小説/長編

Written by えむ


 彼の目には、光の差す水面が遠のいていくのが見えていた。
 だが彼に、ホワイトグリントを動かすだけの力は残されていなかった。長きに渡って、無理をしてネクストを駆り、戦闘を続けてきた代償が、今ここになって現れてしまったのである。
 そもそも、これまでにいくつもの命を奪ってきた。どういった事情があったにしても、それが事実。そのことを考えれば、こんな終わり方を迎えてしまっても仕方がない。そんな諦めの色が浮かぶ。
 だが、悔いはないのか?と聞かれれば、きっと首を横に振るであろう。
 アナトリアが壊滅してからも、ずっと傍にいてくれた彼女。その彼女を残していくことだけは唯一の心残りだ。傍にいて、支えてくれたのに、何を返すことが出来ただろう。
 もしチャンスがあるのなら、お礼をしたかった。ちゃんとした形で。だが、それも生きて帰らなければ不可能な話。そして、今の自分にホワイトグリントのメインブースターを使って、水面に上がるだけの力は、もうない。機体は生きていても、自分に機体を動かす力はもうほとんどない。
 ゆっくりと沈んでいく。
 水面が遠のいていく。
 
 ホワイトグリントの機械の腕が、ゆっくりとだが水面へと向かって伸ばされる。動かす力はないはずなのに…だ。やはり気持ちのどこかで、まだ生きたい気持ちはあるのだろう。だが、伸ばした手は水面には届かない。あまりにも―――遠い。
 だが水面は遠くても、すぐそばになら届きそうだった。

□  ■  □  ■  □  ■  □  ■  □  ■  □  ■  □  

『レックス、戦闘中だぞ!?』

 いきなりフラジールを無視し、オーバードブーストを使って機体を飛ばし始めたレックスに、セレンが怒鳴る。仮にも戦闘中であり、敵がいるにもかかわらず、背中を向ける。それがどれだけ危険なことなのかは言うまでもない。

「わかってる。だけど―――あのまま放っておけるかっ」
『お前、まさか――――』

 フォートネクストの動きを見ていたセレンは、レックスの返答を聞いて、すぐに彼が何をしようとしているのかに気がついた。

「そのまさかだ。ホワイトグリントを引き上げる!!」
『正気か!? 戦闘中だぞ!?』
「戦闘が終わってから、間に合わないだろうがっ!!」
『……っ』

レックスが珍しく感情も露にして叫び、思わずセレンは言葉に詰まる。

「限界が来て、それでも無理して戦い続けてきたんだぞ!? ただ守るためにっ!! ひたすらそのために、自分を犠牲にして戦い続けてきたんだ。それでいて、こんな終わり方が最後とか―――あんまりだろっ!!」
『リンクス…貴方は―――』
「救助できるように早く準備を!!」
『は、はいっ』

 慌てた様子で救助の準備にとりかかるのを通信機越しに確認し、レックスは目の前のことに集中することにした。
 限界までにオーバードブーストを吹かし、距離を進む。そして、通常ブーストへと切り替えて、さらに先へと進む。
 ホワイトグリントは、なおもゆっくりとだが沈降している。距離としては、あと少し。
 しかし、もう少しで沈む地点にたどり着けそうなところで、背後から攻撃を受けた。連続クイックブーストで追ってきたフラジールである。

『戦闘中に背中を向けるとか。どういうおつもりですか?』
「……くそっ!!」

 クイックターンでフラジールへと両腕のガトリングガンを向ける。束ねられた銃身が回転し、大量の弾丸が放たれる。だが、フラジールはその弾幕を持ち前の高機動で被弾を最小限にしつつ潜り抜け、なおもマシンガンとチェインガンでフォートネクストのPAと装甲を削りにかかる。

「時間を稼がないと。でもどうする……」

 ホワイトグリントを救出するためには、フラジールをまずはなんとかする必要がある。撃墜するのは、まだ無理だ。時間が惜しい。
 方法は一つ。攻撃して向こうが距離を離すように仕向けるしかない。だがあの速さと無茶苦茶な機動が相手では、簡単にはいかない。弾幕を張れるガトリングですら、少しのけん制にしかならないのだ。まして、空中を飛びまわす相手にOIGAMIなど当てるのは絶対に無理。ビルなどを利用して爆風に巻き込むのも難しいし、射線交差によるグレネード空中炸裂もOIGAMIのグレネード弾では難しい。外殻が地味に頑丈でガトリング程度では撃ち抜けないのだ。左格納の有澤製普及グレネードキャノンなら起爆も出来るだろうが、それだと弾速が違う。さすがに弾速まで考慮して、発射タイミングをずらし、当てる…と言った神業が出来るほど器用ではない。
 考える。
 周囲の環境:水だらけ。遮蔽物もあるにはあるが、ないに等しい。
 相手の機体の特徴。全てソブレロで構成。機動性だけは高いが、装甲や安定性は致命的。
 戦法。張り付いて、ひたすら弾幕で削る。マシンガン系のみなので戦闘距離は近~中距離。高度もそんなに高いわけではない。
 これらの要素を元に即興で策を練る。用意してきた策も有効だが、それは切り札だ。後のことを考えるなら、まだ使いたくはない。
 
