Written by ケルクク


人は同じ過ちを繰り返す。個人でも。そして人類全体でも。
つまり人類は幾度も大破壊を起し、幾度も地下世界に避難し、幾度も地上へ回帰し、そしてまた大破壊を起してきた。
配役と過程は毎回違うが、行き着く結果は常に同じ。
始まりも終わりも無いクラインの壺の様に幾度も幾度も幾度も無限に繰り返される破壊と再生の輪廻。
ならば彼女の願いを果たすには、人類に永遠の平和を齎すには………
E.D.200 11月13日  L.C

(13)
前述したように彼のスピリット・オブ・マザーウィル撃破後、ラインアークは窮地に立たされた。

彼はラインアークへ攻撃を開始した企業にラインアークにヴァンガード・オーバー・ブーストを建造・運用できる能力があり、
彼がヴァンガード・オーバー・ブーストを用いてクレイドルを襲撃する可能性をを示せば自らの保身を第一とする企業は再びラインアークを黙認すると考えていた。
しかし彼の予想は外れた。
確かにGlobal Armamentsはラインアークに対して黙認の姿勢に変わったが、オーメル・サイエンス・テクノロジー及びインテリオル・ユニオンは逆にラインアークとの対決姿勢を鮮明にした。
彼の予想が外れたのは企業を巧みに煽ったORCA旅団のメルツェルの働きも大きいが、根本的な原因は彼と企業の経営者達の認識の相違にあった。

彼に限らず力あるリンクスにとってアームズフォートとはあくまで自分達の代用品に過ぎなかったが、企業の経営者達にしてみればアームズフォートとはリンクスを凌駕し、制する究極の兵器であったのだ。
つまりスピリット・オブ・マザーウィルの撃破はリンクス達にしてみれば最強のリンクスたる彼が紛い物に負ける筈がない為当然であったが、企業からしてみればありえない、あってはいけない事態が起きた事になったのだ。
これはアームズフォートの出発点が戦力の基盤を『代替不能な個人』から『代替可能な多数の凡人』に『シフト』させる事を目的とした事を考えるとリンクス達の認識の方が正しい。
だが、経営者達が誤った認識を持ってしまうのも相応の理由があった。

誤った認識を持ってしまった理由は主として二つ。
一つはカタログスペック上では確かにアームズフォートはリンクスを圧倒していたからである。
AFはネクストを数度の攻撃で破壊しえるが、一般的なネクストが運用する火器ではアームズフォートを破壊するには長時間攻撃を行わなければならない。
また唯一劣る機動力も攻撃精度を高める――平均的な軽量級なら問題なく捉えることが可能だった――事で対応しており、カタログスペック上はアームズフォートの敵は同じアームズフォートを除いて存在しなかった。
無論それを実現するためにはネクストとは比べものにならない程の桁違いの費用が掛かっておりこの事もアームズフォートがリンクスを上回っていると信じさせる一因になっているであろう。

そしてもう一つの理由が経営陣はアームズフォートがネクストを上回っていると信じたかったからである。
リンクス戦争でたった二機のネクストが一陣営を滅ぼし戦争を終わらせた時から企業はネクストを恐れていた。
いや、ひょっとすると三十機足らずのオリジナル達が僅か一ヶ月でそれまで地上の支配者だった国家を滅ぼした時から恐れていたのかもしれない。
当然だ。幾ら自分達がこの世の支配者と嘯いたところでリンクスたちが反旗を翻せば自分達はかつての国家やレイレナードのように滅ぼされることになるだろう。
ましてラインアークという反企業組織に自分達の首輪がついていない最強のネクストがある。
もしラインアークがその気になれば二度目の解体戦争が起こり、企業はかつて自分達が国家にしたように支配者の座を追われる事になるであろう。
それを逃れるためにリンクス戦争後に荒廃した世界を復興させる事を放棄してまで作り上げた手段がクレイドルでありアームズフォートなのだ。
クレイドルでネクストの手が及ばない空に逃れ、アームズフォートというネクストを凌駕する兵器を持ってネクストを制する。
だからこそアームズフォートはネクストを遥かに凌駕する存在でなければならなかった。
ましてコストと引き換えに性能を犠牲にした量産型アームズフォートでなく、コスト度外視で造られたフラグシップ級アームズフォートは特にである。

以上の理由から古の民が神を信仰するようにリンクスに対するアームズフォートの優位性を信じていた企業は、彼のフラグシップ級アームズフォートの撃破に混乱した。
これが同時期に起きた天敵によるカブラカンの撃破のように企業が提示した方法――ミサイル発射口等の末端を潰して中心部にダメージを伝播させる――なら企業は驚きこそすれ混乱はしなかったであろう。
しかし彼のとった方法はスピリット・オブ・マザーウィルの甲板を割りそこから内部に突入し動力炉を破壊するという企業が実現不可能と断じた方法であった。
さらに彼はスピリット・オブ・マザーウィル撃破後の帰路にカブラカン搭載の無人兵器に撃破寸前だった天敵を救助する程の余力を残していた。
これはアームズフォートがネクストを制する存在ではなく、粗悪な代替品に過ぎないことを企業の経営者達に突きつけるに十分な事実であった。

そいて混乱への対処はGlobal Armamentsグループとそれ以外で大きく異なった。
Global Armamentsグループはリンクスである王小龍と有澤隆文の二名が他の経営陣にアームズフォートのリンクスに対する優位性は幻想だと説いたため直に沈静化したが、
Global Armamentsグループ以外は経営陣にリンクスが参画していなかったため治まらず、逆にメルツェルが巧みに煽った事で混迷の度合いを深めていった。

