Written by ケルクク
「真っ赤に染まった船内に鳴り響くアラームを無視して窓の外に広がる宇宙を見る。
「綺麗だな。ハリ。これがお前が見たかった景色か。
…馬鹿が!アレだけ見たがってたのに死んじゃ意味ねぇだろ」
首元に下げたロケットを模した玩具のペンダントを弄りながら私を置いて死にやがったハリに毒つく。
「これでお別れですね。ヴァイオレットさん。そうだ。もしよければこれを貰ってくれませんか。 ミーシャとお揃いのペンダント。父さんと母さんの形見のペンダント。 いつか皆と共に宇宙へ行くと約束した誓いのペンダント。 色んな思い出と想いと願いが詰まった大事な大事なペンダントなんです」 「それと、お願いがあります。 いつかヴァイオレットさんが、ううん、ヴァイオレットさんじゃなくてもいい、誰か宇宙に行く人がいたらペンダントを渡してくれませんか。 そのペンダントを宇宙に連れて行ってあげてください」
「へ、お断りだ。誰にもお前との約束を譲ってやらない。お前の願いをかなえるのは俺だ」
綺麗な宇宙が涙でぼやける。枯れ尽くしたと思った涙が溢れ出す。
「ちくしょう!ちくしょう。なんで、なんで死にやがったんだよ!」
立っていられなくなり床に崩れ落ち、力任せに床を殴りつける。
「それと、その、よ、よければキ、キスしてもいいで、い、いやなんでもありませ・・・!?」 「…あ、ありがとうございます。そ、その、凄かったです。 良かった。これで思い残すことはなくなりました。 今までありがとうございます、ヴァイオレットさん。 それと、大好きでした!家族として! 愛してました。男として! そ、それじゃ!!」
「馬鹿野郎が!!生きてりゃキスなんて何度でもしてやったのに!それ以上だってしてやったのに!!
ちくしょう!俺に返事もさせないで死にやがって!畜生!畜生!!」
堪えきれなくなって子供のようにハリの名前を連呼しながら大声で泣きじゃくる。
****
ひとしきり泣きじゃくった後、何とか落ち着いたので唯一まともな状態だった宇宙服を取り出す。
そのまま着ようとしたところで思い直し、服を全て脱ぎ捨てる。
ペンダント以外は何も身に着けていないのでちょっと恥ずかしいがどうせ誰も見ていないし、少しでも宇宙を近くに感じたい。
裸の上に宇宙服を着込み、ヘルメットを閉じる前に2錠の薬を飲む。
一つは睡眠薬。一粒飲めば15分後に作用し、一分足らずで強制的に睡眠に導く。
一つは毒薬。一粒飲めば20分後に作用し、一瞬にして絶命させる。
これで俺は眠るように死ねる。
逃れられない死の恐怖に全身が震える。
へ、アンだけ強がっときながら、いざ死ぬとなるとブルっちまう。情けねぇ女だ、俺は。
ハリは最期まで弱音も悲鳴もあげずにミンチになるまでアレサに乗ってったってのに。ホントに情けねぇ。
自分の弱さを嘲笑いながらドアのロックを解除し、開け放つ。
途端、気圧差で周りの物全てが宇宙に吸い込まれていく。
その流れに逆らわず、宇宙へと飛び出す。
360度。自分の全てを宇宙が包む。
「うわ!!すっげぇ~」
宇宙の余りの大きさと美しさに、死の恐怖は消し飛び歓声をあげる。
綺麗だ。これはハリに自慢できるな。
ダボダボの宇宙服の中で丸まり、ペンダントを弄びながらそんな事を考える。
「これで俺達は死ぬまで、いや死んでも一緒だ。二人で永遠に宇宙を漂おうぜ、ハリ」
そして俺達はいつか星になる。
へへへ、鬼のヴァイオレットさんらしくないメルヘンな最期だ。
だが、悪くない。まったくもって悪くない。
意識が急速に落ちて行く。どうやら終わりが来たらしい。
急速に暗くなってゆく視界の中、俺は宇宙をもう一度視覚と記憶に焼き付ける。
そして最後の力で口を開く。
「ハリ、俺もお前の事を愛していたぜ。
家族としても女としても」
意識が闇に堕ちる寸前、赤い天使を見た気がした。
んだよ、先についてたのか、ハリ。
迎えに来たのはいい心がけだがクラースナヤはねぇだろ。白馬でこいよ、バーカ。
「させねぇよ!!」アンサングのレザバズをかわしたウィンディーにマシンガンを浴びせようとしたサムライネクストにVERMILLIONを放つ。
サムライネクストが後ろに向けていたマシンガンを前に向け一閃し、全てのミサイルを撃ち落す。
相変わらず神業なこって。毒づきながら突っ込んでくるサムライネクストをWGPで牽制しながら距離をと「ロイ!!」ろうとしたところで、進路へアンサングにプラズマを撃ち込まれる。
「チ!?」真っ白になるレーダー。足を止めた俺に向かって突っ込んでくるサムライネクスト。不味い!!避けられな…
「やらせん!!」レイテルパラッシュがパルスを乱射しながらサムライネクストに斬りかかる。
パルスの乱射を身に受けたサムライネクストがQBで距離をとる。EN切れで一瞬動きの止まったレイテルパラッシュに死角からアンサングが襲い掛かる。
「右だぁ!!!!」レイテルパラッシュがQBで跳ぶと同時にBELTCREEK03付きのDEARBORN03をアンサングに向けて放ち、同時にBECRUXをサムライネクストに向けて放つ。
アンサングが迫り来るミサイルをライフルで迎撃する。サムライネクストがBECRUXを上体を反らして避けつつアンサングへ向かうミサイルをしながらこちらに突っ込もうとする。
そこに打ち込まれるウィンディーのレールガン。サムライネクストがQBで距離をとり、アンサングと合流し、同時にレイテルパラッシュも俺に合流する。
これで十七回目の睨みあいか。
今回は俺達の6:4か7:3で勝利。
ただし、トータルで考えりゃ五分五分かそれ以下だ。
にしてもこの手の一芸を極めた特化機体は初見は実力の何倍もの強さを発揮するが、逆に手の内がばれて対策のしやすい二戦目以降は何分の一になるはずだろ?
なのになんで、みっちり対策を練ってガッチリ訓練した俺とウィンディー相手に互角以上に戦えるんだよ!シュミレーションじゃほぼ無傷で倒せるはずだったのに!
いや、理由は解ってる。相方のアンサングのせいだ。
こいつもこいつでサムライネクストに負けず劣らずの化け物だ。
戦って直にこいつにまるで着慣れない服を無理に着ているような違和感を感じた。
間違いなくアンサングのリンクスはアンサングに不慣れだ。つーか下手したら初乗りかも知れねぇ。
なのに、そう、なのにだ、このリンクスは対戦相手に即座に違和感を感じさせるような不慣れなネクストに乗りながら、俺達相手に一歩も引かずに、サムライネクストとの完璧な連携までこなしてやがる。
サムライネクストには劣るがこれも間違いなく神業だ。
つーか、こいつ万全の状態で愛機に乗ったら単機で俺とウィンディーに勝てるんじゃね?
