《ウォーニング!!》
この作品は異性間に於ける性交を主軸とした小説です。
Written by 仕事人
【ケモノのスミカ レギュ12 《三個目の星》】
アスピナ機関と云う組織がある。
オーメル・サイエンス・テクノロジーの傘下の、兵器であるネクストと人間であるリンクスとを、機械的且つ生理的、つまり両者を直接的に接続するAMSの研究を主に行なっている。
元々はコロニーであったのが、数年前のリンクス戦争の終結直後、レイレナードの技術者と共にオーメルに吸収された形で発足した。オーメルの先進的な技術の土台である。
AMSだけではなく、リンクスの接続先のネクストの開発も積極的で、他の企業とは一線を画すフレームや兵装の開発で知られる。特にカラードランク15のCUBEの愛機《フラジール》を構成するフレーム、《SOBLERO》の異様なデザイン、異形のフォルムは、一度見たら、中々忘れる事は出来ないだろう。
またアスピナはリンクス戦争の英雄の一人として名高い”アスピナの英雄”ことジョシュア・オブライエンを筆頭に、多くのリンクスを排出してきた事で知られる。
斯様に実績は中々輝かしいものであるが、裏の面も持つ。最近はマシになったとされるが、国家解体戦争以前は非人道的な、倫理に悖る実験を行っていたなどの黒い噂は耐えない。
何処かのゴシップ誌ではアスピナは発足してから、”事故死”によって数千にも昇る死者が居るとか居ないとか。
他にも脳味噌を調べ易い為に頭蓋骨が開くようにされている子供がいるとさえ信じてられているが、都市伝説の類として当の本人達は一笑に付すだろう。
――少なくとも。尻尾の生えている子供は居たな。
飛行機の中で低俗な三流紙を斜め読みしながらスミカは心中で、そう苦笑した。
隣で窓から外の風景を覗き込んでいる、正に其のアスピナ出身の少年の眼下には、彼の故郷の施設が近付きつつある。一年強の時間を経て、再びスミカと少年は出会いの場所であるアスピナ機関に踏み入りつつあった――。
「――何だか落ち着きがないが、平気か?」
「なんか、機械に通されていると……他だと平気なのに」
普段通りの黒味の強いスーツの肩と背中に黒い長髪を流すスミカが尋ねると、病院の患者が着せられるのと同じ、緑色の貫頭衣の穴から白い頭髪に包まれた頭と、白い肌の腕、そして腰から尻尾を覗かせている少年がMRIの台の淵に腰掛けながらそう答えた。
生まれも育ちもアスピナの少年であるが、故郷に帰ってきたと云う感慨は無いらしく、何かしらの機械に身体をチェックされる度に不必要なまでに緊張しているのだ。
二人が此処を訪れた理由は少年の健康診断の為である。
生えている尻尾からも分かる通り、アスピナの実験体としても並の体質ではない少年はアジトの近くの町にある小さな診療所は勿論、企業連傘下のカラード本部の施設でさえ、肉体の情報を全て得られるとは限らないのではないかとスミカが思い至ったのだ。
事実、AMS適性のある実験体をオーメルだけではなく、他の企業にも売り付ける商売を行なっているアスピナは”アフターケア”として定期的な診察を推奨していた。
金を出したとはいえスミカ本人は此の言い方を好む所ではないが、少年を買い取った際、職員が見せた彼への態度に――もしかしたら其の職員は少数派のものなのかもしれないが果してどうなのだろう――明確な反発を抱いた。
そのため、其の時は少年を連れてアスピナから早々に出て行ったので話を聞く暇が無かったのだ。しかし、あの時アフターケアなどと言葉を耳にしたら、それこそ職員を殴り倒していたに違いないから聞かないでよかったと思ってもいる。
少年を道具扱いする事に怒りを感じていたのは、少なからず立場に共通するところのあった元リンクスだからなのだろう。
そんなだから少年は機械や職員に警戒心が強くて、身体の状態を調べる筈が、寧ろ不調が生まれそうになっている。
昔は外の世界を知らなかったが、今はスミカの一味の朗らかな空気の中で一年以上を過ごしていただけにアスピナの雰囲気との落差が大きいのだ。
また彼にとって職員の視線が苦痛であった。隠しているとはいえ、偶に他人に尻尾を見られると向けられる好奇の視線は慣れたのだが、此処の者達の視線は観察の色の強いので実験体に戻ったような気分になる。
スミカも其れは感じ取っていて、以前に少年に親切に関わってきたCUBEが、聞いていた評判とは違っていた言動を取ったのも納得も出来ると云う物だった。
カラードに登録された正規リンクスでありながらも、未だにアスピナのテストパイロットでもあるCUBEは彼の事を羨ましく、だからせめて自分の分まで外の世界の日常をつつがなく過ごして貰いたいと云う希望があるのだろう。
廊下と室内を隔てる窓の向こうに続く、静かな虚ろでありながら想念で隅々までが埋め尽くされているような空間を、奥まで、深くまで見ると、スミカは此処にいるだけで人間の業の深さ、其の底の無さを垣間見ていると思えた。
瞬間。スミカの背中にぶるりと悪寒が奔った。
見間違えだったのだろうか。ほんの一瞬、廊下の先の曲がり角から病的なまでに細い枯れ枝の如き白い腕が手招きをするのが見えたからだ。
全く彼女らしくないが、見なかった振りをするように眼を背けると、窓の向こうを職員に連れられて少年よりも小さそうな子供数人が通り過ぎていった。
どの子供の腕も、先程のとは違って、骨に確りと肉が付いていた。
「――今日の分はこれで終了です。それであなた方の部屋はこちらになります。消灯時間までは侵入が制限されているブロック以外は見学は自由ですので。では」
MRIの結果が送られて来るパソコンを見ていた職員が手に持つノートパッドの地図に表示されている部屋を指し示しながらやる気の無さそうに抑揚の無い調子で説明すると、すたすたと去って行った。
建前上だろうが見学が可能と云うのは恐らくイメージアップの思惑があるのだろう、しかし今の職員を見て分かるように余所の評判を気にする人間は現場には少ないようだ。
疲労困憊と云う風にベンチに座っている、私服に着替えた少年の前で腰に手を当てながらスミカは溜息を吐くと、
「だとさ。このまま部屋に行ってもいいが、どうする? 友達とか知り合いが居るなら会いに行ってきてもいいぞ」
疲れている少年にスミカは気を遣ったのだが彼は首を横に振ると、
「友達は、いませんでした。居ても僕より先に皆出て行っちゃいましたから」
アスピナに居た当時は喋る事が出来ず、身体的にも問題を抱えていた少年は欠陥品扱いをされていた事もあって、引っ込みがちだった。
バツの悪さに歯噛みしつつもスミカは気の利いた事も言えずに「そうか」と返しただけで、彼が立ち上がるのを待つ。せめて自分が抱いてやるなりして、慰めてやればいいと考える。其れが出来るのは自分しか居ないのだから、と。
座りの悪いベンチから少年が腰を上げる。
無言だがスミカは先導するように先を歩いて、完全に隣に居たとして彼女について行くのは普段通りのことなのだが、此処に居ると其れすらも新鮮のように思えていた。
何の味気も無い無機質で殺風景な廊下を歩きながら、縋りたくてスミカの手を握りたいと少年は考えていると、先のT字路を何人かが通っていった。
先導する長身の一人の余りに速い、生き急いでいるような足取りに、白衣の者達が慌てて追い縋ろうしている様子だった。
曲がり角の向こうへと、黄蘗色の長い長髪がふわりと風に舞い上がりながら吸い込まれていくのを見て、少年は伸ばしかけていた手を止めた。
「スミカさんっ、僕ちょっと行ってきます!」
前に居たスミカを追い抜くと振り向きざまにそう言う。
面食らったように「あ、ああ。分かった」と返ってきた言葉を受け止めてから一目散に駆けて行った。
「知り合いでも居たのかな」
其の少年の背中が見えなくなるまで見送りながらスミカは半ば呆然としたように廊下の真ん中で立ち尽くしながら呟く。しかし此処に居てもしょうがないと云う風に彼が走っていった道を辿っていき、曲がっていった方とは逆の右の方へと角を曲がろうとした時、
「――うわっ?」
「わたぁっ」
腹の辺りにボスンとぶつかった感触を受けたと思ったら、眼の前でころんと小さな人影が転がった。
曲がり角で誰かと鉢合わせしたらしく、スミカが踏鞴を踏みながらも何とか転げずに足を踏ん張らせると、足元で起き上がった子供は「あいたたた」と失敗を反省するように、わしゃわしゃと後頭部を掻く。
「大丈夫か?」
「うん。ごめんね、おねえちゃん」
廊下を走っていた女の子の方が過失としては大きいだろうが、大人として、それにアスピナで見掛けた中では元気の良いだけに目くじらを立てる事もなく声を掛けると、素直に其の子は謝った。
ぴょんと飛び上がるようにして立ち上がった女の子をスミカは意識せずにまじまじと見詰めていると、不思議そうに首を傾げて、
「どうしたの? どっか、いたいの?」
「え? ああ、いや。そう云う訳じゃないんだ」
スミカがぶつかってきた女の子を凝視していた訳と云うのは、肌の色も向こうの方が白いとはいえ、紺色だが髪は暗色で長かったり、眼が真紅であったりと、顔の輪郭などが自分の子供の頃にそっくりだったからだ。
しかし廊下を爆走する元気は子供の頃のスミカも持ち合わせてはおらず、また無関心さを窺わせる顔付きと違って、元気の良い子供らしい何処か小生意気そうな顔である。
すると女の子は話す度に大きく口を開くのが癖らしく、唇の陰で八重歯を覗かせながら、
「ねえねえ、おねえちゃん。ジュリアスみなかった? どっかいっちゃったんだ――もうっ、おとななのにしょうがないんだから」
「ジュリアス? すまんな、私はここの人間じゃないから良く分からないんだ――それと恐らくだが其のジュリアスがはぐれたんじゃなくて、お前がはぐれたんだと思うぞ」
自分でも気が付かない内に視線を合わせるように膝に手を突いて屈んでいたスミカは本当に勘でしかないが、其のように指摘すると女の子はハッと口を開けて、
「――ああっ、そうかもしんないっ」
と大きな目を丸く見開いた。
そんな様子にスミカは(いや、似てない。私はこんなじゃなかった)と抱いていた第一印象を早くも撤回する。溜息を吐きながらも「お前の名前は?」と尋ねると、女の子は恐らく保護者と逸れたらしいのだが困っている様子も無く、元気良く快活な声色で答えた。
「私はね、輝美」
「ジュリアスさんっ!」
「ん――?」
至って普通に歩いているとは思えないような早さの女性と、それに続く研究員風の三人に追い付いた少年は後ろから大きな声で呼び掛けると全員が一斉に彼の方に振り向いた。
黄蘗色の長い頭髪がたなびき、流れていくと隠れていた顔が現われる。
豊かな頭髪に覆われる顔立ちは顎がシャープで鋭利な印象。ターコイズブルーの瞳を中心に据える目許は涼しげに切れ長だ。そしてスーツの裾から伸びる手足、頭髪から覗ける耳元、そして顔といい肌は染み一つ無い乳白色である。
研究員は少年からジュリアスの方に尋ねるような視線を投げ掛けたり、実際に「お知り合いですか」と声に出した。そして当のジュリアスはと云うと、急な全力疾走に息を切らして、膝に手を突いて喘いでいる少年の白い髪しか見えていない内は怪訝そうな眼であったが彼が顔を上げると「君は……」と小さく呟いて、表情を驚きの色にさっと変えた。そして真っ直ぐ少年を見詰めながら周囲の人間に言った。
「昔の、な――悪いがアイツを探すのは任せていいか」
「え? ええ、分かりました」
研究員達は二人を其の場に残して、足早に去っていった。
奇妙な距離を隔てて顔を合わせている少年とジュリアスは暫く無言であったが、
「お久しぶりです。覚えていてくれたんですね」
「本当に君、なのか。既に出ていたと聞いていたから驚いたよ。何故、ここに?」
「身体を調べてもらう為にです。ジュリアスさんは?」
切れ長の眼を丸くしていたジュリアスはそう尋ねられた瞬間、其の眼に冷たさを帯びさせていた。
「今、私はオーメルとアスピナの間でリンクスやテストパイロットを行き来させる取次ぎのような仕事をしていてな。普段はあまりこちらに来る事は無いんだが」
少年の強い感受性は、ジュリアスの瞳からふっと色が失せたのを見逃さなかった。嘘を吐いている、若しくは何か隠していると直ぐに判断したが、既に自分も彼女も”あの頃”の自分等ではなく、立場上教えられない事もあるだろうと考えて追求する事は無かった。仮に自分が仕事の事を訪ねられたとしても、任務の内容などは依頼者との信頼を損なう可能性だってある訳だから気軽に話せないのだ。
寧ろ少年は今のを聞いて、それよりもジュリアスに問い質したい事が出来ていた。
「リンクスは、辞めてしまったんですね」
「――ああ」
殊更にターコイズブルーの瞳に暗い影が掛かったようであったが、其れが嘘だったからなのか、違った感情に依るものなのか少年には判断が付かなかった。
再び二人の間を沈黙が包む。
居心地の悪さと聞いてはいけない事を聞いてしまったような気まずさに少年が俯いていると、
「折角久しぶりに会えたというのに立ち話もなんだ。私の部屋にいかないか」
そう提案したジュリアスは微笑みを浮かべていたが、今にも何処かに消え失せてしまいそうな、彼女の背後へと続く長い廊下よりもずっと先に吸い込まれていってしまいそうな儚さを湛えていた。
「うおぉーい、ジューリアスぅー」
「幾らなんでもそんな所には居ないだろ」
廊下に置いてあるベンチの下を屈みながら覗き込む輝美にスミカは呆れたように言うと、先程の輝美のようにはっと何か思い付いた表情を浮かべた。
「――というか其のジュリアスってのはどんな奴なんだ。今まで聞いてなかった私も私だが」