そしてその混乱はORCA旅団長マクシミリアン・テルミドール(当時はオッツダルヴァと名乗っていた)がグレート・ウォールを再度企業の想定外の方法で撃破した事で遂には恐慌へと変わる。
企業はグレート・ウォールが撃破されるとすれば何らかの理由でノーマルを展開させ一時的に迎撃能力が低下したところを襲撃される場合しかあり得ないと想定していた。
だがマクシミリアン・テルミドールはオペレーターの制止を振り切り、あろう事かアルゼブラの拠点へと侵攻するためにノーマルを満載していたグレート・ウォールを襲撃した。
そして撤退を叫ぶオペレーターに嘲笑を返しながら千体にも及ぶノーマル及びMTを蹂躙し、動力炉を破壊した。
さらにその後マクシミリアン・テルミドールはグレート・ウォールに合流するために付近にいた有澤の部隊を襲撃している(とはいえこの襲撃は早々に雷電とスティシスの一騎打ちの形となり、弾薬を消耗していたスティシスでは雷電を削りきることが出来ずに撤退している)
だが、失敗したとはいえこの襲撃もスティシスが十分な余力を残していたいう証明には十分であった。
そして何より重要なのはランク1位とはいえ彼以外のネクストにフラグシップ級アームズフォートが撃破されたことであった。
経営者達の最後の希望であった、規格外の彼だからアームズフォートが敗れたのではなく、アームズフォートがネクストに及ばない事が証明されてしまったのだ。

こうしてネクストにアームズフォートが及ばない事を決定的に突きつけられ恐慌を来たしたオーメル・サイエンス・テクノロジーとインテリオル・ユニオンの二社にラインアークがヴァンガード・オーバー・ブーストの建造を始めたという知らせが入ったとき二社は遂に狂乱へと至る。
パニックに襲われた二社はデーター取りが目的であった試作型アンサラーを強引に実践投入し、さらにイクリプス三機にフェルミ七機、そして多数の飛行型ノーマルで構成された部隊をラインアークへと侵攻させる。
これはカタログスペック上は彼を含むカラードの全リンクスを粉砕するに足る戦力であったが、二社はそれに加えてさらに別部隊でメガリスを襲撃させ、カラードに圧力をかけた。
これでラインアークは彼へ援軍を送る事はできず、またメガリスを防衛する事もできない。
そして侵攻部隊は彼を撃破する事が出来なくても少なくとも足止めにはなるであろう。その隙にメガリスを破壊すればヴァンガード・オーバー・ブーストの建造を続ける事はできない。
つまり最低でも彼がヴァンガード・オーバー・ブーストを用いてのクレイドルへの直接襲撃は防ぐ事ができる。
その予測に自己保身と狂気に支配された二社は安堵の息を吐いた。

だがこの作戦は失敗に終わる。
失敗の最大の原因は二社がGlobal Armamentsの動きをまったく考慮していなかった事である。
無論普段ならば二社――特にオーメル・サイエンス・テクノロジー――は十分な根回しを行い自分達の妨害をさせないよう計らったであろう。
しかし狂気に侵された二社は追い詰められた者特有の『全てが自分の望み通りに行く』という楽観論に支配され、Global Armamentsに対する工作をまったく行わなかった。
これに不快感を覚えた事に加え、何よりもスピリット・オブ・マザーウィル及びグレート・ウォールとフラグシップ級アームズフォートを立て続けに失った事で急速な戦力低下を懸念いていたGlobal Armamentsは二社の戦力を削るためにライン・アークへの援助を行う。
その結果、カラードに対する圧力はギリギリの所で解除されラインアークは傭兵を雇う事に成功する。

だが遅れながらもその事に気付いた二社が移動手段を全て抑えた事で雇われた傭兵――天敵――はラインアークへ行く術を失う。
しかし移動の手段を失い途方にくれていた天敵に『たまたま』出会ったリリウム・ウオルコットが天敵が依頼を受けた理由――彼への恩を返すため――に感銘を受け、『個人的』に所有していた高速輸送機を『独断』で提供したため天敵は辛うじてメガリスへの到着が間に合い防衛に成功する。
そしてそれより一時間遅れてWGが侵攻部隊の撃破に成功する。

最悪の結果に呆然とする二社にヴァンガード・オーバー・ブーストが完成し、発射準備を始めたという報せは入った事と、ラインアークへの和平の申し入れが無視された事で企業は形振り構わぬ行動に出る。
動因可能な戦力の全てを動員してラインアークを包囲したのだ。
企業の作戦は単純だった。
動員した戦力を複数の部隊に分けてラインアークから100KM離れた地点に展開させただけである。
もし分けた部隊の一つが彼に急襲された場合はその部隊が撃破されている間に残りの部隊がラインアークを壊滅させる。クレイドルへの侵攻があった場合も同様である。
100KMという数字は彼が他の部隊の襲撃を察知しラインアークへと引き返しても間に合わないギリギリの距離であった。

そして事態は膠着を迎える。
何故なら展開させた部隊をラインアークへ侵攻させると必然的に100KMの距離を割らねばならず、そうなれば彼に各個撃破されるのは必定である。
無論侵攻方法次第では一部隊が彼を引き付けている間に他の部隊がラインアークを壊滅させる事はできる。
だがそれでは彼は生き残る。そうなれば後の報復は必至である。
いや後である必要は無い。
部隊がラインアークに侵攻してきたら彼はラインアークの守りを放棄してヴァンガード・オーバー・ブーストでクレイドルを襲撃すればよいのである。
そうすればラインアークは壊滅するが、同時に企業も道連れに出来る。

どちらかが手を出した瞬間に共倒れになる状況であるが故に事態は膠着し、両軍は睨みあう。
だがGAの裏からの援助もあり自領土に篭っていればよいラインアークと、大部隊を展開し続けなければならない企業。
どちらの負担が大きいかは明白であった。