「……賭けてみるか。ソブレロの機体性能に」

 OIGAMIを起動する。

『その武器は、このフラジールには当たりませんよ?』
「直接狙うだけが、武器の使い方って思うなっ!!」

 FCSをマニュアルに変更。フラジールの移動を予測して、水面めがけて撃つ。重々しい砲撃音が響き、フラジールの進行ルート上に、轟くような爆音と共に巨大な水柱が立つ。
 点でも線でもなく、面。どんなに早く細かく動けようとも、面の「攻撃」を回避することは出来ない。

『…これはっ!?』

 爆発によって出来た水柱に、フラジールが突っ込む。普通のネクストなら、水柱に巻き込まれたところで大した影響はなかっただろう。だが、ネクストの中でも最軽量機であるソブレロパーツのみで組まれているフラジールにとっては、そうでもなかった。
 速度のみを追求し、限界まで重量を落とし、安定性のなさをリンクスのAMS適正の高さで補っているフラジールにとって、その水の壁の影響は決して無視できるものではなかった。
 たかが水の壁。だが早すぎるために、水の影響を大きく受ける。そして、どんなにバランス感覚にすぐれていようと、予想もしない方向からいきなり押されてバランスを崩さない者はいない。
 結果として、フラジールの機体バランスが一瞬だが崩れた。もちろんダメージ自体はない。だが、攻撃の手を止めるには充分。そして、その隙が重要。
 
「今…だ!!」

 ブーストを吹かし、フォートネクストを上昇させる。そして、高度を少し稼いだところで、ブーストをカットし―――水の中へと落ちる。
 
「セレン、ホワイトグリントの状況は!?」
『いまだ沈んでる。あまり深くまで沈んでしまうと、戻れなくなる恐れがあるぞ』
「タンク機の重さを舐めてもらっちゃ困る。そうなる前に追いつけるはず―――よし、見えた!!」

 カメラが沈んでいく白い機体を捉えた。重量があるのと沈む際に勢いをつけていたのもあって、その距離はすぐにみるみるうちに短くなっていく。
 そして届かない水面へと伸ばされていた白い手を、フォートネクストの手が掴む。

「よし、掴まえた…!!」

 ホワイトグリントを掴むと同時に、すぐさまブーストを起動し、水面目掛けて上昇を始めた。ただし、垂直ではなく斜め方向へ。ラインアークのあるほうへと水中を移動していく。
 目指すはラインアークの連絡道路を支える脚柱の一つ。斜め方向に伸びている柱だ。そこなら坂になっているため、水の上へと引き上げるのもさほど苦労はしない。

『問題はここからだ。水上に出たところを、フラジールが見逃すとも思えん』
「わかってる。…APは50%ちょいか。何とかなることを願うさ」

 やがて目指す地点へとたどり着き、ホワイトグリントを引きずりながら斜めの柱の上をブースト移動し、一気に水上へと出る。
 予想通り、フラジールが攻撃を仕掛けてくるが、まずはホワイトグリントを引き上げることを優先する。APがどんどん削られていくが、ただ今は耐えるしかない。

『そこまで引き上げれば大丈夫だろう。あとは―――わかるな』
「当然、リターンマッチだ」

 ホワイトグリントを完全に引き上げ、フラジールへとクイックターンで向き直る。ガトリングガンで攻撃しながら、ホワイトグリントのいる柱から引き離しにかかる。
 案の定追撃してくるフラジールの動きに注意しつつ、レックスはほんの少し安堵の息をついていた。もし相手が引き上げたホワイトグリントを完全に破壊しようとしてきたら、詰みになるところだったからだ。

「さて、問題はここからだ…」

 APはすでに40%ちょい。それに対し、向こうのダメージはほどんどなし。最もOIGAMIが一撃決まれば勝負は決まりそうだが、問題はどうやって当てるかだ。
 その答えは、意外と簡単に見つかった。攻撃を確実に当てる方法はいくつか存在するが、共通して言えるのは、避けられない状況を作ると言う事である。
 そしてラインアークと言う、この場所だからこそ可能な方法が一つ、レックスは浮かんでいた。問題は、その場所に行くまで少しでも被弾を抑えなければいけないという事だ。このまま攻撃を浴びせられていては、先に機体が落とされる。

