Written by へっぽこ


そうして、秋になった。

が、残暑は厳しく、日暮れは早く。
今日は別段、お仕事に精を出したわけでもないけれど、カラード本部を後にする頃には、お空は群青。
太陽は西の丘の向こう側。時折の北風に頬が冷たく、私はしみじみと秋を感じる。
季節は着実に移ろいでいく。
ゆるやかに、ゆるやかに。

ほら。
気が付けば銀杏が、もうすっかり。黄色く鮮やかに染まっている。
ちょっと前まで、てんで緑の葉っぱたちは、いつの間にこんなにも様変わりをしてしまっていたのだろうか。
もちろん、昨日今日でさっと変色、などということはない。
日々、ただただ静々と、移り変わっていったんだ。
少しづつ、ゆっくりと、変わって、そうして完成されたんだ。
私が見て、色付いていると、気が付いて、完成した。
色が変わったって、そう私が認識したその瞬間にこそ、この銀杏の黄色は完成したんだ。

気が付く。それがスイッチ。
たぶん。
私にとっても。
気が付く。
それがスイッチだったんだ。

最近の私(リリウム)はちょっとおかしい。
きっかけは間違いなく、あの夏の日の喫茶店で。きっと、口に出してしまったのがいけなかったのだろう。
誰かさんが言葉にしたそれは、くるっと宙を漂い、耳から私の中へと滑り込んだ。
そうして、カチリとスイッチが入る音を聞く。
私はその時、何の前触れもなく、ふと気が付いたのだ。

ああ、“そういうこと”だったのかって。納得してしまった。
ずっと、ギリギリの線上を歩んでいたことを、乗り越えた今頃になって思い知った。
最初は“そういうこと”ではなかったはずなんだ。
遠目に眺めながら、漏れ伝うあの人の噂に一喜一憂しているだけで楽しかった。
なんてことない、それはただの憧れであるはずだったんだ。
でも違うって、気が付いた。

 “それは恋だよ”
という、なんと無責任なお姉さまのお言葉は、けれど私の感情をレールガンのごとく打ち抜いた。

それからというもの。それを考えない日はない。
“それは恋だよ”
“それは恋だよ”
“それは恋だよ”
ベッドの上をごろごろごろごろ。
眠れない夜が続く。
慰めに大好きな絵本を眺めては、朝になって、ようやっと、うとうとする。
そんなやきもきする日々が続いて。
その間、なーんの進展もない。
女子会においてはウィン・Dに会ってあの人について尋ねてみては?と、そんな意見も出たけれど、行動に移せてはいなかった。

いやはや。
なんという、ていたらくでしょうか。
ベッドの上を転がるばかりでは、リリウムの世界はなぁんにも変わりゃしません、――ということは分かっています、が。
今日も今日とて。ベッドをごろごろ転がるばかり。
私はふるふると頭を振る。

いけないいけない。
リリウムはその昔、前衛(アタッカー)だった。押すと引くなら、もち押す側。
しかし、今は独りだ。
かつてのように後方で援護射撃してくれる大人は、恋の戦場にはもちろんいない。
それでも、いつかは独り立ちしなければならなくて。
ならばこそ。
ならばこそ!
ここはひとつ、培ったポジションにのっとって、アタッカーらしく。
リリウムらしく攻めるのがベストでしょ?

それはひとつの人間関係。人と人とのコミュニケーションだって、戦いなんだ。
特に恋だの愛だの。こう、とろとろした何がしかは特別激しい戦いだ。

私は知っている。
恋に落ちたラブコメ主人公が、どれだけ右往左往するのかということを。
参考文献は小説から漫画から映画からドラマからアニメからノベルゲームに至るまで幅広く。
費やした時間は夏の夜の夢。
ことここに至って、脳内シミュレーションだけはばっちりである。

さあ、そんなわけで。
ごろごろ、どすん、とベッドから勢いで転げ落ち。
《しすてむ、せんとーもーど、きどー》
こうして床から天井を見上げながらに、両こぶしをぐっと握る私なのだった。

あの人は今、喫茶店にいる!

