答えを全うしたい』
「ふむ」

少し考える。クラニアムはその規模の大きさ故に、閉所といえどこの男の能力は十分に活かせるだろう。
そしてこの男の心持ち次第だが、それも問題無いようである。

「まあ、以前にも言った通りお前の答えにはケチは付けんさ」
『有難う御座います』

あとは機体状況だ。数時間前に整備班から送られてきた書類に目を通すが、それも問題は無い。

「幸いストレイドは完調だ。装備にもストックはあるから、明日までには仕上げさせよう」
『何から何まで。助かります、セレン』
「気にするな。今の私は、これが仕事だからな」
『だとしても、感謝していますよ』

それでは、と連絡が途切れる。数ヶ月前、企業への蹂躙に臨んでいたあの男が。そう思えば、感慨深い。
ただ、結局は企業が嫌いらしい。自然に笑みが漏れ、たった一つの気掛かりである事柄を熟慮する。
そうだな。あの男なら、ノーマークだろう。思い、端末を手に取った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ただいま」

殺風景な部屋に迎えられ、ベッドへと腰を降ろす。フォトスタンドの中に、妹が居る。
あの日以来、あの夢を見ることは無くなった。憂いが晴れたという事だろうか。或いは、許してもらえたのだろうか。
都合のいい解釈はいくらでも出来る。思わずにはいられないけれど。
明日は、リリウムには黙って出撃しよう。帰ってきたら、真っ先に報告しよう。
あの子は怒るだろう。優しい人だから、心配させるなと怒るだろう。
なんて幸せなんだろうか。帰りを待っていてくれる人が居るのは、とても幸せなことだ。
リリウムの為にも、帰ってこなければ。皆を安心させる為にも、ウィルに怒られない為にも。
出撃まで、あと10時間程度。睡眠を取っておこう。
見た夢は、あの子をファインダー越しに覗くものでも、キャンプが蹂躙されるものでもない。
ただかつての日常を切り取っただけの、そんな夢。かつての僕は、確かに笑っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ネクスト機は、その整備性の悪さから駐機出来る場所が限られる。
企業のバックアップを持つリンクスであれば、その企業のハンガー。独立傭兵ならば、カラードのハンガーに駐機されるのが一般的だ。
しかしながら企業とORCAの抗争が始まった折、一桁のランクを持つリンクスのネクストは全て企業連のハンガーへと配備されている。
スクランブルに対応する為の措置ではあるが、それこそが彼ら3人にとっての頭痛の種だ。警備の数が、半端ではない。

「おい、本当に巧くいくのか?」
「ええ。少年兵時代にはサボタージュや陽動工作が得意分野でしたから」

行きますよ、と男が言う。ロイとウィン・Dは頷き、では、と男も頷いた。手許のトリガースイッチを引き込む。
途端、振動が起きた。警報が鳴り響き、警備兵の半数程度がハンガーの外へと駆けて行く。
爆発が、ハンガーから数百メートル先の滑走路で起こっている。

「そろそろですかね」

続いて、更にその奥の備品倉庫で火災が起きた。更に数人の警備兵が駆けて行き、最後は駐機されていたMT2機が爆散する。
3人が、警備兵の居なくなったハンガーを目指して堂々と歩き始めた。

「何だ、思いの外あっさりだな」
「緩むなよ、ロイ」
「あちらは自動小銃、こちらは乗り込むまでは拳銃。数で圧倒されていて、装備もこの差ですからね」

3人は、駆ける事はしない。耐Gスーツがかさばって走れないからだが、極力急いでそれぞれの機へと向かう。
ロイの言葉を借りるならば、ここまでは巧くいっていた。

「何をしている?」

その声が掛かるまでは。
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
大人の言葉に、3人が振り向く。皆、良く知っている方々だった。

「貴様らに出撃要請は出ていない筈だが?」

ロイ様が動こうとするのを、ハイン様が抑えた。大人が口を開く。

「企業はORCAから一切の手を引く。意に反してもらっては困る」
「老人達の勝手な取引でクレイドルが落ちるのを、黙って見てはいられないからな」
「だから行くのか?」

