小説/短編

Written ウィル


 この小説は、今書いているやつのワンシーンを抜き出しただけの代物です。
 シーンの前後の説明とかは意図的に省いていますが、AC4のサーダナ戦を書いたものと思っていただければ結構です。いろいろと小ネタとかぶっ込みまくっていますが…。

 

 重々しい口調で答える艦長の胸中には、かつてのリンクス戦争の……あのゼクステクス世界空港での空挺作戦の際の記憶が、鮮明に蘇っていた。
 仮にも同じ陣営であるGAを襲撃すると知らされた際の驚きと、だがそれも止むなしかと思えるだけの連中への根深い敵愾心。コジマ汚染を嫌うあまり警護をおろそかにするGAの無能さと、海上に茫洋と浮かぶ巨大な滑走路、決して失敗できぬ作戦への緊張感。乗機である《シャヒード》の中で知らされた、居ないはずの護衛のネクスト発見を知らされた時の驚愕。
 GA側の護衛機――両腕に形状の異なるライフルを、両背部にミサイルランチャーを装備したあの黒い《アリーヤ》によって、僚機が輸送ヘリごと次々と屠られていく恐怖と、それに抗するために水上での投下を命じた自分の声。頭上で僚機だった《セルジューク》が爆散していく中で、水上を滑るように迫るネクストに断続的に撃ち込まれるこちらのロケット弾と、それをことごとく掻い潜ってくる黒い《アリーヤ》の暴風の如き機動。こちらをまっすぐに見やる赤い複眼の輝きと、モニターの向こうでまっすぐに突き出されてくる嘴めいたアサルトライフルの先端部。視界を埋め尽くす眩いマズルフラッシュと、幾つもの鉄が潰れるような音。叩きつけられる破片混じりの爆風と、皮膚や肉を裂かれる苦痛。そして海中へ没していく無残な姿の乗機と、容赦なく浸水してくる海水の冷たさ……!
『――ガネーシャ、ガルダ、ガンガー各隊。敵ネクストに構わずに空港建屋と輸送機を狙え。此奴は、このサーダナが貰い受けるとしよう……』
 そして命からがら機体から脱出したかつての艦長が見上げた、その曇天の片隅に灯る、ネクスト特有の緑色の輝き。ノーマルACを吊り下げた輸送ヘリを両翼に従え、オーバードブーストの噴射炎を背負いつつ海霧の彼方から迫る、猛禽の如きシルエットの赤い逆脚機。冷静な口調の中に期待めいたものを滲ませる、敬愛する師父の頼もしき声。
 そうしてその言葉とともに猛禽さながらの機体から、十数発の小型ミサイルとアサルトライフルの連弾が撃ち放たれていく。豪雨の如きそれらに対し、黒い《アリーヤ》は滑走路を蹴り下しながら跳躍。遠目にも鮮烈な機動でもって飛来するミサイルや銃弾を次々と回避していって。
『面白い素材と聞いている。期待するぞ、“レイヴン”』
 初撃が回避されたのがむしろ当然と言わんばかりの、いたって平静そのものの師父の声。しかしながら、その胸の裡に秘める猛々しい闘争心を誇示するかのように、赤い逆脚機――《アートマン》はオーバードブーストを切って滑走路に着地すると、逆関節型脚部特有の並外れたジャンプ力を活かして高々と跳躍。反撃に放たれていた三発の近接信管式ミサイルを飛び越すように大きく鋭い跳躍とクイックブーストを繰り返しながら、敵機を取り巻くように散布型ミサイルとアサルトライフルを撃ち込み続けていく。
『…………』
 一方の黒い《アリーヤ》もまた、すれすれの距離でそれらを回避していきつつ、反撃として両腕のライフルを撃ち込んでくる。まるで機体そのものが黒い風にでもなったかのような、しなやかで無駄のない動き。だが、紙一重で回避していくが故に師父は見逃さなかったのだろう。黒い《アリーヤ》の周囲に、赤い逆脚機のようなプライマルアーマーの輝きが無い事に。近距離で爆発した散布型ミサイルの破片が、黒塗りの装甲を容赦なく叩いていっている事に……。
『この感じは……プライマルアーマーを展開していないのか。上手く生き延びられれば、“可能性”に至る事も出来たのだろうが……』
 空中から獲物を襲う猛禽もかくやと言わんばかりの縦横無尽の機動を一分の隙もなく展開し、かつそれにしつこく喰らいつかんとする、羽ばたくような黒い《アリーヤ》の戦いぶりを見せつけられつつも、
『護衛として手元に置きながらも、僅かな汚染リスクすらも許さんとは……相変わらずだな、GAの凡愚ども……』
 師父は淡々とした、失望や侮蔑や憐憫すらも感じさせる声色でもって呟いていく。