いや、それならサムライネクストもそうだ。
初見の時に、ドンと戦って手の内を曝け出していなければ、姐さんがいなければ、毒舌馬鹿が乱入してこなければ俺はあっさり斬り捨てられたに違いない。
そう考えれば、生きてこの場で格上相手に互角に戦えてる時点で、存外の幸運なんだろう。
だが、善戦じゃ意味はない。ここは残りの人生の幸運全てを使い切ってでも勝たにゃなんねぇ。
…試しに勝率と俺の生存率をAMSに予想させてみる。
結果は勝率は62%。生存率は46%。
勝率はともかく生存率が五割切っているのでとっとと帰りたいが、最近検討の結果が0%が多かったので2桁いった事に嬉しく感じてしまう。麻痺してんなぁ、俺。
まぁいい。さぁて、そろそろENも回復したし今度はこっちから攻めると「ちっ!」
アンサングが中間地点の天井にプラズマを撃ちこむ。
くそ!先手を取られたか!!
白く染まるレーダー。崩落する天井。崩れ落ちる天井の向こうでアンサングが跳び上がり、サムライネクストが突っ込んでくる。
OKだ。抱く物は違うとはいえ、理想に酔っ払っているのはどちらも同じ。
先にミスったほうが死ぬ酔っ払い同士の馬鹿踊り。
だったら上手く踊りきってやるさ。ダンスは得意なんでな!
「これが私からお前に伝える最期の指令だ、友よ。
オッツダルヴァに為れ。そして人類を宇宙という無限のフロンティアを与え、黄金の時代に導け。
以上だ。辛い役目を負わせてすまない。
人類に黄金の時代を」
「…了解した、友よ。安らかに眠れ。
お前の、いや、お前達の夢は私が引き継ぎ叶えよう。
人類に黄金の時代を」
「んだぁ!?前方にネクストの反応だと!!?」
21回目の睨みあいの最中に突然現れたネクストの反応。
場所はここからクラニアムの中枢を挟んで丁度向かい側。
反応は一応カラード所属だが聞いてねぇぞって、おいおい、壁の中に反応があるじゃねぇか。
まさか、ドリル装備か!!
「私達が知らない隠し通路を進むか。ねえロイ、アンノウンは私達の味方だと思う?」
あ、そっちか。そりゃそうだよな。
一瞬頭と腕にドリルを装備したネクストを想像しちまった。
「さぁ、どうだろうな。表向きは俺達イレギュラーだし。
そもそも俺達と同じ目的かもわからねぇ。案外俺達の動きを察知した他者がドサクサでクラニアムを制圧しようとしたのかもよ?
まぁ、敵でも味方でもチャンスには違いねぇけどな」
俺が言い終わる前にアンサングがQTで180度回転し、OBで中枢へと向かう。
同時にサムライネクストがアンサングを追わせないよう、立ち塞がる。
だろうな。俺達にとっては敵か味方かわからねぇが、お前らにとっては100%敵だ。なら迎撃に向かわなくちゃいけねぇよな。
アンサングが消えた通路から蟲のような小型AFが3匹湧き出してくる。
チャンスだ!!
トップクラスのリンクスとおもちゃ3機じゃ比べ物にならねぇ!
これは行けるか。互角だった戦力比が一気にこちら側に傾いた。
「行けるぞ!ロイ!亡霊を墓に叩き帰す!」
「あぁ!十年も酔えたんだから十分だろ、酔っ払い。そろそろ酔いが覚める頃だぜ!」
「笑止!!」
急ぎ戻った自分を迎えたのはスティシスだった。
「やはりの」予想が当たった事に苦笑する。
メルツェルの小僧めが、キツい仕事を押し付ける。
だが逆よりは遥かにマシか。
PAを切り目を閉じる。覚悟は思いのほか簡単に出来た。
恐怖はない。いや、むしろようやく重荷から解放され仲間達に会いに行けると年甲斐もなく浮かれる自分がいる。
…
……
………??
だが、いつまでたっても攻撃は来なかった。
不審に思い目を開けると、目の前でスティシスが銃口をこちらに向けたまま硬直していた。
リンクスの葛藤に同調するように震える銃口を見て苦笑する。
仕方ない。一押しをしてやるか。
「どうした?早く、撃たんか」
「銀翁。気付いていたのか。なのに何故」
葛藤と動揺に震える我等が団長に笑いかける。
「当たり前じゃ。無駄に歳はとっとらんわい。
私も同じ事を考えておったからな。
人類に宇宙を与えても開発できねば意味がない。
故に、クローズプラン終了時にはORCAという外敵がいてはならず、
企業はその力を他社を蹴落とす戦争ではなく、自己を増大させる開発に向けねばならん」
「その通りだ。流石、銀翁だ」
「世辞はよせ。思いつくだけなら誰でも出来る。
だが、メルツェル以外の誰が成功させる事すら困難なクローズプランを行いながらORCAを戦力を残したまま壊滅させ、企業の体力を残したまま戦力を剥ぎ取れる?
マクシミリアン・テルミドール以外の誰が裏切り者の汚名を永遠に背負い、苦楽を共にした同胞達を皆殺しにする覚悟を持てる?
誰も出来んよ。私にもベルリオーズすらな。
だから撃て。ここで私を殺し、最期のORCAも企業にとって目障りなイレギュラー2機も殺せば企業は必ずお前の裏切りを信じ、内に入れよう。
そうすればお前なら企業の実質的な指導者になり、人類に黄金の時代をもたらすことは容易いじゃろう」
「………約束する。私は必ず人類に黄金の時代を齎す」
「おう。信じるぞ。だが泣くのはこれで最後にせい。
さ、とっととやれ。私は早く成長したお前等の話を皆にしたくてたまらんのじゃ」
涙に濡れる団長殿に笑いかける。
「解った。さらばだ、同志、いや師よ」
「おう。遂げろよ、テルミ、いや、オッツダルヴァ」
スティシスから放たれるプラズマに身を焼かれる一瞬、かつてと今の仲間が見えた気がした。
なんじゃ、そんなところにおったのかい。今行くから少し待っとれ。
いける!!
サムライネクストをBECRUXとDEARBORN03で追い立てながら勝利の手応えに笑みが零れる。
サムライネクストは
これならそう遠くないうちに撃破出来るだろう。
いや、油断するなよ、俺。
一度戦って手の内を知られている上に、さらに対策をきっちり練ってシュミレーションまで重ねた俺達相手に圧倒的不利とはいえ戦闘をしてるんだ。
本来なら一方的な虐殺にしかならねぇのを戦闘にまで押し上げてるのは間違いなく奴の腕なんだ。
MOONLIGHTの直撃で終わっちまうんだし、最後まで気を抜いちゃいけねぇな。
****
「不利」
このままでは勝てん。
だが相手は優勢に慢心する程脆くなく、アサルトセルの掃討まで数時間ある以上時間を稼ぐ意味もない。
つまり、彼奴等は俺が倒さねばならん。
ならば!