「……二つ目だな」

 オーバードブーストを起動。それと同時にブーストで浮上し、空へと上がる。

『その機体で、このフラジールに空中戦をですか。これは想定外ですね』
「すぐに、もっと想定外なものを見せてやるさ」

 相変わらず冷静で淡々とした声の相手に答え、オーバードブーストをカット。空中でクイックターンをしながら腕を振りぬき、、両腕のガトリングガンをパージ。回転の勢いもあって、ガトリングガンが宙を舞う。そして、いまだ弾が多めに残っている右腕につけていた方を、左腕に格納されていたグレネードキャノンで狙い撃った。
 
『……うっ!?』

 ガトリングガンにグレネードが直撃し爆発。残っていた弾が全て暴発し、全方位に弾が飛び散る。
 自分も巻き込んだ範囲攻撃。だが装甲の厚いフォートネクストはともかく、フラジールにとってはたまったものではない。いくらか被弾しつつも回避に専念し、ダメージの軽減に徹するフラジール。その隙に、レックスはフォートネクストを降下させ、ラインアークの道路上へと着地させる。

『やりますね。あんな攻撃方法があるとは―――』
「想定外だっただろう? データ取りも悪くはないけど、そういうのに縛られてると痛い目にあうぞ。何が起こるかわからないのが戦場だからな」

 フラジールへとOIGAMIと左腕のNUKABIRAを向け、ブースト移動で後退させながらレックスは答える。

『覚えておきましょう。ですが、そちらの装備はグレネードキャノンのみ。どうされるつもりです?』
「どうもこうも。当てて勝つ。それだけだよ」
『では、どうやって当てるのか見せていただきましょうか』

 すぐさま、フラジールがフォートネクストの後を追っていく。オーバードブースト以外では距離を離せない以上、追いつくのは時間の問題。
 NUKABIRAで応戦しつつ後退を続けるが、フラジールは飛んで来るグレネード弾を左右に機体を振りながら回避し、追いつくや否やマシンガンとチェインガンをひたすらに浴びせ始める。

『とことん頑丈な機体ですね』 
「最初に言っただろう。それがタンクの取り得だって」

 PAも剥げているというのに、それでもまだ落ちないフォートネクストに、そんな感想を抱きつつもさらに後退を続けるフォートネクストを追撃する。

『AP残り20%!!』
「あと少し…!!」

 機体がボロボロになっていくなか、レックスは懸命に応戦し後退を続け、トンネルの中へと飛び込む。そして、そのすぐ後に続いて突入してくるフラジール。
 CUBEが罠にかかったと気づいたのは、その直後のことだった。

『…っ!?』

 OIGAMIのグレネード弾が放たれ、トンネル中央で炸裂した。起こった巨大な爆発から、トンネル内では横にも上にも逃げることは出来ず、爆発範囲にフラジールが巻き込まれる。
 その衝撃とダメージは、フラジールに対して致命的なダメージを与えるには充分すぎる物であり、そしてリンクスへのAMS負荷が大きいために、同じように牙を向いた。

『AMSから、光が逆流する…。ギャァァァァァ!!』

 断末魔が響き、フラジールが完全に沈黙する。そして、あとには―――静寂だけが残る。

『フラジールの撃破を確認。結局、お前一人か、信じられんな』
「残りAP10%ギリギリ。自分でも信じられないよ。でも、これで一息つける」
『そうだな。私も、ほっとしているよ』

 仮にも激戦だった。しかも、途中ホワイトグリントを引き上げるために、無茶をしたのもある。レックスはもちろん、セレンがほっとするのも当然のことだろう。
 そして、いくらか緊張から解放された二人に、ホワイトグリントのオペレーターからも通信が入る。

『リンクス。彼に代わり、お礼をも仕上げます。ありがとうございました』
「彼は、大丈夫だったのか?」
『…はい。少なくとも命に別状ないと』
「そうか、それはよかった」

 これで助かっていなかったら、自分の苦労が全て水の泡になるところだったが、どうやらその心配はなかったようだ。最も水の泡になったとしても、あんな行動を取ったことを後悔などしないが。

『でも、これで、ラインアークは終わりかもしれません…。彼は、今度こそ―――二度とネクストには乗れないでしょうから』

 ラインアークの守護者であるホワイトグリントの存在は、企業をけん制する意味で大きなものであった。リンクスである彼は生きているが、戦えなければ抑止力としての効果はない。勝負には勝ったが、結局は企業――恐らくオーメルの思惑通りになったわけだから、戦に負けてしまったことになる。
 対抗手段は、なくなってしまったのだ。
 