「ジュリアスはねえ、おねえちゃんよりもせがたかくて、めがほそくて、パツキンで、パイオツカイデーなの。あ、パイオツはおねえちゃんとおなじぐらいかなぁ」
「最後の方が何を言っているのかさっぱり分からん」
呪文のような言葉を唱えながら廊下を練り歩く輝美の後ろを、ジュリアスを探すのを手伝うと云うよりは、ただ付いて行っているだけのようなスミカが首を傾げていると、
「そういえばおねえちゃんはなんてーの?」
「私か? 私は――霞スミカだ」
普段はインテリオルを失踪同然に抜けた元オリジナルと云う事を知られない為に偽名としてセレン・ヘイズを名乗る事にしているスミカだが、輝美のような小さな女の子に名前を騙る必要も無いと考えたのか、本名を名乗った。
「カスミ――スミカ? なんだか、私のなまえとにてるかんじがする」
「ああ、そうだな。多分、私達にはGAの有澤、つまり昔の日本と云う国の人の血が入ってるんだろう」
「あ、それメルツェェェルもいってた」
「メルツェ……ェェル?」
「うちのフクリョダンチョー」
「フクリョダンチョー?」
やけに伸ばす名前だなと、そして副旅団長とは何の事かと考えるスミカであったが、そう云う名前なのだろうと、また(――ああ、副旅団長か……副旅団長? まあ、いいか)と副団長は輝美の友達の渾名か、若しくは何かのゴッコ遊びの際の役職なのだろうと結論付けた。名前の法則から人種や文化圏を当てる辺り、子供にしては頭が良いのだなと関心して。
「良く知ってるな、其のメルツェェェルと云うのは」
「うン、メルツェェルはね、ものしりなの。わたしのなまえの輝美が漢字で、輝くに美しいってかくのをおしえてくれたのもメルツェルなんだー」
「美しく輝く――か、良い名前だな。私の霞というのは薄い霧のようなものだ」
輝美がメルツェェェルの名前を言う度に間の伸びが短くなっていくのを気にしていたスミカは最終的にメルツェルが正しいのだと分かった。
名前を褒められた輝美は嬉しそうにはにかみながら、
「えへへ、ありがと。スミカはなんてかくの?」
「さあ。日本語だと、カタカナで表記するだけだから、自分でも良く分からん。書くとするなら――澄んだ花とか、墨の花とかだろう」
「澄んだ花だとキレイで、墨の花はなんだかフウリューってかんじ」
「へえ、お前みたいなちんちくりんにも風流ってのが分かるのか」
「わははは、なんせリョダンチョーだモン」
「そんな旅団長様も今は迷子だな」
スミカに痛い所を突かれた輝美は聞こえないと云うようにさっさと歩いていく。
拗ねたように小さな身体を背一杯伸ばして小さな大股歩きで歩いていく輝美に苦笑しながら、スミカは意外と自分は子供が好きなのかもしれないと思うのだった。
アスピナがジュリアスに用意した部屋は少年やスミカのところと全く同じだった。然して大きい部屋ではなく、1ルームのビジネスホテルと云った風情だ。テーブルで向かい合って座っている二人の直ぐ傍にベッドがある。
「――何年ぶりだったかな」
「ジュリアスさんが此処を出て行った時ですから、十年ぐらいだと思います」
「そうか、もうそんなになるんだな……」
十年近く前、彼女ジュリアス・エメリーは、今はリンクス戦争での敗北によって解体されて残党の多くがオーメルに吸収されたレイレナードに旅立った。其れは今も昔もアスピナが行なっている素質の高いAMS適性を持つ、リンクスとなり得る人材を企業に売る商売の為である。
だがジュリアスがレイレナードに赴いてから少ししてリンクス戦争が勃発してしまった。
当時の少年はと云うと、まだほんの子供であった。リンクス戦争の英雄であるジョシュア・オブライエンとアスピナで同時期に過ごしていた期間がある訳だが、その事はあまり記憶には無い。傭兵でありながら好人物であったが、矢張り傭兵の為に不在である事が多く、それに記憶が曖昧な頃だからしょうがないといえよう。
「本当に驚いたよ。君は喋れないと思っていたからな」
しかし少年はジュリアスの事だけはよく覚えていた。故郷であるアスピナに友達は殆ど居ないとスミカに言ったが、ジュリアスは友達と云うより姉と云う存在であったからだ。
友達が居ないだけに良く懐いていたが、其れが故にある日突然に居なくなってしまった事による喪失感は大きく、以降、喋れない事による職員からの失敗作の烙印が彼を殊更に内向的にしてしまったのだろう。だが少年は寂しいと感じる事はあってもジュリアスを責める事は無かった。
当時一応そういった事をレイレナードの地で危惧していたのを思い出したジュリアスであったが、今の彼の様子を見るに杞憂であると察した。
「矢張り十年も経つと人は変わるものだ。見違えたよ、まだこんな小さかったからな」
ジュリアスは少年を繁々と眺めてそう言うと、伸ばした腕を床から腰辺りまで上下させる。其れもその筈で彼女が知っている少年はまだ年齢が一桁の頃なのだ。当然と云えば当然なのだが、少年は嬉しそうに微笑んだ。それにつられるようにジュリアスは笑みを浮かべると、
「そうか、新人の中々腕の立つリンクスが居ると聞いていたが、アレは君の事だったか――リンクスになれたんだな、良かった」
「ジェラルドさんも頑張ってます」
「ああ……そうだったな。ローゼンタールの若き貴公子、だな」
しみじみと感慨深そうにジュリアスがそう言ったのはアスピナを支えるジョシュアに憧れ、同じ頃にローゼンタールに渡ってから当時のローゼンタール最強であったレオハルトのノブリス・オブリージュを継いだジェラルドへのライバル心を胸にレイレナードへ渡りながらもリンクスになれなかった事への口惜しさからだろう。
しかも少年が覚えている限り、ジュリアスは現在のカラードのランク4のジェラルドと拮抗する程の有り余る才能と実力を有していたのだ。
ローゼンタールへ行くか、レイレナードへ行くか――”あの時”に別れた僅か二本の分岐路によってジェラルドは光の下に、ジュリアスは陰の中と云う風に二人の運命は正反対の方向に分かれてしまい、更に当時は弟のようであった自分さえもリンクスとしての道を歩んでいる。そう思うと少年はジュリアスのことが不憫で、何とも言えない罪悪感のような、居心地の悪さを覚えるのだった。
「――そんな顔をしなくてもいい。運が悪かった、それだけの事だ」
少年の心情を察したのか、ジュリアスが自嘲気味の笑みを浮かべながら紅茶に口を付ける。
「あ……ごめんなさい」
深刻そうにと云う風ではなく、少年が思わず謝罪の言葉がを口から出すと、ジュリアスはティーカップから話した口許を柔和に緩ませた。
「素直なのは変わってないな――聞かせてくれないか。話せる限りでいいが、君がリンクスになるまでの事や、リンクスになってからの事を」
先のような鬱屈した様子も無く、打ち解けた様子のジュリアスにそう言われて、少年はスミカと出会った頃から今までの話をした。依頼の達成感だったり、リンクス達との出会いだったり、少しでもジュリアスが楽しい気分になれるように明るめの話題を選んで。
「ぜンっぜン、ジュリアスみつかんないよぉ――つかれちゃった」
「どこにいるんだろうな」
また見掛けたベンチの上に身体を放るようにして飛び乗った輝美の隣にスミカも溜息を吐きながら座る。
こつんと後頭部を壁に弱く当てながら脚をぶらぶらと揺らす輝美だったが、突然、ばっと音を立てるようにしてスミカの方を見る。
「な、なんだ」
「そうだ! スミカとおはなしすればいいんだ。ねえねえ、スミカは”もふもふ”すき?」
「”もふもふ”? ああ、アレか。ウィンディーが昔――もしかしたら、今もかもしれん――妙にハマってたキャラクターのことか。うン、結構好きだぞ」
「だよねー、もふもふしてるもんね」
「そのまんまだな」
「あとね、スミカはムシ好き?」
「大っ嫌いだ。家に出てきたら速攻でぶち殺――おほん。外に追い出す」
「やっぱそうだよねー。でもウチのだんいんにムシがすきなPQってヘンタイがいるんだぁ。すっごいでっかいゴキブリとか他にも色んなムシかってるの。いつもクールなジュリアスもね、はじめてみたときは、たおれそうになったんだって」
「でっかいって、どのくらいの大きさなんだ」
「ボールぐらい」
「どの球技の――いや。やっぱり、やめておく。聞いたら後悔しそうだ」
「それでねPQはアリタワーももってるんだ」
「アリタワー……? ああ、蟻塚のことか。よくそんなの持ってるな」
「みずをのませようとしたら、PQってばね、なきそうなこえだして。すごいおかしかったなぁ」
「お前も結構酷いな」
「スミカのまわりにはへんなひといる?」
「ああ、いっぱいいるぞ。身体がゴツくて顔も厳ついのに矢鱈気の弱い男とか、何処でも何時でも常にサングラス掛けてる爺さんとか、オペラ歌手並に声の声域が広い出っ歯の奴とか、何かにつけて銃を撃ちたがる男とか、ビューリィホーとかステンバーイが口癖の警備員達とか――それに、もっと変なのが居る」
スミカがにやりと含みのある笑みを浮かべると、輝美は眼を輝かせる。
「なに? なになに?」
「――尻尾が生えてるんだ」
「しししし、しっぽ?! トカゲがにげるときにおいてったり、ネコがにじゅーねんいきるとふたつに分かれたり、なんか、かっこつけたライターみたいな、あの、しっぽ?!」
「何でその喩えなのかよく分からんが――それに最後のは、しっぽ、じゃなくて、ジッポだ――其の尻尾だ。そうだな、爬虫類とか猫のよりも、ふわふわしてるから、犬っぽいな」
「長毛種の犬?」
「まあ、確かにそんな感じだが……いきなり漢字を使うなよ。今までのは何だったんだ、って話になるだろう」
「シゴトニンがね、むかしメルツェルがスミカと同じ声の人を捕まえてた時の、ダークでサイレントなヴォイスで”俺は面倒が嫌いなんだ”って。それに本家の4コマでもある時期からは普通に漢字を使うようになってるからモウモンタイだってさ」
「メタいからそこまでにしておけ」
それからもあちらこちらに掛けた時間も様々に話題が脱線しながら輝美とスミカは座りながら話していた。
自由気ままに引き摺られるような心境のスミカであったが案外悪い気はしておらず、筋道が滅茶苦茶な輝美の話にも根気強く応えている内に自分は子供が好きと云うよりは子供に弱いのだと気付いたが、癪ではなかった。
元から其の資質があったのか、ある時期を境に変化して今に至ったのかは本人にも分からないが、前者であるならいいなと思ったのは、昔の自分にも人並みに柔らかい部分があったとしたかったからなのだろう。
「――成る程な。聞いている限りとはいえ、矢張り君は期待できるものがある」
「えへへ、そんなことないです」
うんうんと数度頷きながら感嘆するようにジュリアスが呟くと、少年は謙遜してそういったが、少し紅潮した顔は口角が緩んでいて喜んでいるのは明白だった。
しかし少年が思うよりも彼女の言葉と関心は遥かに深く、重い物であった。
表向きは嘗てのリンクス候補でテストパイロットでもあった経験を活かしてオーメルでリンクスに関する事柄のアドバイザーとしての顔を持つジュリアス・エメリーは、テストパイロットどころか――現役のリンクスであると云う裏にして真実の顔を持っているのだ。
しかしリンクスとしての彼女はオーメルや其れ以外の企業に属している訳でもなければ、少年と同じように独立している訳でも無い。
彼女が籍を置くのはORCA旅団と云う名の反動勢力である。ORCAを構成している団員達の意識で語るのならば、リンクス戦争で消滅したレイレナードの遺志を継ぐ者達であり、そして其の亡霊である。
既に没落しているとはいえ企業を前身に持つORCAはジュリアス以外にも十数名のネクスト戦力を抱えている。そんな中でも彼女はカラードのリンクス、呼称するならば”首輪付き”達の平均よりも高い質を誇るORCAのリンクスの中でも最初の五人と呼ばれる初期メンバーの一人で、トップクラスの実力を有する程の実力者である。
あのジョシュア・オブライエンの再現――今なら再来と云った所か――と謳われていたのは伊達ではない。
同時にORCAリンクス中、最も好戦的な一面も持ち合わせている。苛烈とまで云える程に。
しかし勿論、企業支配体制化で反動勢力たるORCAが表舞台に立てる訳も無く、彼女等は来るべき将来の、レイレナードの意志を果す為、其の雌伏の時まで研ぎ澄まされた牙を隠して今か今かと待ち侘びているのだ。
決起の時の為にどうしてもあらゆる面での不足が目立つので、ORCAは長い時間を掛けて様々な所、時に企業に、時に反体制勢力に――と云う風に潜伏して様々なモノを得てきた。
そうして戦力を拡大してきた中にはリンクスも含まれている。ジュリアスが少年の話を聞いているのは、正に其の為であった。優秀なリンクスをORCAの中に引き込むのも立派な任務だ。
とはいえORCAの中でも特に個人主義の傾向の強いジュリアスは、ORCAの為というよりは酷く個人的な事の為に少年と会話している所も大きかった。
何故なら闘争本能が人一倍どころか数倍強い彼女が隠遁に甘んじているのはORCAの目的の成就も其のウェイトの多くを占めていても、最大の理由はアスピナに居た頃のライバルであったジェラルドとの個人的な決着を求めているからなのだ。
「リンクスというだけじゃなく、君は人としても成長した――そんな気がするな」
「そう、ですか? 嬉しいです」
充分に成果はあったが本人の口から聞かずともリンクスとしての少年の事から、ジュリアスは彼の個人的な事に話題をシフトしていく。