ああ。ウィン・D様の返答に、大人が少し考えるような表情をする。

「貴様は?ロイ・ザーランド」
「俺は、ウィンディーの手伝いだ。それ以上でも以下でも無い」

ふむ、と大人。

「まあ、貴様ら2人が行こうが行くまいが関係ない。勝手に行って、殺されるがいい。だが問題は」

指差す先に、彼。

「貴様だ、ハイン・アマジーグ」

指された彼は、飄々としている。

「それは、なぜです?」
「貴様が行けば、クラニアムは奪還出来るだろうからだ」
「良いことではないですか」
「言っただろう。企業はORCAから一切の手を引くと」

成る程、ハイン様が目を細める。

「つくづく企業には失望しますね」

いいですか、とこちらを向く彼の目が、鋭い。

「私が企業連に手を貸していたのは、利害の一致があったからだ。それが失われた今、あなた方に尽くす理由が無い」
「だからクレイドルを救いに行くのか?それが答えか?」
「ええ、その通りです。邪魔をしないで頂きたい」

途端、大人が鼻を鳴らした。表情を伺えば、口許が歪んでいる。

「その答えが、我々に計画されていたものだとしたら?」
「・・・どういうことです?」

彼の表情が険しくなる。見れば、ウィン・D様の表情も同様だ。

「一つ問うが、貴様のような危険人物の傍に、どうしてリリウムを置いていたと思う?」

私?そう疑問に思い、だが表情を変えないことに意識を集中する。

「リリウムは貴様を、"こちら側"で利用する為の首輪だ」

その言葉に、表情を変えないなんてことが出来なくなる。驚き、彼と大人へ交互に視線を送る。彼は、表情を崩さない。

「貴様のその答えは所詮、我々に操られて見出したに過ぎん。そうでなければ、とっくにORCAの一員だろうに」

大人の表情も、崩れない。私は、どんな表情をしているんだろう。

「そんな答えの為に命を張るか?以前のように企業戦力の蹂躙にでも励んでいた方が有意義ではないか」

どうだ。その問い掛けに、彼は何も言わない。視線が一瞬こちらを向いて、直ぐに大人へと向く。
悲しくなった。私がこの人の枷になり続けていたことと、気付かなかったことと、もうこの人と居られないかもしれないと思うと。