「いやいや、まだ終わりじゃないだろう」

 不意に、そこでレックスが口を開いた。

『……どうしてそう言えるのですか?』
「僕が覚えてる限り、「もう一枚の切り札になってほしい」と、そう依頼を受けたんだけど?」
『レックス、お前…』

 レックスが何を言おうとしているか、セレンはすぐに気がついた。だが、それ以上は口を挟まず、次の言葉を待つ。

「だからさ。今後も手が必要になったら声をかけてくれ。最も、ホワイトグリントとは天と地の差があるし、生活がかかっているからタダ働きってわけにはいかないけど。それでもいないよりは、マシな切り札にはなると思う。どうかな?」

 互いに顔は見えないが、レックスはコクピットの中で笑みを浮かべていた。そして、相手の反応を待つ。しばらくの間、沈黙が続くが、レックスは黙ったまま言葉を待つ。
 やがて―――

『どうして、そこまで…?』

 不思議そうな相手の声。レックスは苦笑を浮かべ、その問いに答えようとして―――

『こいつはな。弱い者いじめが嫌いでな。そういうのに味方したくなる男なんだ。今回ラインアークについたのも、それだけの理由だからな』
『…それだけで……?』
「いいじゃないか。そもそも人助けに理由なんかいらないんだし」

 なんだか呆気に取られた様子の相手に、レックスが不満そうにぼやく。
 声だけでレックスのそんな様子がわかるのか、セレンは笑いをかみ殺しながら、さらに告げる。

『まぁ、そういうわけだ。こいつは、何か裏があるわけでもなく、純粋に力になりたいと思ってる。悪い話ではないと思うぞ?』
『そう…ですね。わかりました。何かあった時には、また力を貸してください』
「わかった」

 彼女の言葉に、レックスは二つ返事で即答するのであった。
 こうして、ラインアークでの攻防戦は幕を閉じ、ホワイトグリントと言う脅威が消えたことで、企業同士は再び経済戦争へと矛先を向けることになる。水面下での動きに気づくことなく―――。

 To be continue……


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移設元コメント


☆作者の一言コーナー☆
 あらすじは考えるも、半分はその場の勢いとノリで書き進める、えむです。

 ラインアーク防衛・後半戦。ホワイトグリント引き上げ&VSフラジール戦。
 結局のところ、アナトリアの傭兵さんは生存してるも、ネクストには二度と乗れないと言う形に。さすがにホワイトグリントを引き継いだりはしません。レックスにあれは乗りこなせないですし…。
 あ、でもグリントコアのタンクとか、すごく斬新か…!?
 いや・・・・・・実行したら、何か送り込まれそうで怖いからやめておこう…(汗
 
○コメント返信コーナー
>今回は良くも悪くも淡々としていましたね。こういうのもアリな気もするんですが、一方で見せ場だけに残念だったり。後半に見せ場があると信じて待ちましょう。さて、4主は本当に限界か、それとも死んだふりか。
 自分としても力不足だった感は拭えません。その分後半がんばってみましたが、果たして……。

>あのえむさんがACfaの小説をやっていると知って必死に探し続け・・・やっと見つけた!!・・・う~ん、やっぱり面白いです!!これからもがんばってください!!(あっちもこっちも)
 また誰かに見つかった…!? 何はともあれ、面白いのであればなにより。ありがとうございます。あっちの方は…期待しないでください(汗

>やはりグレネードの対ネクスト戦での使い方は爆殺範囲に敵を巻き込むように撃つこれに限りますね。
 爆発系武器のセオリーですよね!! まぁ障害物もない場所で、空を飛ぶ相手と対面すると途方にくれてしまいますが…。

>フラジールがここまで強敵に思えた防衛編は初めてかもしれない……w
 何気にゲームでは、自分にとって強敵なので、そのせいかもしれません…。

>「弱い者いじめは嫌いなんだ」この一言で墜とされた、格好いいなレックス…所で主人公のモデルって同名の某S・RPGの先生さん(男)ですかね?口調も似てる気がしたんでw
 いや全然意識しておらず、本当に偶然です。と言うか某S・RPGの先生さん(男)と言われても、誰のことかわからず、しばらく悩んだくらいですし(汗

>あれ・・・何時ガレージにOIGAMI入荷したんだろ?実物目にして飛び跳ねるレックス君見てみたかった気もするんだけどなぁ。
 ……しぃぃまぁぁったぁぁぁぁぁっ!?←ラインアークの方にばかり意識が行ってて忘れた人の魂の叫び。
 そ、そこは番外編を楽しみにしていてください(マテ

 以上、コメント返信でした。
 今回も、たくさんのコメントをありがとうございました。
 感想とかツッコミとかありましたら、いつでもお願いたします。

 さて次回は、本編に入れるけど番外寄りなお話。
 ヒロインはメインのお話予定です。お楽しみにっ!!


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