『そこの傭兵、お前には同情するぞ。雇い主が違えば、もう少し長生きできたろうに……』
 そこまで語っていったところで、《アートマン》はおもむろに胴体部後方の装甲を展開していく。赤い逆脚機の背後で緑色の輝きが強烈に渦巻いていって、
『不憫な事だ……ここで死んでしまうとは……!』
 次の瞬間にはオーバードブーストの爆発的な推力でもって、中距離程度の間合いから一気に肉薄。その速度が加算された重散弾や徹甲弾の豪雨を、黒い《アリーヤ》めがけて執拗に撃ち込み続けていった。一度の突撃で仕留めきれなければ、反転して再び。それでも駄目ならば、オーバードブーストを再度展開して……。まるで一度放たれれば意のままに敵を貫く魔弾のように。まるで上空から獲物に照準を定めた鷹のように、何処までも獰猛かつ、常軌を逸するまでに執拗に……。
 装甲が薄い軽量機で、敵に向かってまっすぐに前進する。それも敵機の捕捉すらもままならない超高速でもって――この一見してハイリスクかつ常識外れの、しかしその実、数学者特有の緻密かつ多面的な計算によって裏打ちされたマニューバーこそが、他企業に「時に常軌を逸する事も多く、それ故に非常に対処し難い」と称されたサーダナ師の真骨頂であり、現存する四十人近いリンクスの中でも第二位という高い評価を受けている所以であった。だが、
『これは……!? いや、何かが違う! GAの粗製リンクスどもとは……!』
 数合目の一撃離脱の後で。師父はおよそ戦場において、かつての艦長が初めて聞く、驚愕と困惑の声を漏らしていた。
 しかしながらその敵機への驚愕と困惑は、傍目にも当然に思えた。何しろレイレナード機は高いプライマルアーマー展開能力を持つ一方で、装甲そのものは薄い。プライマルアーマー無しでの迂闊な被弾は、レイレナード機にとっては絶対に避けるべきだったはずなのだ。
 ましてや《アートマン》の右手に握られているのは、広範囲に強力な散弾をまき散らす対ネクスト用重ショットガンの《IBLIS》。銃身の大型化と引き換えに、散弾の一発一発が旧来のものと比べて倍近い威力と対プライマルアーマー性能を有する、“悪魔(イブリース)”の名を冠するに相応しい逸品である。プライマルアーマー無しでは一回の被弾が命取りになりかねず、それ故に距離を取るか大きく回避したくなるものなのだろうし、そういった心理に容赦なくつけ込んできたのがサーダナというリンクスの戦闘スタイルだったのだが、
『…………!』
 だというのに。滑走路を蹴り下しながら跳ね石のように機動していく黒い《アリーヤ》は、致命的なはずの重散弾や散布型ミサイルの雨も、決して侮る事は出来ないアサルトライフルの連射も、そのほとんどを紙一重でもって躱しながら、それぞれ種類の異なるミサイルをまるで最初から一揃いであったかのように息の合ったコンビネーションでもって撃ち込んでくるのだから。
『分裂ミサイルと近接信管式の同時発射だと!? この距離からか!?』
 眼前に展開していった光景に、サーダナ師は驚きの声を上げた。発射後に即座に八発に分裂した多弾頭ミサイルと、その中心からゆっくりと迫る中型の近接信管式ミサイルが三発。それらは即席の半包囲網となって、《アートマン》の前面に覆いかぶさるように迫ってきていたのだった。引けば分裂ミサイルに呑まれ、引かなければ近接信管式の餌食になる。もちろんの事、そのまま動かなければ両方を喰らう羽目になる……いずれにせよ、軽量逆脚機である《アートマン》にとっては大ダメージ必至の状況だった。
『正気か、此奴は!? この高密度の撃ち合いの中で……!』
 だがそれは、相手にとってもハイリスクな攻撃ではあった。それ自体が高熱源体であるミサイルは、相手のネクストにとってもロックオンの対象になる。当然ながら撃ち落とすのも可能であり……ミサイルの発射直後にそれが起これば、発射した自分が爆風をもろに喰らう事にもなってしまうのだった。
 そして相手である《アートマン》は、近距離から重ショットガンやアサルトライフルをばら撒いていく戦闘スタイル。少しでもタイミングを見誤れば致命傷になるのは自分であり、ましてやプライマルアーマーが無いこの状況では、即座に機体が爆散していたとしてもまったくおかしくはなかったというのに……!