****
サムライネクストがマシンガンを天井に一閃すると同時に後退する。
崩れ落ちる天井の中、
そして、辺りに充満していたサムライネクストの殺気が消えた。
やばい。やばいやばいやばい!こいつはやばい!何が起こるかわからないが、とにかくやばいって事はわかる!!
「…津波になる直前の海を見たことがあるか、ロイ?
海の水が沖へと引いていくんだ。そして、訪れる束の間の静寂。私はその光景に畏れと感動と恐怖を感じたよ。
今、丁度そんな気分だ。
…最後の勝負をしてくる気だ。捌けねば一瞬で持っていかれるぞ。優勢だと油断するなよ!」
****
「俺っち達の流派の基本にして極意は効率的に動くって事だ。基本から奥義まで徹頭徹尾それはかわらねぇ。
だから俺っち達は他人が、回避・移動・攻撃と3動作かかる所を、省略できるところは省略し、共有できるところは共有する事で回避と移動と攻撃を全て兼ねた1動作を行う事が出来る。
いわば相手の三倍の速さで動けるようなもんだ。1対1ならまず負けねぇ。
…だが勝てるのは1対1だけだ。相手が3人いればもうわからねぇし、100人いたらまず勝てねぇ。
じゃぁ、100人に勝つにはどうしたらいいと思う?」
「分断」
「確かにそれも手だろうな。他にも罠や奇襲等々いくらでも手はある。
だがよ、そんな小細工ができねぇとしたら?ガチで正面から100人と殺しあわなきゃいけねぇとしたらどうすれば勝てる?」
「不明」
「答えは簡単だ。100倍早く動けばいいんだよ。1の行動を0.01でできりゃぁ100人とも戦える」
「不可能」
「そうだ。不可能だ。魔法なり薬を使って火事場のクソ力を常に発揮できるようにしても3倍しか早く動けねぇ。
まして、1を切るのもな。俺っち達の1は無駄を極限まで削ぎ落とした効率の極地だ。これ以上削る余地はねぇ。
だから不可能だ。効率じゃ、人間じゃ、1より下にはいけやしない。
だが不可能を可能にするのが俺っち達の流派の秘奥。効率も人も何もかも超えて、1を0にするのが俺っち達の秘奥だ。
やり方を教えてやるから耳の穴をかっぽじってよーく聞けよ。
いいか、基本は今までの体捌き、とりわけ歩法と変わらねぇ。ただもう一つ加えるだけだ。
それは…」
****
もはや不要となったMOTORCOBRAとFLICKERを捨て目を閉じる。
師の言葉を思い出しながら、気を外に漏らさぬために殺気を抑え内気を廻らせる。
心と体を唯一つの目的の為に研ぎ澄ませ、特化させていく。
****
「以上だ。へへへ、意外と簡単だろう?おっと、だからってやろうとすんじゃねぇぞ。
何度も言ったがこれは人を超える業だ。だが俺達は人間だ。だから限界を超えれば死ぬ。当然、秘奥の最奥、0に至る遥か手前でな。例外はねぇぞ。
だからこれを使えるのは生涯で一度きりだ。へへへ、不肖の師匠としてはおめぇが寿命でおっちぬまで使わない事を祈ってるぜ」
師の言葉通り、PA-N51にて民間人を守る為に秘奥を使った師はMTを含んだ中隊規模の全てを単身斬り捨てて、死んだ。
最期を看取ったド・スによると鬼神の如き強さで最期は殆ど眼で追う事が出来ないほどの速さだったらしい。
…最奥まで行き着けば視認すら不可能。つまり師ですら最奥には到れなかった。
ならば成長したとはいえ師より遥かに未熟な俺に出来るのだろうか?
否。出来る。出来るはずだ。
確かに
だから出来る。否。やってみせる!!
師よ、そしてアンジェよ、見ていて欲しい。
今より行うは俺の剣の極地。非才未熟ではあるが2人の剣を継いだ俺の全力。
「ッ!?気をつけろ!ロイ!!」
月を斬る一撃
「消えた!?」
「斬月」
****
「消えた!?」
「んな!?」悪寒。咄嗟に左QBで跳ぶ。右手に灼熱感。斬り飛ばされた!?
慌ててレーダーで確認するとOB以上QB未満の速度で戦場を縦横無尽に駆け巡るサムライネクストの反応があった。
なんだこのチート。ここまで長時間超加速で自由自在に動けるOBだかQBが実用化されたなんて聞いてねぇぞ!
「飛べ、ロイ!!QBでもOBでも上下の運動は苦キャァ!!」天井付近を飛んでいたレイテルパラッシュの両膝が両断される。
垂直QB!?いや違う、今の機動はただのジャンプだ。って事はなんだ?サムライネクストはあの機動を通常ブーストでやってやがるのか!?
なにそれ怖い。いくら追加ブースター積んでるからってインチキにも程があ「やべぇ!」
右QBで正面から突っ込んでくるサムライネクストを辛うじて避ける。
「まだだ!」悲鳴のような警告。レーダーでは捌いたはずのサムライネクストが回り込み再度正面から突っ込んで来ていた。
くそ!間に合わねぇ!!左QBで切り返す。右腕に灼熱感。宙を舞う右腕。
「くそがぁ!」両肩のミサイルを地面に向かって発射する。地面に激突し爆発するミサイル。三度回り込んでいたサムライネクストが爆炎に巻き込まれることを嫌い離れていく。
「熱ぅ~」こちらは派手に炙られたが何とか追い返せたか。
「そっち行ったぞ、ウィンディ!!見るのは無理だ!レーダーで捕らえろ!!」
「解ってる!!」レイテルパラッシュが突っ込んでくるサムライネクストにパルスを乱射する。
だが一次ロックすらできていないパルスでは足止めにもならない。サムライネクストが僅かに速度を落とすがそのまま突っ込む。上体を丸めながらQBで避けるレイテルパラッシュ。
接触。「ウィンディー!!」レイテルパラッシュが首から左脇腹にかけて袈裟斬りに裂かれる。
「大丈夫!まだ動ける!!」頭部と左腕を失ったレイテルパラッシュがふらつきながらQBで距離をとる。
不味い。両膝に加えて頭部レーダーに左半身の武装まで失っちゃレイテルパラッシュはもう戦えねぇ。
両手潰れてるとは言え両肩が生きてる俺が何とかしないと!
だがどうする?ロックはおろか見えない相手にどう戦えばいい?
無理無理無理!!何も思いつかねぇ!!どうすりゃいいんだよ!!