     /

と、勢い込んで戦闘モード起動したまでは良かったのですが。
けれど、直接的な軍事行動をとれるほど、私の脳内司令部は勇気がなかった。
ご本人様にとっつく……もとい告白するには、ちょっと、まだ、早い、かな?と、以外にも冷静な私。
きっと私のHQは左脳に陣を敷いているのだろう。理性的で理知的な私のイメージにもぴったりだし。
「………。」
や、別にびびったわけじゃないよ。戦略だよ。

だってだってリリウムは、アタッカーでも中距離タイプで、撃ち合う銃弾の手数で削るガンスリンガーなのだから。
パイルバンカーもブレードも持っていない。ガチの接近戦には分が悪く、叩くときは何よりタイミングが重要なのです。
あせらない、あせらない。ここは落ち着いて。まだ、あわてる段階じゃあないよ。

うだうだしているまにまに夏が終わり、秋が訪れ、月は美しく。
ひょっとすると、このままずるずる、なーんの進展もないままに年越しなんてことにもなってしまうのかも。と、思わなくもないけれど。
さておき。

それでも行動を起こしていないわけではない。
たとひ迂回することになろうとも。
逃げ腰でもいい。攻めるといったら攻めるのだ。
まずは中距離から。
かつてのように、ちくちく攻めよー。

だから私はここに来た。
ここ、みんなのまちへのエネルギー供給兼防衛施設、スーパーメガリス第一管区の都市保安本部に、私はやってきていた。
応接室は広く新しく、ソファはふかふか。
そして目の前にいらっしゃいますのが、保安部隊長、“伝説”ウィン・D・ファンションその人である。
今となっては別に初対面というわけでもないので、普通に雑談。
それから、ふいっと本題へ。

Q、あの人のこと、教えてください!を、やんわりオブラートに包んで聞いてみる。
その回答なのですが……。
「まあ、なにも知らないってわけではないが、君に教えられるような情報は持っていないかな」
と、頬をかきかき、ちょっと困惑しながらウィンさんは言った。
果たして質問内容に困惑しているのか、あるいは私がいきなり押しかけたことに困惑しているのか。
きっと両方なのだろう。
「あ、そうですか」
ざーんねん。

結局、彼女から聞き出せたのはちょこっとだけ踏み込んだ性格云々だけであった。
抜粋すると、案外抜けてるとか、微妙にかわいい物好きとか、そんな感じの。
「でもね、そういうのはやっぱり直接本人と交流して感じなきゃ意味が無いと思うんだ。一生懸命な人に対してはちゃんと答えてくれるよ。なにせ本人が真面目だから。誰の影響かは知らないけれど、ニヒルにクールに気取ってるけれど、根っこのまっすぐさは。……そうだね。尊敬できるよ。」
と、そう素直に口にできるウィンさんがきっと一番まっすぐで、真面目だと思う。

尊敬。
それはとても大切な感情だ。私にとって、とても大切。だから理解できるし、共感できる。
「ありがとうございます。」
私は彼女に頭を下げた。

ま、こんなところかな?
ミッション、リリウム的にはBランククリアってとこである。

     ◇

それからも歓談は続き、それはウィン様の仕事の話だったり、プライベートだったり、私の近況であったり。
思った以上に話は弾んだ。
思った以上に益体もない話だった。

ちょっと意外。
もっと淡々と、必要なことだけを話す人って印象があったけれど、その印象は改めた方が良いかもしらん。
誰かさんとは趣が違う、奥ゆかしさと気品あふれる、ささやかな乙女トーク。とても楽しい!
話題はころころと転がり、そのうち。
「ねえ、私の部屋に来ない? すこし、喉が渇いたよ」
「ええ、ぜひ!」
と、ウィンさんのお部屋へとお邪魔することとなった。

豪奢でふかふかのソファは有れど、ちょっと堅苦しい応接室を後にする私たち。
ぽてぽて居住区へと、ウィン様ともども歩いていると、ロビーで言い争う二人と遭遇した。
わあわあ騒がしい二人を横目に、やれやれと言わんばかりのウィン様。
足を止め、
「ちょっと良い? アレ、君が来る前からやってるんだ。どうもまだ話が付かないらしいから、仲裁しようと思う」
「あ、はい。どうぞ。私も、急に来てしまって……え?」
え? 私が来たときから? 少なくとも二時間は経っているような。
「いや良いんだ。リリウムは。うれしいよ」
なぞ、さらっと呼び捨てにするあたり、ウィンさまイケメン。

「やれやれ」
と、カツカツ二人に歩み寄るウィン様の背に隠れるように、ひょこひょこ私は付いていく。
「今月はオレが」
「いや俺が」
騒々しい男が二人で平行線。見れば、それはダリオとロイ。

「何をやってる。まだ決まってなかったのか?」
と、ウィン様が声をかけると。瞬間反応するダリオである。
「あ!? なんか言ったか、てめー!すっ込んでろ!メス猫が!」
ん、なんだろ。激しい台詞の割に、こう、どこか“待ってました!”的なニュアンスがするのは気のせいだろうか。
こう、仕事から帰ってきた飼い主にウキウキしながら飛びつく子犬のような。

「おいおい、ダリオ。オレを無視してウィンちゃんにキャンキャン尻尾を振るなんざ。まったくもって、器がちっさいにもほどがあろうよ。つか俺との話、まだ終わっていないだろ? ――なめてんのか小僧」
「話って何さ。てめーが引っ込みゃ終わりだろ、“おっさん”」
殊更、おっさんを強調するダリオ。しかし、それは逆に自身のガキっぽさを露呈する諸刃の剣でもある、と、思う。
ま、私が一番若いんだけどね。
いっちばん、若いんだけどね!

