小説/長編

Written by 雨晴


リリウム・ウォルコットにとって、或いはBFFに、カラードに所属する者にとって、その挑戦者はあまりに異例と思われた。
ランカークラスの対抗馬は、独立傭兵。それも新人で、カラードへ登録されたのもごく最近。
ランクは最下層で、本来であればそのようなオーダーマッチは催されるはずがない。

理由として挙げられるのは、その新人リンクスの任務遂行力が異常であることと、スピリット・オブ・マザーウィルを陥落させた最初のリンクスであることくらいか。
何にせよ、彼女は目前の相手に全力を尽くす。王小龍が必要だと考えるから、彼女はここに居る。

シミュレーターを起動。仮想空間上、距離にして800前方、黒のネクストが直立している。ストレイド。
事前に得た情報では、旧レイレナード社製のアリーヤフレームに同社のマシンガン、突撃ライフルの装備。
背部にはグレネードにミサイル。インファイター。

ならばこちらは中距離戦を仕掛けるだけである。そう思考し、オーダーマッチ開始の合図を待つ。待ってみれば、長い。
 
 

 
 
 
 
 
 
 
「ウィンディー」
「・・・ロイか」

声を掛けられたウィン・D・ファンションは振り向くことなく、よう、と親しげに接してくる男を隣に迎えた。

「やっぱり気になるか?あの新人」
「いや。リリウム・ウォルコットの戦闘を見られる機会など、中々無いからな」

ギャラリーは多かった。戦闘記録用のモニタ室は、かなりの人数で埋まっている。
ランク2であるリリウム目当ての者、珍しい物見たさに集まった者と様々ではあるが、いずれにせよギャラリーの意見はほぼ一致している。
ストレイドというネクストは、アンビエントを射程圏内へ捉えられない。
いくら任務遂行力が異常だろうが、BFFの主力を落とそうが、ランカークラスのネクストには敵うまい。それが総意。

「お前は何をしに来たんだ?」

ウィン・D・ファンションからの問いに、モニタに向けていた目を彼女へと移す。

「ウィンディーの姿が見えたから、食事でも誘いに」
「阿呆か」
「独立傭兵として、お仲間の雄姿を目に焼き付けようかと」

なあ、ウィンディー。問い掛けに、ようやく彼女の目がロイ・ザーランドを捉える。

「どっちが勝つと思う?」

ひとつ、溜め息。

「・・・当然だろう」
「だよなあ」

そんな彼らの意見は、オーダーマッチ開始数秒以内に覆された。
 
 
 
 
オーダーマッチの開始を知らせる合図と同時にリリウムが感じたのは、驚愕だった。

一瞬。本当に一瞬で、アリーヤフレームが目前へと迫ってくる。

連続クイックブースト。それも、かなりの回数。リリウムでさえ、3、4回の多段使用が限界だというのに。
だがストレイドのリンクスは800という距離を一瞬で詰めてきた。
その動揺を、ストレイドのリンクスは見逃さない。速力を維持したままアンビエントをパスし、接地。ドリフトターンで背後を取る。
モーターコブラがアンビエントのプライマルアーマーを弾き、マーヴは装甲を抉っていく。白がひしゃけた。

「―――ッ!」

まずい。一歩踏み込み、振り向く。バックブースターを限界まで吹かし、距離を取ろうと努力する。
ミサイルで牽制をかけようとリリースした途端、爆発が起きた。グレネード。爆風に機体ごと持って行かれそうになるのを堪え、立て直しつつ今度こそ距離を取る。

―――落ち着け。

冷静になり、相手の様子を伺う。距離を詰めてくる様子はない。むしろ引き気味。
彼が突撃を行わないのは、エネルギーが途絶えたからか。なら。
レーザーライフルの有効射程は650、アサルトライフルは450。対するストレイドは、せいぜい350。
注意すべきはグレネードとミサイル。大丈夫だ、当たらない。そしてあの機動性だが、二度も同じ手には引っかかるまい。
一つ頷いて、メインブースターを起動させる。頭上を抑え、有利な位置を。

レーザーライフルを構え、前進。だが視界におさめていた筈のネクストは、姿を消していた。
慌てて索敵。レーダー上には確かに存在しているそのネクスト。

―――下!

見えたのは、オーバードブーストを吹かす黒。
 
 
 
 
敵ネクスト、上方。背部兵装では対応できず、マシンガン、アサルトライフルを起動。
オーバードブーストカット、エネルギー充填率60%。対空戦。頭を抑えたほうが有利、そんな定石は隅に置く。
敵機回避行動、及びオーバードブースト使用準備。中距離戦では不利。

―――喰らい付け。

敵機点火、高速移動。KP回復中、オーバードブースト使用不能。メイン、サイドクイックブースターの多段使用で追跡。
だが、FCSが突然相手を見失う。

―――ECM!