「やっと繋がった!ロイさん戦闘記録見せて!」「蘭!?解った!」
輸送機がついたか!言われるままに戦闘データへの外部アクセスを許可する。
「やっぱり。いい、ロイさん。前回も今回もスプリットムーンは斬る時は真正面から行ってる!だから通「通路に逃げ込めばいいんだな!」はい!」
ナイス蘭!!「掴れウィンディー!」OBを起動しレイテルパラッシュに半ばぶつかりながら回収し、スタート地点である通路の奥に向かう。
サムライネクストは斬りに来ない。やっぱりな。
余裕か?いや違う。サムライネクストは相手を正面から斬る事しか知らないんだ。
だから俺達を後ろから斬らなかった、いや知らなかったから出来なかったんだ。
不器用な奴。だがそのおかげで、自らを単一の機能に限定しそれを限界まで昇華させたおかげで、あんな限界を超えた機動を可能になるまでの極地に辿り着いたんだよな。
レイテルパラッシュを通路の奥に横たえ、振り向く。
「待たせて悪いな」丘の麓で佇むサムライネクストに声をかける。
サムライネクストはあれから一発の攻撃を受けていないにも関わらず満身創痍だった。
全身罅割れ、火花と煙とコジマを吹き出している。動いているのが不思議なくらいだ。
そうだよ。そうだよな。ネクストの限界を超えて動いたんだモンな。ならそうなるよな。
希望が出てきたな。これなら先に当てたほうが勝ちだ。
当然余り早く撃つとジャンプで避けられる。かといって遅ければ弾が発射する前に斬り殺される。
だから避けられず斬られないギリギリを見極めて撃たなきゃいけないんだが、残念ながら通路の入り口から
見極めるなんてトロイ事やってたら斬り殺される。
つまりカンで撃つしかない。
自分どころか家族の命をカンに賭けるとか嫌過ぎるがしょうがない。
レイテルパラッシュがマイブリスにそっと寄り添う。
ウィンディーからの通信はないが気持ちは痛いほど伝わってくる。
マイブリスでレイテルパラッシュを相手の視線から守るように移動させる。この移動に意味なんてない。ただ、俺の覚悟の表れだ。
大丈夫だ!俺は負けない!!
「さぁ!来いよ、サムライネクスト!!いい加減ケリをつけようぜ!!」
「応!!」
****
返事をした直後、口から大量の血が溢れ出た。
当然か。ネクストの限界を超えた機動によって発生したGは全身の骨を粉砕し、殆どの内臓と血管を破裂させ、僅かに残った内臓にも砕いた骨を突き刺していた。
1を切ったとはいえ、0.4程度で、しかも人の身ではなく機身を用いてこのザマ。やはり俺は師に遠く及ばぬ。
…自嘲をしている暇はない。俺はもう長くはない。故に斃れるまで一人でも多くの敵を斬り捨てなければならぬ。
特に眼前の2機は確実に息の根を止めねば。
一時は四葉と剣の損傷は激しく放って置いても蟲を突破できるとは思えぬ為テペスの援護に向かうべきかとも考えたが、増援が現れ2機を修理するやも知れぬ。
否。それ以上に2機はここまで絶望的な戦力差を見せてもまだ諦めぬ。故に修理出来ねば出来ぬなりに何か策を立てて来るだろう。
故に眼前の2機はアンジェの夢を阻む最大の障壁。だから斬る。確実に斬り捨て憂いを完全に断つ。
スプリットムーンの状況を確認する。
俺に負けず劣らず酷い。
限界を超えた動きに全身、特に間接が磨耗し損壊し、統合制御体は理論を越えた自身の動きに発狂死。
通信・PA・リンクスの生命維持装置等、稼動に不要な機能を全て斬り捨てて何とか動いている状態だ。
俺と同じ何時止まるかわからぬ瀕死。
そう、俺と同じだ。ならば問題はない。ならばまだ動く。
俺達は剣。アンジェの夢を阻む物を全て断つ剣。故に敵が残っているのに折れる事などありえない。
だから斬る。斬って捨てる。
やる事は何時もと変わらぬ。否、何時もより容易い。
剣はもはや戦えぬ。敵は四つ葉一機。その四つ葉も腕は落ち、また左右に壁、後ろに剣ともはや逃げることは叶わぬ。
だが俺もあの狭い通路ではミサイルを回避する事は出来ず、またフェイント等器用な真似は出来ない。
故に回避を考えず移動と攻撃のみを考え、撃たれる前に斬ればよい。
移動と回避を0に近づければ、否!0で行えばよい!
師よ、そしてアンジェよ、見ていて欲しい。
次が俺の生涯最後の一撃にして、俺の生涯最高の一撃。
アサルトセルを、アンジェの夢を阻む全てを、そして月を斬る一撃。
「斬月」
一歩目で最高速へ加速する。
二歩目以降もそのまま限界を超えて加速を続ける。
限界を超えた動きにスプリットムーンが悲鳴をあげる。Gが全身を押し潰す。
無視して更に加速。1を超え0に到るべく加速を続ける。
なれど!道理を超えて
加速する。1を切り0.4を下回り0.1を超え極限まで0に近づく。
ミサイルがゆっくりと発射管を移動する。
「遅い」ミサイルが発射管を3M移動する前に、俺は四葉との距離50Mを詰めていた。
未だ発射管の半ばに存在するミサイルに勝利を確信し、四葉との距離を詰める最後の一歩と共にMOONLIGHTを振「!?」
四葉を完全に斬り裂く前に、四葉の脇から生えた銃口から放たれたレールガンが俺を貫いた。
****
サムライネクストが消えた数瞬後、どうかあたりますようにと祈りながら両背のミサイルに発射指示を出す。
「げ!?」だがミサイルが発射される寸前、サムライネクストが眼前に現れた。
懐に潜り込まれたため、ミサイルがサムライネクストの頭上を通り過ぎる。マイブリスにMOONLIGHTが喰いこむ。
諦めて目を閉じた直後、凄まじい衝撃とエネミーロストのサインが統合制御体から送られてきた。
?どういうことだ??恐る恐る目を開けると、コックピットを撃ち抜かれマイブリスとの激突の衝撃でバラバラになったサムライネクストの残骸が転がっていた。
「こちらが視認できない程高速で動けば、当然こちらも視認しにくくなる。まして標的である
そしてアレだけ攻撃モーションを見せてくれたんだ。視認できなくとも予想はできる。
…それにしても何も言わなかったのに咄嗟によく私の意図を汲んでくれた。その、凄い嬉しかったよ、旦那様。惚れ直した」
ウィンディーの嬉しさに弾んだ声。
…なーる。マイブリスにリンクして外部の様子を把握して、マイブリスを囮にサムライネクストを狙撃したわけね。
はっはっは!全然気付かなかったぜwつーか、あの寄り添いにそんな意味があるなんて気付けるわけねーだろww
まぁいいや。結果オーライだったんだし、折角いい感じに誤解してくれてんだからがっかりさせる事ねーべ。
「AHAHAHA!当然だろ、花嫁さん!見たか!俺達のラブラブパワ~!」
…真改が敗れたか。友よ、安らかに眠れ。お前の、いやお前達の願いは私が叶えてみせる。
無念の内に散ったであろう友にして同志の為に、黙祷する。
****
…目を開ける。感傷は終わりだ。
通信から判断すると奴等は補修をして
ならば、ここで討つより潰し合せた方が上策か。
方針を決めたので2機にカラード共通チャンネルで通信を開く。
「ふん、生き残ったか。あの程度の相手に時間をかけるとはクズが。まぁいい。今から合流するから準備しておけ」
一時間後、蘭達が運んできてくれたマイブリスの代替機の最終調整を終えた俺は、ウィンディーと一緒に簡易シャワーでスッキリした後、最奥でコンソール相手に格闘を続ける蘭を見守っていた。