「分からねえ野郎だな。黙ってお家に帰んなって言ってんだぜ。ダリオちゃんよ」
などと二人は供述している。よくわからない状況である。
呆れたようにウィン様は言う。
「なんでもいいから早く決めてくれないか、騒々しい。まったく。カラードからはジェンドリンと交代で、一人リンクスを補充するって話だったと思うんだが、なんで二人も?」
「「こいつが勝手に来たんだよ」」
ハモりながらお互いを指さす二人と、肩をすくめるウィン様だった。

「ふー、どう思うリリウム?」
と、ふいに振られてぴくつく私。
それに瞬間反応するダリオである。
「どう思うもクソもねーだろ! そいつは関係ねー! 他人巻き込んでんじゃねーぞ! だいたい――」
きゃんきゃん。
なおもダリオは何か悪辣にわめいているが、私は無視してウィン様に答える。
「はあ。どおって言われましても。」
いや、確かに都市防衛に直接かかわっているわけではないですが、それでもカラードでそれなりの役を私は持っているつもりなんですけどね。ダリオこわーい。
それにしても、どうしてこう、ダリオ様はウィン様に噛み付きたがるのでしょうか?
「んー」と、首をかしげる。
きゃんきゃんダリオの暴言は続く。何か生き生きしてさえ見える。

あれ?
これって、もしかして。
「あ、分かった」
ぽんと手を打つ。
「ん? 何が?」と小首をかしげるウィン様をよそに。
私。気付いちゃった。リリウムは気付いてしまいました!
「つまりダリオ様はウィン様が好きなのですね! 男の人の中には、気になる女性をついついいじめたくなる性分の人がいると聞きました。そのものずばり、ですわ」

「ほぅ」とウィン様。
そして、ぽかんとする男二人。
「ですわ!じゃねぇえええぞこらぁ、タコこら! いや。いやいやいやいやいやいや、ちげぇーし。好きじゃねーし、どどどっちかっつーと嫌いだし! 大嫌いだし! はは、な何言っちゃってんの? これだからお嬢様は」
うっわ。何このダリオきもい。
「そうか。大嫌いか。口が悪いことは知っていたけれど、そこまで嫌われてるとは思ってなかったなぁ。存外ショックだ」
ふぅ、とため息をつき、愁いをおびつつ、本人にちゃんと聞こえるように(聞こえるように!)ぼそっと呟くウィン様。
勉強になります先生!と、私は心の中でメモを取る。

「え? いつもと反応ちが……。いや。実は。その。そこまで嫌いでもないっていうか。えっと。むしろ、す――「はっくちゅん! あ、ごめん。存外聞いてなかった。今なんて?」
絶妙なタイミングでくしゃみするウィンさま。
「だ、だからぁ。そこまでは、その……」
な、なるほど。二回も同じことを言わせようとするとは。さすが。
勉強になります先生!と、私は心の中でメモを取る。

かあぁっと赤くなるゆでダコ、もとい、ゆでダリオ。
「だからぁ! 別にあんたの事、そこまで嫌いじゃねーっていうか……」
「ああ! ああ、ウィン様! 聞きまして? やっぱりダリオ様はウィン様が大好きなんですって! ぞっこんですって!」
と私は本人に聞こえるように(聞こえるように!)ウィン様に耳打ちする。
「ふぅん」と妖艶な流し眼しつつウィン様は「はん」と鼻をならし。
ダリオ、しどろもどろどろ。

それを見てさらにウィン様はふっふっふーと軽やかな含み笑い。
「なんだ。ダリオは私が好きだったのかー。そーかそーかー」
ウィン様はかぷかぷ笑い、ダリオのおでこを小突いてみせる。
「ば、やめろよ気持ち悪い、そ、そんなにこやかで可愛らしく素敵で美人な癒し系の、でもどこか凛々しい笑みでこっち来んじゃねー! ばっかじゃねーの、ほんと、ばっかじゃねーの! ……バ、ばぁかぁ!」
ついにキャラが崩れ始めるダリオである。