そんな膠着状態の中、ラインアークに来訪者が現れる。
ORCA旅団副長メルツェル。
メルツェルの登場により歴史はさらに破滅へと大きく足を進める事になる。

第三十二章 三度の退場 より

「皆楽しそうだぜ!!メルツェェェ………スティンガァアアァアアァァアアァアアアアアアア!!」
ラインアーク市内を見回したヴァオーが何時もの調子で叫ぶ。
本名を叫ばれた事に頭が痛くなるも、その程度で発覚するような温い偽装はしていないので構うまいと思い直す。
というかそう思い込まねばやってられない。
そもそも今回のような隠密任務に単純馬鹿をつれてくる事事態が間違っているのだ。
しかし今回ばかりは仕方が無かった。
なにせ機密漏洩を防ぐために少数精鋭にならざるを得ないORCAは慢性的に人手が足りていない。特に蜂起間近の今はあらゆる人員がフル稼働しており、万が一に備えての護衛等という優先度が低い任務にまわす人間はいなかったのだ。
しかしだからといって万が一の事を考えると護衛を連れて来ないわけにもいかず、結局フル稼働している人員の中で唯一待機命令が出ていたリンクスから護衛を選ばざるを得なかった。
そして自分を除いた十一人のメンバーの内、三人は死亡しており二人は未だカラードに潜伏中。
残り六人の内、オールド・キングをラインアークに連れてくるわけには行かず、ジュリアスはアスピナにトーティエントはカラードにデータが残っているので除外。
そして自分がいない間は銀翁に纏めをしてもらわねばならないし、真改はアンジェ様の仇であるアナトリアの傭兵への敵意を抑え切れていないのでこれも除外。
そうすると結局消去法で残るのは単純馬鹿だけという事になる。
「いっそ、私一人で着た方が良かったか?いや、それでは万が一の時に」
「何をブツブツ言ってんだ!メ…スティンガァアァアアァアアアァァアアアアアア!!見ろよ!ここが地上だとは思えないぜ!!」
「………考えても仕方ないか」
続けても益の無い思考を中断し、ここに来た目的の一つでもある視察兼偵察を行うために周囲を見回す。

街は活気に満ちていた。
特に今いる居住区は強者に媚び弱者を食い物にする荒み切り退廃的な他の地上の街とも、全てを企業に委ね生きているだけの無気力な家畜達が住まうクレイドルとも違う生命力に溢れた繁栄を迎えていた。
これは市民は自らが豊かになるべく勤労に励み、それが集った結果社会全体が成長し、社会全体の成長に伴い得た利益を権力者が独占することなく教育や福祉といった形で市民に還元しているからだ。
そして老後や子供の養育等の心配、未来への不安が無い市民は安心して勤労に励み、子供を作り、娯楽を楽しむ。その結果、民意と人口の増加と社会の成長が美しい相関関係を描きながら互いを高め合う。
それを補佐すべき各行政機関には能力には劣るが勤勉で善良な人物を配置し、彼らは奢ることなく自らの分に見合った働きを地道に、しかし堅実に行っていく。
結果、夜に鍵をかけなくても安心して眠る事ができる治安が維持され、政府は不正と不公平を取り締まる程度の、最低限の介入しか市場に行わないため、市場は奔放に成長していく。
まさに成長のスパイラル。黄金の時代だ。
だがこれはアナトリアの傭兵という個人に守られているラインアークの歪な体制が産んだ奇跡に過ぎない。
だからこそ!いかなる犠牲を払おうとも黄金の時代を奇跡でなく当たり前の現実として、黄金の時代が齎す利益をラインアークや一部の企業に独占させる事無く人類全体に還元する事こそが我々OR「あべし!!」
突然背中に加えられた衝撃に地面に叩きつけられる。
「この程度で倒れるなんて貧弱すぎるぜ!メルツェェェェェェェェル!!!」
地面に倒れた私を呆れた顔でヴァオーが助け起こす。
「単純馬鹿が!私とお前の体格差を考えろ!!後、その名を呼ぶな!!」
当人にしてみれば呆けていた私を起こすつもりで『軽く』叩いたつもりなのだろうが、体重は百キロを超え、身長は二メートルに迫らん大男の軽くは、他人にとって見れば全力に等しい。
「すまねぇ、スティンガァアァァアァァァアアアア!!でもスティンガーは痩せすぎだから肉食ったほうだいいぜ!」
「余計なお世話だ!!まぁいい。急ぐぞ。確かにこのペースでは約束の時間に間に合わなくなる」
言い捨てて返事を待たずに歩き出す。
道中ヴァオーが買ってきたフランクフルトを食べながら周囲の様子を改めて確認する。
それにしても本当に活気に満ちているな。
やはりリリアナの暴挙は結果としてラインアークを新生させる方向に働いたか。

ラインアークがここまでの繁栄を迎えているのは黄金の時代を迎えた以外の理由がある。いや、黄金の時代を作り上げる体制を作る事が出来た事には理由がある。
一つは専守防衛に徹し、さらに防衛の殆どをWGに任せている事で軍事費を抑えられている事。
確か5%程度だったな。ちなみに企業の予算内で軍事費が占める割合は60%を超える。
旧国家時代の平均がおおよそ20%から30%であった事を考えるとラインアークの少なさと企業の多さが良くわかる。
「無論、国家時代と今を一緒くたに考えるわけにはいかんがな」
「独り言は女に嫌われるぜ!メ、スティンガァァアァアアアァア!!」
「ほっとけ」
だが一番の理由はリリアナの暴挙である。
ラインアークは元はブロック・セラノを旗印に難民と武装勢力と国家の残党と企業内の政争の敗者が集まった寄り合い所帯であった。
そして設立当初はともかく、ある程度ラインアークの経営が軌道に乗ると政治・個人双方の腐敗と各グループ間の政争が急速に進行した。
それは坂道を転げ落ちるように激化して行き、やがてテロが相次ぐようになり、その果てにリリアナがクーデターを起こした。
クーデターそのものは辛うじてアナトリアの傭兵が納めたが、クーデターの過程で各グループの指導者層が全てリリアナに殺害されたのだ。
その結果、行政能力はガタ落ちしたが同時にラインアークを蝕んでいた膿がすべて排除され、全ての権力がブロック・セラノとアナトリアの傭兵に集中する事になったのだ。
そして二人は腐敗の無い小さな政府を作り上げ、ラインアークを新生させた。
これ自体は珍しい事ではない。
外敵(あるいは内部の反動勢力)が腐敗し澱んだ旧体制を流血をもって瓦解させ、しかる後に外敵を排除した者が、清廉な新たなる秩序を作り上げる。
これは人類史上幾度と無く繰り返されてきた事だ。
「だが新たなる秩序の担い手の力量が低ければ戦国時代になってしまう。そうならずにこうも繁栄させるか。二人とも政治下手との評判だがそれなりに政治センスはあるようだな」
その二人が今回の交渉相手。
伝説の傭兵と若干十五にして一年という短期間でラインアークを築き上げたBFFの紛い物とは違う本物の女王。
共に相手にとって不足は無い。
「着いたぜ!スティンガァァアアアアアアア!!」
「そうか、行くぞ」
闘志を滾らせ不敵な笑みを浮かべてブロック・セラノの私邸の門をくぐる。
「さぁ、交渉を始めよう」