「まだ終わらんのか。何をちんたらやっている…。時間の無駄だ」
「諸悪の元凶の癖になに偉そうにしてやがる!!テメェが余計な事しなけりゃこんな苦労はせずにすんだんだろうが!このORCA野郎!」
「まだ私をORCAと呼ぶとは脳みそまでかびたか。ラインアークは偽装撃墜。それ以降はORCAの内偵をしていたと説明しただろう。
そもそも私が敵ならJETでなくお前等を撃墜している。そんなことも理解できんとは所詮は人の言葉も解せん獣か。
それと諸悪の根源か元凶だけだ、クズが」
「学がなくてすまなかったなぁ!!それと皮肉だよボケェ!!」「落ち着け、ロイ」切れかけた俺をウィンディーが後ろから羽交い絞めにする。
互いにアンダー一枚しか着ていない為、薄布越しに押し付けられるやーらかいオッパイの感触が一瞬にして頭に上った血を下半身に降ろす。
前かがみになった俺から離れてウィンディーがオッツダルヴァの前に立つ。おう、もう少し感じていたかった。
「ORCAと老人達の密約を知って独断で内偵を切り上げてくれた事。テルミドールを討ち果たした事。JETを排除してくれた事には礼を言う。
ORCA撃破の功績の独占を狙って私達の援護に来なかった事も責めはしない。
だが、功績の独占を狙うあまり権限不足のアカウントで入ろうとして、端末をロックさせたのは失態だったな」
「クッ」オッツダルヴァが舌打ちして横を向く。けけけ、ザマーミロw
「まぁまぁ、オッツダルヴァさんが用意したのも単体で緊急停止できる平時での最高権限だったんですからしょうがないですよ。
それ以上の、各グループに一つずつ与えられていて三つ揃えば自身どころか他のアルテリアにまで自爆指示を出せる最高権限をORCAが用意しているとは予想できませんって。
僕達もインテリオルがくれなかったらどうなっていた事か」
コンソールと格闘していた蘭が椅子を回転させて振り返る。
「お待たせしました。送り先をエーレンベルグから各クレイドルへに変更しました。後は、ロックするだけなんですけどパスをどうしましょうか?」
「ウィン・D・ファッショ、アベシ!?」「見せてみろ!リンクス戦争の英雄の力を!!」「フン!え、私も考えるのか?えーと、そうだ!私の誕生日はどうだろう?」
「…皆さんに聞いた僕が馬鹿でした。仕方ないのでロイさんが今まで関係した女性のイニシャルと3サイズを3進法で表記して、関係した順に並べておきますね。これなら70万桁ぐらいになるから丁度いいですし。
ふっふっふ、まずパスワードの領域を拡大しないといけないから、頭が固いといくら天才でも突破不可能。さすが僕」
「ちょっとまてぇ!なんでお前が知ってるんだよ!」ニヤニヤ笑いながらとんでもない値をパスにセットしようとする蘭を止めようと手を伸ばすも、笑顔のウィンディーに腕を捻り上げられ止められる。
「企業秘密です。それにもう終了しちゃいましたよ。これから72時間は例えパスワードをいれてもロックは解けません」
「よし。エーレンベルグはどうだ?」きっかり俺の肩を外したウィンディーが蘭に問いかける。嫉妬するのは嬉しいが最近表現が過激になってきてる気がする。DVいくない。
「エネルギーの供給は止めましたが送った分はどうしようもないですからね。後、3時間は射撃を続けると思います」
「しかたねーべ。元々俺達の目標はクレイドル墜落の防止であってエーレンベルクの発射阻止じゃないからな」肩を嵌め直す。
「そうだな。それでこれからどうする?」
「どうするもこうするもない。このままストレイドとシリエジオを迎撃する。その後エーレンベルクを攻略すればこの
「だな。よし、じゃぁ蘭達は安全圏まで退避してくれ。そんで俺達があの2人に勝てたら着てくれ。
おい毒舌馬鹿、お前が来たオーメルの隠し通路は閉じれるのか?」
「…私をその名で二度と呼ぶな!
ふん、可能だが無意味だな。オーメルが隠し通路を作ったのなら、同じようにインテリオルやGAが作っている可能性になぜ思い当たらん、クズが」
うわ、人にこんなに毒吐く癖に自分が少し煽られたらマジギレするってなんだこいつ。
「そりゃぁ否定できねぇな。仕方ねぇ。ここに直で来る可能性がある以上、ここでも守らないとな。だが…」
「ここは狭い。二機が戦闘するだけで一杯だ。こんなところに3機もつめたらろくに動けず、ストレイドの餌食になるぞ」
そうなんだよなぁ~。どう考えてもトッツカレルよなぁ~。かといって守らんわけにもいかんし。
「ならば、手は一つだ。私が守ろう。貴様等は真改と戦った場所で待ち構えろ。アソコはネクストが動ける程度には広いし、隠し通路を考えなければここに来るには通らざるをえん」
「必然的に交戦確率も一番高いと。自分は高みの見物とはいい身分だな?」
「なんなら変わってやってもいいぞ?だがお前ではストレイドには勝てん。ウィンは俺よりここの守備は向いているが、問題はお前だ。私はお前のお守りはゴメンだ。
ま、貴様が空気でいるなら組んでやってもいいぞ?」
「抜かせ、テメェとコンビなんざ願い下げだ。あと、ウィンゆーな。これは俺のだ」ウィンディーを抱き寄せてついでにドサクサでオッパイを揉みしだく。う~ん。いつ揉んでも素晴らしい感触だ。
「私達とお前は敵対企業に属するリンクスだ。それを抜きにしても私は、いや私達はお前を信頼できないし、お前も私達を信頼できないだろう。
そしてシリエジオとストレイドは背中を気にして勝てる相手じゃない。だからお前の案しかないだろう」ウィンディーが俺の手を抓り上げながら賛成する。
「ふん、話は終わりだな。私はネクストで待機する」オッツダルヴァが踵を返しスティシスに向けて歩き出す。
「…俺達も行くか。さぁ~、あと少しだ。とっとと終わらせてさっさと帰ろうぜ」「そうだな」俺達もネクストに向かおうとしたところで、
「待ってください!ロイさん!!」蘭に呼び止められた。
「ん?」
「ジーニーから聞いているかと思いますが、僕からも確認します。
クレイドル03でロイさんが死んだ時点で僕達の傭兵資格は剥奪されました。これによってカラードからパーツ購入が不可能になりました。
そして僕達が持っていたマイブリスの予備パーツは1機分。つまり、今用意している代替機は僕達が用意したものでなくラインアークから供与されたものです」
震える声を無理やり押さえつけたような平坦な声で淡々と喋る蘭。濡れた瞳といい左手で右肘を押さえる動きといいこれは爆発寸前だ。まいったな。
「アブ・マーシュ特製だってんだろ?得体の知れない仕様だが問題ねぇさ。
確かに鴉の旦那の専用仕様だから俺にはメリットはほぼねぇ。精々ちょびっとダメコンが上がるくらいか。
だがデメリットの重量増も重量級なマイブリスにゃ殆ど誤差だ。動かして五分でアジャストできらぁ。それに重量増の結果ちょっぴり防御が上がるんだし悪かねぇさ。
安全性も爺さんのお墨付きが出てるし、運用実績もWGと解体屋で十分な時間実戦で運用されてるから問題ないさ」
爆発寸前の蘭を宥める為に肩を抱こうとする。だが、手が届く寸前に乱暴に振り払われた。…失敗か。
「誤魔化さないでください!!仕様自体を問題にしているわけじゃありません!!問題なのは仕様の一環として解除されている安全装置です!!!