正直な所、少年の話の中には傭兵としての守秘義務に触れるような内容もちらほらと散見されていたが戦闘に対する姿勢以外はずぼら、不真面目と云うような所のあるジュリアスにとっては眉根が上がる程の事ではなかった。リンクスとはいえ、傭兵でないのも大きい。
話を変えるのは根掘り葉掘り尋ねて疑惑を抱かれるのを防ぐ目的もあるが――矢張り個人的な興味の為である。
「あれから十年だ、色々あったんだろう。ん?」
意地の悪い微笑を浮かべながらの問いに殊更に照れくさそうにしている少年がきょとんとした風になる。
彼の成長、と云う所に彼女の皮肉屋の顔がちょっとした悪戯心を擽られたのだ。
「恋とか、どうなんだ」
「そ、それは――」
ぱっと顔を赤面させた少年の顔が可笑しくてジュリアスは満足気な様子になる。長い年月を様々な意味で閑散としたアスピナで過ごしていたのは分かっているが、今は詰め込み過ぎな程に充実した中にあるのだから、浮いた話の一つぐらいあるだろうと当たりを付けての質問だったが、少年の反応を見れば予想は外れていないようだ。
人の私生活に此処まで踏み込む事は彼女にとっては珍しいのだが、弟を揶揄かう姉の気分の所為か、足を出すのは比較的容易であった。
「君もそう云う年頃だろう? 恥ずかしがる事はないさ、言ってみろ」
其の言葉には彼女自身の言う所の”そう云う年頃”を謳歌する機会の無かった自身への自虐が多分に含まれていた。だが、少年はそんな意図に気付く訳も無い。ジュリアス本人にしても、強くは意識していなかった。
表向きは屈託の無い意地の悪い笑みを浮かべていると、白い髪までも赤に染めてしまいそうな程に赤面している彼がこくりと頷いた。
「そうかそうか。実に健康的じゃないか――で、相手は誰なんだ?」
快活に笑ったジュリアスはテーブルの上に身を乗り出すようにして、少年との距離を詰めて更に問うた。恐らく覚えられている人物像とは大分離れているだろうと自覚しながらも、皮肉屋よりは悪意の薄い他人を揶揄かうのが好きな性分が抑えられないでいる。
すると見た目の儚さ通りに押しに弱いと見えるらしく、大した抵抗も見せることなく彼はあっさりと口を割った。
「僕の――オペレーターの、セレンさんです」
「ほお。君を此処から連れ出した豪胆な奴か」
其れまでにも話の中で褒められたり、叱られたりで幾度も登場してきたオペレーターである事にジュリアスは納得したようにそう言う。また年頃の男子が憧れがちな年上の女性であるのに加えて、恩が拍車を掛けたに違いないと分析しながらジュリアスは「成る程、成る程――」と難しい問題にぶつかったように眉を寄せて呟いていると、
「その……恋人です」
「そうだろう、そうだろう。歳が離れているのもあるが、聞いた印象では仕事一筋と云った所だ。中々ハードルの――え?」
少年は例のオペレーターに懸想しているだけで、つまりは片想いをしているのだと一方的に決め付けてしまっていたジュリアスは思わぬ事実を告げられて、ぴたりと硬直した。
そして少年は顔を染めているのだが、恥ずかしがっているだけではなく、惚気ているように照れている。
暫しの沈黙の後、ジュリアスは「……大したものだな」と呆気に取られた表情で感嘆したように言った。
だがてっきり惚気話でも聞かされるのかと思っていると、少年が物憂げに溜息を一つ吐いた。
「なんだ。何かあったのか?」
「僕、駄目な男なんです」
「駄目な男?」
「セレンさんと云う人がいるのに――」
駄目な男と云う単語に加えて、何かを言おうとしたが言い切れずに言葉を切った口振りから少年の言わんとしている事を察したジュリアスは唾を呑みこんでから「……おい、まさか」と確認するように静かに尋ねると、彼は思い詰めたような様子で小さく頷いた。
「それは――うン、駄目だろう」
浮気――をしている事に自然と行き着いたジュリアスは普段だったらもしかしたら怒鳴り散らしていたであろうが、当の行なっているのが、いたいけなように見える少年であったせいか、驚愕していて半ば呆然とした風に言った。
罪悪感から先程は自虐しながらも、微かに残っている自尊心の為か、少年は今にもさめざめと泣き出しそうな様子で弁明を始めた。
「でも僕からじゃないんです! 何故かそういう状況に出くわしちゃったり、そんなつもりなんか全然無かったのに迫られたり――!」
傍から見れば、まるで女性上司からセクハラを受けている男性社員のカウンセリングの真っ最中のよう。
其の場の事を知らぬジュリアスには彼が出くわした”そう云う状況”がどんな状況か、さっぱり想像付かなかったが、こんな幼げな少年に迫る女が世の中に居るのだと――勿論、一切合財彼の言葉を信じた場合の話だ。ジュリアスは正直な処、半信半疑はおろか、八割は疑っている――驚くべき事であった。
様々な女に寄られて困っていると云う事に言い換えられるのだから、世の男性から羨望と嫉妬を浴びそうである。
「――ついでに聞くが、相手はどんな?」
「リンクスの人達です」
「な、なにっ? ……たっ、例えば?」
「誰にも言わないで下さいね。インテリオルのウィンさんとか、スティレットさんとか、エイさんとか、GAのメイさんとか、オーメルのリザイアさんとか――特にトーラスのテレジアさんには僕達付け狙われているんです!」
「GAのメイに、ウィン・D・ファンション、スティレット、エイ・プールにミセス・テレジア、ってインテリオルは全員じゃないか。それにあのリザイアも――というのもあるが、なんだその僕”達”ってのは?」
「テレジアさんは――あれ、なんだっけな、男の人も女の人ともイケる人。タイじゃなくて、ライじゃないし」
「バイ」
「そう、それです。テレジアさんは会う度に僕とセレンさんにセクハラしてくるんです! この前だってリザイアさんとそうなっちゃったのも――」
実際は流していないが、涙ながらに少年は自身とセレンにまつわる不運な星の巡り合わせによる女性達の交合について語った。時に、どころかそもそも関係を結んだ特定の相手以外との行為であるから既に背徳的であるのだが、身体を重ねると云うだけではない、ジュリアスは想像もした事の無いような淫らな行為が多分に含まれていた――。
「そりゃあ、僕達だってあンなとこでしてたのも悪いですけど、何でそんな時に限ってみんなが来るんですか! しかも写真にまで撮られたんだから僕だって被害者です! それに隠し撮りもされたなんて……」
他に相談出来る相手がいなかったのだろう――知人の男なら羨ましがられ、妬まれて終わり。知人の女は当事者ばかり――腹の中に合ったものを出せた爽快感で少年は口振りだけではなく手振りにも熱が籠められていて、強くはなかったがテーブルを手で叩くなどもしていた。しかし叩きつけた両手からジュリアスの顔を見上げて、ぱたりと気炎を鎮めた。
「ジュリアスさん? あの――怒ってますか?」
少年に首を傾げて下から覗き込まれるようなジュリアスはといえば、テーブルに頬杖を突いていて押し黙っていて其の表情は感情が全く読み取れないものだった。しかし怒り、憤懣、遣る瀬無さなど何かの感情を抑え込んでいる風にも見えるので少年は怒っていると判断したのだろう。何せ様々な不運が絡まっているにせよ、不義を働いている事は事実でセレンと同じ女性であるのだからそう思っても無理はないと。
だが彼女の胸の裡にある感情は全く違うものであった。
「十年前のあの日のこと、覚えているか?」
「ジュリアスさんが此処を出て行った時の事ですか? えっと……あ」
「今、思い出した――そんな風だな」
テーブルの面を指でなぞりながらジュリアスは憂いを帯びた溜息を吐く。
「持っていく物など殆ど無かったが丁度身支度を終えた時だった。君が私の部屋を訪ねてきた。あの頃まだ君は話せなかったが服の裾を握りながら俯いていて、私と離れる事を寂しがっていると、悲しんでくれていると分かった。私は口下手だからな。何を言っても君は泣きそうな顔をしたままだった。だから――」
語られている時を再現するように少年は俯いている前に座っているジュリアスの胸の内を埋めている感情は後発的に怒りを生むもの、
「私は君に、キスをしてやったんだ」
――嫉妬であった。
ジュリアスは本人も無意識のうちに口許を頬杖を突いていた手の先の指でなぞると、十年も前の小さな唇の感触がまざまざと想起されるようだった。
別離による悲しみを慰める為のものであったとはいえ、初めての口付けを交わした男が多くの女達とねんごろになっている事にジュリアスの心中ではめらめらと黒い炎が燃え上がり、顔も知らぬ者達に矛先を向けられる。
それは少年の恋人であるセレンと云う女にも同じであった。百歩譲って彼が惚れたのだから関係を結んでいる事はいいとしても、時に他の女を抱く事を自ずから許可するのは如何なものかと。
そして、突然のキスに呆気に取られていた、あのあどけない顔が女の身体の味まで知っている大人びた雰囲気を持ちつつある、其の過程を知れなかったのだと改めて思い知ると何ともいえぬ喪失感があった。
余りに幼い事なので数に入るか微妙な所であるが、誰がファーストキスの相手だったかを想い起こされて気恥ずかしそうに俯いている少年の顔をジュリアスはまじまじと見詰める。
十年ぶりに逢ったのだから新鮮と感じるのは当然であったが、彼の話の中には幾人もの女達と交わしたセックスの具体的な内容までは流石になかったが、こんないたいけな子供が女達を悦ばしてきたと考えると、更に別人のように感じられた。
いつも寂しげに自分を見ていた紅い目で女の肢体を隅々まで眺め、自分が始めてを奪った唇で女の身体を貪り、心細そうに手や服の裾を掴んでいた白い手で女の身体を撫で回し、自分の部屋と仄かな体臭を感じ取っていた整った鼻梁で女の芳香を嗅いで、そして自分も未知の場所で女を貫いた――途端に少年を構成する全てが艶やかさを帯びたように感じられてジュリアスは生唾をごくりと嚥下する。
あの眼で、あの唇で、あの手で、あの鼻で、自分もそうされたのなら――甘美な空想は酷いぐらいに彼女を官能的にさせる。まるで唾液が喉だけではなく、瞬時に身体を貫いて落下したかのように、子宮がきゅうと収縮して、熱い滑りが下腹部を扇情的に撫でたのを彼女は強く感じていた。
唾液を飲み下そうと搾った口腔が緩むと熱を帯びた甘い声音の嘆息が漏れた。
すくりと椅子から立ち上がると「なんだか、熱いな」と独り言を言いながら薄いグレーのスーツの上着を脱ぎ始めた、それまでは少年も姉のような存在だから気にも留めていなかった胸の膨らみを強調している白いシンプルなブラウスと白い放射状の光が刻まれた蒼い宝石を提げるペンダントが現われた。
胸が大きめであることを邪魔としか感じていない為に存在を隠すように――隠しきれてもいなかったが――上着をきつく留めていただけに存在感は殊更に大きく感じられる。
胸部に注がれる視線を感じながらジュリアスは椅子からベッドの上へと尻の落ち着きを移す。殆ど飛び込ませるようにして座った彼女の体は上下し、黄蘗色の髪の毛が舞い、白い布地に支えられた乳房が揺れる。
乱れた髪を仰々しく掻き揚げる仕草の婀娜っぽさは大人の女と云った風だったが、慣れておらず加減が分からなくてやりすぎな感も見受けられる所はあった。
「さっきの話だがな」
「は、はい」
決して長くないスカートを纏わせている身体の半分以上はあろうかと云う美脚を組ませながらジュリアスは話題を戻して少年を見据える。何処か雰囲気が変わった彼女の様子に何か不吉と仄かな期待を感じずにはいられない少年は背筋を正す。
「迫られたと言っていたが――最終的には君も愉しんだんだろう?」
迫られて心ならずも行為を強要されただけなら、セレンに命令されただけであるのなら、少年が強く気に病む必要は無い筈だとジュリアスは暗に言った。指摘は正鵠を得ていて正に彼の罪悪感の根源であった。核心を突かれた少年は見苦しく言い訳をする事は無く、素直に頷いて肯定したのだった。
居座りでも悪い、若しくは内腿がむず痒いと云う風にジュリアスは組んだばかりの脚を組み直しながら「ふぅん」と声を漏らしながら前屈みになった。座っている其処で出来る限り少年を良く見ようとしているような格好だが、二つの膨らみが突き出されて強調される。
少年は押し上げられているブラウスに、そして絡んでいる脚の結合部から窺える白く眩い太腿に視線が固定されるのを避けようと俯いている。
必死に自分の女から眼を逸らそうとしている仕草に懐かしいようないじらしさを抱いたジュリアスは普段なら苦笑する所であろうが、弛緩を見せている表情を変える事は無く、尿意を感じているかのように僅かに尻をベッドに擦り付けるように左右にもぞもぞとさせていた。水気を帯びたショーツが、張り付いている股間と擦れて刺激すると、ぴくりとジュリアスの身体はほんの小さく跳ねた。
下腹部から立ち昇った性感と共に顔がかっと熱を帯びて紅潮するのを留められず、渇きつつある口腔で粘着く唾液を糸引かせながら口を開く。
「”もしも”、の話だと思って聞いてくれ。”もしも”――」
下腹部に掻き毟りたい程の疼きを覚えるジュリアスはそう言いながら立ち上がった。先程まで自分が腰掛けていた椅子と向かい合っている方に歩んでいく。脚を動かす度に付け根が擦れ、渇きが癒されるが、直ぐにより強い渇望が後から後へと際限なく襲ってくる。
自分自身を自分で焦らしているような酷く背徳感に塗れた時間は直ぐに終わり、ジュリアスの足は止まった。見下ろす視線の先には緊張しているらしく、俯きながら固まった少年の、さらさらとした肌触りの良そうな純白の頭髪がある。
何かの衝動を抑えているのか、股間の辺りできつく握り締められている拳の上にそっと手を重ねると少年は顔を上げたが、ジュリアスと視線を合わせる事は無かった。