(7)
ORCA旅団副長メルツェル。
世間にはORCA『旅団長』メルツェルとして知られているが彼が旅団の長に着いた事は一度も無い。
また当時のTOPリンクスとも誤解されているがメルツェルは特に強力なリンクスではなかった。正確に言うと適性だけでいえば最低クラスであり、総合的な戦闘能力も中の下程度であった。
にもかかわらずリンクス戦争後から大破壊までの歴史を語るならメルツェルの存在を抜きに話す事はできない。それほどまでにメルツェルの果たした歴史的役割は大きい。

一つは広く知られているようにアルテリア・カーパルスで重傷を負ったORCA旅団長マクシミリアン・テルミドールの代理として、
王小龍を弑し各企業の残党を率いるリトル・クイーン(チビ)と名乗っていたリリウム・ウオルコットとの交渉を纏め企業軍をORCA旅団に合流させ人類の戦力を一つに纏め上げ、その戦力を持って人類の生命線である最後のアルテリアたるクラニアムを破壊すべく侵攻してきた天敵を迎撃し彼の到達までクラニアムを守りきった事があげられる。
また天敵死亡後に各地で多発した争いを収め、トーラスの地球緑化計画によって致命的に汚染された地上から逃れるべくラインアークと共同で地下都市計画を発動させた事もまた良く知られている。

そしてもう一つ。こちらはあまり知られてはいないがリンクス戦争後に歴史の陰に潜み多種多様な工作を通して世界を自らの望む方向に誘導していた事が上げられる。
極論してしまうとレイレナード崩壊によるリンクス戦争終了後から天敵及びオールド・キングのクレイドル03襲撃までの全ての歴史的な事象には全てメルツェルの意が大なり小なり介入していたのだ。
無論、殆どの当事者達は自らの意で決断した。だがその決断に至るまでの過程にメルツェルの意が有形無形に介入し、結果としてメルツェルの望む決断を下したのだ。
その意は、時には数ある報告の中の一つであり、時には匿名の援助であり、時には絶妙のタイミングで判明した政争相手のスキャンダルであり、時にはお気に入りの娼婦のおねだりであり、時には部下からの進言であり、時には上司からの命令であり、時には謎のネクストの襲撃であった。
メルツェルはこうした普通の人間なら発狂死しかねない膨大で多様な工作を偏執的とまで言える緻密さと狂信的な熱意で行い続け、時代を自らの望む方向に誘導してきたのである。
誤解を恐れずに敢えて断言するならリンクス戦争後からORCA事変までの時代はメルツェルがただ一人で作り上げたのだ。
これを私のような存在ならともかくただの人間が成し遂げたのは恐るべき事である。
だが彼の働きがなければORCA旅団の活動は大幅に制限、あるいはORCA旅団そのものがこの世に存在していなかったのもまた事実である。

第二十章 時代を作った男 より

「この扉の奥にラインアーク代表ブロック・セラノ及びWGのリンクスの両名がいます。
 それと事前にご説明したように会談終了まで武器はこちらで預からせて頂きますがよろしいですね?」
「ああ、構わない」「おう!」
懐から拳銃を取り出し自分達をここまで案内してくれた女性――フィオナ・イェルネフェルト――に渡す。
しかし、外見もそうだが雰囲気が若々しいな。私より年上、すでに三十を超えているはずなのだがとてもそうは見えん。
外見からは私と同年代――二十代後半――に、こうして向き合い話してみると二十代前半に誤解しかねん。とてもジュリアスより五つも年上には見えんな。
「ありがとうございます。確かにお預かりしました」
私達の拳銃を回収したフィオナ嬢――自分より年上の女性に(自己の中だけとはいえ)嬢とつけるのは非礼なのだがこう呼ぶのがすっきりする――が、
『ミミック在住 byあぶ』と張り紙がしてある物々しい所々金属で補強してある木製の箱――外見は中世ファンタジーにでてくる宝箱にそっくりだ――にいれ、これまたえらいアナログな形をした鍵をかける。