そして傍ら。一人黙々と、
「さて9ミリは、……どこに置いたのだったか。いや、この際ボールペンで」
と、何やらハードボイルドまっしぐらなロイである。
こう、覚悟を決めた殺し屋のごとき、シニカルなオーラにくらくらする。
顔にさす影は一層深く、ロッカーをまさぐるその背中に立とうものなら、瞬間首をへし折られること請け合い。
ロイ13、ここに参上。

とまあ、そんな二人はぶっちゃけどうでも良くて、私の物語にも特に必要のないエッセンスなので捨て置くとする。
はいはい。茶番はそこまでですよ、と。
「あらら。もうこんな時間! では、この辺で、わたくしは失礼致しますね!」
ウィン様の部屋へお邪魔できなかったことは残念だけど、まあこの際仕方がない。
そろそろお暇いたしましょう、と、そんな私をウィン様は「ちょっと待った」と引き留めた。

そして。
レイテルパラッシュもかくやの、全てを打ち砕く迫真の口撃を。
「せっかくだから一緒に帰ろうか」
「え?」
「は?」
「ぴょ?」
と、三者三様。返事が三つシンクロし、
「ん。いや、ほら、いい加減冗談は抜きにして。ダリオもロイも、今月ここでの守衛任務に就きたいって、さっきから騒いでいただろう? 真面目な話。二人がそこまで任務に就きたいと言うのなら、是非もないよ。まだ少しだけ私の任期は残っているけれど、ここは二人に任せて、私が身を引こう。それぐらいの融通はきかせられるし、何より二人になら十分、任せられるから。」

なるほど!
ここで放置プレーなんて、ウィン様ったらドS。
「私は半年ぶりに“街”に戻るよ」
「ちょっ、待――」
よっしゃぁ! ここは私の出番である。
「素晴らしい判断ですわ! これ以上ない、グッドアイディアです! さすがウィン様。ではわたくしの方からカラードに連絡を入れておきましょう」
ぴっぽっぱ、と端末を鳴らし、「もしもし、わたくし、今スーパーメガリスにいます。そう。それで――、うん、会いました。うんうん。あ、そうそうその件で、ええ、その交代人員の件なんですけれど。ロイ氏&ダリオ氏の熱い要望を受けまして、今月から担当は両名に任せることに現場で判断いたしました。そうです。はい。ウィン様とはこれから街に戻りますので、詳細は追って。 はい。ありがとうございます。ええ、それでは、また街で」
っと、はい、おっけー!

ビシッとグーサインをウィン様へ送る私。
「ありがとうリリウム。存外君は優秀だな、かっこいいぞ! 惚れてしまいそうだ」
「えへ。ウィン様に褒められると、存外照れてしまいますね!」
こちら二人で、キャッキャうふふしていると、
「お前ら絶対わざとだろ」
そんな恨めしそうな声が輪唱した。
「はあ? 何が?」
みじめな負け犬二人の言葉に本気でキョトンとする、なんとも可愛らしいウィンさんなのだった。
なんと天然だったとは。
存外である。

悪意零。
流石は天下無敵のウィン様。
最近覚えたと言い張って憚らない空気を読む技術は、まるっきり明後日の方向へ突っ走っている気がする。
そのスタンスを私も見習いた――…くはない、かな?と、そう思う私なのだった。

     /

「なあダリオー」
「なんだよローイ」
「今夜は、……飲もうや」
「……うす。まあここ、ノンアルしかないっすけどね」

     /

と、い・う・わ・け・で、ハート。
女子会夏の陣、改め、秋の陣、開催である。
「ハイハーイ!新メンバーの紹介でーす!本日はウィン様をお連れしましたー」
ウィン様と腕を組み、件の円卓へ連れてきた私である。
「おおー」ぱちぱち。メイさんとエイさんが拍手する。
「い、いや。ええっと。んん? なにこれ」と、珍しく戸惑いのウィン様。レアである。

急な誘いから妙なテンションで登場させられ、知人に感嘆の声とともに拍手されるという、わけのわからない状況にただただ困惑のウィン様をよそに、ぱちっと片眼を閉じて見せる私。
「まあまあ! どうぞこちらの席にウィン様」と椅子を引くメイさん。「あ、ありがと?」
「上着をお預かりしますわウィン様」とジャケットをするするっと脱がす私。「うわあ、どうも」
そのすきにサッと「じゃあ駆けつけ一杯」と、イチゴミルクを差し出すエイプー。
駆けつけ一杯って。絶妙に古い言葉のチョイスにちょっと失笑。
「え、いや、甘いものは私。いえ。い、ぃただきまふ……甘っ。あ、おいしいです」
あまりのめまぐるしさに、ウィン様は目がぐるぐるしている。

そんなわけで、頼もしい仲間が増えた今日も今日とて、ガールズトークは続いていく。
しからば、また。


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