BFF製かく乱用ミサイル飛来。回避行動。しかし問題はこちらじゃない。距離を取られた。
アサルトライフルとレーザーライフルがくる。その精度とリンクスの技術を以って、正確に降り注ぐ。
一旦退避か?一気に距離を詰めようとも、相手はクイックブーストで巧みに引いていく。こちらの前進も、相手のライフルに阻まれる。
AP減少、これ以上の連続被弾はまずい。だが、こちらが引けばあちらの思う壺だ。
ならば。
グレネード起動。 
 
 
 
ようやく取れた中距離が、相手のAPを奪っていく。ようやく訪れた優勢に、安堵はしない。彼は、何をしてくるかわからない。
ときより見せる前進のそぶりにアサルトライフルによる衝撃でそれを拒み、レーザーライフルで確実に削っていく。
途端、爆発が起きた。こちらではなく、相手に。こちらは爆発を起こすような武装は装備していない。なら?
本来であれば必要の無い思考が、FCSが相手を見失っていることに気付くのに時間を要させた。
レーダー確認、敵機健在、右後方。
被弾衝撃。

「っ」

足元でグレネードを爆発させて、爆煙に紛れて一気にこちらの視覚外へと飛び出したのか。
とても正攻法とは呼べないが、それでもストレイドはそこにいる。それが全てだろう。
プライマルアーマー消失。元より低い063のAPが、みるみる削られていく。

だが、まだ終われない。極至近距離であっても対応してみせると、リリウムは思う。
ミサイルで牽制しつつ、レーザーライフルの低い近接適正を位置取りで補う。ライフルで継続してダメージを与えていく。
一進一退、まさにその言葉通りの攻防。
 
 
 
 
「申し訳御座いません、王大人」

開口一番、謝罪の言葉を口にする。だが大人は気に掛ける事も無く、モニタを睨み続ける。そのまま、口を開いた。

「敗因は?」
「こちらの優位な位置を取り切れませんでした」
「他には?」
「相手の攻勢を振り払うことが出来ませんでした」
「そうか」

ご苦労、下がれ。その言葉に一礼し、着替えを済ませシミュレーター室を後にする。

まだまだ精進しなければならない。そう思う。
ただ、今日のオーダーマッチは学ぶところが多かった。今思うとあのグレネードは反則じゃないか、とは思うが。

あんな狡猾さも、必要なんですね。

そんなことを考えながら、曲がり角に差し掛かる。向こうから現れたのは背の高い男性。影に気付くのに遅れ、危うくぶつかりそうになってしまう。

「あ、すみません」
「いえ、こちらこそ。申し訳御座いません、考え事をしていて」

顔を確認すれば、見知らぬ人物だ。事務の方だろうか。シミュレーターのフロアに?
とうの男性は、あ、もしかして、とこちらを知っているようで。

「あの、失礼ですが。リリウム・ウォルコットではありませんか?」
「え?・・・はい」

どなたですか?という視線に、失礼しました、と一礼する男性。視線を合わせて、自己紹介。柔らかな笑顔。少し、胸が高鳴った気がした。

「初めまして。ストレイドのリンクスです。先ほどは、有難う御座いました」
「あ・・・」

この人が?そんな疑問が頭に過ぎり、顔に出ていたのか彼は苦笑い。しまった。

「想像とは違いましたか」
「い、いえ、そういう訳では」

別に、もっと筋骨隆々で兵士!みたいな想像をしていた訳ではない。正直リンクスらしくないとは思うが、それは私も同じかもしれない。

「それよりも、こちらこそ有難う御座いました。良い経験をさせて頂きました」

お辞儀。上手くできただろうか。顔を見れば、引き込まれそうな笑顔。

「そう言って下さると光栄です。中々踏み込ませてもらえなかった時には、正直負けると思いましたが」
「それはこちらもです。開始直後の突進には驚きました」
「近距離戦だけが取り柄でして。あなたも流石です。レーザーライフルなんて、あんな至近距離で取り回せるものではないでしょう」

褒められたのが嬉しくて、つい俯いてしまう。

「いえ、そんな」
「それ、リンクス同士の会話かよ」

聞こえた声に、二人で振り向いた。
 
 
 
 
 
 

「ロイ・ザーランド様。お久しぶりです」
「ロイでいいって。久しぶりだな、リリウム」
「あなたが、ロイ・ザーランド?」

初めまして、と挨拶するストレイドのリンクス。ロイ・ザーランドがへぇー、ほぉー、とか言いながら、顔と顔を近づけて観察する。

「あんたが、リリウムを負かした新人?」
「え、っと、はい」
「何赤くなってんだ、リリウム」
「何でもありません」

別に、唇同士が近いとか思っているわけではない。断じて。

「あの、ロイ・ザーランド?」
「ロイでいい」
「はあ」

うーん、と品定めをするような雰囲気。

「いやあ、独立傭兵って聞いてたからもっとこう、カニスみたいなのを思い浮かべていたが」
「はあ」
「どっちかって言うとジェラルド寄りだな」
「そうなのでしょうか」
「お困りですよ、ロイ様」