香水も使って無ければ洗髪剤などにも大した気を使ってないにも関わらず、甘い咆哮を漂わせるジュリアスは彼の側頭部の頭髪に鼻先を埋めるようにして、そして細い肩に乳房を預けるようにして、耳元に顔を寄せていた。
真っ赤に染まっている耳朶に今にも唇が触れてしまいそうな距離で彼女は低音を鳴らす声帯を官能的に震わせる。
「――私を抱いてくれと言ったら、君はどうする?」
子供に性交を強請る自分に恥を感じつつも、心に空いた大きな穴に虚しい風通しの良さを感じれば穴埋めたくなるのは当然だと自分を納得させるジュリアスは同時に自身の淫らさに陶酔してしまって、性衝動を抑えきれずに少年の手に触れていない方の手で股座を優しく弄りながら、本当は其の小さな耳朶にむしゃぶりつきたい衝動もあったのだが彼の耳元から顔を離した。
見上げてくる眼と直ぐに絡み合った。
白い肌を紅潮させている少年の顔色は、まるで善い具合に育った桃のようで、男ながらも可憐であるが、元々の赤を受けて其の眼は劣情が燃えていて牡を醸している。
そして、ジュリアスも、締り無く開かれた口許から熱い吐息を吐き掛けていて、濡れたターコイズブルーの瞳は、静かな、しかし、確かに水面が揺れている湖畔を思わせる。
指先に熱い淫汁が纏わり付いて来るのを感じながらジュリアスは涼しげな目許を熱っぽく細めて、覆い被さるように顔を寄せていく。
瞬間、目蓋は閉じられて、暗闇の中で濡れた唇同士が触れて甘い音を紡ぐ。じわりと熱が触れ合った口許から喉の奥へと広がる。心地良い温もりに何時までも浸っていたい我が身に鞭を打って顔を離す――そこに何も変わる所は無い、十年前のあの日、あの時と。
しかし、ゆっくりと眼を開いたジュリアスが見たのは眼をぱちくりとさせていて何をされたか分からないと云った風にきょとんとしている顔ではなく、瞳に宿る劣情の炎を全体に行き渡らせたように上気した顔だった――それは何もかも違っていた、十年前のあの日、あの時と。
揺れたペンダントの宝石がきらりと光を放って輝く。
お互いが何を求めているかを交錯させた視線で、そして自分が何を求めているのかを相手の眼に映る自分を捉えた事で殊更に強く認識したジュリアスは再び少年の唇を奪う。見た目は細いが触れてみると案外肉の硬い身体に腕を回して、腰掛けている椅子ごと自身に向かせるようにする。シャツの背面に指に付着していた愛液の小さな染みを拡げ、僅かに開かれている唇の隙間に舌を差し込んで頭を左右に回しながら熱心に彼の温かな口腔を舐る。
這い回るように背中から首へと縋り付く腕を上げていく中、最初はおずおずとした躊躇いがちな風だったが、腰に回された腕に引寄せられている事を感じ取ったジュリアスは熱を讃えた空虚を共にしていた口を離した。
「……抱いてくれ」
情液滴る秘所からだけではなく、全身の汗腺、毛穴と云う毛穴から、そして吐息でも以って昂揚する牝の芳香を――欲望を叫んでいると云う点ではある種、咆哮でもある――発散させながら眼前で肉欲的に自分の下腹部を抱き寄せている男に最後の一線を超える文句を謳った。
少年の顎を支えているように見える、鎖骨辺りに密着している胸部は、白いブラウスの下で柔肉はじっとりと汗ばんでいて、呼吸の度に互いに胸が高く波打つ度に下着に擦れて、ささやかな性感を齎している。
興奮で開き切った瞳孔に映る自分を見る為だけかのように少年を見据えているジュリアスの心中は、擽ったい程度の乳房をあの手で触らって欲しいと云う願望と期待だけが埋めている。そんな想いを抱いているのを暗に主張するようにほんの小さく胸を少年の身体に押し当てながら、下腹部の疼きがもどかしく、膝を内向きにさせて尻を後ろに反らせる姿勢で内腿を擦り合わせていると、彼女の腕の中で少年がすくりと立ち上がった。
一瞬、拒絶されるのかと思って殆ど絶望感を抱いたジュリアスであったが腰に絡み付いている腕の力が強くなる。彼が立ち上がった勢いで前屈みになっていた身体が持ち上げられた拍子に下腹部に何かが触れて「ンっ」と小さく喉を鳴らされた事で杞憂であると悟り、安堵が与える安らぎと、はち切れんばかりの期待に依る昂りの、精神の静と動を同時に得ていた。
「ふうっ、ン、ンンっ」
腰だけではなくなって其の上の背中まで腕が伸びて、スカートの中に潜り込むように下腹部が密着させられて求められていると感じ取ったジュリアスは悦びを目一杯表現するように、収まりつかないと云う風に少年の口許を締りの無い口から溢れる唾液を塗れさせながら、淫らにも彼の身体を後ろのベッドへと引きずり込もうとする。
餌付きの針に引っ掛けた魚を糸で釣り上げようとしている按配であったが、寧ろ魚の方が糸を手繰り寄せて海面、そして其の先に向かい出した。糸を巻き上げるのに苦心している、海中を昇るのに必死な様子の荒い呼吸音が響く中、相互の力であっという間に釣り人と獲物は共に白く柔らかな甲板に其の身を預けた。
「はあ、はあ、はあ……は、早く」
両手を突いている少年の腕と膝の間、そして身体の下で押し倒されて圧し掛かられている格好のジュリアスは弛緩した四肢を投げ出しながら、困ったように首を傾げる艶やかな仕草でそう言うと、張り詰めた膨らみを濡れそぼっている稜線に尚も密着されたまま、膝立ちになった彼に切羽詰った風にネクタイを解かれ、ブラウスのボタンを外され始める。
衣擦れの音が一つする度に肌と下着が露になっていくのに羞恥を感じながらも、裸に剥かれようとしている最中にも辛抱出来ないと云う風に――少年は、そしてジュリアスからも――空腰を遣って局部に局部を押し当てている。
デニムの厚い生地にごりごりと擦られる感触を得ながらも、彼女は其の中にこれ以上無い興味をそそられた。
(私だって、私だって――!)
他の女達が赦されるのなら、初めて唇を奪った自分にだって其の権利がある筈だ――躍起になって不満を感じている風に顔を顰め、ショーツが曝け出されるのも構わずにスカートを捲り上げて、隠れていた少年の股間に手を伸ばす。
急がなければ何もないままに此の時間は終わりを迎えてしまうのではないかと云う風に、誰かに、或いは、時間に追い立てられているように、ジュリアスがブラウスやスカートを、少年がスボンを取り去ろうとしていると、
「きゃっ――?!」
ジュリアスがここ数年どころか十数年は出していないような甲高い声音の、少女のような小さな叫びを上げた。
そんな彼女の様子に少年が驚いて手が上されている自身の股間を見遣ると、気恥ずかしそうに顔を赤面させる。
ベルトとファスナーの支えと留めを失ったズボンだけではなく、其の下の下着も纏めて取っ払おうとして、更に其の下で収まっているモノの存在を考慮して充分に空間を空けるように裾を引っ掴んで、昂奮も最高潮であったジュリアスは乱暴に一気に摺り下げたのだが。瞬間、隠していた物の下から零れ落ちるように姿を現したソレは異様だった。身長も伸びたばかりか、声も発せられるようになった等、変わった処が確かに在っても、幼少の頃から何も変わっていない少年の繊細で儚げな雰囲気からは想像も出来ない程に、野太く、黒ずんでいて、雄々しく、禍々しく、グロテスクな代物であった。
確りと捉えていたとはいえ、とても目前の少年が備えているべきとは思えないペニスの様相に驚愕していたジュリアスは、ソレがまだまだ力を得ていない事に気付いていなかった。
「あっ! う、嘘、まだ大きく……?」
開放感や視線を浴びている所為か、彼女の見ている前で徐々に滾りを見せ始めた。むくむくと機械で空気を注がれる風船のように最初の形が思い起こせなくなるぐらいに膨れ上がっていく。そして最終的には、包皮をぴんと張り詰めさせ、黒ずみを引き伸ばして茶褐色にし、剥き出しの肉を赤黒くして、彼女の白いショーツに陰を投げ掛けて矛先を向ける。
あまりの大きさに昂奮もまた性器である事も忘れたように呆気に取られて繁々と眺める彼女に対して持ち主である少年は俯いたままだ。ジュリアスは関心したように声とも吐息とも区別の付かない嘆息を漏らしながら、少年の顔と男根に交互に眼を遣りながら「凄い」と心からの感嘆を呟いた。
性交の経験はあるが男性器に慣れているとは言い難いジュリアスであるが、女ながらに無意味なまでに力強さを求めるファロス信仰(男根信仰)の信奉者の節がある為に――それは軽量気の積載のキャパシティを超える程の重武装を積んでいる愛機《アステリズム》にも顕れている――少年の肉棒に最初こそ畏れを抱いたものの、直ぐに頑健さに陶酔していた。
「ありがとうござい、ます」
少年は言葉を途切れがちにしたのは、感謝を述べるべきだったのだろうかと一瞬困惑したからだろう。
それからも何度か視線を交互させていたジュリアスだが、結局は股間の方へと釘付けになって、自己主張の強すぎるソレの、手に取るには充分なスペースがある竿の部分を好奇心で以って手に収まる限りで握ってみた瞬間、
「ンっ!」
少年が首を逸らせて、ぴくりと身体を震わせながら喉を鳴らした。
先程の少年と同じように其の声に今度は自分が驚いたジュリアスであったが、ペニスが磁力を持っているかのように手を離す事が出来ず、掌中に火傷を負ってしまいそうな熱をも握り締めたまま「痛かったか?」と不安げに尋ねると、少年は自ずから腰を遣って彼女の柔らかな三日月の中で自身のモノを扱き始めた。
「ンンっ、気持ち、よくて……あンっ!」
貪欲に快楽を求める彼が上げた声をもっと聞きたくて――其の透き通る声を聞く事の出来なかった十年分までも――ジュリアスは腰遣いに合わせて手を前後させ、自分からも肉棒を扱いてやると、如実に反応を返してきた声、そして亀頭の先端でぷくりと膨れ上がった腺液と、だらしなく口が開かれたのを認め、ぞくぞくと背筋に奔った悦びのままに言葉が口を突いて出た。
「私で、私なんかで感じてくれているのか」
握っているペニスが発する熱に当てられたように扱く手付きを熱心にさせていくと、少年は殆ど歓喜の様子で喘ぎを含めながら「はいっ……感じ、ます」と覆い被さっていた筈が性感を甘受しようと上体を起こして背筋を反らしている。
其の頑健さから鈍い印象のある手の内の肉棒だが、確りと神経の集積所の役目を果たしていて自己表現の乏しい節のある少年が乱れている扇情的な光景に、ジュリアスはまるで自分が性感を得ているかのように、犬のように吐息を吐きながらとろとろと溢れては垂れる淫液で手が穢れるのも気にならず、指が隠れてしまいそうな雁首の段差に指で作った輪をコツコツとぶつけるようにして、より一層に奉仕に熱を入れる。
やがてぱっくりと口を開いた鈴口から腺液が留めなく溢れる男根が更に膨張し始め、彼女に限界を予感させた時だった。
「ま、待って! あ、あぁ、ああ……っ!」
「どう、した?」
少年が身を丸め、ジュリアスの手を上から握り締めて上下動を止めて、促されていた射精感も塞き止めたのだった。
寸止めの苦しみにペニスが、そして少年の全身がのた打ち回っているのを、手が抑え付けられている事で強く感じ取るジュリアスは――それでも透明の腺液を押し退けて溢れた一滴の白く濁った液の滑りと、其れが発散させている青臭い牡臭を嗅ぎつつ――怪訝そうに尋ねる。
もう少しで、達しただろうに――と、そんな疑問だけではなく、(もう少しで君が果てる所を見れたのに)と云うような不満も含めて。
手を離せば今にも暴れ回りそうな肉棒を無理矢理に鎮めている少年は目蓋を確りと瞑り、口許を真一文字にしている苦悶の表情を浮かべて――しかし同時に自虐的な快感にも浸っていた――やがて欲動が収まると、がっくりとジュリアスに再び覆い被さるようにベッドに両手を突いて、息苦しそうに喘ぐ。
絶頂を留めた事に理性の歯止めがあったのかと懸念するジュリアスは、酷く寂しげで、酷く切なげな表情を浮かべる。
「私で果てるのは……嫌か?」
少年は息を整えながら「はあ、はあっ――あの、ジュリアスさんの服、汚しちゃうと思って」と言った。其れを聞いて自分の状態を改めたジュリアスはブラウスが肌蹴ているとはいえ、始めて服の存在を知ったかのような新鮮さと共に自分が衣服を纏っている事に気が付いた。
そして少年が我慢してまでも自分の事を気遣ってくれた事に「すまんな」と一言詫びてから、抱いている嬉しさを表わすように、また彼の苦しさを和らげてやるように短い接吻を落とした――下からだから、接吻を上げた。
天井からの照明の光を背中で受けている少年は、横たわっているジュリアスからだと、何から何まで美麗な白い顔を逆光で背徳の黒に染まって見えている。しかし彼女は顔ではなく、其の向こうの天井を見ていた。
ブラウスのボタンが外されていくにつれて身体を白日ならぬ白灯の下に晒され、喰い入るような少年の視線が肌に刺さっているのも知覚していて羞恥を感じないではいられないからだ。無表情を作って其れを悟られまいとしているが、白い頬の上に浮かぶ薔薇は乙女のように羞らっている事をありありと示している。
やがて服と肌が擦れ合う音と共にブラウスの裾がはためいた。
「はあ、ン……」
少年の手が脚に伸ばされる。百輪の花束を扱うように肉感的な太腿と綺麗に伸びる膝下を持つ脚を恭しく抱えられ、スカートを脱がし易くする為に天井に向かって伸ばされた脚線美は空気を切るピアノ線を思わせる。
持ち上げられている脚の太腿や脛、脹脛とあちらこちらに愛撫の接吻の雨を落とされて、ジュリアスは擽ったいながらも、甘美な小波に鳴声を漏らす。少年の細い唇の感触に身悶えする彼女がシーツをぎゅっと握り締めていると、視界の中でグレーのスカートが脚に添って昇っていく真っ最中だった。そして横笛を縦にして吹いているような少年はと云えば、脚の付け根に熱烈に視線を注いでいる。