 とはいえ、現実問題として黒い《アリーヤ》が放った二種類のミサイルは、必中必殺の魔弾として《アートマン》の眼前に展開していて、
『ええい……! 相対速度、ベクトル、予想到達時間……1415926535、8979323846、26433832795028841971……! 其処だ、“レイヴン”……!』
 眼前に蜘蛛の巣めいて拡がっていくミサイルの網に、自身の頭脳でもって瞬時につけいる隙を見出したサーダナ師は、やはり偉大なリンクスであったのだろう。しかしミサイルの包囲網をほんの僅かな隙間を潜り抜けた《アートマン》のその先には、まるで其処に逃げ込むのをあらかじめ予想していたかのような、左腕のアサルトライフルの銃口が向けられていて。
『こうなるか……!? 新しい……惹かれるな……!』
 近距離からのアサルトライフルの乱射をたらふくプライマルアーマー越しに撃ち込まれ、赤い痩身のいたるところに着弾の火花を瞬かせながら。《アートマン》が漏らした声は驚愕と困惑から賞賛と興味へ、そうしてさらなる高みに向かう喜悦へと変わっていく。
 《アートマン》の損傷は、もはや軽微とは言えないものになっていた。黒い《アリーヤ》の大型ライフルとアサルトライフルはプライマルアーマー越しにも的確な命中弾を与え続け、さらに度重なるオーバードブーストとそれぞれ異なるMSAC製ミサイルの被弾が、機体周囲の粒子装甲に瞬時に回復しようがない重度のダメージを負わせつつあったのだ。
 《アートマン》のベースとなったイクバール製逆脚型ネクストの《TAWHID(タウヒード)》に搭載されているジェネレーターは、友好企業であるオーメル・サイエンスの軽量タイプである《GN-JUDITH》。その類い稀な軽量さと引き替えにコジマ粒子生成量は決して高いとは言えず、この高密度の撃ち合いの中でプライマルアーマーを回復させるのは極めて困難だった。
『…………』
 一方で、黒い《アリーヤ》の方も決して無傷ではない。黒塗りの流線形の装甲には幾つもの弾痕が刻まれ、飛び散るオイルの飛沫は機体のダメージが刻一刻と深刻なものになっているのを示していた。
 そもそもとしてネクストの類い稀な性能は、強力な防護膜であるプライマルアーマーとその卓越した機動性、そしてそれらの源であるコジマ粒子あってのものであり、六大企業の機体の中でもそれらの性能に特化していたのがレイレナードの《03-AALIYAH》である。かの“英雄”ベルリオーズを始めとしたレイレナードのリンクスたちが、各企業から軒並み高い評価を得ているというのも、ネクストそのものの機体性能に寄るところが大きいというのは周知の事実であった。
 だがこの機体は、GA側の政治的な理由とやらでその利点の大半を封じられている。如何に《03-AALIYAH》の機動性が高いとて、所詮は中量二脚機。軽量逆脚機である《TAWHID(タウヒード)》に勝るほどの機動性では決してなく、プライマルアーマー無しの素の装甲では耐久性すらも大きく劣ってしまうだろう。そんな状況で万全の状態のネクストと相対するという事自体が、およそ自殺行為としか思えないものだった。強いて言うなら火力だけは向こうに利があるのだろうが、そんなもので超一流のネクスト戦力を倒せるのならば誰も苦労などしないし、重装甲高火力を誇るGAがあそこまで躍起になっていたりもしなかっただろう。火力だけでは何も出来ない……それは当時のネクストに関わる全ての人間の共通認識であったのだ。
『建屋内に敵戦力を確認! 任務安定遂行には兵力が足りません!』
『サーダナ隊長に報告! 例のカラスが攻撃してきます! 加勢を……!』
 だというのに、それでもなお黒い《アリーヤ》は何ら臆する事なく、地を蹴り下す独特のマニューバーでもってどこまでも喰らいつくのみならず、本来なら機動力で勝るはずの《アートマン》に対して先手すらも取ってみせ、そうして今も複数の方向から空港建屋に向かって展開しつつある“バーラット・アサド”本隊へ攻撃を加え続けているのだ。生半可なリンクスに……否、戦闘者に出来る動きではなかった。