「ありがとうございます。では、どうぞ」

****

「ようこそ!ラインアークへ!言ってくだされば迎えにいきましたのに!」
扉を開けて部屋に入った私達に向かってスーツを着た女性――と形容して言いのだろうか?下手をすればハイスクールに入学したばかりの少女に見える――が礼をして微笑み、握手を求めてくる。
そのなんら裏表のないように見える笑顔に惹かれるを通り越して魅かれかけている自分に気付き、慌てて膨大な自制心を発揮して冷静に戻そうとする。
だが完璧には上手くいかず、微笑む少女――ブロック・セラノ――の手を握り返すとまるで好きな子と握手をした思春期の時のように動悸が激しくなる。
朱に染まりそうになる頬を何とか治め、上ずりそうになる声を強引に収め、返答する。
「すいません。時間までラインアークの観光をしたいと思いまして。
 しかしここは素晴らしいですね。街は雑多ですが清潔で、人々は活気に満ち溢れています。
 正直地上のあらゆる町も、いえクレイドルすらこの街には及ばないでしょう。見事な行政手腕です」
成る程、これが何のバックボーンの無い十台半ばの小娘が小娘がたった一年でラインアークを作り出した力か。
対峙する者全てを圧倒的に魅了するカリスマ。テルミドールも結構なカリスマを持っているがこれは桁が、いや次元が違う。
ここまで来るとカリスマだの人間的な魅力などで括ってよいものでない。これはもっとおぞましい何かだ。それこそ御伽噺に出てくる悪魔や魔物のような。
或いは歴史に度々登場する傾国の美女とは彼女のような存在だったのかも知れんな。
まったく、自制心には自信があったし、さらに前情報から十分な心構えをしていたつもりだったんだが、完全には抑えられんか。
私は目の前の少女にかなりの好意を持ってしまった。いや、持たされてしまった。
「ありがとうございます。でも、私達は殆ど何もしていません。全てはラインアークの理念に賛成して集まってくれた市民の皆様の力です」
私の言葉に嬉しそうに笑うブロック嬢。その純真な笑顔に魅かれる自分を押さえつける。
呑まれるなよメルツェル。
私はここに臣従を誓いに来たのではなく交渉をしにきたのだからな。
傅きたくなる本能を理性で捻じ伏せ彼女に笑顔を返す。
「だとしても、そのラインアークの理念を築き上げ、守っているのは貴女方です。その事は十分に賞賛に値する事ですよ。
「そうですか。ありがとうございます。あ!立ち話もなんですのでどうぞおかけください!」
ブロック嬢が私たちに席を勧めた後に、こちらを値踏みするような視線を向けていたアナトリアの傭兵の隣に腰掛ける。
「ありがとうございます」「どうも」
私達がソファーに座るともう一度にこやかに笑みを浮かべるブロック嬢。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。
 私はラインアークの首長を勤めさせて頂いているブロック・セラノ。
 こちらはWGのリンクスであり首長補佐であるレイブンに「レイヴン」………失礼しました。レイヴンになります」
ブロック嬢に鋭く訂正を入れた後にアナトリアの傭兵は立ち上がりこちらに頭を下げる。
…隙が無いな。そして質は違うが隣にいるブロック嬢に匹敵する圧倒的な存在感。
成る程。片方、或いは両方とも影武者を立てられるかと危惧していたがこの二人の影武者を立てるのは無理だな。
外面を幾ら似せ様とも内から溢れ出るものは余人には真似できん。
「オーメルのウェンズディ機関長のスティンガーと護衛のヴィクセンです。よろし「あ、すいません。嘘を吐くのは無しでお願いします」
こちらの名乗りを遮りブロック嬢が微笑む。
「セラノ!」
制止するアナトリアの傭兵を無視して言葉を続けるブロック嬢。
「あなた方はここに交渉をしに参られたのでしょう?にもかかわらず自らを偽られては私達はどうしてあなた達の言葉を信じられましょうか?」
「セラノ!」
アナトリアの傭兵が溜息を吐いてブロック嬢の頭に手を置く。
「子ども扱いしないで下さい、レイブ」
「レイヴンだ。いいか、セラノ。こんなご時勢なんだ。わけあって本名が名乗れなかったり、偽名を名乗らざるを得ないことがあるだろう。それぐらい許してやれ。
 そもそも、偽名が駄目だというならレイヴンという偽名を使っている俺もラインアークから出て行かなければ行かなくなるぞ?」
子供のように頬を膨らませて抗議するブロック嬢の頭をよしよしと撫でるアナトリアの傭兵。
両者とも極端に若く見えるため、まるで成人したばかりの兄がミドルスクールの妹をあやしているように見える。
「うぅ!子供扱いしないでください!私だってそれくらいは解っています!幾ら私だって偽名くらいで嘘吐き呼ばわりはしませんよ!
 私が怒ったのはこの人たちはウエ、ウェ、ウ~?…何とか機関でもなければ、オーメル所属でもない事です!所属も組織名も嘘吐いてる人とどうやって交渉しろっていうのですか!」
んな!?馬鹿な!!
驚愕を表情に出さないように必死に押し殺す。
それほどまでにプンプンと擬音がつきそうなくらいに微笑ましい怒り方とは裏腹に彼女の言葉は衝撃的だった。
何故なら確かにスティンガーやウェンズディ機関はここに来る前に遊び心で作った書類上に存在するイミテーションだが、オーメル所属というのは現時点で限れば純然たる事実だからだ。
今、私の経歴を辿れば最終的にはオーメルのとある機関に行き着く。
そしてそこで終わりだ。それ以上辿る事は絶対に出来ん。
何故なら、その機関の存在がオーメルでもクラスSSSの最高機密でありオーメルでもその存在を知るものは片手で事足り、また現時点ではORCAはその機関の下部組織に過ぎない。
それにORCA独自でも毒舌馬鹿に病気と揶揄されるほど防諜対策には気をつけてきたのだ。
だから例え他企業のCEOであろうとラインアークの首長だろうと私がオーメル所属でないと知りえるはずは無い。
そうだ。それに最新の報告でも漏洩の可能性はおろか、五次ライン以内に接触されたという報告も無かった!!!
なのに何故だ!!何故私がオーメル所属で無いと断言できる?
いや、待て!そもそも現時点でORCAがオーメルでない、つまりオーメルを裏切る事を知っているのは最初の五人だけではないか!!!まさか最初の五人に裏切り者が!!!
馬鹿な!ありえん!ありえんがしかし!いや、そんなことは!!
…そうか!有り得ないと断じたが確かブロック・セラノの特徴の一つに直感的に嘘を判別するという報告が上がっていたな!
オカルトの類と断じたがまさか本当だったのか?俄かには信じられんが最初の五人に裏切り者が出たよりははるかに信じられる。
…試してみるか。
「失礼しました。噂に名高いブロック・セラノ氏の真贋を見極める目を確かめたく、つい稚気を発揮してしまいました。
 無礼をお許しください」
「それも嘘です!レイブ「レイヴン」レイヴンさん!この人嘘吐きです!信用できません!!!!!」
「………頼むからこの程度の話術に引っかからないでくれ。そして世の中には駆け引きとか交渉術があるという事を知ってくれ。それが出来ないならせめて黙ってろ」
「むぅ!解りました!黙っています!」
「黙るのかよ!セラノォォォオオオオオオオオオオ!!」
「さて、セラノの言う事は論外としてもだ。ここに交渉しに来たというのならばせめて立場程度は明かしてもらいたいものだな」
両手を口の前でクロスさせているブロック・セラノ嬢と、吠えるヴァオーを無視してアナトリアの傭兵が私に問いかける。
賢明な判断だな。さてどうするか?
ブロック・セラノ嬢が情報以上の交渉下手だと判明した以上、実質的な交渉相手はアナトリアの傭兵と考えて相違あるまい。
正直交渉相手が向かい合うだけで多大な自制心を発揮せねばならず精神的に消耗するブロック・セラノで無くなった事はありがたい。
それにアナトリアの傭兵の政治・交渉能力は未知数とはいえ所詮は傭兵。戦闘能力はともかくこの分野の能力が高いとはとても思えない。
…いや、予断を捨てろメルツェル。目の前にいるのはただの超一流の傭兵ではない。
この男は傭兵時代には火星の反乱を鎮圧し、未踏査地区の調査に成功し、破滅の雨の中を半年間潜り抜け、地獄の一日を生き延びて世界を救い、
国家解体戦争時には他のレイヴン達の撤退の時間を稼ぐために単騎でアンジェ様と戦い、見事オルレアの右腕を奪って(ただし直接的に傷つけたわけではないため公式にはカウントされていない)時間を稼ぎ、
そしてアナトリアに現れてからはレイレナードごと我等の仲間と夢を屠り人類の未来を閉じさせ、
ラインアークにある今はただ一人で企業に互し続けている。

