小説/長編

Written by 雨晴


年のころ14,5程の少年、或いは青年といった方が良いだろうか。ひとり、視線を手許に直立している。
彼の周りにはただ広大な砂漠が広がっていた。その位置から振り向けば、彼の棲家であるキャンプがある。

「兄さん」

掛けられた声に振り向けば、彼の妹がそこに居た。名を呼び迎え、相対する。

「それ、どうしたんですか?」
「戦利品だって。要らないからって、防衛隊の人たちがくれた」

そう言って、差し出す。無骨な、軍用品のフィルムカメラ。

「わあ。本物、初めて見ました」

物珍しそうに少女が見詰め、触ってみなよと苦笑い。
良いですよ、壊したらイヤですし。そう彼女。

「でも、何を撮るんですか?何も無いですよ?」
「そうだね」

彼が見渡す。かつて彼の辿った風景とは全く異なる、ただ何も無い砂漠。
けれどその場所こそが、彼の居場所だ。

「でも折角だから、何か撮ってみたいですね」

少女の言葉に同意する。未だに物珍しそうにする彼女に視線を向け、ひとつ頷く。

「じゃあ、お前を撮ろうか」

意を汲もうとする一拍。

「・・・ええ!?」
「そんなに驚かなくても」
「わ、私なんて撮ったって面白くないですよ!」
「良いから良いから」

言いながら、特に立ち位置なんて気にせずに、数歩下がってファインダーを覗き込む。

「ほら笑って、ウィル」
「え!?あ、は、はい、兄さん」

砂嵐は止んでいて、視界は良好。
慌てていてぎこちない、可愛らしい笑顔。
 
 
 
「・・・う、写りましたか?」
「さあ?」

彼女が兄の許に駆け寄り、ふたりで凝視する。"ボタンを押す"程度の知識しか、彼らには無い。
首を傾げる。

「今度、誰かに聞いてみるか」
「うん、そうですね。あ、出来上がったら見せて下さいね?」

もちろん。そう頷き、約束ですよ、と言う問いにも即答。
笑い合って、吹き始めた風にふたり、手を繋いで場を後にする。仲睦まじい、その姿。

交わされた約束が果たされることは無く。
 
 
 
 
 
 
ACfA/in the end
The Jorney of Past

Then, a strong wind blows
The end comes
"Asleep I still see you smilling next to me"
The wish for old times is not realized
He lost everything
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お疲れ様、兄さん」

演習を終えてイクバール製のノーマルから降機すれば、そこにウィルが待ち構えていた。
自然に笑顔が出来上がり、ヘルメットを脱ぎつつ近寄っていく。

「待たせたかな?」
「もちろん」

冗談めかして拗ねる妹を撫でる。嬉しそうな表情に、こっちまで嬉しくなる。

「うん、許してあげます」
「それは助かる」

笑い合っていれば、靴音が複数。意識を向ける。

「おう、見せ付けてくれるじゃねえか」
「ハイン、お前ホント幸せ者だよな」

降りてきた先輩二人に、そう冷やかされる。意地悪な笑顔。別に慣れたけれど。
渡しませんよと笑顔を向ければ、そりゃ残念と大笑い。

「いっそ結婚しちゃえよお前ら」

言われて、ウィルを向く。
この手の言い回しにも、やっぱり慣れた。

「しちゃうか、ウィル」
「うん、兄さんが構わないなら、拒む理由なんてありません」
「お前ら兄妹じゃねえか」

あーあ、とか言いながら、表情を笑顔に変えた二人が"お疲れさん"と労ってくれる。
頷いて、ありがとうございます、そう一言。
じゃあな、と歩いていく二人を見送り、僕もウィルと歩き出す。