おっと悪い、と飛び退くロイ。ストレイドのリンクスは、困ったような笑みを崩さない。

「よろしくな。えっと」
「あ、申し訳御座いません。名乗りたいところですが、名無しでして」

名無し?と疑問符を浮かべるリリウム。首を傾げる仕草を尻目に、ロイは続ける。

「何だ、訳ありか?」
「ええ、そんなところです」
「でも、"ストレイドのリンクス"じゃあ味気ないぜ。折角だから適当に決めちまえよ」

カラードの傭兵連中だって偽名ばっかだぜ、と続けるロイ。そうなのですか?というリリウムの疑問は無視。

「ストレイドって迷い猫って意味だろ?なら猫っぽく・・・トムとかどうだ」

トムですか、と苦笑するストレイドのリンクス。
リリウムはトム様、トム様と、目の男を捕まえて反芻する。猫のイメージが強すぎてダメだ、可愛すぎる。こう、猫耳とか。

「何笑ってるんだ、リリウム」
「何でもありません」
「あの、お気持ちは有難いのですが」

すみません、と一言。

「私には隠している本名以外、名乗るに値する名がありませんので」
「じゃあ、その本名とやらは?」
「名乗れないから、隠しているのですが」

そりゃそうだわな、ロイが笑う。つられて、ストレイドのリンクスの笑みが増した。
 
 
 
 
 
「じゃ、俺はこれからウィンディーとデートなので」
「ウィンディー?」
「ウィン・D・ファンション様。インテリオル・ユニオンのトップランカーの方ですよ」
「デートはスルーかよ」

まあいいや。そう呟いて、ロイ様は廊下を歩いていく。

「名無しさん、協働の機会があったら誘ってくれよ。あんたからの誘いなら大歓迎だ」
「是非に。その時にはよろしくお願いしますね、ロイ」

じゃあな、と言い残して去っていくのを二人で見送り、取り残された。何となく会話し辛い雰囲気。
どうしようか迷っていると、先に声を掛けられる。

「では、リリウム・ウォルコット。今日は有難う御座いました。私もこれで」

あ、と声が漏れた。ここで何もしなければ、この方と会うのはこれが最後かもしれない。相手は独立傭兵だが、こちらはBFFの箱入りで。

「あ、あの」

自分が何を言おうとしているのか理解しきれずに、口だけが先を行く。

「もし機会があれば、私も―――」

私も、私も。俯いて、黙り込んでしまう。その先を、彼が本当に嬉しそうに拾ってくれる。

「有難う御座います、リリウム・ウォルコット。むしろこちらこそ、宜しくお願いします」

改めての一礼に、本当に礼儀正しい人だと思う。居心地の悪さなんて全く無いし、波長が合う。
良い人だ。自然に、笑みが零れた。

「リリウムとお呼び下さい」

だから私も、この人に関わってみたいと思ったのかもしれない。

「わかりました、リリウム。機会があれば、よろしくお願いします」

差し出された右手は、大きくて暖かだった。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
「リリウム・ウォルコットと接触したのか?」

セレン・ヘイズが隣を歩く男にそう話しかけると、肯定の返事が返ってきた。

「全く、自分の立場を理解していないだろう。今や各企業でかなりの有名人だぞ、貴様」

マザーウィルを撃破したことで、ストレイドのリンクスの知名度はかなり高まってきている。
大きな被害を被ったBFFが、何も感じていないなど有り得ない。

「あまり企業付きのリンクスと交流しない方が良いだろう」
「そうなのでしょうか」
「お前なぁ・・・」

視線を男に向ける。飄々とした顔つき。

「私は、別にリンクスに対して反感を持っている訳ではありませんから。関わっていきたいですよ。相手に避けられなければ」

良い方ばかりですし、と笑顔を見せる。どうやらリリウム・ウォルコットとは良い関係になれそうらしく、嬉しそうに話していた。
だが、次の瞬間にはそれが失せる。

「しかし、企業では有名人ですか。良い事です」

見たことのないような表情を覗かせた。無表情。戦闘時には、こんな顔をしているのだろうか。

「企業を疲弊させる為に、企業に手を貸す、か」
「企業支配体制を恨む者としては、皮肉な話ですね」
「お前が言うか」

それもそうですね、といつもの柔らかな表情に戻る。

「では、私はここで」

気付けば、彼の自室の前まで来ていた。

「ああ。ではな」
「お休みなさい、セレン」

プシュ、と軽い音を立てて扉が閉まる。不安定なあの男は、これからどこへ向かうのだろうか。
王小龍は、あの男を試しているのだろう。あからさまにランク2をぶつけ、マザーウィルの情報をリークさせたのも恐らく奴だ。
使える駒と判断するのか、怖いから切り捨てるのか。あちらが動かないことには、こちらも動けない。だが、まあ。
あの男は、簡単には死なないさ。
そんな事を思いながら、自室を目指す。今すべきは、あの男の管理だ。


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