そうだ。目の前の男は今という時代を作った存在といっても過言であっても事実無根ではないのだ。慎重に図らねばいかん。
「そうだな。では改めて自己紹介をしよう。私はORCA旅団という組織を率いているメルツェルだ。
 そして我等がORCAはブロック嬢が察したようにオーメルからは資金の援助こそあるものの独立した組織だ」
「成る程。つまり事前に知らされていたオーメルとしての交渉をしに来たのではなく、ORCAとしての交渉をしに来た、という事でいいのだな?」
アナトリアの傭兵が言外に匂わせた言葉の確認を取ってくる。
………武人の交渉か。厄介だな。
武人の交渉、自らの強大な武力を背景に物事を単純明快に纏め、正面から切り込み言質を取ることを積み重ねていく。
妥協点を見出しづらくなり、交渉そのものが失敗しやすくなるという致命的な欠点はあるものの、彼我の交渉・政治能力に差があっても互角の交渉がしやすいというメリットがある。
恐らく自らの交渉・政治能力が低い事を自覚しての交渉術だろうが、今回に限れば交渉が失敗した時の破滅を覚悟しているのなら中々の好手だ。正直、下手な交渉上手より遥かにやり辛い。
そう、企業に多くいる言葉を弄し、多様に受け止められる表現を用い、相手の言と意を曲解しながら交渉を進めるタイプならば幾らでも策の仕掛けようがあるのだが、
武人の交渉は虚飾を廃し、最終的に全てをYES・NOに集約するために策を仕掛けるどころか絡めとる事すら困難だ。
こちらの方が優位な立場であれば強引にこちらの土俵に持ち込んでもいいのだが、今回はこちらがお願いしに来た立場だ。無理は出来ん。
「そんなところだ。とはいえオーメルからは援助を受けているし表向きはオーメルの使者としてきたのでそちらの交渉もせねばならんがな。
 だが問題は無いだろう。君達が私達の提案を受けてくれればオーメルとの交渉は意味が無くなる」
ブロック嬢がアナトリアの傭兵の背中に手を置く。恐らく私の言が嘘でない事か、私が事実の全てを語っていない事を伝えたのだろう。
まったく嘘や虚偽が一切通じないのも厄介だな。彼女が最高責任者ゆえ離席も求められん。
彼女の能力が果たして嘘を見抜くだけなのか、それとも事実を全て語っていないのかまで見抜けるレベルなのかも早急に見抜かねばならん。

両者の違いは例えば『オーメルは世界平和を望む企業です』と私が言った場合、
ブロック嬢の能力が前者の場合は確かに『自社の支配による』世界平和を望んでいるため嘘ではないと判断される。
だが後者の場合は『自社の支配による』が抜けているため嘘と判断される。
つまり前者なら意識さえすればさほど脅威ではないが、後者なら隠し事が全て見抜かれるために非常に厄介だ。前者である事を祈りたいが確証が無い以上後者を想定するしかあるまい。