なんでロックだけで封印させてくれないんですか!!」
蘭の目に涙が溜まって零れ落ちる。普段の冷静さをかなぐり捨てて蘭が絶叫する。
向こうで作業いていた連中が蘭の叫びに気付き、普段とあまりに違う態度に何事かと駆け寄ろうかとして爺さんに止められた。
サンキュ。爺さん。
「解っているんでしょう!超高負荷をかけて戦闘能力が向上するのはアマジークやアナトリアの傭兵のようなAMS適正が低い者か、ハリやセカンドのような特異なAMS適性を持つ者だけです!
高適正だけど通常のAMS適性なロイさんに高負荷をかけても戦闘能力の向上は僅か、いえ負荷によるノイズで確実に低下しまう!!
それでも追い詰められたリンクスは
だからまともな整備員や開発者は安全装置をリンクスが解除できない封印を施すんです!!
なのにロイさんはどうしてロックしかさせてくれないんですか!!ロイさんは私達を置いて自殺でもするつもりなんですか!!」
涙と鼻水と崩れて化粧で顔をぐしゃぐしゃにしながら子供のように泣き喚く蘭。
いや、普段の冷静さが何重にも猫を被ってるだけで、こっちが素なんだが。
でも2人っきりの時でも中々見せてくれないのに、向こうにゃ俺とウィンディーと爺さん以外の人間が大勢いるのに素になるなんざ珍しいな。
「そんなつもりはねぇよ。使わないさ。どうせ使わないならわざわざ封印する必要もないだろ?
ほら涙を拭けよ。俺が美人の涙が逃げてなのは知ってるだろ?」
肩を抱くのを諦めて
「うぅ~。使わないなら封印させてくれてもいいじゃないですか~。それにロイさんみたいに自制心が低い人が使わないなんて無理ですよ~。
ウィンさんも止めるようにって言って下さい。そうじゃないとこの人、絶対にピンチになったら使って死んじゃいますよ~」
撫でられるのに任されながら蘭がしゃくりあげるようにウィンディーに訴える。
わーいw凄い信頼だ。つーか、読まれてるやがる。まぁ、訓練生の頃に拾って以来かれこれ十年以上の付き合いになるんで当然たぁ、当然なんだが。
「私はロイを信じているからな。大丈夫。私達は無事に帰ってくる約束する」
ウィンディーが泣きじゃくる子供をあやす母のような柔らかい微笑みを浮かべて蘭を胸に抱く。
蘭はウィンディーの胸で暫く泣いていたが、ようやく少し冷静になり顔を上げこちらに振り向き、微笑んだ。
「取り乱してすいません。何か凄い嫌な予感がして。ねぇ、ロイさん、絶対に使わないと約束してくれますか?」
それは一目見て無理をしている事がわかる辛く儚い微笑だった。
「あぁ。約束する」そんな蘭を見ていられなくなった俺は蘭を抱きしめる。
今度は抵抗されなかった。
そのまま裏切りに傷つく蘭の瞳を正面から見据えて微笑み、守る気のない嘘を告げる。
「絶対に使わない。だから俺が留守の間、ホームを頼んだぜ?」
泣きそうに歪む蘭の顔をこれ以上見ていられなくなったので蘭の唇を奪う。これ以上は罪悪感が態度に出そうだ。
本心を曝け出してぶっつかって来た蘭に不実な嘘で返す不誠実さを少しでも埋め合わそうと、持てる技巧の全てを注ぎ込んで蘭の口内へ舌を侵入させ唾液を繰り込む。
最初は硬く閉じていた蘭の歯が、許しを請うように歯茎や唇の裏を執拗に愛撫する俺の舌に根負けしたように開き、蘭の舌が俺の舌を受け入れるように絡み合う。互いの想いを交換するかのように唾液を送りあい飲みあう。
それはウィンディーともめったにしないような口での交わりだった。互いの口から溢れ垂れた唾が無意識の内に押し付けあった二人の胸の間に落ちて欄の服に大きな染みをつくる。猛る俺の下半身に蘭が熱く濡れた腰を擦り付ける。
呼吸する事すら忘れて互いを貪り合う淫卑な口淫は、それ故に互いの息が続かなくなり同時に離れた事で終わった。
乱れた呼吸と服を直さずに蘭が、紅く上気し涙と鼻水と崩れた化粧と互いの涎で汚れた顔を泣き笑いの表情で歪める。
「嘘吐き。ロイさんは優しいけど酷い男です。私がこんなに頼んでいるのに真顔で嘘を吐くんですから。はぁ、もういいです。惚れた弱みで騙されておいてあげます。
それともう約束を破られて悲しい想いをしたくないからお願いです。
使わないでとは言っても意味がないので言いません。でも使う前に逃げる事を考えてください。ロックに成功したので最低でも72時間あるんです。
これは一度引いて再チャレンジするには十分な時間です。だから使う前に逃げてください、お願いします」
「解った。やばくなったら逃げるよ。約そ「解ってたけど、ロイさんって本当に最低!!!」
蘭が俺の返事が終わる前に拳で思いっきり俺を殴った後、踵を返して皆の元に走り去る。
「今のは酷いぞ、ロイ。殴られて罪悪感を少しでも減らそうとするなんて褒められん。汲んでくれた蘭に礼と侘びをしておけよ」
乱れた顔と服を皆に突っ込まれて窮する蘭を爺さんが酷い顔だとからかい、胸を揉みブラを抜きさる。悲鳴をあげる蘭。
爺さんに蹴りを入れてブラを奪還した蘭が何時もの調子で、ただし真っ赤になりながらブラを付け直しつつ撤収を指示し、全員が笑いながらそれに従う。
「あぁ。なぁ、蘭はいい子だな」
そう。蘭はいい子だ。本人は拾って貰った恩を返してるだけですと言うがそんなもんはとっくに返してもらって、今は俺が借りてばかりだ。
「そうね。恋人、いえ妻としては浮気が心配、を通り越してあの子なら二号でも構わないと思ってしまうくらいにね」