不運な事にジュリアスが履いているショーツはシンプルで白だ。だから少しでも湿り気があれば文字通り眼に見えて分かるだろう。隠そうにも本来其の役目を果すべきスカートは足首にまで差し掛かっているし、手で視線を遮ろうとすれば、矢張り羞らう乙女の様相となるのは明白だから、ジュリアスは羞恥を噛み締めて耐える事にした。それでも些細な抵抗として顔を背けたのだが、素直になれない子供のような仕草のようで、却って例の印象を少年に持たせていた。
ブラウスを全開にされ、スカートも取り去られたジュリアスは簡単に云って真っ白だった。
下着が上下とも白なのもあるが、肌理の細かい肌がそろそろ衰えの兆候が姿を見せ始める歳なのにも関わらず、染み一つ無い白い事が大きい。弱々しくも多少は抵抗を見せたとはいえ、少年の手によって羽織っているだけだったブラウスもブラジャーもショーツもあっという間に外されてしまって、一糸纏わぬ裸体に剥かれても全く変わるところは無かった程である。
身体を預けているシーツと同化してしまいそうな、季節外れの積雪を思わせる儚さを強くしながらも、背に敷いている薄いブロンドの長髪が際立たせてもいる。
一瞬、少年の眼に捉えられた乳房の突起を右腕で左腕を掴むようにして、そして細い陰毛を冠る恥部を左手で隠しながら雪の中に薔薇を咲かせるジュリアスは視線から逃れるように顔を背けて、気恥ずかしそうに身体を捩る。
「あまり、見ないでくれ。こんな歳だが、恥ずかしいものは恥ずかしいんだ」
そう言いながらジュリアスはベッドの向こう、先程まで自分達が腰掛けていた椅子や、飲み掛けの紅茶やジュースが入ったティーカップとグラスが置いてあるテーブルから少年の方へと視線をちらりと寄越す。
締りの無い口から荒く息を吐きながら夢中になっている風に見下ろしている彼の姿が眼に入った。自分の身体で昂奮してくれていると、そしてそんな劣情を全身で浴びる悦びにジュリアスは恍惚として、隠している左手で既に濡れている秘所の中に指を突っ込んではしたなく掻き回したい衝動に駈られる。見るなと言ったばかりとは裏腹に、頭の中では、また、心の中でも――もっと、見て欲しい――と云う願望で一杯になっていた。
まるで別の意思を持ってしまったかのように動きたくて堪らないと云う風にぴくりぴくりと跳ねる手を必死に抑えていると、覆い被さっている影が濃さを増して、腕をやんわりと掴まれて彼の熱が滲んでいく。
「あっ! ま、待って――」
身体の横へと強引に腕を広げられていく力を感じてジュリアスは制しようと声を出し、また抗おうともするが緊張と昂奮で弛緩してしまっている身体は言う事を聞いてくれず、また言葉ばかりの言葉も聞き入られる事は無く、影の中に淫らな局部を――そして左腕の二の腕にある恥部を――徐々に晒されていく。
「ジュリアスさん、綺麗です……」
寝ている為に重力に押されて横に広がってしまっているが、谷間に抱いている青い宝石を隠してしまいそうな乳房は豊満であると一目で分かる。乳房の大きさの為か、やや大きめで薄く桃色の乳暈は白い肉とのコントラストで官能的である。だが中心の尖りは意外なほど控え目、と云うよりは無い。彼女の其れは陥没している性質のらしい。
存在を主張したいが恥ずかしくて陰から僅かに頭を覗かせているかのよう。
そして股間の方はと云うと――少年は更に
あのつぶらな紅い瞳に自分の全てを晒している――そんな快感に法悦すら抱いていたジュリアスであったが、左腕にちくりと刺されたようなものを感じると、それまでの弛緩していた様を思わせない程の機敏さで彼の腕を振り払った。
身体を起して彼に背を向けて自身を抱き締める。しかし其れは局部を隠すのではなく、矢張り左腕、二の腕の辺りを隠す為であった。
彼女が手で確りと覆い隠している左の二の腕にあるのは柔肌に刻み込まれた細大様々な黒い線の幾何学的模様と、其の下の数字の羅列――被験者を管理する為のバーコードである。
嘗てのアスピナの非人道さの象徴の一つだ。
しかし同じ境遇だった少年の腕に其れは無いのは、ジョシュア・オブライエンのお陰である。アスピナの存続の為に人体実験は認めるとしても、少しは人道的な場所であるようにと云う改革の賜物である。つまり英雄たるジョシュアの腕にも其の刻印はあったのだ。
ジュリアスが其れを過剰に隠したのは実験体と云う立場は甘んじて受け容れたとしても商品や道具と云う扱いは許せないからだろう。それに少年の与り知らぬ所であるが、同志であるORCAのメンバーでさえ数人を除けば、初めて眼にした時は色眼鏡で見ていたのだからどうして受け容れる事が出来るだろうか。
「すまない。嫌な物をみせてしまっ――あっ?!」
ジュリアスは動転した気持ちを落ち着けてから一息吐いてから(彼は此れの事を知っていたのだった)と遅ればせながら思い出していた。するとふわりと刻印を隠している手を上から包まれた。まるで微風に吹いたと思うような優しいタッチだった。
腕だけではない、全身を後ろから少年に抱き締められている。泣きじゃくる子供をあやすように、彼は落ち着けようとしてくれているのだろう。それは(自分は気にしない)と云う意思も表現されている。ジュリアスは当然の事かと思いながらも、彼ならばもしアスピナの被検体でなかったとしても同じように振舞ってくれるのではないかとも想えた。強張っていた心身を和らげて少年の腕の中に委ねていく安堵感は此れ以上無いほどの安らぎをジュリアスに与える。
「あ、熱いな……」
少年に身体を預けていると、ふと尻の割れ目の始まりから背中の中ほどまでに掛けて頭髪を掻き分けて寄りかかり、強い感触を与えてくるモノに気付いて、ジュリアスは苦笑した様子で言った。何故かまじまじと眺めながら手で握っているよりも、不可視で触れているだけの方が存在を強く感じられる。
逃れたい訳ではなかったが気恥ずかしさからジュリアスがじれったそうに身体を捩ると、はち切れんばかりの肉棒を刺激してしまって、刻印を包んでいる手の力を少し強くされながら耳元で直に甘い喘ぎを吹き掛けられた。背中に性感帯があると初めて知ったジュリアスは其の性感よりも、囁きのような吐息によって背筋を震わせて溜息を漏らした。
其れが煽り立てたのだろう、尚も二の腕に触れながらも彼はジュリアスの腹辺りを抱いていた手を上へと上がっていく。
十年前は縋るように自分の手にしがみ付いていた、白く細い指の手に僅かに浮き出ている腹筋の線や臍の縁をなぞられていると思うとジュリアスはえもいわれぬ心地良さに熱っぽい嘆息を漏らしていると、
「あ、あン、はあ……」
乳房を下から掬い上げるように
優しい――何より少年の手付きは其の一言に尽きた。感じる度に身体と共に揺れる宝石の如く、大事に扱われている実感は女としての自尊心を大いに満たし、そして女の部分を乱した。
そして同時に深かった。大きな果実を解すようでありながら、確りと其の芯を捕らえてくるようで且つ隠れている先端の尖りを押し出されているようであった。余程の事が無い限りは姿を見せない突起も少年の白い手に誘われて現われるだろう――そんな予感がジュリアスの乳房の頂をちりちりと焼いている。
「あっ! やっ、なんでっ、なんで! こんなとこが、いい――ンっ!」
神経が集っている胸は当然としても刻印を消すように擦られている二の腕からも、ぞわぞわと性感が奔っているのにジュリアスが理解出来ないと云う風に声を上げる。他人からもそして自身も眼を遠ざけるようにしてきた其の場所は、それまで全く刺激される事が無かったのが少年の手によって開発されてしまったのか、それとも元からそうだったのか――驚く事に実は其処は彼女の性感帯であったのだ。
無粋なバーコードの黒線を一本ずつ、夫々の太さに合わせた力で硬い爪と柔い指の腹でなぞる度に、線と線の間を巡りの良い血が澱み無く流れていくように小さな波が通って行くと、左腕の先へと酒に酔った時の似たじわりとした優しい痺れが走っていく。そして細い電気は逆の方向、頭の方にも昇って彼女の脳髄をも痺れさせる。女としての弱い所を知られたと云う被征服感と共に。
「はンっ! ちょ、ちょっと待って……」
小波に身体を浸らせているような愛撫の性感に酔っていたジュリアスだったが、揉みしだかれている乳房の先にじくりと抱いた覚えのある予感を感じ取って、僅かばかりに身を捩らせる。
断熱性の高いパイロットスーツを羽織ってネクストが収容されている冷却されたガレージの中に入った時に、実際に肌で感じないまでもバイザーの向こうで視界をぼやけさせる白靄を見て、身体がありもしない寒さに震える直後に粟立つ身体が見せる生理反応の兆し。
特に其処が敏感であると、彼女は嫌々ながらも自覚している。其れは、左腕の刻印とはまた異なった羞恥である。そんな事は知る由も無い少年からお構い無しに、まるで彫像の一部が削げてしまったような乳房を刺激されて、
「きゃっ! や、見ない……で」
乳暈の窪みから肉房の中で既に硬さを帯びていた尖りがおずおずと姿を現した。常に柔い壁の中で護られているばかりに打たれ弱くて、一陣の風が吹くだけで身を竦めてしまうような――其れそのものではなく、持ち主が――乳頭が。
しかも刺激に対して脆弱な癖に自己主張が強い風に其の鼻っ柱は高い、もとい、やや長め。ジュリアスのような澄ましたような怜悧な美人が持つには欲求が強過ぎる形であるが、押し殺しているリビドーの顕れのようで酷く蠱惑的かつ官能的である。
そして的が大きいと云う事は狙い易いと云う事でもある。
其の形状を気にしているジュリアスの眼の前で、澄ましたように、ピンと直立する突起に少年の手が、指が、にじり寄って行って、
「駄目だ、止め――はぅぅん!」
持ち主が性感に悶える姿に触発されて、折角隠れていたのに興味ありげに頭を出してしまった所を狙われた乳首を摘まれて、其の持ち主であるジュリアスは少年に抱き留められながら仰け反った。耳に掛かっていた頭髪が後ろへと飛んで、舞った毛先が汗を帯びて艶かしく輝く。
少年の忙しなく指の間で感触を愉しんでいる風に果実を転がされ、男根を背中に擦り付け、髪に擽られるようにされながら、只でさえ敏感なのに人一倍に弱い箇所を責められて天井を仰ぎ見ながら切迫した声を出す。肩口から人一倍にエロティックな形の胸を視姦されていると、刻印を撫でていた手がもうするするともう一方の胸に忍び寄ってきた。
「駄目、だめっ! りょ、両方なんて……」
左の胸を襲い始めた少年の手は乳房を刺激して押し出そうなどと云うのんびりしたものではなかった。誘い出すようにクレーターの縁をくるくると弄んでいる。やがて蜻蛉が眼を回して降り立つかのように、桃色の凝りが誘いに耐えかねて姿を見せた途端、
「ひゃああンっ! いやあっ、やあン!」
それなりに気遣っていて弱かったとはいえ、首根っこを捕まえて引き摺り出された勢いのままに上下に扱かれてジュリアスの身体が大きく跳ねる。指の頭二つ分の長さは充分にあるから、彼女自身が先程そうしたように、まるで男のモノを責める時の手付きそのものである。
するとずっと弄られていた右の突起から指が離れた。甘美な心地が突然失われた空虚感に彼女が「あぅ……?」と呆けた声を漏らした直後、其の右手でずれていた身体を抱えられて起され、右の脇にさわさわとした感触が撫でていった。はっとした顔で自分が少年の肩を抱いている格好になっている事に気付いた彼女は自分の右の乳房の方に眼を遣ってから悲鳴を上げた。鼻にかかったような甘い声色で。
「やっ! いやあっ! み、見ないでぇ!」
散々捏ね繰り回されて赤くなった乳頭の直ぐ傍に彼の顔があって、ジュリアスは恥ずかしさに嫌々とかぶりをふる。そして彼のじっと注視している様は左から来る性感に肉房ごと揺れる先端に狙いをすましているのだと気付いた時には、
「ンンンっ! ン、ン、ンっ、ンああっ! あっ! ああーっ!」
紅い舌が覗けている、色艶の良い唇にぱくりと喰らい付かれてしまって、ジュリアスは強い快感に慄く。押し殺した声を上げる唇は少年が窄めているのとは逆に真一文字に固く結ばれていたが、尖りをぴんぴんと舌先で弾かれ、膨れ上がった柔い乳輪とたわわな乳房の一片ごと呑み込もうとする熱い口腔の中で嬲り回される度に少しずつ門開かれていき、最後には完全に解放されて悦楽の証を垂れ流しにする。
只でさえ昂っていたと云うのに敏感に過ぎる場所を二箇所同時に弄繰り回されて、開きっぱなしになった、濡れている彼女の上と下の口から涎が溢れ続ける。圧迫されている乳頭は血の巡りが良くなったと見えて、より尖りを増したと同時に大きくなったようで、嬲り易くなっている。
「あっ、いい! よすぎるっ、よすぎるぅ!」
(熱いのが当たって……背中も、感じる!)
椅子の背凭れにそうするかのように、少年の身体に完全に身体を委ねたジュリアスは尻の辺りにある彼の脚を必死に掴みながら悶えながらも、腺液で穢れるのも構わずに背中に触れているペニスに自ら擦り寄っていく。
淫靡に蠢く口内粘膜に弄ばれている胸に視線を遣ると、視界の中に少年の顔も映り込んだ。それはつまり肉欲に溺れ切った顔を晒している事であったが、彼女は寧ろ其れを見られたくて、じわりじわりと強くなっていく性感に震える手を、彼の脚に突いて崩れ落ちるのを懸命に堪えながら視線を合わせる。
――十年前には用の成さなかった、男だてらに花弁を思わせる可憐な唇が顔半分を乳房に埋めて自分に快楽を与えながら、あのガラス細工のように今にも壊れてしまいそうな寂しい紅い眼が明々と劣情の炎を燃やして自分を見上げている――!