 まるであちら側こそが、戦闘のイニシアチブを握っているかのように。あの黒い《アリーヤ》のリンクスこそが、師父が長年追い求めた本当の強者であるかのように。愚鈍なこちらを軽々と飛び越え、「お前に速さを教えてやる」とあざ笑っていくかのように……。
『ガルダ隊がやられたか……! ガネーシャ、左方から! ガンガーはそのまま援護射撃を! 怯むな、我が子らよ! 手負いの鴉めに、我らが獣牙を叩きつけて――』
 味方機を次々と撃破していく黒い《アリーヤ》に追いすがりつつ、サーダナ師が矢継ぎ早に指示を出していく。態勢を崩しつつあったこちらの《セルジューク》や《シャヒード》が、その指示を受けて黒い《アリーヤ》に対してフォーメーションを組んでいこうとする。しかし、
『サーダナ師! ガネーシャ隊が落とされました! 加勢を……!』
『このままでは……! 師父! サーダナ隊長……応答を!』
『何故です……サー……ダナ……――』
 それを許さないとばかりに撃ち込まれた徹甲弾の雨あられが、眼前のノーマルACのことごとくを物言わぬ鉄屑へと変えていく。その時間の全てを鍛錬に費やし、人生の全てをイクバールに捧げた彼ら“バーラット・アサド”の力など、所詮は蟷螂の斧でしかなかったのだと言わんばかりに……。
『ちぃっ! 此奴め、やりよるわ……!』
 そうして孤立無援となった《アートマン》に、今度こそ何事にも縛られる事なく、黒い《アリーヤ》が襲いかかってくる。左右から迫る八発の分裂ミサイルと三発の近接信管式ミサイルが、そして両腕のライフルを構えたネクスト自身が、全てを打ち砕く黒い颶風と化して赤い逆脚機へと立ちはだかっていき、
『E = mc²、E = hν, p = hν / c、ΔE = hν − W、D = μkBT……! CV = 3Rx²ex / (ex – 1)² (∵ x = hν / kBT)、Rμν − 1/2 Rgμν + Λgμν = κTμν……! 大きすぎる……! 修正が必要だ……!』
 複雑怪奇な数式を唱えていくサーダナ師の声色にもはや喜悦めいたものはなく、ただただ敵対者への脅威と焦燥と敵意のみが存在していた。
 もはやこちらに時間は無かった。世界空港の近隣の基地から、GAの大部隊が接近してきているという報を受けていたからだ。それは海上を漂いながら無線を聞いていたかつての艦長も理解していたし、空挺部隊の総指揮官であるサーダナ師も同様だったろう。
 これ以上この黒い《アリーヤ》を野放しにしていたならば、GAアメリカ本社の重要人物を取り逃がしてしまうのみならず、この襲撃がイクバール上層部の勅命によるものだと知られてしまう事にもなってしまうだろう。それもレイレナード陣営との本格的な企業間戦争が始まってしまった、この重要な局面に。もしもイクバールの関与が明るみに出ればGAアメリカは勿論、陣営の要たるオーメル・サイエンスとて事態を重大視せざるを得ないはずだった。もしもそうなったなら、あるいはイクバールというメガコングロマリットそのものが無事では……!
『往くぞ……! “レイヴン”……!』
 いっそ悲壮さすら滲ませた、師父の決意の声。
 それを皮切りに、その場に居合わせた全ての者たちから移動感が、速度が、自分を取り巻く状況が、そして全ての現実が急速に遠ざかっていく。
 《アートマン》のジェネレーターが甲高く唸り、オーバードブースターに火が灯る。
 加速、前進、直進、猛進、突撃。
 左腕のアサルトライフルを乱射しつつ、右背部の散布型ミサイルランチャーを展開。ロックオンすら待たずに、敵ミサイルの弾幕に向けて射出。
『…………!』
 黒い《アリーヤ》が動揺の気配を漏らす。
 計十六発の散布型ミサイルがシャワーめいて拡散し、八発の分裂ミサイルと三発の近接信管式ミサイルのことごとくを防ぎ、爆散させていく。
『貰ったぞ、“レイヴン”……!』
 眼前で巻き起こっていく爆炎にも構わずに、《アートマン》が直進していく。
 コジマ粒子量、下限突破。プライマルアーマー展開不能。オーバードブースト強制解除。
 メインブースター、全力噴射。散布型ミサイルランチャー、パージ。右武装を重ショットガンに切り替え。着地、跳躍、再加速……!