いや、それを言うなら皆そうだ。皆、俺の我が侭に付き合ってこんなところにまで来てくれた。皆に貸しなんてあるわけがない。あるとすれば返しきれない恩だけだ。
だから、
「そっか。なぁ、絶対に皆で無事に帰ろうな」
「当たり前よ、
「安全圏までの退避が完了しました。ロイさん、ご武運を」
高速輸送機から通信が入る。
「おう。お前らも気をつけろよ。安全圏って言ってもクレイドルから離れただけなんだからな。ぼんやりしてっと野良武装組織に襲われるぜ?」
「ご安心を。クラニアムの周囲に多数展開する企業の偵察部隊の一つと合流しましたから。偵察目的の部隊なのでORCA相手の戦力にはなりませんが、武装組織相手には十分です。
逆にORCAからしてみれば一つ一つは戦力未満で全てが集結してもネクストやAFを擁する自分達には大して脅威でなく、さらに広大な領域に点在しているので一つ一つ潰すには手間な僕達を狙うメリットはないです。
ロイさんが思いつく危険程度はとっくに検討済みなので余計な事を考えずに戦闘に集ちゅきゃぁあ!?」
突如通信機から響く爆発音とアラームと蘭の悲鳴。
「どうした!何があった!蘭!!」「遠距離からの狙撃です!!」「くっ!被害報告を!敵は?」「主翼が破損!もう飛べません!」「狙撃はネクストの小型スナイパーキャノンかノーマルの大型スナイパーキャノンの確立大!!」「ニーニャ!狙撃のあった方向にレーダーを集中させて!」「やってるわよ!見つけた!嘘、コ、コジマ反応!敵はネクストです」「周囲、いえ展開中の全企業軍から救援要請!内容は全て同じ。『我ORCAに奇襲されり。至急来援を請う』以上です!」「ジーニー!何とか飛べないの!!」「無理じゃ!!主翼が逝っておる!!今のままじゃ身動きすら取れんわい!!」「…くそ!全チャンネルで降伏の通信を流して!!手の空いてる人はシーツでもパンツでもいいから白旗を作って外に掲げて!!」「無理よ。降伏して白旗を揚げてるGAの第49820部隊が無視して攻撃、いえ虐殺されている最中よ。あいつら死体まで念入りに撃ってる。誰一人として生かすつもりは無いようね」「そんな…」
不味い!不味い!まずい!まずい!まずい!まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!!!
「ちょっと待ってろ!!今すぐ向かう!!ウィンディ!!」「あぁ!行くぞ!!」
「来ちゃ駄目ェエエエ!」慌ててOBを起動し外に出ようとした俺達を止めたのは蘭の絶叫だった。
「来ちゃ駄目です。クラニアムからの脱出に10分。クラニアムからここまで妨害がなくても20分。対して僕達は足を潰されて身動きが取れないので今は見逃して貰えてますが、5分もすれば周囲の掃討が終わる。そうなれば次は僕達の番です。
つまり、絶対に間に合いません。
それにここから確認できるACは3機います。今そこから出てしまうと敵部隊と共に最低でも3機ものネクストを相手にしなくちゃいけなくなる。
だからこないでそこで迎撃してください。そこなら大部隊の展開は無理です。
お願いします。僕達の事は諦めてそこにいてください」
淡々と紡がれる蘭の言葉が状況が絶望的であることを否応がなしに理解させる。俺にはもうどうしようもない。
「ふざけるな!!!簡単に諦めるんじゃねぇよ!!とにかくギリギリまで足掻け!直に駆けつけるからよ!」「そうだ!お前達はまだ生きている!!なら私は諦めない!」
それでも奇跡に縋ろうとする俺達を止めたのは、
「ロイさん、気持ちは嬉しいでけど「どうやって止めるつもりだ、クズが」
蘭の言葉ではなく、俺達の頭上をOBで飛び越え立ち塞がったスティシスだった」
「どけよ!オッツダルヴァ!殺すぞ!!」BECRUXとWGPをスティシスに向けて威嚇する。
「この絶望的な状況でどうやって奴等を助けるか、具体的な方法があるならどいてやろう」
だがオッツダルヴァは向けられる銃口を意に返さず淡々と問いかけてきた。
「絶望じゃねぇ!!まだあいつらは生きてる!!ならやってみなくちゃわからねぇ!!」
「ふざけるな!!それではただの思考停止だ!!貴様はその程度の激情で死を覚悟した仲間の想いを無駄にするつもりか!!
貴様が真に仲間を想うなら、するべきは死に逝く同志がせめて安らかに死ねるように計画の成就を誓う事と別れを告げる事だろう!」
現実を否定し希望に縋りつく俺に、オッツダルヴァは絶望を受け入れその中で最善を尽くすべきだと説いた。
それは絶対に否定できない、冷酷なまでに正しい絶対正論。
気がつくと視線が一段下がっていた。マイブリスが膝を落としたのだ。
「ありがとう、オッツダルヴァさん。ごめんなさい、ロイさん」蘭の声が空しく頭に響く。
「みんな、今までありがとう。そしてごめんなさい。現在の状況を考えると私達の生存の可能性は絶望的です。だからこれより自由時間とします。5分経てばORCAの標的がこちらに向かうと思うので最期は自分で決めてください。
…ただ、我が侭を言って悪いけどメーヴェ、ブギー、ニーニャ、それにジーニーは良かったら最期まで僕に付き合って欲しい。僕は最期までロイさんに敵の状況を送りたい。最期まで、ううん最期だからこそロイさんの役に立ちたい」
嫌だ!嫌だ!嫌だ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!
あいつらが死ぬなんて受け入れられない!!あいつらを失いたくない!!!!!!!!!!!!