ジュリアスが現在の状態を淫らに胸の裡に刻み付け、それだけで法悦を得てしまいそうになっていると――、
「あっ――くぅぅぅっ……?!」
左の乳頭を捩るように抓られて、右を歯形を残す程度に優しく笑った時に見せてくれた小さな可愛らしい八重歯で齧られたと思った瞬間、爆発の勢いで迸った性電流に打たれた彼女の身体がびくりと跳ね上がりながら、胸だけで至る衝撃に驚愕の交じった叫びを上げる。
摘まれたままの先端と根元の間では乳房が上下左右に揺れれたが、反対は確りと吸い付かれていたために殆ど固定されていた。
掴んでいる少年の太腿に握り痕を付けながら目蓋を力一杯に閉じて、内から溢れてくる衝動を抑え込もうとしても、脈動と共にじくじくと子宮が疼くのまでは止めらず、快感の波が走る度に彼の腕の中で身体をびくつかせる。
ジュリアスは身体を丸める事で何とか波が過ぎ去っていく中、其れに一緒に耐えるかのように確りと抱き締めてくれている彼の高い心臓の鼓動と共に、纏わり付いている髪を固めて我慢に塗れた淫茎が打ち続けている物欲しそうな脈動の声を夢心地で聞いていた――。
「――あ、ンっ! はンっ、は、はぅ……ふぅ」
達した後も強い戦慄きが逃れ易いようにと、乳首を突き出ている先に向かって、指と舌で優しく撫でられていたジュリアスは、事実彼の労わりによって絶頂がただ過ぎ去っていくだけではなく、薄っすらと尾を引いていく心地良さにうっとりとしていた。彼の手付きもあってまるで極上のマッサージを受けたような気分の中で深い嘆息を吐いた。
彼女が法悦の虚無感に身を委ねていると、少年がちゅぽんと水気のある空気の抜けた音を立てて乳房から口を離した。圧の強い口腔に締め付けられていた乳頭は色素の薄いジュリアスの身体の一部とは思えない程に毒々しいまでの赤みを帯びていて、塗れた唾液でてテラテラとスパンコールを散りばめたように輝いていて、まるで扇情的なナイトドレスを着飾っているかのようである。
少年を背凭れにして身体を委ねながらも、くったりと弛緩していた為にずるずるとシーツに沈み込んでいったジュリアスは紅潮した顔で彼を見上げる。
「とても、よかった」
少年に負けず劣らずに素直な様子の、乙女のような表情を浮かべながら、矢張り素直な短い言葉でジュリアスは感嘆の声を漏らす。白い裸体は、同時に半分以上をシーツの上に投げ出していると同時に、彼の膝枕に背中を預ける格好になっている。昂奮で帯びている朱が、官能的な桃色が、二種類の白で作られるキャンバスの上で、くっきりと浮かび上がっている。
熱い身体の乳房の谷間だけを、ペンダントの蒼い宝石が、ひんやりと冷やしている。
陶酔に浸っていてうっとりと蕩けた牝の顔のジュリアスは思考もぼんやりとしている。少年の細い喉が生唾を下して隆起の兆しを見せている喉仏を波打たせ、背中を突いている怒張が一度強く跳ね上がったのを感じ取ってはいたが、其の痙攣的な反応の理由には気付いていなかった。
ジュリアスは真上から熱く湿った風を浴びながら、火照った頬を伝った汗と流れた涙を拭うように、指先で絡め取られるようにされながら髪を撫でられる擽ったさに安堵感を得ていると、少年が強く視線を絡ませながら口を開いた。
「ジュリアスさん」
「ん?」
「ジュリアスさんの、見たいです」
少年が言外に追い遣るようにぼかした目的の物が何の事か分からず、ジュリアスは「私、の?」と訝しげな風に鸚鵡返しにしたが、直ぐに気付き、そして口にするには憚れるのもあって、赤らめた顔を逸らした。
しかし切れ長の双眸の中を蒼い瞳がおずおずと滑らせて流し目にし、熱烈に嘆願してくる紅い眼の視線を受け止めると、肯定を示すように小さく頷いた。そうしてから直ぐに顔をまた背けたが。
了解を与えた直後、早速と云う風に彼女は身体を恭しくシーツの上に捧げられると――力の中に身体を委ねるのは意外な程に心地良かったのだけれど、殆ど一瞬で終わってしまったのが残念に彼女は思えていた――少年が視界から消えた。其の姿を追う事も出来たが、恥部を眺められると考えれば、天井を見上げるしかなかった。
ギシギシと安物のベッドの骨が軋む音が脚の方へと移っていって、やがてぴたりと止まった時には羞恥に駈られて咄嗟に腕で顔を隠した。しかし少年のあの貌に自分の最も穢らわしい場所を見られたいと、そして其の様を眼に収めたいと云う倒錯した想いがあるのも事実でありながらも、矢張り困惑する程に羞恥を感じているのを表わすように、躊躇いがちに腕を下ろしたり、上げたりと繰り返していると、
「あっ! そ、そんな、近くで――は、はぅ……」
両脚の太腿を押し開くようにして股を開かされてしまい、それまでの逡巡も消え失せてつい其処に眼を向けてしまった。
室内に充満しつつある牝の芳香の根源、整えられている――見られると云う事を考えれば幸運にも、性格からすれば不運にもある程度気を使って整えているのだと知られてしまった――薄い金色の小さな冠の下では、充血した楕円の扉の頂点に熱を蓄えながらも過保護気味に包まれている女芽が薄皮の下で自己主張をしていて、反対側の頂点では扉の隙間から覗けている、爛れたような赤い淫肉の洞穴からトロトロと小川が流れている。
発情した牝穴に四つん這いの少年が顔を寄せて、秘所に吐息の熱さからくる――同時に揮発の冷たさも――ぞくぞくとした微細な性感を与えている。
ジュリアスは今度は彼の顔を跳ね除けたいのと引寄せたい衝動の葛藤に悶える。しかしそんな苦悩など意に介する事無く、同時に背中を押すように彼女の見ている前で少年は、彼女と眼を合わせながら、そっと舌を上擦らせた。
「はああっ! あっ、あンっ!」
申し訳程度に開かれていたラビアの間を通って行った、滑り気を帯びたざらついた感触にジュリアスは大きく喘いで、人よりも眺めの乳頭を供えた乳房をぶるんと揺らして仰け反る。熱い胎内には入ってこず、外を大き目のストロークで愛撫される感触に反応を示しながらも、更なる激しさを求めずにはいられず、子宮の疼きと同期してむず痒い内腿で少年の頭を挟んで、物欲しそうに擦り付ける。
じわりと少年の火照った頬の熱が腿に伝わってきてあの彼が自身の股座に顔を埋めて奉仕してくれている現実にジュリアスは酔い痴れていた。理性を棄てた、いや解き放ったのを示すように左右に大きく投げ出された腕は、其の先でシーツを掴んで皺くちゃにしている。目蓋は閉じられているが、其の裏の暗闇の中では十年前の彼が自分を責めている空想が広がり、彼女の表情は口角の上がった恍惚とした表情を浮かべている。
甘美だった、正に甘美としかいいようがない――はっきりと思うことは無かったが、ジュリアスの心境はそんな風であった。其の為にあるのではないかと思えるような熱く、長い舌が唾液と愛液を纏ってにゅるりと淫所の中へと分け入って来て、内壁を責め立てる。抽迭する口内器官はまるで性も精も知らぬ子供のペニスの大きさのようで、幼少期の少年に突かれているような小児性愛的な倒錯した想像を彼女に齎す。それに駆り立てられるように此処何年も指一本程度しか異物を受け容れていない、狭い膣壁が必死に少年のを引っ張り込もうとする。
「あっ! あたって……いいっ、いいっ!」
空想の中でジュリアスは殆ど少年と交合している気分だ。不慣れながらも挿いってきているものを求めて腰を前後させていて、抜き差しの度にこつこつとペニスの根元や下腹部が淫核を小突いてきて――実際には少年のすっと突き出ていながらも丸みのある線を帯びている整った鼻梁なのだが、それはそれで彼女には扇情的である――堪らないと云うように普段の低音で冷たさを持つ声からは想像も出来ない、鼻にかかった甘い嬌声を上げている。
「もっと、もっとして……はあっ、はあンっ!」
普段は感情を出さないように努めているせいか、其の反動で淫れに乱れていく己を自制する事の出来ないジュリアスは自分でも驚く程の淫蕩な言葉を少年に放った。其のお強請りのとおりに少年は男根(舌)の動きは速くしてくれる――其の時だった。
小さな子供が自身に腰を遣っている、と云うような彼女の空想を稲妻が切り裂くように別のイメージが現われた。女を犯しているモノから想起されたのだろう、いたいけな幼子の股間に、凡そ不釣合いな隆起が聳え立ったのだ。現実である彼の十年後にさえ似つかわしくないソレは彼の一部であるのだが。
其のイメージにジュリアスの女の部分は過敏に反応した。
今、胎内にあるもので此の性感なのだから、もしソレに犯されたらどうなるのだろうか――と、疑問を自身に投げ掛けて。
そうして彼女は久しぶりに目蓋を開いて現実の世界を見た。
蹲って股間に顔を埋めている所為で其れを見る事は出来ないが、温度、太さ、硬さ、全て掌中に記憶は残っていた。
紅い瞳を蜜に溢れている秘所に視線を注いでいる少年の繊細な造詣の顔へと下腹部を押し付けながら、ジュリアスは想像によって畏怖と期待を得た。
此の日は彼女の人生の中で最も想像力に富んでいたであろう。
(――欲しい。私も欲しい。あれが、欲しい)
そして最も性に渇望していた日であっただろう。
はち切れんばかりの期待にジュリアスは生唾の塊を飲み下したのを拍子に身体が動き始める。
「ま、待って、待ってくれ」
上体を起こしたジュリアスの其の声が神経の回路が耐え切れないような性感に困惑したものではない事に気付いて、少年が口許から鼻の辺りまでを愛液塗れにした顔を上げる。
この素直で優しく、実直な少年が次に何を云うのかを分かっていて、彼に困った顔をさせたくない彼女は言われる前に慌てた風に続ける。
「あ、違うんだ。痛かったり、嫌だったわけじゃない――寧ろ、その――んんっ。そ、そんなことは、いい。ええっと、何が言いたいかというと」
それまで淫らに喘いでいた我が身を省みれば例え嘘でも感じていないとは言えるわけも無く、本心から悦楽を得ていた事を想い出されてジュリアスは火が灯ったように顔をぽっと赤らめた。本人を前に何を悦に入っているかと今の自分を省みて咳払いで回想を退かす。
きょとんとしている少年とは出来るだけ視線を合わせないように横を見るように、それでも時折様子を窺うようにちらちらと視線を寄越しながらも、言い難そうにもじもじとしているのが少しの間、続いた。
流石に少年も何を求めているかに気付いて其れを言おうとしたのだが、一度決めた以上は妥協したくなかったジュリアスはどうしても自分から言うのだと云う風に眼で彼を牽制した。
だがどうしても恥ずかしくて言えない。
それも其の筈で、こう云う事に関しては今見せている乙女のような仕草の通りに不得手で経験も少ないのだから。そもそも求めるにしても何と言えば良いのか分からないのだ。婉曲的な表現でも、短い一言だけでもいいのだが、
――それらを言葉で表現するとして正式な名称で言えばいいのだろうか、しかしそれでは余りに雰囲気を壊すのではないか。それに俗な言葉を使うにしても肝心の言葉を知らない。代名詞では彼が分からないかもしれない――。
などと、余計な事ばかりが頭に浮かんでしまう。
其の内にジュリアスは思考の堂々巡りに疲れたらしく、皮肉屋であるとはいえ仮にもリンクスであり、革命者の一人でもあるのだから、肝心な事は言葉よりも行動でこそ意思を示すべきだと云う結論に至って――そして今から行なおうとしている事に自己破壊的な快感の予感を抱きながら――其の身体をシーツに横たえた。
少年を前にベッドの上で身体をぴんと伸ばしている姿はまな板の上の魚の様相であったが、自身の肌を撫でる様におずおずと手を下げていって、左右の両手を夫々の方の太腿に触れさせると、ゆっくり脚を開き始める。
顔と言わず身体と言わず、羞恥で燃え上がる。
膝で時計の10時と2時を指し示すようにM字に脚が大きく開かれる。
最後には尻の方から回ってきた手が浮き上がらせた腰を支えながら、発熱する下腹部から愛液を止め処なく溢れされているラビアを開け放ってニチャリとダマの連なる糸を引く。
そうしてジュリアスは少年の――男の――牡の――眼前で、フェロモンが薫り立つ自らの女の――牝の――部分を余す所無く全て曝け出した。
しかし彼女の表情は苦痛に耐えている最中かのように目蓋を力一杯閉じた苦悶のものではない、男を欲しがって媚びの極地と云うような淫蕩極まりない自身の痴態に酔い痴れている、それだけで絶頂を迎えてしまったと思われるような弛緩し切ったものである。
彼女が今、何を求めているのか。それは今にも失神してしまいそうに澱み切ったターコイズブルーの瞳が、彼女の云う所の正しい言葉、俗な言葉、長いもの、短いものと云った組み合わせによる数え切れない程の表現で以って雄弁なまでに語っていた。
――君が欲しい。
――君と繋がりたい。
――君とセックスしたい。
――私のここに、君のを突っ込んで欲しい。
――ペニスを挿入して欲しい。
――おまん○掻き回して欲しい。
――挿れて。
――きて。
――抱いて。
――愛して。
一言も発さない仕草と存在による誘惑で――どれか、一つか二つかは、実際に発していたかもしれない――昂る馬が嘶くように少年の男根が腺液を飛び散らせながら震え、そして、奮え立って、自身の臍をべしりと叩いたのは説明するまでも無いだろう。
惚けた眼も、汗の滲んで艶かしく輝く肢体も、愛液に濡れる淫らな場所も、全てに少年の紅い眼光と、疼きで小刻みに震えている肉欲が向ける矛先の気配に貫かれているのを感じていると、熱り立った全身が発っしている熱を浴びせるように彼が膝立ちで一歩、また一歩とにじり寄って来る。しかし求めていた筈のジュリアスは其れを制するように震える声で言った。
「君も、脱いでくれないか」
ズボンのファスナーから一部を露出させているだけの少年にそう強請ったのは、これから重なる際に服越しではなく、彼の肌に直に触れたかったからだ。彼の存在を直に感じたかったからだ。
普段が口数は少ない方ようだが、こう云う時になると殊更に無口になるらしい、少年は其の嘆願を聞き入れたのを示すように一つ頷いてから、引き千切るかの如く服を脱ぎ始めた。
実際には着衣のままでの性交に慣れていて、背徳を背景にした味も知っている少年であったが、結合を基点に前後する身体と共に密着する肌が擦れ合う、背徳の逆で極めて平常で正しい――言葉にするなら向徳とでも云った所だろうか――感触の喜びも知っていたからである。