『より高く飛ぶのは……このサーダナだ……!』
 師父の歓喜の声。高速で突貫する《アートマン》が、右腕の重ショットガンを撃ち放つ。凄まじい初速で射出された大口径ショットセルが、十二個の特殊合金製重散弾となって黒い《アリーヤ》に襲いかかっていく。
 被害半径は広域、その威力は絶大、そして相手の装甲もダメージが蓄積している。もはや黒い《アリーヤ》の進退ここに極まれりかと思われた、まさにその刹那。
『――――』
 そこで黒い《アリーヤ》が、あろう事かさらに増速。とっさに両背部のミサイルランチャーをパージした、機体重量の大幅軽減によるもの。同時に僅かに軸を向かって左側にずらしつつ、左腕のアサルトライフルの《04-MARVE》を持ち上げて。
『なん、と――』
 サーダナ師が驚愕の声を漏らす。
 刺突攻撃すら可能と言われるほどに強固かつ縦長な銃身は、十二個の特殊合金製重散弾を余すところなく受け止めていったのだ。
 勿論の事、重量級ネクストすら破壊する威力をアサルトライフル如きが耐えられるはずもなかったが、それでも粉々に破砕した銃身を視認できた頃には、既に黒い《アリーヤ》はアサルトライフルを手放し、重散弾の被害半径から離脱。《アートマン》の至近距離から、右腕に握った大型ライフル《051ANNR》を突き出していて。
『ごっ……! がはぁ……ッ!』
 フルオートで乱射された対ネクスト用重徹甲弾が、《アートマン》の右肩を、頭部を、そして胴体部正面装甲を次々と撃ち抜いていく。
 サイドブースターを破壊された右肩の装甲がめくれ上がり、上腕から下が重ショットガンごと脱落し、カブトムシを思わせる角飾りを備えた頭部が根元から吹き飛び、コックピットを守るべき正面装甲やフレームに大穴が穿たれていって。
『まだ、だ……“レイヴン”……!』
『…………!?』
 しかしそんな有様になってなお、サーダナ師の息は絶えてはいなかった。
 至近距離から突き出された《アートマン》の左腕のアサルトライフル《AZAN》が、とっさに構えた黒い《アリーヤ》の左腕に、そしてその奥の鋭角的な胴体部めがけて撃ち込まれたのだ。
 対ネクスト用徹甲弾の嵐が黒塗りの装甲を蜂の巣にし、機体の骨格たるフレームを断裂させていく。断続的な銃声は数秒も経たないうちに止み、空になったマガジンが脱落していく。だが、
『…………』
 その最終局面になって、互いの機体の装甲の違いが出た。中量級コアである《03-AALIYAH/C》の対実弾装甲は、辛うじて至近距離でのアサルトライフルの乱射に耐え抜いていたのだ。勿論、とっさに遮蔽物にした機体の左腕が無ければ、どうなっていたかは判らないくらいの重大なダメージではあったが。
『ぐぅ……! 動け……《アートマン》……!』
 サーダナ師の呼びかけも虚しく、既に彼の機体は死に体だった。
 機体はぼろぼろで頭部と右腕が脱落し、ジェネレーターのコンデンサ容量は枯渇し、プライマルアーマーも霧散し、最後の武装であるアサルトライフルもマガジンが空になっている。ほんの数分前までの鮮やかな赤い機体色が、獣めいて猛々しいシルエットが、そして神々しいまでの幾何学的なマニューバーが、もはや見る影もない有様であった。
 そうして、今度こそ進退ここに極まった赤い逆脚機の胴体部側面めがけて。
 大型ライフルの地獄めいた銃口が、敵機の搭乗者そのものを吞み込むかのように、《アートマン》の赤塗りの装甲にぴったりと突きつけられていて。
『なっ……!?』
 本当の意味で呆気にとられた、サーダナ師の声。
 何もかもを吐き出しきったかのような呆けた声は――心身に活力をもたらすための“呼吸”を、ありとあらゆる数字や数式を紡いできた“自我”を、そして内なる神に祈るための自らの“霊魂”をも見失っていたかのよう。
 それは、インド哲学におけるそれら“アートマン(Atman)”の要素を何よりも重要視し、さらなる高みへと自らを導くべく過酷な“精神鍛練(Sadhana)”を重ね。自らへの戒めとして《アートマン》と名付けた赤い逆脚機を長年にわたって駆り続け、常にイクバールに栄光をもたらしてきた偉大なる男にとって、決してあってはならない事態であり……。
『――――』
 そして。甲高い銃声が、最後にひとつだけ響く。
 それは波間を漂いながら推移を見守るしかなかったかつての艦長の耳朶を、もの悲しい響きでもって震わせていって――

 


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