「仕方ないわね。今まで借りてたお金をチャラにしてくれるなら付き合ってあげるわ」
「一定期間以上パスワードを入れなければHDは自動消去しますし、最期にやりたい事も思いつかないので俺もかまいませぬ。あ!死ぬ前に3次元の女の子とキスをした事ないのは残念なので蘭ちゃんキスしてくれませんかな?」
「はぁ~~。アンタ達いい子すぎ。ここで断ったらあたし悪人じゃないの。いいわよ。付き合ってあげるわ。それとブギーはマスでもかいてろ!」
「仕方ないのう。協力してやるか。いや、どうせなら今生の見納めに全員靴下一丁で仕事をしてくれんかのう?」
「皆、ありがとう。短い時間だけど私達の全力を尽くそう!」「「「「はい!!」」」」
「俺の要望はスルーですか、そう、ん」「…。ん、これで我慢しろ!!うげ~、最期のキスがロイさんじゃなくキモオタとか最悪」「ん~。中々いいがやはり二次元には負けますな。いや、相手がビッチだからの可能性も…」「死ね!クソデブ!」
「キャストオ~フ♪」「お~う!本当に脱いでくれるとは思わんかったわい」「1000万コームになります」「払えるか、ボケ」
「もう!皆何時まで遊んでるの!!情報送るよ!分析開始して!!ネクストAは僕でBはメーヴェでCはブギーが解析。その他はニーニャがまとめて解析して。ジーニーは悪いけど全ネクストの内装をお願い!!」
何時も通りに騒がしいようで僅かに違う皆の声がどうしようもなく、すぐ先の破滅を意識させる。
くそがぁあ!!認められるかぁ!!なんとか!なんとかしないと!!
「おい!坊主!!聞こえてるんだろ!!今すぐ止めろ!止めてくれ!!ポイントBG990G3Eの輸送機には俺の家族が乗ってるんだよ!!覚えてるだろ!前に皆で飯食っただろ!なぁ!だから止めてくれよ!」
気がつくと全チャンネルを開き、坊主へと命乞いをしていた。
「Aは外装とコジマ反応の固有パターンからストレイドの可能性98%。フレーム、腕武器は通常通り。背武装は右にロケット、恐らく大型のBVS-50と思われます」「内装もかわっとらんようだの。相変わらずGA重ジェネに最高出力のブースターをつけとるわい」
「止めてくれ!!先輩!!武器を持たない彼らを殺す必要はないはずだ!決着は戦える私達だけでつけよう!!」ウィンディーも同じように霞の姐さんに向かって叫んでいる。
「Bはシリエジオね。こちらは登録してあるのにピッチリ一致したから100%よ。あら?でも動きがちょっと違う?」「…多分じゃがOBをARGYROSに変えておる。迂闊に斬り込むとAAで吹き飛ばされるから注意せい」「Cはバッカニアですね。こちらも登録どおりなので確実かと。狙うならここですな。正直一人だけ動きが悪い」「馬鹿!単体戦力だけで考えるな!よく見ろ!バッカニアを中心に敵部隊が展開してるでしょ!単体じゃなくて群れで戦うんだから場所によっては手強いわよ!」「なぁ!頼むよ!あいつは俺の大事な家族なんだよ!殺さないでくれよ!お願いだ」「そんな事は知っております。ですが戦うのは閉鎖空間です。なら最大の長所を封じられたバッカニアは恐るるに足りません。蘭ちゃんのファインプレーですな」「先輩!!お願いだ!!これ以上無意味に命を奪わないでくれ!!」「…そーね、悪かったわよ。ロイさん、蘭がくれたチャンスを生かすのよ。遅れてノコノコやってきたらケツに手を突っ込んで前立腺をカリカリするからね!」「お願い、お願いだ。頼むよ。殺さないでくれよ。お願いだよ」「!?ストレイドが散弾で攻撃!!肩にLALIGURASをつけてます!!注意してください!」「シリエジオ、右への反応が少し弱いわ。多分、リンクスが怪我してるのね。それと、こっちにストレイドが向かってくる。これが最期の通信ね。じゃぁね、ロイ。愛してたわよ」「先輩!!セカンドを止めてくれ!!」「…ゴメン、最期まで普通でいたかったけど、無理。ゴメン、ブギー手を握ってて。それと」「敵戦力の内訳の送信ですな。送信成功です。しかし、最期に涙目でガタガタ震えるニーニャちゃんを見れるとは眼福」「…うっさい、馬鹿!死ね!」「はい。死にます。貴方と一緒にね。それでは、ロイさんご達者で」「全敵機の内装の情報送信完了じゃ。…じゃぁの、ロイ。責任を持ってワシの家族の面倒を見るように。それとワシの可愛い孫娘に手を出したら夢枕に立つから覚悟せいよ!」
「やめろ!!やめてくれ!!!!俺の家族を殺さないでくれ!!」
****
ストレイドがドーザーを振り上げてから振り下ろす刹那の間、僕は昔の夢を見る。
今までご飯をくれていた誰かに知らない場所に置き去りにされて、小さかった僕は何も出来ずに彷徨って、最後にはお腹が空いて倒れてしまった。
薄れゆく意識の中で目の前の何かに必死に手を伸ばし縋りつく。「あ…う……え…て。あうえ…て」そして必死に掴んだ何かに向かって言葉を搾り出した。
「わかった」掴んだ何かがそう言って僕を優しく抱き上げる。
「軽い脱水症状を起こしてるな。ほらこれ飲みな。飲み終わったら飯を食いに行くぜ、坊主」
そういえば最初はロイさん僕の事を男だと勘違いしてたんだっけ。懐かしいな。
渡されたペットボトルから必死にジュースを飲む僕に掴んだ何かは微笑みかけた。
「あ~、名前はなんていうんだ、坊主?」「あ、う…あ、ら…ん」
「いい名前じゃねぇか。俺はロイ・ザーラントってんだ。よろしくな坊主」
この瞬間、僕とロイさんは家族になった。
それからの毎日は全て虹色に輝く楽しく素敵な思い出だ。どの場面を思い出してもロイさんがいて皆がいる、素敵な素敵な思い出。
勿論、辛い事や苦しい事も一杯あった。泣いた事も数え切れないくらいある。それすらも今思い出すと楽しいかけがえのない思い出だ。
だからその黄金の日々の果てが、この
だって僕は、もし仮にロイさんと出会った日に戻れて、違う人を選んだら今よりもっと長生きできるとしても迷いなくロイさんを選ぶくらい、今まで楽しかったんだから。
ありがとう、みんな。ありがとう、ロイさん。今まで僕に楽しい日々をくれて。今まで僕に暖かい日々をくれて。
ねぇ、知ってました、ロイさん?ロイさんが想像してる以上に、僕、ううん僕達はロイさんの事が大好きだったんですよ?
視界をドーザーが埋め尽くす。次がロイさんに伝える最期の言葉。何を言おう?
「ロイさん、ちゃんと危なくなったら逃げてくださいね?」
最期の言葉がありがとうや愛してるでもなく、いつもの小言だった事に苦笑する。
あ~あ、僕って不器用。最期なんだから気の利いた事を言えばいいのに。
それでも、最期までロイさんの為の言葉を紡げた事に誇りと満足を抱いて、僕は目を閉じた。
さようなら、ロイさん。
後書き
某所からの移送です。良かったら見てください
「ロケットの崩壊を確認。最期まで通信は確認されず」
「乗員は?」
「先ほど投げ出された一人のみだ。…
「不要だ。
「了解した、エイト」
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