不意に、彼が息を吐いた。彼が口を開く。

「何を言い出すかと思えば、BFFの策士も大したことありませんね」
「・・・何だと?」

いいですか、ともう一つ息を吐いた。

「リリウムの隣に私のような人間が居られる事に、違和感を感じない筈が無い。貴方が何か考えているのだろうとは思っていましたが」

まさかその程度の事だとは。言って、彼が続ける。

「かつてマグリブはイクバールから援助を受け、代わりに代理戦争を引き受けた。その代理戦争は、我々の解放の為でもある」

単純なギブ・アンド・テイクです。彼の口からその言葉が出る。

「私は企業に力を貸す代わりに、リリウムとの時間を得た。そちらも然りだ。それに、私に答えをくれたのは貴方ではない」

柔らかな視線が来る。大人は何も言わず、先を待っている。

「私に答えをくれた、救ってくれた、他の誰でもないリリウムの為に戦う。だから」

言い終わると同時、大人へと向いた視線が刺すようなものに変わる。

「あまり私を舐めるなよ、王小龍」

それはいつか聞いた、あの低く凍り付くような。

「私は今、父から継いだ誇りを持って戦っている。貴様の謀り程度で止められるものか」

今度は大人の顔が渋いものになる。滅多に見せない、その表情。

「マグリブの皆の汚名を晴らして、これ以上妹を悲しませない為にもクレイドルを守る」
「・・・それも、貴様の答えか」

彼が迷い無く頷く。そうか、と顔を伏せる。

「では、強硬手段に出るほかあるまいな」

その言葉と共に、振動が来た。目を向ければ、GA製のノーマルが投下されている。9機。
再び、彼の表情が険しくなった。

「本来であれば、騒ぎは起こしたくなかったのだが。まあ仕方あるまい」

さて、どうする?その問いに、彼がノーマルを見上げた。銃口は、ストレイドに向けられている。

「ハイン様・・・」
「大丈夫ですよ、リリウム」

何がだろうか。9機のノーマルに囲まれ、動けない状態で。私に何か、出来ないだろうか。
そう思ったところでふと、今度は何かの音を捉えた。ジェット音らしきそれが、近づいてくる。
上空を通り過ぎただろうところで、アームが何かを放す音。数秒後、凄まじい振動に揺られた。

「何だ?」

大人と共に音源を向く。そこには、在る筈の無いものが在った。

「ネクスト?馬鹿な」

PAこそ展開されてはいないが、ノーマル9機では対応できないだろう。
企業連の主力ネクストは全て管理されている筈で、なら、これは?

『無事か?セレブリティ・アッシュが助けに来たぞ!うわ、俺格好良くね?』

派手な彩色を施された機体の外部スピーカーから、男性の声が聞こえてきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ダン・モロ?」

まず疑問を口にしたのはロイだった。同感である。どうして彼が。

「取り敢えずお礼を言わせて頂きますが、どうしてここに?」

ノーマルを右腕兵装で牽制する彼の機に対し疑問をぶつける。直ぐに返ってきた。

『アンタのオペレーターから援護を頼まれたからな。お前にしか頼めないなんて言われちゃ、引き受けなきゃだろ!』

セレンが。・・・ああ、確かにダン・モロに対するマークは今に至っても薄い気がする。

『それから、姐さんから伝言。"さっさと上がって来い"だそうだ』
「了解です、ダン・モロ」

行きましょう。そうふたりを促して、ネクストへ歩みを進める。ああ、そうだ。振り返る。

「王大人。今後私からリリウムを遠ざけるつもりなら、全力を以って奪いに行きますので」

リリウムに視線を移せば、驚いたような顔をしている。

「・・・それは、恐喝か?」
「いいえ、取引ですよ」

踵を返し、ストレイドへ向かう。リリウムに何か伝えようとしたが、やめておいた。すぐに会える。会ってみせる。

着座、AMS接続開始、敵ノーマル増援確認。

『えっ、こんなに?』

ダン・モロから驚いたような声が来る。第二波は、30機程度。
兵装チェック。各関節チェック。

『レイテルパラッシュ、出られるぞ』
「ストレイド、同じく」
『マイブリス、行けるぜ』

ブースター起動、一気にハンガーから飛び出して、進路を変える。マイブリスを除いて。

「ロイ?」
『ダン・モロだけじゃ心許ないからな。追撃は許さないから、クラニアムを頼むぜ』

言って、通信が途切れる。見れば、ダン・モロと共にノーマルへ襲い掛かっていくロイの姿。
一礼。かつて失ってきた仲間を思う。今、彼らこそが仲間なのかもしれない。いや、そうなのだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「助けに来たぜ、ダン・モロ」

敵機はノーマルが40程度。増援はあるかもしれないが、ネクストは来ないだろうな。

『良いのか?ついて行かなくて』
「お前一人じゃ心許ないだろ?」

そりゃどういう意味だと反論が来る。そういう意味だろと返す。

「じゃ、お前囮な。俺オフェンス」

何でだよ、と再び反論。ガトリングガン起動。

「来るぜ」

ミサイル接近。ひええ、とか言いつつ回避するダン・モロに、大丈夫かコイツと感想を得る。
まあしかし、感謝していないかと言えば嘘だ。

「ほらほら、回避練度だけは高いんだから、頑張って避けな」
『畜生!姐さんは楽な任務だって言ってたのに!』
「楽だろ、十分」

あいつらに比べれば。クラニアムの方角は、南西。そちらに目を向け、死ぬなよと思う。
次の瞬間には、別のノーマルをサイティングしていた。俺の戦場は、この場所だからだ。


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