自分で言った事とはいえ、あけっぴろげに股を開いたまま少年の脱衣を眺めているだけの、お預けを喰らっている格好のジュリアスは自分の状態でくらくらしてしまいそうな被虐的な悦楽を得ていた。得られる筈だった快感が束の間遠ざかってしまって、途端に胎内に空虚感が押し寄せ、奥底が熱く疼くのに耐え切れなくなったようにジュリアスは、下から回していて溢れる女の泉を浴びている左手の指で陰唇を無理矢理に開いたまま、右手の指を膣内に勢いよく埋めた。
「はあンンっ!」
ジュプッと湿り気の強い侵入音と共に吹き飛ばされた淫水がシーツに飛沫の痕を残すと、ぴんと跳ね上がった脚がM字からV字へと120度に開かれた。
倒錯の虜となったジュリアスの自慰を駈り立てるものは眼の前に幾らでもあった。ボタンが外されていくにつれて露になっていく、細身だが締まった筋肉の筋を見せている、飛びつきたくなるような逞しい男の肉体。自分の指の代わりに大事な場所を撫でて欲しくなる、細く伸びの良い指。そして何をして貰いたいなどと望みなど抱かないで己の全てを其の前に屈服させたくなる、灼熱に鍛え上げられた直後の鋼鉄のような肉棒。
「欲しい、欲しい、ほしいの――!」
涼しげな目許を更に細めた妖艶な眼付きのジュリアスは自分を制御し切れないと云う風に大きく開いた口からうわ言を繰り返しながら、今までもした事のないぐらいの乱暴な手付きで己の身体を慰め、煽り立てている。ボタンを全て外し、袖から腕を抜き取ったシャツと引っ掴んでずり下ろして蹴り飛ばすようにしたズボンをベッドの外に追い遣った少年が荒い息遣いと共に男根を上下に激しく揺さ振りながら、お誂え向きに眼前に掲げられている彼女の足首を掴んで、媚肉が嬲られている様がよく見えるように入り口に穂先をぐりぐりと押し付ける。羨ましくも肉の戦慄きを味わっている二本の挿し込まれている指に退けと云わんばかりに。
花弁と包皮越しに女芽を熱棒で擦られてジュリアスは場を明け渡すように、それでも未練たらしく内壁を擦りながら指を引き抜いていく。すると桃色の爪が姿をもう少しで顔を見せそうになった時だった。
彼女は指をぴたりと止めると、今にも繋がってしまいそうな密着点から視線を少年の眼へと上げて行く。そうして彼と見つめ合いながら唇を奥底から溢れ出す衝動に全身を芯から揺さ振られているようにわなわなと震える、たっぷりと肉の乗っていて、ルージュを引いていなくても艶かしく濡れる唇で言葉を紡ぐ。
「今だけでいいんだ……今だけは、私を」
ただでさえ過度な呼吸で酸欠気味であるから不自然な場所で唾液を飲むかの如く空気を取り込むと、囁きの声音が少年の、そして彼女自身の鼓膜を舐め上げる。
――君の女にしてくれ。
他に例えようも無い、正に一度だけの関係。
熱烈で、刹那的で――儚い。一夜限りの夢、いや一夜ですらない。
情熱に身体を震わしながらも、切なさに心を震わせる少年は荒い鼻息を吹き掛けていると云う昂った様子とは似つかわしくないような「――はい」と深刻そうな物憂げな声で応える。
「ンあ、ああっ、あぁぁ……っ!」
そして指を抜いて、譲った場所に彼が巨大な一部がゆっくりと身を沈められていくジュリアスは全身をぶるぶると震わしながら、淫茎が姿を消していくにつれてより性感の逃避先となっている口を開いていく。男を忘れつつあったかのように狭まっていた敏感な肉襞をメリメリと強引に押し広げられていく苦しさは声にも顕れている。
しかし同時に心までを満たされていくような恍惚とした充足感が胎内に広がりつつあり、
「はああああン……!」
やがて少年の淫茎は茶褐色から白に転じる根元を大分残したまま、胎内をみっちりと一寸の隙も無く埋め尽くされ、そして貫かれた瞬間に歓喜を示す身体が上下に震わした乳房よりも、必死にペニスを咥え込んで張り裂けんばかりに広がった極細の隙間から愛液を噴出した淫唇よりも、胎内の奥底にある究極の女性の象徴を男に小突かれたジュリアスは牝細く、しかし何時までも続くかのような至極喜悦と云った風の雌叫びを上げた。
そんな風な肉体的なものだけではなく、精神的な快楽も氷の印象を持たせる彼女を燃え上がる炎にさせていた。
それは動物としての原初的な戦いに臨む闘争本能に裏打ちされたネクストと接続する際の充足や、社会的生物である人間として同志との革命心を共にする団結する際の充足とは、また趣の異なる一体感だった。原初的な本能でありながらも、人と繋がると云う点で一致しながらも決定的に違う、生物的区別たる”牝”が社会的に進化した”女”としてのジュリアスの一部が歓声を上げる充実感であった。
「ジュリアス、さん――つっ、辛いですか?」
繋がった充足に悦んでいるのはジュリアスだけではなく、少年も同じだったが自身のモノが余裕を持て余しているから彼女に心配げな声を掛ける――辛そうだ、と判断した彼女の内部で無意識とはいえ、肉棒を震わせているのだが。
ハッ、ハッと犬の喘ぎをするジュリアスは苦悶と快楽が渦を巻いて一緒くたになっていて、少年の頭の頂点辺りに視線が向けられているが、澄み切った海や空を思わせる蒼い瞳を其の先の深海や宇宙の色にするかのように虚ろにしていて、実際には何も見ていなかった。
しかし思考もぼんやりとしているが、最高潮にある彼女の身体は異物であると同時に想定もされている男根を、それ以上は招くスペースも殆どありはしないと云うのに奥へ奥と誘おうとしている。
膣の手狭さに加えて、元々締め付けが良い性質で握り締められるような圧迫感と肉襞のざわめきを堪能したくて肉棒を抜き差ししたいのだがジュリアスを気遣っている為に其れが出来ない拷問に堪えて、喰い縛る歯の隙間から漏らしている苦悶の声で、神経の回路が半ばオーバーヒートしていた彼女は我に返った。
「平気、ですか?」
「はあ、は、あっ……少し、苦しいな。だが、ンっ、大丈夫だと、思う」
思う、と言ったのは正直な所、体験した事の無いペニスの大きさで引き裂かれそうな自分の身体がこれからの行為に耐えられるか甚だ疑問であったからだ。それでも結合を甘受したいから少し痩せ我慢をしている。
大丈夫――自身が言った言葉からの予感にジュリアスは胎の奥底が僅かな恐怖を孕んで疼くのを知覚する。少年が辛抱し切れないと云う風に眉根を寄せている顔を快感に蕩けた穏やかな弛緩した表情へと変えた。其れは嵐の前触れの静かさだった。直後、彼の瞳が欲望に燃え上がり、ジュリアスの予感は現実に顕現した。筋肉の力強い唸り声の下に。
「――ひっ、はああああっ! はうっ、うううっ! うああ! あ! あ! あああ!」
水分を帯びながらもまだまだ固さを残す地盤に強引に穴を穿つように、胎の奥目掛けて打ち込まれて、引き抜かれて、打ち込まれると云うように肉壁を押し拡げられる感触にジュリアスは殆ど悲鳴を上げる。入り口を自ずから開いていた指が爪を立てるかのように肉に強く埋められる。
子供のペニスのような舌が胎内と膣口、そしてラビアの間を往き来していたニュルニュルと云うようなのに比べると、血管が浮き立った筋肉の塊が与えるものはゴリゴリとまさに削られているかのようだ。しかも肉槌の刀身は太い上に長さもあるので、自然にストロークも長い為に一往復、引いては一回の抜く、挿すと云った、抽迭の片割だけでも極大の時間があると感じられる程であった。
「こ、こんなのっ! し、死ぬっ! 死ん、死んじゃう、死んじゃうっ!」
抽迭の強さが弱まっても、胴体の底部から頭の先へと貫いて駆け抜けて行く、快感なのか苦痛なのか区別も付けられない強大な刺激に見上げる天井の照明が、電流が瞬く如く明滅を繰り返している幻想的な光景を眼にしながら、ジュリアスは身体の許容量を超えているのを示すには此れ以上無いぐらいに相応しい現象を口走る。
一突きの度に大股を広げていた脚は視界の中で迸る電流に打たれたようにビンと突っ張って、足の五指が扇状に開かれる。下腹部に遣っていた腕は暫くばたついていたが、やがて脚と同じように電流に打たれた風に、しかし反対に筋肉が収縮して縮まらせて肘をきつく曲げたまま頭の上の方でシーツを握り締めている――それを見れば確かに其の内身体は限界を迎えそうであった。
其の内に隙間から涙を溢れさせながら目蓋も皺を寄せて閉じて暗闇を見る。死が具現化したような光景で、意識が本当に消え失せてしまいそうになりつつある最中、彼女の鼻先をふわりと微風が芳しい香りが撫でた。
心地良い春風に気分が和らいで眼を開くと、さわさわと白い草原が風に揺られて甘い芳香を漂わせていたのを見て、彼女は今更ながらに思い出した。
(ああ、そうだ。私は今、彼に抱かれているんだ――)
バラバラに弾け飛んでしまいそうな身体が少年に抱き留められていると実感した途端、ジュリアスの身体は更なる収縮を見せた。
子宮が燃え上がるように熱を持って疼いたのを皮切りに、伸び切っていた脚が、縮まっていた腕が、少年の腰と背中に絡み付き、全身で以ってひしと縋り付く。体臭を際立たせる汗でじっとりと濡れる肌が密着して鼓動と共に熱が混ざり合った瞬間、受精を果した卵子の如く、ジュリアスの全身の肌が歓喜の波で粟立った。
「……ン、はあっ、あ……あン」
心境の変化によってなのか、それとも物理的に丁度解される頃合だったのか、結合部の隙間からブジュリと淫泉が溢れた途端、少年の肩に顔を突っ伏したジュリアスの口から其れまで悲痛な呻きのようだった喘ぎが、善がると云う風に火照る全身と同じ桃色に染まり始めた。彼の堅い身体に張った乳房とはしたない乳首を擦り付けるように身体を押し付けて捩じらせ、腰を控え目に遣いながら「気持ち、いい……気持ちいい……!」と最初は静かに、徐々に熱っぽく媚声で歌う。
「もっと、もっとぉ……強く、してぇ」
少年が腰遣いを鎮めていたのはジュリアスの所為であったのだが、そんな事お構いなしと云うように彼女は抱き付いている腕と脚の力を強くして上体を起こすと、貝殻のような少年の白く小さな耳朶と真正面に向かい合って鼻にかかったトーンの高い猫撫で声を鼓膜、其の更に奥の脳髄にふうっと息を吹き込むように強請った
囁きが脳にだけではなく全身をも駆け巡った直後、少年の肌も粟立ち、背骨の先端から更に伸びる尻尾の毛が静電気に晒されたかのようにぶわりと逆立った。
視界の端で其の様を見ていたジュリアスは(あ、まだ付いてるんだな)と懐かしむ思いだ。十年前に少年が自分に付いて回っていた時からもあった、それは嬉しそうによく左右に振れていた。
そんな事を思い出しながら白い頭髪以上に触り心地の良かったが、擽ったいらしくて中々触る事を許してくれなかった尻尾を、腰に絡み付かせている脚で挟んで撫でてみた瞬間、ジュリアスが何とも云えぬ触感を得たと同時に、
「あうぅぅっ! だ、だめえっ!」
「えっ、ま、また大きく……?! ――きゃああっ! や、やンっ! は、はげし、いぃっ!」
逆立って表面積の増した尻尾のように膣内に納まっていた肉棒が体積を増して、少年が何かに突き動かされるように――先程のジュリアスの強請りではない――我武者羅に腰を振り始めた。
尻尾が性感帯だと噛み締める暇も無く、ジュリアスは突然勢いの増した抽迭に振り落とされないように彼に縋るしかない。尻尾を挟んだままの脚が其れを煽っているとも知らずに。
「はっ、はあっ、はああぅ! 当たって、当たってぇ!」
膣壁から染み出し続ける愛液と鈴口から溢れ続ける腺液で滑りの良くなった肉棒にゴツゴツと最奥を小突かれ、そして背を反らせていた為に擦れて何時の間にかに包皮が捲り上がっていて露出した淫核を押し潰されている痛い程の性感にジュリアスは善がり狂う。やがてざわざわと下腹部に潮が満ち始める予感が訪れ白濁した愛液が淫茎をねっとりと覆い始めると、彼女と同じように背筋を弓反りにして腰を遣っている少年が甲高く喘ぎながら呻いた。
「もう、もう……イク! イク!」
少年がストロークを短くした陰嚢から湧き上る射精感を促すように抽迭を小刻みにして、一箇所を重点的に擦られる摩擦で燃え上がってしまいそうに感じているジュリアスが自分での行為でしか迎えた事の無い終焉の先走りを知覚しながら全身を使って其れを受け容れようとしながら切羽詰った声で叫ぶ。
「外っ、外ぉ! 身体に! 君の匂いをっ、私につけてぇ!」
はしたなく淫らであると自覚して羞恥を抱きながらもジュリアスがそう嘆願する。其れを受け取った少年が中で暴発してしまう前に果てさせようと云う風に、腰を掴まれて更に激しく淫蜜を描き出しながら秘所を責め立てられる。
「やあああっ! ああーっ、あーっ、ああー!」
「あ、あ、あ、あっ!」
しかし少年の予想よりもジュリアスは早く達してしまって、絶頂を身体に抱いたまま、寧ろ連続して絶頂を迎えるように苛烈な抽迭に晒されて、涎と汗と愛液を垂れ流しながらガクガクと身体を揺さ振られ続け、
「イ――っクぅぅっ……うぅっ、ふあっ、うあぁっ……!」
「くっああっ! はああ! ああ、あぁぁ……」
そして最後に一際強く子宮口を突かれて仰け反った後、少年に縋り付いている腕や脚を振り払われてズルリと男根を勢い良く引き抜かれた。ぽっかりと口を開く膣口から本気汁を諾々と溢れさせながら寒さに震えるように身体を小刻みに、時に強く痙攣させる中、立ち上がった少年に裸体を温めるかのように白濁のシャワーを、熱い精の迸りを何度も降り掛けられる。
腹と云わず、胸と云わず、腕と云わず、顔と云わず、投げ出される桃色に染まった身体を白に戻すかのようにビチャビチャと音を立てて降り注いだ、牡の、そして少年の咽返るような強い芳香にジュリアスは溺れていく。
「来て……」
うつ伏せで白くむっちりとした尻を高く掲げた四つん這いですらない格好で、両手でぬらぬらと輝くラビアを開いて嬲られて腫れ上がったかのように真っ赤になった媚肉を剥き出しにしながら背後に視線を遣るジュリアスは尾を引く妖艶な声音で強請った。
盛大に果てて放心していた様子のジュリアスだったが、のろのろと寝返りを打つと、今の格好になったのだ。
求められた少年と云えば射精で萎え掛けていたとはいえ、ペニスもあっという間に復活していたが、しかしジュリアス自身は平気なのかと不安で及び腰である。