「そうか。ではまずオーメルの要求を聞こうか」
…手強い。
軽々に本題に入らずにまずは周囲の状況をきっちり集めに来るか。そして話題を指定する事で主導権を維持する。交渉下手との事だが存外手馴れているな。
だがアナトリアの傭兵は今の言葉で、今回のオーメルの要求をラインアークが事前に調べらる事が出来なかった事、あるいは調べる気が無かった事を教えてしまったぞ。
調べてとぼけているパターンは無い。何故なら事前調査でラインアークには調べる能力が無いことは解っているからだ。
「オーメルからの要求は以前と大して変わらんよ。
 ラインアークは現在発射準備を終えているVOBを即時解体すること。
 それが果たされた場合は企業はすぐさま軍を引き、二ヶ月分の食料とラインアークの予算二年分に当たる金額を即時援助する。さらに今後十年間も継続的な援助を約束しよう。
 またこちらは非公式になるが軍事面でもノーマルとMTを無償で、スティグロとイクリプスもこちらは有償になるが何機か援助しよう」
「太っ腹過ぎるぜ!メルツェェェル!!」
「全然良くなっているじゃないですか!!嘘ではないみたいですし、レイブン「レイヴン」さん!「レイヴン」是非「レ イ ヴ ン」…レイヴンさん是非受けましょう!!」
企業が提示した条件に外野が喚きたてる。それにしてもヴァオー、よりにもよってここで本名を呼ぶか。
「と、首長様は申していらっしゃるがどうするのかね?」
「まさか、話にならん」
「だろうな」
「えぇえええぇええ!!?何でですかレイブンさん!!」
「何でだ!?メルツェェェル!!!」
アナトリアの傭兵の返事に安堵し、単純馬鹿に「自分で考えろ」告げる。
しかし、立場上そうはいかないアナトリアの傭兵はこちらを羨ましげに見た後、溜息を吐いて振り返るとブロック嬢に説明を始めた。
「レイヴンだ。良いかセラノ、企業が軍を退く前にVOBを解体してどうする?そんな事をすれば奴等は嬉々として約束を反故にしてこちらに攻め入ってくるぞ?」
「え!?でもでもこの人嘘吐いてないですよ?」
「当たり前だ。こい…彼はオーメルが出した条件を言っただけだからな。その条件を企業が守るか守らないかについては何も言っていないぞ?
 メルツェルさん、アンタはオーメルがその条件を守ると思うか?」
アナトリアの傭兵が頭を抑えながらこちらに聞いてくる。
「それに関しては企業から何も聞いていないので答えられんな。だが一般常識として約束は守られるのではないかな?」
アナトリアの傭兵に同情しつつ意地悪をしてやる。
「嘘じゃないです!ほら!大丈夫ですよ!」
「頼むから相手のは話を良く聞け。こいつは企業が守るとは一言も言っていないぞ。
 アンタもセラノをからかうのは止めてくれ。人が良いからすぐに他人を信用してしまうんだ」
「申し訳ない。ブロック嬢の反応が可愛らしくてついな。
 察しのとおりVOBの解体を行えば企業が侵攻しない道理は無い。即座のラインアーク攻撃は必至だ。
 そうなればいかにWGといえどラインアークを守りきるのは不可能だろう」
頭を下げ謝罪する。
「そんな」ブロック嬢が絶句する。
さて畳み掛けるか。言葉に注意してな。
「だからこそラインアークは抑止力としてのVOBを棄てる訳にはいきません。
 しかしそれを自らの保身を第一とする企業は決して認めることは無いでしょう。
 愚かな事です。WGという鬼札が一枚しかない以上ラインアークの守りを放棄してクレイドル侵攻など出来無い事は明らかですのに」
「それで?実際のところオーメルは何処まで譲歩する気なんだ?
 こちらとしてはそちらが軍を引いた後にならVOBを解体しても構わないんだが?」
ブロック嬢に話しかける私を遮るようにアナトリアの傭兵が告げる。
マナーはともかくとして妥当な条件だ。恐怖に狂い実現不可能な要求ばかりする企業と違ってラインアークは現状を理解し何とか事態を収束させようとしているわけか。
とはいえ最初に出す条件としては破格に過ぎるが、恐らく早めに切り上げて本題に入りたいこちらの意を汲んでくれたのだろう。
ならばブロック嬢もいる事だしこちらもその好意に応えておくか。
「オーメルはブロック嬢はVOBの解体の前に軍を退いても構わないと言っている。
 但しその場合はVOBの解体だけでなくVOBの建造及び発射施設の廃棄が条件になるが」
「ふざけるなと伝えておいてくれ」
「だろうな。建造施設を破棄すると企業に軍を退いた後再度侵攻された場合、建造施設から造り始める事になる。それでは企業のラインアーク到達までにVOBの製作は不可能だ」
「まったく、企業の連中は交渉を纏めるつもりはあるのか?このままだと共倒れだぞ」
溜息をついたアナトリアの傭兵が「失礼」とこちらに断ってから懐から出した紙煙草を咥えようとしたところで、
「駄目ですよ!フィオナさんに言われて禁煙中でしょう!替わりに生肉味キャンディをどうぞ」とブロック嬢に取り上げられて、飴玉を口に突っ込まれる。
不機嫌な顔で飴を噛み砕くアナトリアの傭兵。
目の前の微笑ましい光景に思わず笑みが零れそうになるのを何とか堪え、後ろで堪えきれずに笑っているヴァオーに肘を入れる。
「無いのだろうな。先も言ったが、企業の、正確にはクレイドルに住む老人達の目的は自らの100%の安全だ。
 である以上老人達は例え抑止力だとしてもラインアークがVOBを持つことを認めまい。故にこのままだとラインアークは企業と共倒れになるしかない」
「それが嫌ならお前、いやORCAの提案を受けろか。いいだろう。そろそろ本題に入ろうか」
ブロック嬢が私の言葉が嘘だという合図を送る前にアナトリアの傭兵が皮肉気に笑って頷く。
「ではまずアナトリアの傭兵、君には死んでもらいたい」
私の言にアナトリアの傭兵は怪訝な表情を浮かべ、直後にブロック嬢からの合図が送られるとこちらの意図を悟り舌打ちする。
それに気付かない振りをして確認を終えた私はさらに言葉を続ける。
「無論偽装だがね。そうすれば後はそちらの立ち回り次第だが最低でも今後数年の平穏と独立は約束しよう」
成る程。ブロック嬢の能力は『事実を全て語っていないのかまで見抜ける』レベルか。
もし嘘かどうか判別できるだけならば先の私の言葉を本当と判断し、ブロック嬢の性格上激怒するはずだ。
にもかかわらずブロック嬢は冷静にアナトリアの傭兵に合図を送った。私の言を嘘と知っていたからこそ冷静だったのだろう。
「情報を小出しにするんじゃなくてきちんと最初からわかりやすく正確に説明してくれ。もう確認できたんだから構わないだろう?」
アナトリアの傭兵が苦い顔をしながら要求してくる。
一方のブロック嬢は自分が何をしたのかわからずにキョトンとした顔で相変わらずアナトリアの傭兵に合図を送り続けている。
「そうだな。それでは説明を始めよう。まず…」