「兄さん、今日はもうご予定は?」
「今終わった。演習評価は明日だからね」
「あ、でしたらお昼ごはん、一緒に食べましょう?」

提案に、ああ、そうしようか。頷いて、そう返す。
また、嬉しそうな笑顔。すぐそこにある、いつの間にか差のついた頭の位置に手を載せる。
視線が合って、笑顔。

「嬉しそうだな」
「だって兄さんはいつも忙しそうなんだもの。今日一日お暇なら、私に付き合って頂きますからね」

いいですか、兄さん。笑顔で指差される。
断る理由も無い。ははあ、と、仰々しく頭を下げてみる。よろしい。笑顔。

「ああ、そうだ」

僕からの、話題の転換。

「父さん、数日後に戻ってくるってさ」

弾かれたようにこちらを向く。

「わ、本当ですか?」
「今回は2週間以上居られるかも、って」

そんなに、と手を挙げて喜びそうな妹を制して、続ける。

「どうも疲れてるらしいから、あまり無理させたら駄目だぞ?」
「え、そうなのですか?」

問われ、頷いてから説明する。休みの取れない長期の任務の連続で、少しばかり参っているらしい。
心配そうな表情が来て、しかしすぐに、よし、と気合を入れる彼女。

「でしたら、また美味しいカレーを作ってお待ちしましょう」
「・・・前回あの人が帰ってきた時も、カレーだった気がする」
「お父様、お好きなんですもの。或いはシチューですよ、毎回リクエストされるんです」

そう言われてみると、あの人が帰ってきて最初の夕食は、最近ずっとカレーかシチューだ。
苦笑い。

「他の料理も美味しいのにな」
「あ、兄さん、それ嬉しいです」
「毎日言ってるけど」
「何回言われても、嬉しいものは嬉しいのですよ」

そう言うものか、そう言うものです。
やり取りを笑顔で通して、視線をキャンプの外へ向ける。
ノーマルに乗り始めて、大分経つ。シュミレーターのネクスト操作も、それなりの成績を出せるようになってきた。

――――もうすぐ、あの人を手助けできる。この場所を、ウィルを守れる。

そんな事を考えて、楽しそうに父さんの話をするウィルに視線を戻す。
あの人に怒られたあの日、あの言葉を忘れてはならない。見失わずに、守り通してみせる。その為に、励んできた。
あとは、尊敬するあの人に認めてもらうだけだ。今回は、どうだろうか。厳しい彼を思い、苦笑い。
 
 
「ハイン、ウィル!ちょっと来い!」
 
 
そんな思いが、訓練部隊の隊長の大声で遮られた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

その列車は砂漠を疾走していた。企業には属さず、しかし積み荷はネクスト。
赤のその機体は、彼らの強さの象徴。

『起きておいでですか?』

オペレーターの声に、彼が眼を開ける。短く肯定し、時刻を確認する。

「そろそろか?」
『はい。あと20分ほどで到着致します』
「了解した」

小さく息を吐き、再び眼を閉じる。

『やはり、お疲れですか』

その姿に、オペレーターが気遣わしげに問うた。質問に、眼は開かれない。
ああ、そう呟く。

「――――この任を終えたら、一度帰還しようと思う」
『ええ、それがよろしいかと。あの子達も喜びますよ』
「・・・だと良いが」

思い浮かべるのは、彼自身の名を与えた養子の兄妹。
私は本当に、父親と成り得ているのだろうか。
悩む表情にオペレーターの、今度は苦笑い。

『自信をお持ち下さい、マイロード。今や貴方は、確かに彼らの父親なのですから』
「・・・本当に、そう見えるか?」
『誓います。あの二人が、貴方をお慕いしていることも』

一瞬の無表情ののち、軽い笑み。どこか、安心したような。

「――――それは良かった」

ところで、と話題が切り替わる。

『ハインは、シミュレーターでは大変良い成績にあると伺いました』
「いや。あれでは、まだまだ動きが荒い」

眼を開き、モニタへ視線を向ける。先の笑顔は消え、真面目な表情。
再び、オペレーターの苦笑い。

『厳しいお父様ですこと』
「当然だろう、息子の事だからな」
『だから、ハインの実戦配備の許可をお出しにならないのですね?』

繰り出された切り返しに、む、と彼。
もう、と彼女。

『アマジーグ、あの子は貴方の手助けをしたいのですよ』
「・・・わかっている」
『あの子の実力を、認めていない訳ではないのでしょう?』

数拍間が空き、観念したような肯定。

『貴方があの子たちを大切に思うように、あの子たちもまた、貴方が大切なのです』

更に数拍。歯切れの悪さは、彼には不釣合い。

「・・・だが、それでも」
『わかりますよ、マイロード。きっと、親の心境と言うのは、そう言うものでしょう』

一度、話し合ってみてください。提案に、頷く彼。
無礼をお許し下さいとのオペレーターの言葉にも、首を振り否定する。

「その為にも、無事に帰らなければな」
『その通りです。・・・ウィルには、またカレーかシチューのオーダーを?』
「当然ではないか。本当に美味しいのだぞ?」
『マイロード。たまには別のものを頼んであげるのも、優しさと言うものです』

そう言うものなのか?