「大丈夫なんですか? 無理しない方が――」
しかし、ジュリアスは精液が頬に僅かにへばり付いている顔を左右に振った。
「いいんだ。君に滅茶苦茶にされたいんだ。だから、おねがい……」
本人は意識していなかったが、尚も余韻を引かせていた弛緩した顔は双眸に涙を潤ませていて、口許から涎を垂らし、そして秘所から蜜の糸を引かせている様だ。そんな痴態を見せ付けられれば若い少年が断る事など出来る筈も無く、ごくりと生唾を飲み下していた。
ギシとベッドを軋ませてにじり寄ってきた少年に尻を抑えられて、ジュリアスは期待の篭った風に喉を鳴らす。自然に収まりつつあった呼吸も平静を欠いていく。桃肉も鋭敏になっているのだろう、焼け爛れて手形が残ってしまうのではないかと思える程に十年前よりも遥かに大きくなった手は熱い。
すると片方が離れていった。死角に入っていて見る事は出来ないが、じくじくと性感が残る膣に狙いを定めているに違いない。
「あンっ」
再び二人が触れ合った事を示す、膣口に溜まる愛液が粘着くクチュリと水気を孕んだ接触音と、更に赤黒くなっているであろう濡れた肉茸から伝わってくる熱にジュリアスは劣情を駆り立てられて声を上げた。
しかし先程の交合で少年も疲弊したようで呼吸を整えていて直ぐに侵入してこない。
其れを分かっていても彼女は早く来て欲しいと言わんばかりに盛りの付いた牝猫のように尻を上下左右に振って、匂いを沁み込ませようと秘所を肉棒に擦り付けてクチュクチュと淫音を立てる。
すると少年も決心が付いたのか、再び尻を両手で、今度はがっしりと抑え付けて、自ら淫門を開いているジュリアスの手を手伝うかのように、丸みを帯びる双丘を掴んで横に開いた。
「あぁっ! 恥ずか、しい……」
秘肉を曝け出しておいて何を今更、と云った所だがジュリアスが羞恥を抱いたのは秘所が更に口を広げられただけではなく、其れと一緒にひくひくと蠢くアヌスまでもが少年の視線を浴びているからだ。だが生まれたままの姿、そして牡を求める秘所、そして排泄の門と、少年に自分の恥部を全て曝け出した事にジュリアスは法悦すら感じていた。
ふと陰部に熱烈な視線を注いでた少年と恥部を晒しているジュリアスの視線が交錯した。
二人は何も言葉を発する事無く、殆ど同時にこくりと頷くと、少年が腰を進め始める。
「う、っくぅ……」
「はああっ……! 君の、お、大きいのが……はいって! 私の中に、入って来てる!」
一度絶頂を迎えたジュリアスの蜜壷も食べ頃と云うように柔らかく解れていて、少年の肉棒も楽に侵入していく。それでも一回目と比べたらと云うだけでスルスルと滑らかに行く事はなく、ズッ、ズッ、と時折何かに引っ掛かるようにして。
高い雁首を受け容れた時点で既にジュリアスは少年の方を向いていなかった。シーツに半分埋めた顔を自らが吐いた吐息で其の場に澱む熱に浸って惚けている。少年が一歩、また一歩と胎内に進んでいく度に無抵抗に頭部が揺れる。
膣肉の解れが齎した変化は結合の容易さだけではなかった。押し入られている性感にうっとりとして眼を細めていたのだが、尻を叩かれた感触にはっと見開いてから背後を振り返ったのだが、再び表情をとろんと蕩けさせた。
「ぜ、全部ぅ……全部、はいったんだ……」
いっぱいいっぱいとはいえ、巨大とも云える少年のペニスを根元まで受け容れた自分の身体の淫靡さにジュリアスは酔い痴れたように惚けた声で反芻して、余す所無く包んでいるモノの根元を収縮する膣口できゅっきゅっと締め付ける。
「ひゃあンっ! あっ! すごい! あンっ! すごいっ! すごい、いいっ!」
「あっ、はあ! 僕も! ジュリアスさん! 僕もっ、気持ちいい!」
反り返る淫茎そのもので内部を開拓され、拡がる肉傘の段差で肉襞を穿られ、膨れ上がった先端で奥を小突かれてジュリアスは堪らないと云う風に善がる。そのはしたない声に、振る舞いに、表情を諌めるように一突きされる度に尻を下腹部の肉でパチン、パチンと叩かれるピリピリとした肌の痛みが、そして乱れた黄蘗色の掻き分けるようにして覆い被さってきた少年の甘い喘ぎが更に彼女を煽り立てる。
「ふあンっ! だめ、それだめ! ああっ! あぁーっ! だめなのっ! だめなのぉっ!」
背中を少年の熱い鼻息で擽られる感触にぞくぞくと心地良いこそばゆさを得ていると、前面に回ってきた両腕の、右手に小ぶりながらも真っ赤に充血した勃起をクリクリと捏ね繰り回され、押し潰される。そして左腕が掌で精液の残滓がこびり付いている右の乳房を揉みしだきながら、腕で其の過程にある左の乳房や乳頭を擦る。
秘所を突き上げられながら身体中を弄られる快感に、絶頂を迎えてから時間が経っていない敏感な身体は、ぽっこりと膨れた下腹部が戦慄き、其の裏で肉襞がざわつき始める限界のシグナルを点灯させる。
しかし限界が近いのは少年も同じで、責め立てているように見えるのも性器から意識を逸らして快感から遣り過ごそうと必死な様なのである。
「イっちゃう! イク、イクっ! イクのっ! イク! イク!」
「ふーっ! ふーっ! ふあっ! ああっ!」
だらしなく開かれた口から唾液の飛沫と口端から涎を引いて、淫茎が消えは現れてまた消えるを繰り返す結合部から、雁首に引っ掛けられてそれから抽迭によって後ろへ後ろへと掻き出される淫水を散らして、小さな沁みを皺くちゃになったシーツの上に幾つも作りながら、ジュリアスは喉を振り絞るようにして高く善がり声をぶち上げて、少年は歯を噛み締めながら必死に腰を振る。
「出してっ、出してくれ! 中、中にっ! 中に出してぇっ! 注いでぇっ!」
「はいっ! 出します! 出すっ! ジュリアスさんのおまん○にっ! 全部、全部っ!」
更に蜜壷の中を埋め尽くそうとぶくりと肉棒がぶくりと膨れ上がったのを感じ取ってジュリアスは己の肉房や尖端、肉芽を弄る少年の腕を手の跡が残る程に強く握り締めて更に自分の身体に押し当てながら人生で最高の媚声で、そして肉棒を引き摺り込もうとする膣壁の蠕動で以って射精を懇願する。
だらだらと湧き上る淫液の混合液が抜き挿しによってグチュグチュと小泡を立てて掻き混ぜられる攪拌音と、豊かに肉の乗った尻とシーツを踏み締めて突っ張る脚の筋が伸びる股間の肉芽がパンパンパンと絶え間無く鳴り続ける打音にベッドの骨が壊れんばかりにギシギシと軋む音、そして牝と牡が性の悦びを歌う嬌声の絶叫が壮大な音楽となって室内に響き渡り、性感神経に爆発的な電流が迸る。
「出る、出る、でるっ! でる――っ!」
「イっクううぅぅぅ………っ!」
ズンと重々しい衝撃と共に強烈に突き出された肉棒が強引に捩じ込んで行って最奥を迸る熱い噴水で犯す。
膨らんだ筋肉を抑え付けようと締め付ける筋肉が強い圧を掛ける。
「うぅぅっ! くっ! くうっ……うぁっ! うあっ!」
「ま、まだぁ、まだ出てるぅ……あ、熱……あっ、ああっ! あぁぁ……」
ざわめく肉襞に誘われるままにドクドクと精輸管が膨らんで精を吐き出すごとに少年は下半身を密着させたまま腰をぐっぐっと突き出し続ける。胎内が摩擦以外の熱で更に満たされていき、全てが混ざり合った坩堝の底を掻き混ぜられる度にジュリアスは全身を戦慄かせて甘い嘆息を吐き出して、長時間続く絶頂に二人は其の身を沈める――。
「――すまない。そのまま、出て行ってくれないか」
二回目の結合の後、セックスを終えてからずっとジュリアスに背を向けられていて、少年は先にシャワーを浴び終えて粗末な風呂場から出た途端、入る前と同じようにベッドに横たわって壁を向いたままの彼女は突然そう言った。
「誘った私が言う資格は無いんだろうが、君には帰るべき場所がある」
「ジュリアスさん……」
ジュリアスの言っている事は良く分かり、同じような罪悪感を抱いている少年は、其れを正論と受け取って服を着ると――ベッドの下に落ちていたのだが、シャワーを浴びている間にジュリアスが畳んでおいてくれていた――言われたままに部屋を出て行こうとする。
だが扉のノブに手を掛ける直前、少年は未練があるように振り返った。ベッドに寝ているのが抱いた女だからではない、朧げな記憶の中の人物とはいえ、彼女は大事な人だったからだ。
すると背中を向けたままでも振り返った視線に気付いたのか、ジュリアスは感情を押し殺しているような抑制の無い静かな声で言った。
「好き勝手ばかり言っているとは分かっているんだが、最後に一つだけお願いを聞いてくれ」
激しい性交で虐げられていたベッドが疲弊の声を上げる中、矢張り背を向けたままジュリアスは状態を起した。身体に掛けていたシーツがはらりと落ちて、火照りも収まって、眩しいほどに白い背中と、黒い刻印が刻まれた左腕が露になる。
「――キス、してくれないか」
「……分かりました」
少年は先程まで身体を震わせていたベッドに戻って、其の上に捧げられている背中に歩み寄って、薄い金色の頭髪が掛かっている肩にそっと手を遣る。
其の手の上に手を重ねてジュリアスが振り返ったが、眼は瞑られていて、乳房の谷間で揺れる宝石と同じ色の瞳を窺う事は出来ない。
同じように目蓋をそっと閉じた少年は、ベッドの上とはいえ座っている為に少し目線が下になっている彼女に、僅かに覆い被さるように静かで極短い口付けを落とした。
まるで十年前のあの日、あの時、此の部屋から出て行った彼女が最後に残してくれた、あのキスのように――。
柔い唇から離れた彼は眼を瞑ったまま、ジュリアスに背を向けて、もう振り返る事無く部屋の外へと向かった。
何時の間にかに水滴を帯びて濡れていた唇に仄かな味が残っていた――。
アスピナ側に用意されていた部屋に戻ると、スミカが椅子に腰掛けていて少年を待っていた。
「ああ、おかえり。知っている奴には会えたのか?」
「はい」
「どんな奴なんだ」
「スミカさんと会うよりも前に、十年ぐらい前に此処から出た人です。凄く、凄く久しぶりでした」
「そうか、向こうは驚いたろうな。十年も経てば人は大きく変わっている」
「そうですね――でも」
「でも?」
「あの人は変わってませんでした――」
十年ぶりに会った彼女は十年前と同じように優しかった事に何故か少年は鼻をツンと突かれるようなものを覚えた。するとスミカが椅子から立ち上がって、徐に彼を抱き締めた。
「また会えただけ良かった――そう思えばいい」
再会を果したのが大事な人で、もう会えないかもしれない事を察したのだろう。少年は少しだけスミカのブラウスを濡らした。
「――全く。散々、人に探し回らせておいて」
シャワーを浴びて服を着直したジュリアスはある部屋に入ると、暗い室内の中、ベッドの上で小さな影が小さな寝息を立てていた。何時の間にかに逸れてしまっていた輝美である。
アスピナの職員からは見付ったと云う話を聞いていなかったから此処に来て見たところ、此の有様である。
元々外界とは隔絶されたような場所であるし、鍵や許可が無ければ入れない場所も多いから殆ど保護者であるジュリアスは余り心配していなかった――そう云えば嘘になる。
逸れてしまったが、恐らく心配ないだろう、と思い込みたかったのだ。
もし輝美の身に何かあれば、自分も傷付くが何よりも彼女が悲しむ。何も分からないままに慕っていた人間と離れ離れになるあの少年が悲しんだように。そして其れは自分自身も同じである。
どっかりとベッドに腰掛けたジュリアスは、楽しい夢を見ているのだろう、寝ながらに口角を上げている輝美が垂らしている涎を拭いてやる。すると寝返りを打った輝美が其の小さな手で服を掴んだ。それまで笑っていた顔が途端に安らいでいると分かるものに変わっていく。
傍にいるだけで安心を与えてやれる。
それは寝入っている輝美と同じようにジュリアスにとって大きな安らぎであった――。
翌日、アスピナでの用を終えたジュリアスは輝美と共に飛行機に乗り込んだ。
滑走路の上で機内の窓から白く大きな建物を見ているのは流れて行く窓の中に彼の顔が見えないと云う期待があったのかもしれないが、エンジンが火を吹いて離陸して、ぐんぐんと遠ざかっていく。それでも彼女は小さくなっていく施設を眺めていた。
離陸を終えてシートベルトを外しても良くなって、飛行機が好きな輝美はあちこちをはしゃいでいたが、ふと字ジュリアスの顔を覗き込んで、活発な彼女はあまり出さないであろう、不安げな声で尋ねた。
「どうしたの? ジュリアス……ないてるの?」
ジュリアスは窓から輝美の方へと涙も拭かずに視線を移す。
「そう、だな……どうやら、泣いているらしい」
「どこか、いたいの?」
「ああ、心が痛い――失恋、だな」
「――しつれん?」
背後に広がる蒼い空と同じ色の瞳は、湖か海の水面のように潤ませ、夕日のように赤い。
けれどもジュリアスは微笑んだ。其れは酷く悲しげで、切ない笑みだった。
「お前も、何時か分かる。でも、私よりも早く経験するんだぞ。この歳で初めてだと少々堪えるから……経験せずに済むのが一番だろうが」
更にジュリアスの眼に涙が溢れ出して、強がりの、痩せ我慢で笑う事も出来なくなった彼女は俯いて、閉じた目蓋を手で抑えるが、隙間から諾々と雫が溢れ出すのは止められない。それでも嗚咽を漏らさなかったのが彼女の強さなのであろう。
すると輝美が、とことこと小さな足取りでジュリアスの方に寄って、黄蘗色の頭髪に包まれる頭を其の小さな手でそっと抱えた。そのまま何も言わないのは、何を言えば良いか分からなかったからだろう。しかし、そうしてあげた方がいいとは思ったようだ。
「――ありがとうな」
ジュリアスは輝美の小さな腕を握りながら、束の間甘い胸の痛みに浸るのだった。
革命家であり、戦士であり、そして女であるジュリアスがそれらの華々しく、夜空に煌く星のような目的を成し得るのは、手に入れる事が出来る日は何時の事だろう。直ぐ近くなのか、まだまだ遠いのか。
其れは彼女自身にも分からない。
況してや革命家であり、戦士であり、そして女であるジュリアスを乗せた飛行機が、蒼い大空に浮かぶ純白の雲の中に消えていったのを窓から只管に眺めていた少年には勿論分かる訳も無い――。
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