「つまりこういうことか?
 企業との間に講和が結ばれ企業はそれに従い撤退。その後俺達はVOBの解体を行う。
 だがVOBの解体が終了した直後に企業は講和を破りネクスト数体で奇襲を行う。
 それを俺は雇った独立傭兵と共に迎撃。そして撃破には成功するが戦闘終了後に独立傭兵に騙して悪いがをされる」
「そうだ。そして作戦が成功しラインアーク占領の最大の障害が消えた為に再侵攻した企業は謎のネクストに襲撃され全滅する。
 そしてまた襲撃を受けて全滅する危険を冒してまで再度軍を編成するにはラインアーク再占領で得られる利益が少な過ぎるので再侵攻は行われず結果としてラインアークは存続を続ける。
 理解が早くて助かるよ、アナトリアの傭兵」
「レイヴンでいい。あれだけ丁寧に説明されれば子供でもわか………らないかもしれないな」
アナトリアの傭兵、いやレイヴンが自分の後ろで目を??にしているブロック嬢と私の後ろで居眠りをしているヴァオーを見て溜息を吐いて言い直す。
初めてこれを聞くブロック嬢はともかくヴァオー。お前には何度も説明したというのに。それ以前に護衛が寝るな。
「だが実際にはオッツダルヴァと君は海中に控えさせた我々の潜水艦で回収しよう。
 悪い話ではあるまい?ラインアークはこの危機的な状況を回避できる上にWGという鬼札を持ったまま企業の敵意と関心の外に出る事ができる。
 君のカラード所属料という定期収入はなくなるが、その分講和条件に援助を追加して企業から毟り取ってやればいい。
 どうせ占領すれば取り返せると気前良く援助をしてくれるだろう」
「話だけ聞くといい案だな。正直企業が退いてくれるだけでこちらとしてはありがたい。
 例え再侵攻してきた企業を謎のネクストが襲撃しなくても今と同じ状況に戻るだけだからな。
 問題があるとすれば」
「回収をこちらが行う事か?君はラインアークのほうで回収してもらっても構わないが、企業の探知に引っかからない高性能なステルスを備えている潜水艦なりなんなりをそちらは所有しているのか?
 芋蔓式に発見されるのは遠慮しておきたいところなのだが?」
答えがわかっている質問を行うと、レイヴンが空を仰ぎ嘆息した。
「無いな。仕方ない。一応期限まで取得に動いてみるがもし取れなかった場合は悪いが相乗りさせてもらう。
 ただその場合は」
「解っている。ある程度武装した人員の乗船を認めよう。その代わりそちらが用意できた場合は悪いがこちらで性能を確かめさせてもらうぞ?」
「構わない。それともう一つ、こちらが万が一潜水艦を用意できた場合は悪いがアンタにはこちらの潜水艦に乗ってもらいたい」
…やはりそうくるか。確かに互いの安全の保証は必要だし、それには人質で互いを縛り合うのが定石だ。
こちらとしては騙し討ちをするつもりは無いのでその点で言えば受けても構わない。
だが万が一潜水艦の存在が企業にばれ撃沈された場合、ORCAは旅団長と副長を一気に失うことになる。
それは危険過ぎる。だから私は回収作戦には参加してはならない。
しかし一方でこの作戦は役目を終えたランク1を消し、旅団長をクローズプラン開始までにORCAに帰還させるには必須の作戦だ。
無論いくつかの代替案はあるがどれも旅団長の帰還がクローズプランの開始予定日を越えてしまう。
まぁ、多少どころか一年以上開始が遅れても問題ないように計画は練ってあるがそれでも計画通りに始める事がベストなのは違いない。
それに期日までにラインアークが条件を満たした潜水艦を用意できるとは思えん。
…難しい判断だがやはり受けるか。ラインアークへの潜水艦及びステルス技術関連の締付けを強化しておかねばならんな。
「いいだろう。ただその場合は君の奥方と子供をこちらの艦に乗せてもらうぞ?」
「ジョシュアもか。仕方ないか。了解した。セラノもそれで良いな?」
「駄目です。大人のフィオナさんはともかく、子供のジョシュアちゃんを政治の道具にする気はありません。
 それと危険な事を本人の承諾なしに決めるわけにはいけませんからフィオナさんも駄目です。
 だから私がORCAさんの艦に乗ります」
あっさりと私達の交渉の結果を否定するブロック嬢。これは、政治下手にも程があるな。
「セラノ!!良く考えろ!!フィオナは替えがきくがお前はきかないんだぞ!!
 そもそも人質といっても危険は殆ど無い形式的な」
「何を言われようと駄目です。私は人間としてラインアークの首長として認めるわけにはいきません」
レイヴンの怒声に毅然とした態度で返すブロック嬢。
それは先程までの子供っぽい姿とは違い、王の気品と威厳に溢れていた。
「ならフィオナとジョシュアの了解を取ればいいんだな!」
「フィオナさんは。ですが子供であるジョシュアちゃんはどうしようが認めません。2歳児であるジョシュアちゃんが危険を理解できるはずがありませんから」
「セラノ!!!!」
「メルツェルさん」
「はっ」
怒鳴るレイヴンを無視してブロック嬢が私を呼びかける。不意をつかれたため、つい畏まった返事をしてしまう。
「フィオナさんとジョシュアちゃんの代わりに私が同乗させていただきます。それでいいですね?
 それともラインアーク首長であるこの私では人質に不足ですか?」
「いえ。仰せのままに」
そのまま反射的にブロック嬢の言に頷いてしまう。
…不味い。別にこちらとしてはレイヴンの裏切りを防ぎえる人材であれば誰でも良い。
だがブロック嬢には呪い染みた人心把握能力がある。最悪潜水艦が丸ごとORCAから離反しかねん。
潜水艦の人選は考えなおさないといけないな。もしもの事を考えて銀翁にも同乗を頼むか。企業に発見された時のリスクがさらにますが仕方が無い。
…ステルス技術及び潜水艦の入手ルートの締付けは徹底的にやらねばならんな。
「メルツェルさんの同意もいただけましたし人質についてはこれでおしまいです。レイヴンさん、いいですね?」
「………了解した」
レイヴンが苦虫を噛み潰したような顔で頷く。
「では実務レベルの話を詰めましょう。ただ…」
「あぁ、解っている。セラノ、ここからはお前はいらん。フィオナを連れて来てくれ」
「その言い方は酷いです!レイブンさ「レイヴン」…失礼しましたレイヴンさん!」
先程の威厳はどこえやら。子供かリスのように頬を膨らませるブロック嬢。
「すまないな。だが頼む」
ブロック嬢の頭を撫でながらレイヴンが頭を下げる。
「解ればいいんです!では、皆さんよろしくお願いします」
ブロック嬢が立ち上がり一礼した後部屋を出て行く。

ふむ。まぁ、多少想定外の事態はあったものの概ね予想通りであり、望んだ結果が得られたな。
同乗の件も要はステルス技術を入手させなければいいのだ。つまり入手ルートさえ押さえてしまえば問題なかろう。
そうすれば予定通り何の問題も無くクローズプランを開始する事ができる。


表情には出さないが内心で難しい交渉を纏め上げ望んだ結果を得られたことに会心の笑みを浮かべるメルツェル。
だがメルツェルがいくら先見の明があるといっても限度がある。故にメルツェルは知らない。
アブ・マーシュがレイヴンが所有していたノーマル用のステルスを超魔改造して潜水艦用のステルスを作り出してしまうことに。
演技でよい戦闘で旅団長とアナトリアの傭兵が真剣勝負を始めてしまう事に。
そして気紛れな旅団長によって結局クローズ・プラン開始が遅れてしまう事に。

そんな近い将来にストレス性の胃炎に悩まされる事になるとは知らず、メルツェルは交渉を成し遂げた満足感と達成感と共に人類が黄金の時代へと一歩踏み出した事に確かな手応えを感じるのだった。


後書き
某所からの移送です。良かったら見てください


「政治屋ども
 リベルタリア気取りも今日までだな
 貴様らには水底が似合いだ
 いけるな?フラジール?」
「はい。そのつもりです」
「フン…それはよかった
 じゃ、いこうか」
「ミッション開始
 ホワイト・グリントと共同し、企業のネクストを撃破する
 敵ネクスト、ステイシスおよびフラジールだ
 ステイシス…ランク1、オッツダルヴァか
 企業連も本気ということだな…」
「ホワイト・グリント
 オペレーター、フィオナ・イェルフェルトです
 ご協力に感謝します
 共に幸運を」
「あぁ、どいつもこいつもみ~んな、神の国に送ってやるぜぇ!!」


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彼は政治屋としては十分だが政治家として最も重要な資質が欠けていた。
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