その言葉の直後、大きな振動を捉える。列車の緊急停止の為であろうそれに、彼の表情が一変する。

「どうした」
『待ち伏せです!近距離に機数1、ネクスト反応!』
「了解した、バルバロイの起動を急げ」

唐突のAMS接続に、その表情が歪む。
被弾警告。

「・・・っ」
『アンカーの解除を、早く!』
 
画面が、様々な警告表示で埋め尽くされていく。苦しげな彼の顔を最後に、ブラックアウト。
あまりにあっけの無い切り上げ方で、そしてもう、そこには何も映らない。
 
 
 
 
 
フレームの残表示が0となり、回収されたブラックボックスがその役目を終える。
その場に沈黙が降りた。地下のブリーフィングルームに集った彼らの支えは失われ、声は発せられない。
嗚咽と歯軋りが占拠する中で呆然と立ち尽くすのは、彼の息子と娘だけ。
ただ何が起こったのかを理解できず、ただ立ち尽くすだけ。

彼らがそれを理解できたのは、それから数日後。
数日以内に帰還するはずであった彼が、やはり帰ってこなかったからだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ノーマル機のハンガーが騒がしい。けれどその喧騒に活気は無く、皆悲しんでいるようで。

「隊長」

訓練部隊の隊長に声を掛ければ、疲れたような表情を向けられる。それでも、必死に笑顔を作ろうとしてくれる。

「隊長、どちらへ?」
「お前の父の仇を討ちに、アナトリアへ」

何も言えない僕の肩に、彼の手が載る。名を呼ばれ、表情を引き締める。

「敵討ちなど、褒められたものではない。わかるな?」

問われて、まだ何も言い返せない。
きっと、まだ彼の死を認められていないからだ。

「お前は、ここの皆を家族と認めてくれているか?」
「そんなこと、当然です」

即答する。そうだ、当然だ。
彼の表情が幾らか緩み、ようやく笑顔らしい笑顔。

「なら、皆を守ってやってくれ。敵討ちなどと、馬鹿げた事で死ぬ我々の代わりに」
「・・・隊長、どうか考え直してください。馬鹿げたことだと仰るのでしたら」
「悪いが、それは出来ないな」

肩に載せられた手が離れ、険しい表情。

「ハイン、我々には成さなければならないことがある」

眼が閉じられる。

「ただ、それを全うするだけだ。それが馬鹿げていようが、狂っていようが」
「――――なら、僕も」
「残念だが、それも出来ない」

開かれた眼は、再び優しげなそれ。笑顔に戻っている。

「お前は確かに彼の息子で、彼の名を継いだ戦士だろう?」
「・・・はい」
「"彼のように"、それが成せるのは、もうお前だけだ」

彼のように。家族達を守る為に、ネクストを駆ることを選んだ彼のように、そう在ること。
出撃のアラームが響いた。
時間か。彼が呟いて、頷く。

「じゃあな、ハイン。どうか、皆を頼む」

それだけ言って、駆けて行く。視線でその背を追い、更に騒がしくなったハンガーに意識を向ける。
見渡せば、知っている顔ばかりだった。
皆駆けて行く。
 
 
 
 
父さんを落としたのは、ネクストだった。アナトリアには、ネクストがある。
 
 
―――ノーマル部隊なんて、きっとすぐに全滅だ。
 
 
浮かんだ思考を振り払って、それでも彼らが帰るように願う。無事であるように願う。

勿論そんな楽観が実現するはずも無く、残ったのは"全機撃墜"の文字情報。
彼が守りたかったものが、瓦解していく。
 
 
強い風が吹いて、あの日がやってくる。

鉄柱が倒れ、住処が押し潰される。
何も出来ないで、立ち尽くすあの日がやってくる。


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